2016/08/27 - 2016/08/27
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morisukeさん
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オッサンネコです。
現在のバンコクはチャクリ王朝と呼ばれ、チャオプラヤ川の東側から広がった
200年以上の歴史を持つ大都市になります。
でもそのチャクリ王朝が始まる前に、チャオプラヤ川の西側に15年間だけ存在した都、
それがタークシン大王が作り上げた旧都トンブリーなのです。
都市化が進むバンコクにおいて、トンブリーは開発から取り残されてきたのですが。
昔ながらのコミュニティは強く、今なお下町風情が残る町並みを垣間見る事が出来ます。
そんな一握のノスタルジックを探しに、旧トンブリーまで出かけてきました。
その時の記録です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
どうもどうも、オッサンネコことモリネコです。
前回あまりにも白く修繕されているワットアルンを見てびっくらこいた後のお話。
ここからはガイドブックなどでほとんど紹介されないチャオプラヤ川の西側、
情緒あふれるトンブリー地区を散歩してみる事にします。
ガヤガヤしたワットアルンの裏手に出ると、街並みが下町風にガラッと変わります。
石畳の小路もあまりバンコク市街ではみかけない風景ですね (゚∀゚*)ホウホウ
時代の流れを思わせるのは、若いお坊さんがスマホ歩きしているとこでしょうか(笑) -
おっ。中々味のあるペイントじゃないの。
-
路地の風景。
この辺は平屋建てが多く、バンコク市内にあるソイとはまた一風違った印象を感じます。
家の前でボーっとしているおばあちゃんに挨拶するといい笑顔が返ってきました。
(´∞` )ホッコリ -
路地の風景。
ドス黒く淀んだドブ川の上にも生活感が漂っているのがスゴイです。
この引き上げられている船、まさかこのドブで使うのでしょうか…
まさかねぇ…。 -
一旦陸橋に登ってバンコクヤイ運河を渡ります。
このバンコクヤイ運河は元々チャオプラヤ川の本流だったんですが、
現在は運河として扱われ、観光客を乗せた長尾船が狭い川を頻繁に行き交っています。
奥に見える橙色の屋根がワット・カンラヤーナミット。
まずはあそこまで歩いて行ってみましょう。 -
イチオシ
バンコクの路地裏でよく見かけるこのお堂。
これはその土地の土地神(精霊)を祀ったもので、ピーと呼ばれています。
このピー信仰は元々仏教とは異なる完全な土着信仰(アニミズム)になるのですが、
タイ人はこのピーを畏れ敬い、粗末に扱えば身の回りに不幸が起きると信じています。
日本の仏教が神道と融合してる様に、タイの仏教観もピー信仰と融合しているのです。 -
トタン板でできた路地をすり抜け。
決して道に迷ったわけではござりませぬ (;´Д`) -
でっかい日傘の下で、皆さん屋台メシ中。
路地のどこへ行っても何か売っている屋台があるのはタイならでは風景です。 -
路地を歩いているとこんなクラシックな車に遭遇。
これ廃車だろと思ったんですが、まだまだ現役の様です。うほほ。 -
ココナッツのアイスクリームを売るおじさん。
歩くたびにチリンチリンと響く鈴の音がいいな~と聞いていたら、
時折手に持っていたラッパをパフパフ鳴らしていました。
おおっ ヾ(´∀`*)ゝ
なんか懐かしいと思ったら、よく夕暮れ時に近所に来ていた豆腐屋さんのラッパですね。
忘れかけていた記憶の断片が頭の中に一気にフラッシュバックした、そんな暑い午後の昼下がりでした。 -
ワット・カンラヤーナミット(Wat Kalayanamitr)
チャオプラヤ川をボートで遡上すれば、ワットアルンに着く前に必ず目にする寺院です。
寺院の建立は1825年。
当時の王様ラーマ3世と繋がりのあった貴族が自分の土地に寺院を建て、
そのまま土地ごと王室に寄贈したのが始まりとなります。
