2016/07/09 - 2016/07/23
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ミズ旅撮る人さん
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13年ぶりにインドへ行くことになりました。15日間という長い行程なので、前半はヒマラヤの西端、インドの北端に当たるラダックへ、後半は西の砂漠ラジャスタン地方へ向かいます。
12回目は、上ラダックと呼ばれる地域にあるヘミスで、チベット歴5月9〜11日(西暦6〜7月)に行われるツェチュ(お祭り)です。
ヘミスはレーの南東、約45kmの山間にあり、普段は静かな谷も、この時だけは山なりがしそうなほどの人出。
道という道は車で埋まり、これでよくぞ車が前に進めるものだと変な関心をしてしまします。
なにしろ、今年は12年に一度のグル・リンポチェのタンカ(仏画)が開帳される年。
ただでさえ、ラダックで一番人気のチャム(仮面舞踏)なのに、もう今年はどうなることやら。
毎度、盛りだくさんの旅行記です。今回も午前・午後で別々に掲載します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
レーから25kmくらい行った所にあるスタクナ・ゴンパです。
17世紀初めに、ジャムヤン・ナムギャル王がブータンからドゥク派の高僧チョジェ・ジャムヤン・パルカルを招いて、その居寺として建設しました。
ヘミスとは同じドゥク派ですが、ブータン系のドゥク派で、ザンスカールなどの寺院を統括します。
現在の座主スタクナ・リンポチェは、スピトゥク・ゴンパの座主バクラ・リンポチェと並ぶ名士です。
今日は、ヘミスに行ってツェチュを見るだけなので、通過します。スタクナ ゴンパ 寺院・教会
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スタクナ・ゴンパを過ぎたあたりで、なんと軍隊の隊列に追い付いてしまいました。
日本の自衛隊くらいなら、そんなにたくさんはいないのですが、ラダックの軍隊は果てしない隊列を組んで移動します。
今日は、年に一度のヘミス・ツェチュですから、一般車もたくさん走っています。
対向車がいなくなると、一斉に抜きにかかります。
右車線を走っている車はすべて追い越し中です(インドは日本と同じ左側通行)。 -
ドンドン無理矢理にでも追い越して、カーブを曲がると、その先にもまったく先頭の見えない隊列が続きます。
これまで一体何台のトラックを抜いたことか。そして、これから先に何台いるのか・・・
ところが、幸いなことに、終わりは急に現れました。
追い越した数が数十台になろうかという頃に、突如、隊列が停車しました。
それらを横目で見ながら行くと、どうやら演習場に到着したようで、どんどん中に入って行きます。
演習場がヘミスより向こうでなくて良かった。 -
やがて、インダス川に沿って行くと対岸にチョルテンが点在する場所が現れました。
もしかして、あれがヘミス?
インダス川は進行方向(東)から流れて来ています。
なので、ラダックでは、レーより東側を上ラダック、西側を下ラダックと呼びます。 -
立派な吊り橋が見えました。インダス川に架かる橋は少ないです。
特に車の通れる橋は少ないので、遠回りは必須です。
新しい橋なのか、タルチョがあまり見えません。 -
残念ながらピントが向こう岸に行ってしまいましたが、道路脇にマニ車を持ったおばあさんがいました。
対向車側にいたので、レー方向に行きたいのだと思われます。
ヒッチハイクなのかな?それとも、ここにバスが停まってくれるのか? -
ウェルカム トゥ カルー(karu)。カルーの村は、インダス川を渡ってヘミスに行く分岐点です。
ものすごく立派なタルチョがはためいています。 -
タルチョいっぱいの鉄橋を渡ります。
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カルー村周辺も、軍事施設がいっぱいでした。
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車の隊列が作る砂煙の中で、ゲートを建設中の人々。
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ここはどこで、何をしに来たのか忘れてしまいそうな風景です。
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来し方を振り返ります。先ほどの道は、緑の向こう側です。左方向から来ました。
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裾野の広い変わったチョルテンを建設中。
これが、ヘミスを一番最初に見た時に見えたチョルテンです。 -
建設中のチョルテンのすぐそばに住む人々。道のわきに井戸があります。1軒なのか、長屋なのか?
