2016/07/09 - 2016/07/23
116位(同エリア155件中)
ミズ旅撮る人さん
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13年ぶりにインドへ行くことになりました。15日間という長い行程なので、前半はヒマラヤの西端、インドの北端に当たるラダックへ、後半は西の砂漠ラジャスタン地方へ向かいます。
11回目は、レーの町を見下ろすツェモ・ゴンパと王宮を訪れます。レーを代表する眺めには必ずこの2つが顔を出します。
今回、ツアーの予定には入っていないにもかかわらず、添乗員さんのご厚意によって、ツェモ・ゴンパに寄ることが出来ました。
予想以上に素晴らしいナムギャル・ツェモからの眺めに感動です。
次に、時には真下、時にはかなり離れて見える旧王宮へ向かいます。レーチャン・パルカルと呼ばれる王宮は今では荒廃してしまい、テラスからの眺めと奥のパルカル・ラカンが見学できるだけです。
レーの市内観光の締めくくりに、ツェモ・ゴンパから町を見下ろして、伸ばした両の腕の中にレーの町がすっぽり収まった時の愛しい感じが忘れられません。
ラダックに来られて良かった。じんわりと体中に広がる思いに幸せいっぱいになれました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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シャンカール・ゴンパから憧れのツェモ・ゴンパに向かっています。ゴンパのある岩山の右の裾にレー王宮が見えます。
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先ほど訪れたシャンティ・ストゥーパが見えます。
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車は、ツェモ・ゴンパの背後を通る道をぐるっと回り込んで近づいて行きます。
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チョルテンが出迎えてくれます。こうして見ると、シャンティ・ストゥーパと対のように見えます。
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ツェモ・ゴンパの裏側には、麓からの参道がいくつもあります。
ゴンパはナムギャル・ツェモという岩山の上に建てられていて、その後ろにはツェモ・ナムギャル・ポタンという砦跡があります。
今、見えているのは、その砦跡です。 -
例によって、ちゃんとした駐車場はないので、画面左に見える辺りで車を降りて歩きます。
ツェモ・ナムギャル・ポタンまで遠く見えますが、眺めがいいので、もう、ずんずん歩いてしまいます。 -
新旧様々なタルチョをまとったチョルテン。
ナムギャル・ツェモの岩山は、タルチョの数が半端ではないことで有名です。 -
ほら、頭の上の廃墟にもタルチョがいっぱい。
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いや〜、ラダックに来たら、トイレは撮らずにはおられません。
今回のツアーの注意書きに、「野外でトイレを済ませる際には、ご使用になったティッシュペーパーはビニール袋に入れて持ち帰り、ホテルなどで捨ててください」とありました。
幸い、ホテルやレストランで間に合ったので、そういうことはありませんでしたが、このトイレを使うとそういうこともあるかもしれません。
それにしても、なんて壮大なトイレでしょう。 -
ナムギャル・ツェモを右に見ながら歩くと、左側は絶景続きです。
その頂点が右手の岩の上にある木を組み合わせた塔で、そこを基点に四方にタルチョが繋がっているのです。 -
あの基点から、こちら側のツェモ・ゴンパを撮った写真がガイドブックなどによく載っています。
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基点から伸びたタルチョは、この斜面を横切って、ツェモ・ゴンパの先に繋がります。
この斜面は、ずっと下り坂があって、下に見える王宮に行くことが出来ます。 -
こうして見ると、タルチョがレーの町を横切って見えます。
こうした眺めを見ながら歩くので、ツェモ・ゴンパまではすぐです。 -
ほら、もうツェモ・ナムギャル・ポタン(岩山)の真下に来ました。
