2016/08/09 - 2016/08/16
105位(同エリア179件中)
むしころさん
旅行も終盤。
7日目はソフィア→ボヤナ(リラの僧院)→ソフィア(市内散策)
そして空港へ・・・8日目の19:10に日本到着。
リラの僧院よりも途中のハチミツ屋さんでの買物が印象に残った・・・
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朝ごはんが豪華だった。
ハチミツは巣ごとあった!!
食べたことないし、あんまりこれを食べたいと思わなかったので見るだけ・・・
今日は8:30に出発です。ホテルは今日が最後、チェックアウトして今夜は飛行機だ。ノボテル ソフィア ホテル ホテル
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9:10
ボヤナ教会到着。
教会にELEONORA女王のお墓がありました。
ブルガリアの皇帝フェルディナンド1世の二番目の奥さんです。
1908年から1918年までの皇帝です。
彼女は1908年に結婚して1917年に亡くなられています。 -
ここもお墓なのかなあ??
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この小さい入り口から入ります。
・・・穴だらけなのだが・・・
中の温度を17℃に保つため滞在時間は10分まで、人数は12人くらいまでと決まっているそうです。 -
教会は10世紀に建てられ、13世紀・19世紀に建て増しされました。
横から見ても明らかに違う・・・
ちなみに右から順に10世紀、13世紀、19世紀
より多くの人が中に入れるようにするためだそうです。
内部は撮影禁止です。
1259年に描かれた「最後の晩餐」のフレスコ画がルネサンス前の時代だったのに、ルネサンス風だったので注目されたそうです。ボヤナ教会 寺院・教会
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ボヤナ教会の入り口
年中無休で
11月〜3月は9:00〜17:30(チケットは16:45まで)
4月〜10月は9:30〜18:00(チケットは17:30まで)
中のトイレがきれいで良かったです。ボヤナ教会 寺院・教会
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ボヤナからリラへ向かう。86kmで約1時間45分かかります。
高速道路から見えた向日葵畑 -
馬がいる〜!!
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トンネルをくぐる
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後ろが開いたまま走行している車
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途中コチェリノヴォに停車
コウノトリの街なんだそうです。
家の煙突の上に巣がある。
かなり大きい巣を作るのだな -
こっちの家は二つもある!
コチェリノヴォ村 旧市街・古い町並み
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近くに牧草地や川があるので食べ物を確保しやすいなどの理由があり、沢山のコウノトリがここにやってきて巣をつくるらしい。
リラの僧院に行く途中多くの観光客がここに立ち寄りコウノトリを見ていくそうです。 -
リラではハチミツが有名だそうです。道端にも何軒かお店がありました。
こちらはストゥイメンさん(Stoimen)さんと息子のペテルさん(Petar)のお店。
ペテルさんが過呼吸になりそうなくらいな勢いで熱く説明し、どんどん味見させてくれて、折角だから買っていこうかなという気持ちにさせてくれます。(これからますます繁盛しそうだ)入れ物をわざと落として、プラスチック製だから割れないこともアピール!
金色はアカシア(いつもの蜂蜜の味!)
茶色のは菩提樹(香りとかそんなに分からなくて飴っぽい味)
こげ茶が松(喉にいいらしい。酸味を感じた)
それと菩提樹の蜂蜜にナッツが入った品もありました。
1レバを2ユーロで換算してユーロでも買えました。
小さい入れ物が3ユーロ、中サイズが4ユーロ(中に巣が入っているものは5ユーロ)、大が5ユーロ。 -
トマトスープ
ミネストローネの味ですな。 -
マス、味付けはレモンと塩でシンプルに・・・。
おいしかったです。
じゃがいもおいしい。
ちなみにリラ地域で有名なもの
1 マス
2 ヨーグルト
3 はちみつ
だそうです。 -
クレープ
中にシロップと砕いたナッツ(アーモンドかな?) -
外で焼いていました。
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マスは見えない
ガイドのバセラさんによると
リラ山は標高が2925mありブルガリアで一番高い山で、2000m以上のところへ行くと熊がいて、氷河期にできた湖が150個くらいあるそうです。 -
8月15日は聖母の被昇天の日ということでリラの僧院がいつもより混んでいるそうです。
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ブルガリア正教の総本山といえる寺院だそうです。
10世紀にイヴァン・リルスキさんがこの地にやってきて洞窟に住んでいたのですが、彼は奇跡を起こせるということで、町から色々な人が願い事をしに来たり相談に来ました。
そのうち一緒に住みたい人たちも現れ、彼らに教えを説いたりしました。