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テントに住む人もいます。
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のどかな風景に、ボケっとしていると、突如、車の列が現れました。まさかと思うような量です。
まだ、ゴンパも見えない所でこの状態では、この先どうなるのでしょう。 -
反対側の山も、この状態。添乗員さんから出発前に、ゴンパには車では近づけないかもしれない。その場合は、20分程度歩くこともあると言われています。
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イチオシ
こんなに騒々しい中でも、チョルテンはそこにあり、菜の花は黄色く、住民は座っています。
ツェチュの日であろうとも、日常生活がここにあります。
それにしても、なんて美しい風景なのでしょう。 -
地層の縞も露(あら)わな岩山に、まったくそぐわない車の列。まともに駐車場なんてないから、どこでもいつも路上が駐車場です。
こんなに道路を路上駐車の車が占めてしまって、先に進めるというのもすごいです。ラダックの運転手の技術の高さは本当にお見事。 -
奥の崖っぷちに建物が見えて来ました。ヘミス・ゴンパでしょうか。
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さらに行くと、黄色い建物が見えて来ました。おそらくは、こちらがヘミス・ゴンパでしょう。
まだ、かなり距離があります。 -
背後の山が、非常にダイナミックです。この辺まで僧坊なのかな?
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振り返って見ると、だいぶ標高が上がっています(3,646m)。
この辺りから、車を降りて歩くことになりました。 -
石がゴロゴロとある埃っぽい坂道を登って行きます。
この先どうなるのか、まったくわからないまま、先頭を見失わないようについて行きます。 -
すごいことになってるなあとヘドモドしながら歩きますが、チョルテンに出迎えられ、僧坊が見え、珍しく濃く青い空と存在感のある岩山が見えて来ると、車や人の量に恐れをなしていた気持ちが、お祭り特有のワクワクした気分に入れ替わって行きます。
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このチョルテンの前には、二人の僧がいて、手にノートとペンを持っています。
お祭りの時はいろんな人がいます。 -
ちょっと広い場所に来ました。この辺から急ごしらえのテントの店が並びます。
売っているものは日用品やおもちゃ、仏具といったものです。 -
だいぶ上がって来ました。ここから足元が整地されているので、ゴンパの敷地内に入ったと思います。
緑の垂れ幕の前には、チベット圏特有の木製のテーブルが山積みになっています。寺院でも、個人宅でもよく見掛けます。 -
いよいよゴンパに近くなったと思うのですが、塀に囲まれ、木立が多くて自分がどこにいるのかわかりません。
かなりの勢いで坂や階段を上っているので、息は切れるし、たいへんです。 -
頭の上が開けて、建物が見えて来ました。到着?
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ヘミス・ゴンパです。角の看板にはゲストハウスと書かれていますが、ゴンパ本体です。
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軍のお偉いさんだけが、この舗装道路を車で上がって来ます。
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ゴンパの壁に沿って階段を上ります。振り返ると、ようやくどういう場所なのか理解できました。
これまでは、ツアーの人を見失わないように、足元に注意しながら歩くだけで精一杯だったのです。 -
真新しい経典を売っています。
かつては、腕時計をしている僧だって珍しかったのに、今では蛍光オレンジのスニーカーにスマホです。