手前に見えるテラスのある部分がツェモ・ラカン(小堂)です。 -
ナムギャル・ツェモの先端は、これまたタルチョの集積地です。
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確かに、ここにタルチョを奉納したら、ご利益がありそうな気がします。
有り難いお経の文言があまねくレーの町全体に広がりそう。 -
振り返ると、もうそこがツェモ・ゴンパ。
手前がツェモ・チャムカン。左のレンガ色の建物がツェモ・ゴンカンです。 -
ツェモ・チャムカンの本尊チャンバ(弥勒菩薩)です。
チャムカンは、チャンバ・ラカン(弥勒堂)の短縮形だと思います。 -
このチャンバは、なんとなく目が左右を向いているので、コミカルな感じがします。
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ツェモ・チャムカンは、お堂に入るとこんな風に見えます。チャンバの全体は、足元まで行かないと見えません。
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一段高い所に建つゴンカンに向かいます。
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16世紀後半に、タシ・ナムギャル王によって創建されたツェモ・ゴンパのゴンカンです。
像にはすべて、強すぎる霊力を抑えるための布が掛けられています。
ツェモ・ゴンパではチャムのお祭りは開催されないので、御開帳の機会はないかもしれません。
本尊はドルジェ・ジッチェ。ゲルク派の守護尊です。
柱にはバクラ・リンポチェの写真が貼られています。 -
こちらの小さな像には六臂のマハーカーラと書かれています。
マハーカーラとは、ヒンドゥーのシヴァ神の変化(へんげ)のひとつで、「大いなる黒」という意味。
世界を破壊する時に黒い姿で現れるのだとか(シヴァ神は破壊の神)。仏教では大黒天になります。 -
壁画は新グゲ様式で、創建当時のものが残っています。
ただ、雨漏りのせいで相当傷んでいます。 -
そうした壁画の中で、これだけが美しいのはオリジナルの上に塗り直して描いたからでしょう。
絵柄としては、珍しい緑ターラで、とてもいいのですが、ちょっと複雑・・・ -
私たちが、ゴンカンの仏像を見学している時も、その足元に座って台座の絵を描いている人がいます。現在、修復中なんですね。
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ゴンカンを出て、また階段を上って後ろのツェモ・ラカンに行きます。
砦跡であるツェモ・ナムギャル・ポタンは、かなり危ない状態のため、立入禁止です。 -
ツェモ・ラカンです。濃い青空に真っ白な壁。一瞬エーゲ海のサントリーニ島の気分になりました。
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ツェモ・ラカンに新たに作られたこの格子は、窓じゃないんです。
ひょっとしてバスゴーのラブタン・ラツェにあったチャムチュン・ラカンのような、周囲を回る回廊なのかな?
絶景だろうけれど、すごく怖い・・・
※ラダック−6 アルチからレーへ(バスゴー村にあるラブタン・ラツェの城跡とゴンパ)を参照してください。 -
ツェモ・ラカンは、とても小さなお堂で、ほとんど見るものはこれだけです。
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中央には何故かチョルテンが。仏様ではなく、梵字が書かれています。
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隣のチューチグザル(千手千眼観音)。左右の目の高さがずれているのが惜しい。
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でも、作りはなかなかいいです。すごく特異なのは、左肩から掛けている動物の毛皮?しかも頭付き。こんなのは初めて見ました。
ところが、よくよく調べてみると、先ほどのシャンカール・ゴンパのドゥカンのチューチグザルにもそれらしきものがあるのです。
衣装を着ていたりすると見えないだけで、実は基本的には掛けているものなのかもしれません。
「ラダック−10 レー中編(メインバザールとシャンティ・ストゥーパ、シャンカール僧院)」参照してください。 -
三面八臂なので、ナムギャルマ?