その功績から、貴族の名前カンラヤーナミットがそのまま寺院の名称になっています。 -
ワット・カンラヤーナミットの大仏像。
バンコクで一番大きな座仏像になります (*゚∀゚)ノ
実は頭だけが異様にデカくて、少しアンバランスなのです(笑) -
熱心にお祈りをする親子。
こういうのを見ると、タイはホントに信心深い仏教国だなぁとつくづく感じますね。 -
これはタイの寺でよく見かける光景。
タイではお坊さんに寄進をすると、ありがたいお経を唱えてもらえるのと、
頭の上から清めの水を掛けてもらいます。
タイの友人と寺に行くと必ずこれに参加させられるのですが、
容赦なく水をぶっ掛けてくるお坊さんもいて、中々スリリングなのです…。 -
ワットカンラヤーナミットの全景。
通常チャオプラヤ川からはこの端正な三角形の破風が必ず目に入ります。
オレンジ色の屋根とそれに相反する白い壁の対比は正に絶妙。
寺院の前には船着場もあるので、比較的アクセスがしやすいおススメの寺院です♪ -
あ、どうも。モリネコです。って聞いてないか…
-
ワット・カンラヤーナミットから川沿いの遊歩道に出ます。
チャオプラヤ越しに先ほどのワットアルンも見えています。
天気も良くて気分爽快 ヾ(´∀`*)ゝ -
建安宮(Kian Un Keng Shrine)
ワット・カンラヤーナミットのすぐ隣にある、タイ最古の中国寺院でッス。
様式はタイには珍しい福建様式。
アユタヤ陥落後、トンブリーに移ってきた華人は自分たちの集落をこの一帯に形成し、
ラーマ3世在位時に古い寺院を統合して、今の福建式の寺院が出来上がったそうです。
建物自体は非常に古いですが、中国寺院特有の彫り物は精緻で実に灌漑深いです。 -
うーん、この扉とか中華っぽさがマックスです。
今にも仙人みたいなお爺ちゃんが出て来そうな雰囲気… -
建安宮
円の飾り窓とか、彫り細工がすんげー w(゚ロ゚;)w オォォ━━━!! -
建安宮の中をちょっとだけ。
中は線香の妖艶な煙と臭いが充満してます。 -
遊歩道にあったベンチ。
これは… うん、空気イス専用ベンチですな。 -
イチオシ
遊歩道近くにあった古い家屋。
日本で言う古民家なのかな…。いやー、このレトロ感ハンパないッス (゚∀゚ ;)
タイの歴史を振り返ってみると… アユタヤ朝時代にはキリスト教の宣教師とともに
多くのポルトガル人がアユタヤの街に移り住んでいたと言われています。
そのアユタヤも1767年にビルマ軍にて陥落。
しかしその1年後、タークシン将軍がポルトガルの援軍を受けて王都アユタヤを奪還。
結局奪還はしたものの、アユタヤはもはや再建不能なまで破壊されており、
タークシン将軍はアユタヤに見切りをつけて、チャオプラヤ川下流(現トンブリー)に新たな首都を形成するのです。
その時の功績を称えて、ポルトガル人に居住区を認めたのがこの一帯、
確かにここにはポルトガル人のコミュニティが存在したのです。
この古い家はその名残…なのかな。 -
サンタクルス教会(Santa Cruz Church)
先ほどの古い家の近くにあるバンコクでも最古にあたる教会。
これもポルトガル人のコミュニティがあった証でもあります。 -
中を覗いてみると中学生がミサを行っている最中でした。
邪魔しないように静かに写真を撮らせてもらい、そっと教会を後にします。 -
サンタクルス教会から一度大通りに出ました。
アルンアマリン通り(Thanon Arun Amarin)です。
ここから先ほどのバンコクヤイ運河まで引き返します。 -
トンソン・モスク(Ton Son Mosque)
バンコクヤイ運河に架かる橋の袂にあります。
古くはアユタヤ朝のナライ王の時代(1688年)にはここにあったとされる仏教寺院で、
ラーマ2世の時代に敬虔なイスラム教信者によってモスクへと建て替えられました。
ちなみにトンソンというのは「二本の松」という意味で、
このモスクの門の前に二本の松があった事に由来しています (*゚∀゚)ノ -
中が見たいなー。見たいなー。