古い経典だったら、欲しかったな。お堂の中で、数枚開いて、静かに次を読む僧を待っている、あの風情がとても好きです。
ヘミスで使用される経典は、さらに山の上にあるゴツァン・ゴンパという13世に建てられた古いお堂で印刷されています。 -
階段を登ったところが、ゴンパの中庭への入り口です。
看板の下に受付があって、予約済みのチケットをもらいます。 -
入り口は、中庭に抜ける通路になっていて、出入りする人でおしくらまんじゅう状態です。
ウカウカしていると押し戻されてしまうので、必死で前の人に食らい付いて進みます。
中庭までの長かったこと。そこで、反転して階段を上り、すさまじい人の群れを掻き分け掻き分け、ようやく2階のベランダ?に来ました。ゴンパの向かいの斜面には小さなお堂と旗がありました。 -
そこから更に上へ、階段を登ります。
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これが、ヘミス・ツェチュの入場券です。先ほどの階段を上った先は屋上でした。
そこには、ほんの少しの椅子しかなく、既に外国人観光客が占領済みです。
添乗員さんは、いつもは椅子があるんですが。取り敢えず、この辺にいてください。と、困惑気味。
やはり、今年は例年にない混雑ぶりで、ゴンパ側も対処しきれないのでしょう。 -
屋上は、中庭をよく見下ろせます。ゴンパの中央に掛けられたグル・リンポチェのタンカ(仏画)も良く見えます。
今年は12年に一度のグル・リンポチェのタンカの年ですが、普段の年は、16世紀の高僧ペマ・カルポまたは、ギェルセー・リンポチェのタンカだそうです。
タンカは、ツェチュの早朝に掛けられるので、その様子を見るのは難しいです。
ブータンのパロ・ツェチュを見に行った時は、座主がこの時間と感じた時にするため、午前3時の真っ暗なうちに掛けられてしまい、掛けるところを見ることが出来ませんでした。 -
中庭がチャム(仮面舞踏)の舞台になっています。ツェチュとは、「月の10日目」という意味で、グル・リンポチェにまつわる事象は10日目に起こったとされるため、お祭りはこの日に行われます。開催の月は各寺によって異なります。
私たちは赤い旗の右側に見える、人で埋まっている階段を登って、はるばるここまで上がって来ました。もう出入りすることは無理でしょう。 -
真下を見ると、こんな風です。雨傘がたくさん開いているのは、日除けであり、雨が降っているわけではありません。
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こちらは3階が屋上になりますが、ゴンパ側はもっと上が屋上です。タンカも見えないし、こちら側で良かったです。
しかし、この炎天下に立ったままで、何時間もというのは、しんどいです。 -
ゴンパの屋上も外国人観光客が鈴なり。
ヘミス・ゴンパの中庭には、このようなタルボチェと呼ばれる旗が4本立っていて、とても珍しいそうです。 -
チャムは午前10時に始まります。最初にチベット・ホルンのブォーッという音が何度か響いて、しばらくすると、法輪を描いた垂れ幕の中から踊り手たちが現れます。
ヘミス・ツェチュでチャムが行われるのは2日間です。今日はその初日。一番盛り上がる日です。
垂れ幕の前の階段を降りている踊り手がわかりますか?黒い帽子にオレンジの布を垂らし、胸に白い骸骨を描いた衣装を着ています。8人いますよ。 -
シャナク・チュースムという踊りです。黒い帽子(シャナク)を被った僧(ンガッパ)が13人踊ります。
ンガッパは、舞台を清めます。口にマスクをしているのは、悪霊を吸い込まないためです。 -
人・人・人・・・人しか写らない舞台周辺。ンガッパたちも狭くて踊りにくそう。
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ンガッパの後ろ姿。チャムの衣装はとても色が綺麗で、細かい柄が見事です。
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チャムの踊り手たちが出入りする時には、こうしてチベット・ホルンを鳴らします。
ファンファーレといったところでしょうか。似ても似つかない低い音ですが。 -
さあ、次の踊り手たちが降りて来ています。見つけられますか?