どうも目線が手のひらのお札を凝視しているようで、気になります。 -
こちらのタルチョなどは、絡みついて、はためきにくそう。
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ナムギャル・ツェモに来たら、一番上のツェモ・ラカンまで上がってください。
この絶景を見なくては、もったいない。
今日、レーの町に入って来たメインゲートから、タルチョがずらっと張られているメインバザールまで、道を辿ることが出来ます。
はるか向こうにレー空港の滑走路もあり、その先にはスピトゥク・ゴンパまで見て取れます。
レーのすべてがここにあります。足下のレーの町は、両掌ですくい取れそうです。
6,000m級の山々からここまでが、伸ばした腕の中にすっぽり収まります。
ああ、ラダックにいるんだなあ。心と体にラダックが染み渡った瞬間でした。 -
やはり、多少危険でも、あの先まで行ってみれば良かったです。
あそこからのツェモ・ゴンパの眺めは最高でしょう。 -
粋なことに、レーの町を跨ぐように見えるタルチョの真ん中に、ひと際目立つリボンがあります。
ここまでやって来た私たちに手を振ってくれている様な気がします。
ガイドブックには、ツェモ・ゴンパには、少年僧が朝、掃除をしに来る30分しか入ることが出来ないと書いてありましたが、現地ガイドのお陰でしょうか、問題なくすべてのお堂に入ることが出来ました。 -
ツェモ・ゴンパから、車で王宮に行くには、思いっきり遠回りをしなくてはなりません。
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だいぶ下って来ました。王宮は、岩山の向こう側なので、ここからは見えません。
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こんな風に、ツェモ・ゴンパの周りを見ながら行かれるのを期待していたのですが、正に期待通り。
観光で通る道とは違うレーの郊外の様子を見ることが出来ました。 -
狭くてカラカラに乾いた道を土埃にまみれながら走り、日干しレンガ造りの家々の間を通り抜けて、王宮への道に入りました。
頭の上には、先ほどのツェモ・ゴンパが見えます。
ここから見ると、すぐ上に見えます。実際、下りなら造作もない道程です。 -
この家並みの中を、今走って来ました。
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レーチェン・パルカル(旧王宮)へは、側面から入ります。
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ツェモ・ゴンパからの眺めに比べて、レーの町がとても近いです。
白いモスクが見えるので、メインバザールも簡単に判別できます。 -
横から見てもレーチェン・パルカル(王宮)は大きいです。
17世紀前半にセンゲ・ナムギャル王によって建てられました。
1830年代のドグラ戦争で破壊され、そのまま廃墟となりました。
1999年から修復が行われ、現在テラスとパルカル・ラカンのみ見学が可能となっています。 -
王宮で唯一、見る価値のあるのが、この玄関だそうです。
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傑作というわけではなく、ここにしか装飾が残っていないということらしいです。
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この壊れかけた木の扉が、王宮の入り口だなんて。
中は本当に簡素な何もない壁と廊下で、唯一の見学場所であるパルカル・ラカンも撮影禁止です。 -
レーのどこからでも見えて、立派に見える王宮が、ただの廃墟で、写真一つ写せないなんて。
ツェモ・ゴンパに行かれて本当に良かったです。 -
ツェモ・ゴンパに続く道を誰かが、登って行きます。
こんなに近くに見えたら、誰だって登りたくなりますね。 -
イチオシ
せっかく、シェーとレー、2つの王宮に行ったのに、当時がどんな様子だったのか、まったくわかりませんでした。
あの何もない部屋や廊下が、どんな風に使われていたのか。想像するよすがもありませんでした。
展望台としての価値しかないという感じです。 -
王宮から町へと下る途中、珍しいオレンジ色のチョルテンがありました。
この辺は古いチョルテンがたくさんあります。 -
レーのメインゲートを入ってすぐに現れるマニ車です。
午前中に通った道なので、どこを走っているのかわかりました。
午前は、マニ車の向こう側を走って、徒歩観光になりました。 -
この路地を入って行ったのを覚えています。メインバザールはすぐ隣です。
このままホテルに戻ってしまうと、またここに来るのは面倒なので、車を降りることにしました。
レーの町はそんなに大きくはなく、すべて徒歩で回れます。
