2016/05/03 - 2016/05/03
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ハッピーねこさん
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アイゼナハの旧市街をさまよい、ようやく到着したヴァルトブルク城。
山の冷たい空気の中、坂道を歩いてやっと入城です。
アイゼナハの街を見下ろすようにテューリンゲンの森に建つこのお城。
ドイツの文化史や精神史において重要な場所とされ、ドイツ人の心の故郷と称されます。
NHKの「シリーズ世界遺産100」で見て、いつかは訪れたいと思っていたお城。
この度やっと実現しました。
前述の番組で、訪れた人々にこのお城から連想される人を尋ねたところ、
聖女エリザベート、ワーグナー、ゲーテ・・・などなど。
この人物たちがドイツ人とこのお城を強く結び付けているようです。
城内ではこの人物たちゆかりの場所が次々に出てきます。
一気にまとめましたので写真が多くなってしまいました。
よろしければお付き合いを。
以下、今回の旅程です。(☆印がこの旅行記です。)
4月23日(土) 福岡~関空(こちらで大波乱)~香港
~深夜便でフランクフルトへ
4月24日(日) 早朝フランクフルト着~フルダ~リューベック
4月25日(月) リューベック~ヴィスマール~バート・ドーベラン
~リューベック
4月26日(火) リューベック~シュヴェリーン~リューネブルク
~ハンブルク
4月27日(水) ハンブルク~ブレーメン~ハンブルク
4月28日(木) 終日ハンブルク
4月29日(金) ハンブルク~ツェレ~ハノーファー~ゴスラー
4月30日(土) ゴスラー~クヴェトリンブルク~ヴェルニゲローデ
~ゴスラー
5月 1日(日) ゴスラー~ヒルデスハイム~ゴスラー
5月 2日(月) ゴスラー~ライプツィヒ~エアフルト
☆5月 3日(火) エアフルト~アイゼナハ~エアフルト
5月 4日(水) エアフルト~フランクフルト~ベンスハイム
~ゲルンハウゼン~フランクフルト
5月 5日(木) フランクフルト~バッハラッハ~ボッパルト
~フランクフルト
5月 6日(金) フランクフルト~バート・ホンブルク
~フランクフルト空港から帰国
5月 7日(土) 羽田~福岡
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12:40開始のガイドツアーでお城の中へ。
入城してすぐ右手には何やら彫刻の並ぶ空間が。 -
壁画もずい分薄れていて、かなりの古さを物語っています。
-
そこはガイドツアーが開始された「騎士の間」。
ロマネスク様式で、当時は男性たちの大部屋だったそう。 -
人が多く、なかなかうまい撮影ができません。
-
柱上部には様々な彫り。
-
こちらは鳩でしょうか。
-
窓からの光が、暗い室内をほのかに照らします。
-
次の場所への移動の途中にはこのような封鎖された階段が。
-
到着したのは「食事の間」。
-
オーク材の天井で「騎士の間」とは全く異なる雰囲気の空間です。
大きな暖炉が見えますが、そればかりか床下暖房まであったそう。 -
大きな長持ちには何が入っていたのかしら?
-
15世紀製のタペストリー。
-
常にガイドの最後尾にいて、できるだけ人がいなくなってから撮影して
急いでツアーに追いつく・・・を繰り返していました。(笑) -
次がこのお城の目玉のひとつ、「エリザベートの間」。
-
壁や天井一面にモザイク画が施された煌びやかな部屋です。
-
もっと壁にズームしての撮影もすればよかったのですがすっかり失念。
細かなタイルのモザイクだそうです。 -
装飾画のモチーフとなっているのは聖エリザベート。
-
ルートヴィヒ4世の妃として、わずか4歳でハンガリーから輿入れした王女。
-
高貴な身分でありながら質素な生活を旨とし、貧しい人々や病人の救済に
あたりました。 -
イチオシ
14歳で正式に結婚するも、わずか20歳で未亡人になるという壮絶な人生。
-
夫の死後、その弟や姑に疎まれこの城を追われ、豚小屋に住むまでに身をやつしたと
伝えられているそう。 -
その後、叔母の支援などを得てマールブルクへ移り住み、貧民・病人の救済に尽くし、死後、列聖されました。
私も2015年に訪ねた「エリザベート教会」に祀られています。
*有名な「薔薇の奇跡」の絵は見ることができませんでした。
この部屋ではなく、エリザベートの絵が集められた通路にあったのかしら? -
そこを抜けるとカペレに到着。
-
小さいながらパイプオルガンもある清楚な聖堂です。
-
続いてこのお城一番の目玉、「歌合戦の間」へ。
中央の黒いジャケットの男性がこのツアーのガイドの方。
学芸員さんでしょうか。
大変に熱の入った案内で多くのことを語っておられ(もちろんドイツ語で私は
聞き取れておりませんが)、次のグループに追いつかれるほど時間をかけて
ガイドして下さいました。 -
奥の方は神殿を思わせる造り。
-
こちらも柱も「エリザベートの間」のような美しいモザイクで装飾されていました。
-
この時、熱心に説明されているのは・・・
-
このタペストリーのお話。
-
歌合戦の模様が描かれたものです。
13世紀、時の城主ヘルマン伯が「ミンネゼンガー」と呼ばれた騎士歌人を集め
催した歌会。
歌会とはいえ、負けた方が命を落とすという壮絶なものだったそう。
