2016/07/09 - 2016/07/23
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ミズ旅撮る人さん
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前回に続き、ヘミス・ツェチュの午後の部を掲載します。午前のメインがグル・リンポチェの八変化なら、午後はダオの破壊です。
ダオとは、小さな人形(ひとがた)で、仏教に対する敵の象徴です。ダオを供養して破壊することが、すべてのチャムの最終目標です。
ラダックの旅行記の最後となるこの回は、ヘミス・ツェチュとその後に見学したヘミス・ゴンパの様子を掲載します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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1時半、午後の部が始まりました。シンキョン(Zhing Kyong)・チューニです。
12人の守護尊が踊ります。シンキョンと呼ばれる一組のカップル(ヤブ・ユム)と8人の精霊、そして2匹の猿が含まれます。ヘミス ゴンパ 寺院・教会
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イチオシ
守護尊たちは、それぞれの顔の色や持ち物によって、見分けられるようです。
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牛の顔をした守護尊。
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赤い仮面の口の中に注目。踊り手の目が見えます。
チャムの仮面は普通の人間の顔よりかなり大きいので、踊り手は口の中から外を見ています。
しかも、その口の真ん中には、めくれ上がった舌が邪魔をしているので、相当視界は悪いと思います。 -
白い顔の守護尊Brahmaは、手にスカーフを巻き付けた矢を持っています。
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頭に旗を立て、黒い顔の守護尊は、Vajrasato。彼は手に、ハンマーを持っています。
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守護尊の後ろ姿。使われている布が、着物の柄のように、とても綺麗です。
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でも、こちらを向くとこんな顔。なんと頭に蛇を巻き付けています。その名も「Naga Demon」Nagaは蛇のことです。
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こちらもDemon。黒い顔で、手に短剣と縄を持っています。
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どの守護尊も、なんとなく、のけぞったような、仰向け加減になっています。
踊り手の目が仮面の口になるので、真っすぐに前を見るとこうなってしまうのです。 -
白い帽子の人の向こうに、2匹の猿がいます。
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あまり仰向かれると、見ているこちらが息苦しい感じがします。
せめて、歯の間に見える舌がなければ楽でしょうに。
チャムを見ながら、妙な心配をしてしまいます。 -
気になり出すと、みんな溺れかけているように見えて来る。雑念を払わなければ。
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午前のグル・ツェンギェでは、八変化はそれぞれ一人ずつ踊りましたが、シンキョン・チューニでは、みんな一緒に踊ります。
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ひょっとして、蛇を振り回して踊ってる?
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なんだか可愛い二人のダンス。
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高僧が現れました。セルキュム(Serkyem)です。
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セルキュムでは、高僧はダオに対してチャン(地酒)・ツァンパ(小麦の粉)・米などを捧げて供養します。
ダオはツァンパ(小麦の粉)を練って作った人形(ひとがた)です。これから、五如来がそれを破壊するのですが、先に供養するんですね。ちょっと日本語とは意味が違うのかな? -
新たに守護尊が出て来ました。ゴマ・シ「四門護」と訳されますが英語でThe Four Gate Keepersと言われた方が分かりやすいです。四方の門を守護する者です。
白い帽子の人の陰で見にくいですが、最初の白い顔の守護尊(ゴマ)を含めて4人です。 -
白い仮面のゴマは、鉄のフック(鉤爪)を持ち、東門を守護します。
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黄色のゴマは、縄を持って、南門を守護します。ゴマたちは裸足なんですね。
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赤のゴマは、鉄の鎖を持って、西門を守護します。
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緑のゴマは、金剛鈴(ガンター)を持ち、北門を守護します。
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ここで、青空が広がり、太陽の光が指して来ました。
雨は午後の部が始まる頃から止みかけていましたが、これからダオの破壊という一大クライマックスを迎える瞬間に、この舞台装置は最大の効果を上げています。 -
チティパティ(骸骨の顔をした死者の番人)のチャムです。チティパティは、悪鬼を周囲に放ちます。
悪者の割には、頭に可愛い花飾りをつけて、黄色いスカートを穿いて、お茶目です。 -
高僧が現れました。手に大きな壺をぶら下げています。