でも扉は閉まったままでした… 残念。 -
トンソン・モスクからさらに路地を奥へと進みます。
こんな路地でもプチ屋台が出ているところが流石! ш(´∀`*)ш
炭火で焦がされた豚肉の脂の匂いが漂ってきてタマンねッス。 -
あ、どうも、モリネコです。
って私すごい警戒されてますね…。 -
ワット・ホン(Wat Hongrattaranam Ratchaworawihan)
トンブリー王朝の名残を遺す由緒ある寺院です。
この寺院もアユタヤ朝時代に裕福な華僑によって建てられた古い寺院で、
ホン(Hong)はこの寺院を建てた華僑の名前(Nai Hong)から取っています。
トンブリー朝時代、ワット・ホンは王宮の近くに位置していたことから
時のタークシン王はこの寺院を仏教教育の本山として手厚く保護したそうです。
この寺院は観光客は皆無。
ワットアルンからそんなに離れていないのに、喧騒とは無縁の空気が流れています。 -
イチオシ
ワット・ホンの本尊。
うーん、これはなんと立派な仏像じゃありませんか。
タイの寺院はとにかく風通しが良くて涼しいので、つい恒例の昼寝をしてしまいました。 -
ワット・ホンの隣では老朽化した建物の工事が行われていました。
こっちから見える三角形の屋根は寺院の破風だと思うんですがね。
ん…?
よく見ると… -
ド━━━(゚ロ゚;)━━ン!!
ウソでしょ!?
いやいや、あんたたちは立派よ…。 -
ワット・ホンのすぐ隣にタークシン王の廟を見つけました。
ひっそりとした佇まいですが、何組かのタイ人が入れ替わりで参拝に来ていたので
それなりに有名なお参りのスポットなんだろな。 -
こちらがトンブリー王朝の祖、タークシン王。
元々は広東出身の華人で、アユタヤ終焉期には様々な軍務に就いた将軍になります。
中国名は信(シン)。
アユタヤ属国のターク国で王になった時から「タークシン」の称号が与えられました。
タークシン将軍は1767年にアユタヤ奪還を果たした後、
今のトンブリー地区に新たな首都を築き、自らを王としたわけですが、
晩年は自身が正当な王家の血の繋がりがない事に劣等感を抱き、
最終的には精神に異常を来たして、自分の配下であったラーマ1世に静粛されます。
トンブリー王朝が続いたのはたったの15年間。
正に風雲烈火の如く激動の時代を駆け抜けた王様ですが、
タイ祖国をビルマから救った英雄として、タイ人からは今でも敬愛されています。 -
これ、興味深いですね。
トンブリー王朝最盛期には、シャムの国土はこんなに広かったんです。
今と違うのはラオスとカンボジアがシャムの属国となっている事、ですかね。
今あるタイ国土の原型になったのはラーマ5世の時で、
イギリスやフランスが重商主義を掲げて植民地化を推し進めている時代でもありました。
結局ラーマ5世は仏領インドシナを拡張したいフランスに圧される形で
ラオスやカンボジア領土の譲渡を余儀なくされますが、一方では軍隊の近代化を進め、
英・仏との駆け引きで自国を守り続けた手腕は高く評価されています。
英・仏がお互いの緩衝地としてタイを残したという政治的側面もありますが、
アジアで植民地支配を受けた事がないのは、日本とタイこの2国だけになります。 -
ここからもう一度ボートに乗ってチャオプラヤ川を遡上します。
ワット・カンラヤーナミットを出ると、すぐにバンコク・ヤイ運河、
そして運河の河口にヴィチャイエン要塞が見えてきます。
このヴィチャイエン要塞があった場所にトンブリー朝の王宮があったのですが、
今はタイ海軍の基地になっており、当時の面影を残すのはこの要塞だけになります。 -
イチオシ
チャオプラヤ川から見るワット・アルン。
ここでワットアルンの由来と歴史を少々。
ワットアルンは都がアユタヤにあった時から既に川岸にあった寺院なのですが、
その時は別の名称、ワット・マコークと呼ばれていました。
マコークは当時この辺に生い茂っていたウルシ科の植物で、バンコクの語源にもなっています。
タークシン王がトンブリーに遷都をした際、このワット・マコークに着眼し、