後世、19世紀にワーグナーがこれを題材に「タンホイザー」を書き、バイエルン王
ルートヴィヒ2世がこのあと訪ねる「祝宴の間」を模してノイシュヴァンシュタイン城に
「歌人の間」を作ったのは有名な話ですね。 -
歌合戦が記された書物と、ミンネジンガーがつま弾いた楽器リュートも
展示されていました。 -
続いて「方伯の間」。
この部屋には重要な絵があります。 -
「ヴァルトブルクの誕生」と題された壁画には・・・
-
1067年、時のテューリンゲン伯ルートヴヒ・デア・シュプリンガーが山頂を見て
「待て(wart)、城(burg)になれ」と言った途端に現れたという、
この城の誕生のシーンが描かれていました。 -
部屋の角には立派な暖炉。
-
柱飾りも金で立派です。
-
そしてガイドの最後は「祝宴の間」へ。
-
奥行36mもの大広間。
今でもコンサートが催されるといいます。 -
それからアイゼナハのギムナジウムの卒業式も。
こんな歴史的な場所で卒業式なんて! -
このお城、中世さながらの地味な外観に反し、内部はこのように絢爛豪華な
部屋が多数あります。
ほとんど廃墟となっていたのが19世紀に修復されたからなのだそうです。 -
実に煌びやかです。
-
この先は自由行動。
もうひとつの見どころを目指して、人に着いて進みます。
「祝宴の間」からすぐにあったのがこちら。
「19世紀のヴァルトブルク城の復元」と題された部屋です。 -
当時のものであろう調度品や家具、芸術品が展示されていました。
-
こちらは細かな細工の飾り台や装飾品。
-
精巧な彫りの飾り棚。
-
金が多くあしらわれた品々も。
-
この部屋の窓からはテューリンゲンの森とアイゼナハ市街地が見えました。
-
こちらも立派な飾り棚。
-
陶器でしょうか?
城の内部や、合戦の様子が描かれているようです。 -
次の部屋は「王の寝室」。
-
木製の小さなベッドです。
ヨーロッパの王や女王の寝台はこのように小さなサイズのものが多いですよね。
いつ敵が襲来するか知れなかった中世の騎士時代、ゆっくり体を伸ばして眠ることはできず、
そのため上半身を起こして眠るためにこのような小さいベッドが主流だったと
何かで見たことがあります。
日本の戦国時代の、”枕を高くして眠れない”と同じようなことでしょうか。 -
そしてその先に最後の目指す場所の表示が現れました。
「ルターの間」へ向かいます。 -
このような階段を下りていきます。
-
古い天井の木の廊下を歩いて・・・
-
到着しました!
-
窓がひとつあるだけの、小さな小さな部屋です。
-
マルティン・ルター(1483年~1546年)は1521年5月から
この部屋に籠って、ギリシャ語の新約聖書のドイツ語訳を成し遂げたのだそう。 -
小さな部屋の小さな机でそんな大仕事が成されたとは。
-
部屋から先の廊下を歩くと土産ショップに出るような作りでした。
-
土産屋さんの外はこの城に入った辺りの場所。
-
時刻は13:50過ぎ。
12:40からのツアーでしたから、たっぷり1時間以上の見学でした。 -
お城敷地内か、下のホテルでゆっくりランチしたところでしたが、
街へ戻るバスが毎時25分の発でしたから、これから食事をすると14:25は難しい。
かといってその次は15:25発になり、このあとのスケジュールが心配。 -
ということで、14:25発で街で下りることに。
少し時間があるので、お城の周囲をちょっと散策。 -
砲台を見ると、戦国のお城だったのだと思い知らされます。
-
あー、やはり風が冷たい。
お城の中では忘れていましたが、スヌード忘れをまたここで後悔。(笑) -
では、そろそろバス停へ向けて下山します。
-
城の入口を抜けて・・・
-
木の橋を渡ります。
-
眼下にはシュロスホテル。
あー、ここでランチができたらよかったのに~! -
テューリンゲンの森。
-
最後にお城を見上げて。
かのゲーテも1777年にこの城に滞在し、その時の感動を
「この城は私の身を滅ぼすほど美しい。」と手紙にしたためたほどこの城に魅せられ
ワイマール宰相となったその後に、城の修復を命じたそう。
今も美しい姿を見ることができるのは、城を愛したゲーテのお陰とも言えるのでしょう。 -
では、バス停へ向かいます。
-
行きと同じく森を見下ろしながら。
-
行きは大変だったけど、帰りは楽々。
-
桜に似た花(アーモンドの花?)越しにアイゼナハの街を眺めながら。
-
前を歩く男性、なかなか重装備ですね。
-
この岩はいつ頃から城の歴史を見てきたのでしょうね。
-
バスの発車までに時間があったので、バス停の下の方へ散策に。
小さなインビスが出ていました。 -
ここにも日本語。
左手の森の中の歩道を進むと街へ着くようですが、寒さと時間短縮のためにバスを選択。 -
そして、その少し上に、行きに気になっていたこの子たちがいました!
-
いたいけな顔つきのロバちゃんたち。
今は観光用なのでしょうが、昔は運搬などの貴重な労力だったのでしょうね。 -
白い子たちもいました。
-
そうしているうちにバスがやってきました。
行きと同じ10番のバス。 -
定刻の14:25に出発です。
-
なんと乗客は私ひとり。
-
車窓からお城にお別れを。
またいつかゆっくり訪ねたいものです。
では、街へ戻ります。
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