青っぽいとんがり帽子に金色の仮面を着けています。今度は9人います。 -
チンベブです。ドルジェ・ジッチェ(ゲルク派の守護尊)を含む16人の忿怒神が右手にダマルという楽器を持って踊ります。
これによって、すべてのものは清められ、舞台を聖域にします。 -
残念ながら、どこにドルジェ・ジッチェがいたのかわかりませんでした。牛の顔をしているので、見ればわかると思ったのですが。
部隊の奥に黄色い敷物を載せた椅子が並んでいます。次の踊りで、ここに八変化が座ります。 -
グル・リンポチェのタンカ(仏画)の前には、彩色の美しいトルマや真っ白なカータが供えられています。
トルマは、バター・ツァンパ(小麦の粉)・砂糖で作った塔の形をした供物です。寺院にもよく供えられています。
僧の帽子は、上から見るとおもしろい形をしているのが良く分かります。
一か所で摘まんだような、放射状の襞(ひだ)。なかなかおしゃれです。 -
少し、手前の方が空いて来ました。この辺りでは、音楽は聞こえても、肝心の踊り手は見えないでしょう。
見える場所を求めて移動したのか、タンカだけ見て諦めたのか。 -
これが、屋上からの最後の写真になります。チャムはまだまだ続きます。
ガイドが私たちの指定席を見つけて来たので、これからそこへ移動します。
なんと、その場所は、右端に見える八変化が座る椅子の真後ろです。ここから再び、真ん前に見える階段を降りて、舞台の横まで行くのです。
壮絶な移動が始まります。この時は、こんなすごい目に合うとは思ってもいなかったので、幸せでした。 -
人でびっしりの階段を降り、既に肉まんじゅうのようになっている舞台の袖に無理矢理突っ込み、自分たちがとんでもない侵入者であることを重々承知しつつ、恐縮しいしい進みます。
すると、ここでなんとチベット・ホルンがひと際高らかに鳴り響いたのです。
人々は口々に「Sit down!」と叫びます。いくら英語に弱い日本人でも意味は完璧にわかります。「座れ!」そう、一番の見世物が始まるこの瞬間に、私たちは人々の目の前に立ちはだかっているのです。
しかし、既に両足を置くスペースすらない状態で、かがむのすら不可能です。だって、ここは、あの法輪の垂れ幕の真ん前なのですから。
写真の開けた場所は、あの舞台です。 -
階段を見上げると、頭の上からタンカが下がり、グル・リンポチェのための日傘が登場しました。
この後、グル・リンポチェの人形が現れ、続いて八変化が現れます。しかし、ここで指示が飛びます。「前の人のリュックを掴んで、走れ!」
なんと私たちは、舞台の主役である八変化とともに舞台に入り、そのへりを走って指定席に駆け込んだのです。
そのため、八変化の登場シーンは撮れませんでした。 -
いや〜、もう二度とあんなことは出来ないと思うほど、すごい移動劇で、ようやく指定席に辿り着きました。さっきまでいた屋上は目の前です。
八変化は、もう着席していました。左の青い螺髪(らほつ)と、右の赤と白のデコレーションケーキのような頭がそうです。そして、八変化の随員が踊っています。 -
日傘の下にグル・リンポチェの人形が座っています。
このチャムはグル・ツェンギェといい、グル・リンポチェの生涯を表す八変化と共に現れます。
指定席では、立ち上がってはいけないことになっています。
とうとうグル・リンポチェの顔を見ることはありませんでした。
八変化は、真ん中にグル・リンポチェを挟んで4人ずつ左右に座っています。 -
ようやく落ち着いて周りを見回してみると、2階の回廊にはものすごく長いチベット・ホルンを構える僧がいました。
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その後ろには、たくさんの僧たちがひしめいています。
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青い顔は、グル・ツォキェ・ドルジェGuru Tsokye Dorje(パドマ・ヴァジェラPadma Vajra)。
グル・ツェンギェの一番手です。グル・リンポチェは、5月の10日目の夜明けにDhanakoshaの湖の蓮の花の上に生まれました。
彼は、「Padma Vajra」という名前を与えられました。蓮のダイヤモンドという意味です。
また、こうも呼びました「Tsokye Dorje」湖で生まれたという意味です。 -