トンブリー朝の王室寺院(ワット・ジェーン)として手厚く保護をしました。
都がラッターナコーシンに移り変わった後でもワット・ジェーンは王室から寵愛され、
ラーマ2世の時に大きく改修され、名称も今のワットアルンに変わったと言われています。
ちなみにアルンとはインド神話に登場するアルーナ(金星・暁神)に由来しており、
神話上はタイ王室の象徴、ガルーダの兄である設定になっています。
アルーナは不完全の状態で生まれて来てしまい、それ故に実態としては描かれず、
どういう姿をしているかは分かっていないのです。 -
ワットアルンを過ぎて、ワットラカンに到着しました。
ラカンはタイ語を勉強すると必ず覚える単語、コー・ラカン(鐘)の意味です。
こちらもアユタヤ朝からある古刹の寺で、タークシン王によって改修されました。
ラーマ1世の時代に敷地内から鐘が出土した事がそのまま寺院名称の基になっており、
今でも敷地内は大小様々な鐘が奏でる音色で包まれております。 -
ワット・ラカン(Wat Rakhang Kositaram)
どうでしょう、この溢れかえるタイピーポー。
これは単なる参拝ではなく、お坊さんのありがたい読経を聞こうと集まった人々です。
ワット・ラカンはタイ人の中では指折りのタンブンスポットで、
願い事が叶う、万病が治るなどの効能があると囁かれておりまっす。
大願成就、心病平癒、これは日本の神社でお願いするのとまったく一緒ですね。
ちなみにタイにもお守り(プラクルアン)というのがあって、
寺院をお参りするついでに買っていくのが、タイ人流の寺院参拝の慣習となります。 -
ワット・ラカンの本尊。
折角なのでオッサンもささやかなお祈りをしてみましょう (。-人-)
美味しいウナギが食べたい… 美味しいウナギが食べたい…
※今日現在、大願成就せず。どうやら却下された模様…。 -
ワット・ラカンからシリラート病院に向かう途中、商店街の様な通りがありました。
カフェとか雑貨屋、露天商とか色んな店が所狭しと軒を広げています。 -
おっっ メロンシェイク。
こんなまるまるとしたメロンを目の前に見せられると誘惑には勝てましぇん。
お値段はわずか30Baht(100円)。ちゃりーん。 -
オレンジ色のメロンにしちゃいました。
これ、激ウマァ━━━d(゚∀゚)b━━━!!
炎天下歩いていた事もあるんですが、メロンの風味とみずみずしさがサイコー。
こんな路地で小さな幸せを見つけちゃいました。 -
タイのお惣菜屋さんですね d(゚∀゚*)
料理名は全く分かりませんが、一つだけ確実なことがあります。
どれ選んでも間違いなく辛い…。 -
シリラート病院(Siriraj Hospital)
この手記を書いている2016年10月13日、
このシリラート病院にて現国王ラーマ9世(King Bhumibol)は崩御されました。
ただ故人へのご冥福を心よりお祈り致します。 -
イチオシ
元々シリラート病院のあったところはタイ国鉄のトンブリー駅があったのですが、
再開発の余波を受け、駅自体は500m程行った先に移転となっています。
使われなくなった踏切が撤去されずに残されているのも、タイならではの風景ですなぁ。 -
こちら、かつてトンブリー駅のあった辺りです。
現在は整備された面白みに欠ける歴史博物館がその跡地に建っていますが、
かつてトンブリー線を走った蒸気機関車が当時の面影を残すだけとなってます。 -
シリラート病院脇の船着場「ター・ロッファイ」。
ロッファイはタイ語で鉄道という意味ですね。
ここからサパーンタクシンまでボートで戻って帰路に着きます。
雨季でここまで晴れてくれたのは嬉しい限りですが、
強烈な陽射しと湿気の中えを歩いてきたからヘロヘロになっちゃいました。
今日は河岸のみをてくてく歩いてきましたが、次回はそのもっと奥まで入って
自分の探索範囲を広げていきたいと思います (*゚∀゚)b
それではまた~。
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