その場所は現在の僧院から4kmほどの所にあるそうです。リラ修道院 寺院・教会
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イヴァン・リルスキさんは70歳で亡くなりましたが、その後もお墓の所で奇跡が続き(病気が治ったりしたらしい)、今も中央の聖母誕生教会内に棺が安置されているので沢山の人が訪れるそうです。
1833年の大火事で大半が燃えてしまった教訓で、今は燃え広がるのを防止するための防火扉などを設けてあるとのこと。リラ修道院 寺院・教会
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中央の教会のポーチ壁にあるフレスコ画
最後の審判のフレスコ画
右は地獄行きです・・・ -
ネオフィト・リルスキーさん(Neofit Rilsky)1793〜1881
僧であり、リラの僧院では教師として活躍した人らしいです。 -
スリらしき人たちが結構いたので、かなり警戒した。
ところで、イヴァン・リルスキーさんの棺ははじめこのリラにあったのですが、途中で首都のソフィアへ移動され、さらに首都がヴェリコタルノボになったとき移動して、オスマン帝国の時代にはトルコのイスタンブールへ移動し、再び15世紀にリラに戻されました。
これはオスマンの時代にスルタンの妻でセルビア人のマラ王女が棺をリラに戻してくれるよう動いてくれたからなのだそうです。(正教会の信者だったので理解があったらしい。)
中に入って正面に左からマリア様、キリスト様、イヴァンリルスキー様の絵が描いてあって、イヴァン様の絵の下に青い布があるのですが、その奥に棺が収納されていて、司教さんが時々出して見せてくださるそうです。時間とかは決まっていないとのこと。そして、手の部分だけみえるらしい。 -
僧院は19世紀の再建
10世紀のものは残っていません。
一番古いのがこの14世紀の塔
一番下の階にお土産やさんがあります。お土産やさんの後方部の空間は倉庫だそうです。
一番上の階がチャペル。 -
二番目の大きなアーチのところが時計で
その上の中くらいのアーチのところが銃とかを撃つ窓
その上の小さい窓のところがチャペル部分
だそうです。フレリョの塔 建造物
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僧院まっぷ
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見学終了〜〜!
今の時間。14:15 -
バスで出発〜
再び蜂蜜屋の前を通るので、おじさんいるかな〜〜?なんて言っていたら、
運転手のコンスタンティンさんがホーンを鳴らしてくれました。
ストゥイメンさん、気づいて手を振ってお見送りしてくれました。笑
ブンブーンって言ってた。?蜂の真似か? -
息子さんも走って出てきてくれた。
これからも繁盛するといいね〜
ああ、そのうち立派な店が建っていそうだ。 -
ソフィアへ行く途中の街にて
歩道に勝手に陳列された商品・・・
何かの罠か・・・? -
牛さんがいっぱい
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羊もいっぱい
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ぼろぼろの廃墟
リラからソフィアまでは約86KM、1時間34分ほどかかる予定
高速道路はできたばかりなのでSAがまだないらしい。
そのため高速を降りてからガソリンスタンドでトイレタイム(毎回トイレで並ぶから時間がかかる) -
16:46 ソフィアの街中に入ってきた。
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昔の遺跡っぽい
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バーニャ バシ ジャーミア (Banya Bashi Mosque)
イスラムのモスクです
オスマン帝国時代の1576年に建てられました。
バーニャバシは温泉の意味で、本当に温泉の所に建てたからこの名前になったらしい。バーニャ バシ ジャーミア 寺院・教会
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公衆電話
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中央市場 セントラル・ハリ
20分ほど自由行動中央市場 市場
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色々なお店があります。
お菓子やワイン、チーズ、バラ製品、などなど
そんなに人がいないのでスリとかは大丈夫そうだった。
(油断は禁物ですが) -
セントラル・ミネラル・バス(現在はソフィア歴史博物館)
1913年に公衆浴場としてオープンしたが、第二次大戦中の1944年にアメリカ軍の空爆により南側が大破したらしい。
2015年の9月からソフィア歴史博物館となった。とのこと。
隣のモスクも温泉の上だったし、ソフィアは掘ると温泉が出るのか??! -
セルディカの遺跡
ソフィアは古代セルディカと呼ばれていました。
→この地域にはトラキア人のセルディ族が住んでおり、土地にセルディカと名づけたのが始まりです。
紀元前29年くらいにローマ帝国支配になり、マルクス・ウルピウス・トラヤヌス帝(在位98〜117年)が自らの名前にちなんでウルピア・セルディカと呼び、自治都市としました。
温泉が出るからローマ皇帝もこの地が気に入ったのかな?