2番手のグル・パドマサンバヴァは、意外と普通の顔をしています。
グル・リンポチェは、8世紀末10月の10日目にチベットの王に招かれてやって来ました。
彼は、Padmasambhvaと呼ばれます。 -
4番手のグル・パドマ・ギャルポ(Guru Padma Gyalpo)です。
若いグル・リンポチェは、湖の王に王宮へ来て養子になるよう要請されます。
王女と結婚し、王国を治めた彼は「Padma Gyalpo」と呼ばれます。
彼は、小さなダマルという楽器を持ち、もう片手にはお香壺を持ちます。 -
6番手のグル・シャキャ・センゲ(Guru Shakya Senge)です。
9月の10日目に、ガルーダの森の岩屋で、グル・リンポチェは、Acharya Prabha Hatiを弟子にして、マハ・ヨガのタントラ(呪文)を教えます。
彼は「Shakya Senge」という名を与えられます。
彼は、左手に鉢を持って踊ります。白いカータの下に見える黒いのが鉢です。 -
7番手のグル・センゲ・ドラドグ(Guru Senge Dradog)です。
5月の10日目、南インドで非仏教徒により、仏教の真理(Dharma)が破壊されそうになった時、グル・リンポチェは、その強力な霊力で撃破しました。
彼は、「Senge Dradog」として知られます。
チャムでは二人の息子と共に、上はライオン、下は虎の恰好で現れます。 -
8番手のグル・ドルジェ・ドロロド(Guru Dorje Drolod)です。
11月の10日目、グル・リンポチェは、ネパールに於ける布教を完了し、チベットやブータンも制覇、コントロールしました。
この時の彼は「Dorje Drolod」として知られます。
彼は、左手に短剣を持って踊ります。個人的には、このもしゃもしゃ頭の彼が一番好きです。 -
グル・ドルジェ・ドロロドは、何と言っても、動きがユニークです。
グル・ツェンギェのチャム(仮面舞踏)は、グル・リンポチェの生涯の出来事を8つに分割して表すという、変わった形態をしています。
8つの化身は、姿形は違えども、すべてグル・リンポチェなのです。
中身がわかって見ると、あまり大きな動きがなく、ゆったりとたゆたうように踊るチャムも味わい深く見えます。
チャムは、どの踊りも大きく両手を広げながら、ゆっくりと回ることの繰り返しで、音楽も低い音程がただ平坦に続きます。
慣れてくるとちょっとつまらないと思うかもしれません。
しかし、もともとチャムは仏事であり、神様へのお供え物なのです。 -
グル・リンポチェの人形が立ち上がりました。これで、午前のチャム(仮面舞踏)は終了です。
-
中央の右を見ている人が、ヘミス・ゴンパの座主です。
お若いんですね。なかなかイケメン・・・ -
ふと気が付くと、グル・リンポチェのタンカの上に、布が掛けられています。
なんと、タンカの御開帳は午前だけなのです。タンカは貴重なものなので、退色を防ぐために短時間で仕舞ってしまうのです。 -
グル・リンポチェの絵の上に完全に布が被せられました。
-
ヘミス・ゴンパの座主は、手に金剛鈴を持っています。
この人が座っているうちは、チャムは終わりません。 -
タンカは、上から徐々に降ろされて、下ではたくさんの僧たちが、巻き取っています。
-
巻き上げられたタンカは、僧たちに担がれてゴンパの中に移動します。
-
さあ、これから1時間のお昼休みです。
-
すると突然、この時を待っていたかのように、雨が降り出しました。確か、ここに着いた時はいいお天気だったと思うのですが、いつの間にか、厚い雲に覆われて、タンカが仕舞われると同時に雨が降り出しました。
いや〜、グル・リンポチェの霊力には、恐れ入ります。
まさか、ラダックで雨が降るなんて思ってもみなかったです。おかげで涼しくなりました。 -
昼食です。なんとお皿に乗せて渡されました。びっくりです。
これ、現地ガイドとドライバーさんたちで、盛り付けてくれたんです。
アルミホイルに入っているおにぎりは添乗員さんのお手製です。
小さいリンゴも甘くて美味しかったです。
ここまでしてもらって残しては申し訳ない。全部平らげました。お腹パンパン。
しかし、この混雑の中、どうやって作ったんでしょう???
例年は、一旦外に出て、テントを張って過ごしたんだそうです。
午後の部は、後編でお届けします。
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