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続いて、チベット・ホルンを吹きながら僧たちが、その後に、抜身の刀をかざして忿怒形の如来ヘールカが現れました。
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僧がヘールカに青い布を渡します。
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ヘールカは布と刀を持ってダオに向かいます。
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青い布を刀に巻き付けます。
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ここで、4人のヘールカが登場します。ヘールカは全部で5人なのです。
ブッダ・パドマ(蓮)・ヴァジュラ(ダイヤモンド)・カルマ・ラトナ(宝石)です。 -
どこがどう違うのか見分けがつきません。一応、衣装の色とか、髪型とか、ピアスとか、違う所はあるのですが・・・
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これがダオです。完全な形を保っているので、破壊される前だと思うのですが・・・
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次の瞬間、僧が青い布をダオに掛けてしまいました。これがダオを見た最後です。
ダオは矢を打ち込まれたり、刀で切り刻まれて破壊されると聞きます。
どこで、それが行われたのか何故か全然わかりませんでした。 -
一番最初に現れたヘールカです。既に刀に巻いていた布は外しています。もう終わったのでしょうか。
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こうして見ると、最初のヘールカだけが刀を持ち、他のヘールカは赤い布を持っています。
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ツォクレン・ンガ。5人の忿怒尊が現れて、残った邪気を払います。
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忿怒尊たちは、派手に立ち回って踊り続けます。
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踊り終わった忿怒尊たちが座っています。僧たちが、何かを手渡しています。
右の僧の抱えているのは、あのダオじゃないですか。
今頃、気づいたのですが、ダオは華々しく破壊されるわけではなく、ここで5つに分けられて忿怒尊に渡されたのです。
もともとがツァンパ(小麦の粉)を練って出来ているので、手で簡単に千切れるのでしょう。
ガイドブックには無残な姿のダオの写真も載っていたので、寺によっても違うのかもしれません。 -
5人の忿怒尊の後ろに、旗を立てた忿怒尊が続きます。ゲンチェン・ポモ・チューです。
10人の精霊が、悪鬼を払う踊りを踊ります。 -
片方が男尊で、片方が女尊だそうですが、例によって、区別がつきません。
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精霊の持つ旗には、3つの目が描かれています。
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精霊の後ろ姿は、お堂の中に安置されている経典と同じように、大きさの違う布が十二単のように重ねられています。
しかし、そのスカートはヒョウ柄・・・ -
10人の精霊が帰るとチャムは終わりです。あっけないほど、すっぱり終わります。
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後には、帰る人の波が収まるのを待つ人たちが、ちらほらといるだけです。
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ここが指定席です。背中の部分にシールが貼られていて、自分たちの座席がわかるようになっていました。
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さて、ツェチュの余韻冷めやらぬヘミス・ゴンパの見学です。
ヘミス・ゴンパは、中庭に面して2つのドゥカンが並んでいるのが特徴です。
右はドゥカン・チェンモ、左はドゥカン・パルパです。
私たちは、大勢の僧が居並ぶ珍しい光景を横目にしながら、ドゥカン・チェンモに入りました。 -
本尊のタクツァン・レーパです。ンガワン・ギャムツォとも呼ばれます。
1574年に生まれ、チベットから現在のパキスタンを巡礼して、帰路、ラダックに立ち寄りました。
1622年に再びラダックを訪れて、センゲ・ナムギャル王に重用されます。
1630年には、ヘミスにゴンパを建立します。彼は、ラダックの各地にもゴンパを建立し、1651年ヘミスにて遷化(せんげ)します。
以後、ヘミスの座主はタクツァン・レーパの転生であるヘミス・トゥルクが務めています。 -
僧侶を撮ってはいけないと思っていたら、当の僧侶が写していいよと、声を掛けてくれました。
珍しい無礼講の僧たちの姿です。 -
壁画は新しいようです。
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真っすぐにこちらを見ている印象的な僧侶でした。思わず、合掌。
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ドゥカン・チェンモの吹き抜けには、無数の布飾りが垂れ下がり、タンカ(仏画)がいっぱいでした。
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一旦、外に出て2階に上り、小さなお堂グル・ラカンに入りました。名前通り、本尊はグル・リンポチェです。
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なんと、こちらから見ると、ピースサイン・・・じゃあないです。
金剛杵(ヴァジュラ)を持っていました。 -
縁の下の力持ち。グル・リンポチェの真下です。
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壁には、新しいタンカ?壁画?