6世紀くらいには二つ目の外壁も作られています。セルディカの遺跡 史跡・遺跡
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聖ペトカ教会
オスマントルコの時代につくられた、ブルガリア正教会の教会です。
こうやって見ていると本当にバルカン半島っていろんな国が攻めてきて統治者がどんどん変わっていくなあ・・・
ソフィアだけで見ると、、、
BC9〜8世紀にトラキア人が住み始めて →
BC29年あたりにローマ帝国下 →395年ローマ帝国分裂
→5世紀ビザンツ帝国(東ローマ帝国)→809年ブルガリア帝国
→1018年ビザンツ帝国→1191年ブルガリア帝国→1382年オスマン帝国
→1878年オスマンからの開放
・・・これで合ってるかな?? -
大統領官邸。
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旧共産党本部
今は主に政府のオフィスとして使われている模様。
右が大統領官邸で左が首相が働いているビルとTUMデパート。 -
ソフィアの像
かつてレーニンの像があった場所に
2000年に造られました。聖ソフィア像 モニュメント・記念碑
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聖ゲオルグ教会(Свети Георги)
ソフィアで一番古い教会です。4世紀にローマ人によって建てられました。
12〜14世紀のフレスコ画が有名とのこと。聖ゲオルグ教会 (ソフィア) 寺院・教会
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ローマ時代の皇帝が住んでいた家の跡。
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石にブルガリア語とフランス語でなにやら説明らしきことが書かれていた。
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政府の中枢への入り口か??
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大統領府 両脇の人は動かない・・・
でもこれ以上近づくと怒られるぞ。
写真は撮っていいらしい。 -
旧王宮
今は国立美術館になっています。 -
ブルガリア王フェルディナント1世とエレオノーラ王女(前妻は王様になる前に亡くなられたので二番目の妻を娶った)の結婚のために王宮の前を金のレンガで埋め尽くそうと計画していたらしいが予算が足りず、黄色の石であきらめたらしい。
ソフィアの市長が指揮を執って1907年から1908年にかけて敷き詰めました。
1個5ユーロかかり、銀行には30年で返済したとのこと。
59302.46?あるそうです!!! -
ロシア正教の教会
1882年の露土戦争後にここにあったモスクが破壊され、跡地に建てられました。
1907年に建築が始まり1914年に完成しました、
教会の地下には、奇蹟を起こすと信じられたセラフィム・ソボレフ大司教のお墓があります。聖ニコライ ロシア教会 寺院・教会
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交差点にて
警察官の見張り台。 -
1877〜1878年のブルガリア解放戦争で戦った志願兵の記念碑
ブルガリア志願兵の像 モニュメント・記念碑
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サムイル(Самуил 958〜1014年)
第一ブルガリア帝国の皇帝
1014年7月にクレディオン峠の戦いで東ローマとの戦いに破れ逃亡したが、敵に両目を潰されたブルガリア兵が続々と送り届けられてきたのを見て発作を起こして死亡。 -
聖ソフィア教会
ブルガリアで二番目に古い教会。
6世紀の建物で、ビザンチン様式
16世紀のオスマン帝国下でモスクに改装されてしまい、内部の12世紀に描かれたフレスコ画が破壊されてしまいました。
後、大きな地震もあって壊れてしまい、しばらく廃墟になっていましたが、1900年代から修復を始め、考古学調査も行われ、今は中世のときに近い姿になっているとのこと。
ちなみに、2世紀にはここにローマ劇場があったそうです。聖ソフィア教会 寺院・教会
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アレクサンダーネフスキー大聖堂
ブルガリアをオスマン・トルコ支配から解放したロシア皇帝「アレクサンダル2世」を記念して建てられました
ブルガリア正教の大聖堂です。
建築様式はバシリカ建築
1882年に建築が始まり、1912年に完成。
第二次大戦時は英米の空爆により特に北西の部分に大きな損傷を受けたそうです。
高さは53.02mあり、5000人収容できるとのこと。 -
見取り図。
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いよいよブルガリアにさよーなら。
今回は添乗員同行の旅だったから参加者の人とのおしゃべりとかが印象に残りました・・・
勝手にいろいろ連れて行ってくれて楽だけど、行った場所のことを忘れやすいので、旅行記を書いて少しは名称とか頭に定着できた(かな???)
帰りの飛行機も乗り継ぎ含め順調に飛び、日本へ帰りました。
次の日からまたがんばろ〜〜!
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