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外に出るとあらかた人はいなくなっていました。ツェチュは明日が最終日です。
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昼に雨が降ったとは思えない晴天ぶりです。午前は焦熱地獄でしたから、助かりました。
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ゴンパに残っている人も、ほとんどがお寺の関係者ですね。
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明日の早朝、おそらくはまたグル・リンポチェのタンカが掛けられることでしょう。
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明日に備えて、チベット・ホルンの練習?
この音は、馴染みがないほど低くて、法螺貝より低いです。
音階があるとも思えない常にブオーッ、ブオーッといった音が出ます。 -
入った時とは違う所から出ました。
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小坊主が鈴なりのトラックが帰って行きます。
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さようなら、ヘミス・ゴンパ。
たくさんのお堂があったのに、ツェチュがあったので、2つしか見学できませんでした。
いつの日にか、また訪れることがあったら、全部見て回りたいです。 -
ある程度、下山したところで車が迎えに来ました。
広々とした場所に来ると、あんなに停まっていた車が嘘のようにいなくなっています。
こんな短時間にいなくなれるものなのか。信じられない気分です。 -
指定席の外国人観光客は、ツェチュ終了前に席を立っていました。
終わってからの混雑を避けるために早めに帰ったのでしょう。 -
歩いている人もかなりいます。ヘミス・ゴンパからインダス川の向こうのカルーの村まで降りれば、国道を走る路線バスに乗ることが出来ます。
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美しい緑と、菜の花と、白いチョルテン。地層の目立つ荒々しい岩山。
こうしたラダックの風景を見るのも、これが最後なんだ。ふと、寂寞感が去来しました。
いつも、旅は、その土地に慣れて、心底楽しめるようになると終わってしまいます。 -
振り返ると、既にヘミス・ゴンパは、幾重にも折り重なった山裾に隠されて、わずかに旗が立っているのが見えるだけでした。
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インダス川を渡り、レーに向かって西へ走ります。
ヘミスは、山々が大事に守っている場所なんだなと、こうして見ると、つくづく思います。 -
ストク・カルがインダス川の先に見えて来ました。
レーから14kmの所にあるストクはラダック王家の所領でした。
ストク・カル(王宮)が建てられて間もなく王国は滅びます。ストク王宮 城・宮殿
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ラダック王国の滅亡後は、王家の一族はここで暮らしていました。
現在は、4階建て80室のうち、3・4階部分の12室だけが博物館として開放されています。
ラダック王国が滅亡した時のクンガ・ナムギャル王は、このストク・カル(王宮)に住み、3代に亘って居城となりました。
1974年にクンガから4代目のクンザン・ナムギャルが亡くなると、その息子が幼かったため王妃が家長となりました。
1992年に長男のジグメ・ナムギャルが後を継ぎましたが、デリーに住んでいるそうです。ストク王宮 城・宮殿
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これが、ラダック最後の写真です。大きな山と、背の高いポプラ。ラダックを代表するこれらが、この旅を締めくくってくれました。
翌日、レー空港から飛び立ち、デリーに戻ります。7時のフライトなので、ホテル出発は5時です。これでラダックとお別れなんて嘘のような気がします。
明日もまた、どこかの寺院の階段を、ハアハア言いながら登るような・・・
モンスーンのせいで、抜けるような青空には会えなかったし、暑くてしんどかったけれど、この旅行記を書いている今でも、楽しかったな、よかったな、という気持ちしかありません。
今度、来る時は、一日、どこかの田舎でのんびり散歩しながら、過ごしてみたい。
再び来ることがあるのかわからないのに、今度来たら、とつい考えてしまいます。
今度来る時は、モンスーンの前か後に・・・
夢を膨らませながら、今回のラダックの旅行記は、これで終わります。ありがとうございました。
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