滞在期間ももうあまりないので、個人的に市内観光をもう少しすることにしました。 -
メインバザールです。
野菜を売っている女性の隣で、石を売っていたおじいさんが笛を吹き始めました。
被っている帽子は、ラダックの民族衣装「ティビまたはゴンダ」です。 -
郵便局の前で、体重を測る人。本当に、体重測りは人気なんですね。
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この郵便局で買った切手シートです。なんとブータンの切手を売っていました。
「1958年9月、初めてブータンを訪れたインドの首相」と書かれています。
建物は、ブータンの首都ティンプーの中央政庁であるタシチョ・ゾンです。
当時のブータンは、第3代国王ジグミ・ドルジ・ウォンチュクが在位していました。
最近、第一子が誕生された若いジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王のおじいさんです。 -
第16回南アジア地域協力連合サミット(首脳会議)開催の記念切手です。
左のオレンジと黄色地にドラゴンの旗がブータンの国旗です。
「SAARC」は、1977年にバングラデシュが提唱して1985年に発足した組織で、加盟国は8か国インド・パキスタン・バングラデシュ・スリランカ・ネパール・ブータン・モルディブ・アフガニスタンです。 -
ブータンの代表的な寺院の切手です。
一番有名なのは、何と言っても左端のタクツァン僧院でしょう。
チベット仏教の祖と言われるグル・リンポチェが虎にまたがって飛んで来た場所に建てられた寺院です。
険しい崖にへばりつくように建てられたロケーションでも有名です。1998年に火災によって全焼しましたが、2004年に再建されました。
私は1993年にここを訪れていて、今回と同じ旅行会社を利用したのですが、この再建のために募金を募っていて、協力させていただきました。
当時、ブータンにほぼ唯一行く事の出来た旅行会社ならではのことだと思います。
その隣はブータン最古の寺キチュ・ラカンです。
その隣がブムタンにあるクジェ・ラカン、右端がブムタンにある最古の僧院ジャンペ・ラカンです。 -
この切手は、1993年にブータンを訪れた時にティンプーで購入した切手です。
写っているのは、前国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクです。
1972年に父王が外遊先で亡くなったため、16歳で即位し、世界最年少の国王として有名になりました。
「国民総幸福量」を提唱したのが、この方です。イケメン国王として人気でした。
4人姉妹と結婚し、5男5女を設けました。2006年に退位し、その長男が即位しました。
産業の乏しいブータンで、珍しい切手の発行は貴重な外貨獲得の手段として推進されていて、国歌を吹き込んだソノラマシートの切手も発行されました。
レーの郵便局では、額面金額の3倍で売っています(額面はブータンの通貨表示ですが、インドルピーと1対1の固定相場なので、実質3倍です)。 -
メインバザールに戻って来ました。
17時40分。この頃の方が日陰が長くなって少し涼しいのか、人が多くなっています。 -
メインバザールより東側の古い住宅地に来ました。と言っても、王宮の真下ですから、まだまだ中心街です。
この辺りに、ちょっと見て置きたい場所があるのです。 -
ララズカフェ(Lala’s Cafe)。なかなかすごい所に、ポツンと建っているカフェ。
夕食までにホテルに戻らなければならないので、入れなかったけれど、気になる存在でした。 -
ツェモ・ゴンパが見えます。家々の間を抜けて、そのまま登って行かれそうです。
屋並みの屋上付近に車が横一線に並んでいるのが見えます。そこが王宮への車道です。 -
崩れかけた家があれば、白さが際立つ新築の家も並ぶ。これが今のレーの町です。
窓がたくさんあって、とても明るそう。衛星放送のアンテナもしっかりあります。
以前ネパールを訪れた時に、アンテナはすべてインドの方向を向いていたことを思い出します。
国内では放送局も少ないので、インドの放送を見るのだとか。
ラダックは、インドとは言え、ヒンディー語圏ではないので、言葉のわからない放送を見ている点では同じですね。 -
イチオシ
ララズカフェから民家の間を歩き回って、このマニ車に辿り着きました。
正確に言うと、目的地の傍ではあるのですが、見つかりません。 -
なんとなく中国っぽい新しいマニ車です。
-
その後ろに、今はこんな空き地があります。
ここに以前はずらっとマニ車が並んでいた筈なのです。
いくつかのガイドブックにも記載されているので間違いないのですが、両端の大きなマニ車だけが残っていて、真ん中は更地になっていました。
この後、ここはどうなるのでしょう?ずらっと並んだマニ車と王宮の写真を撮りたかったのですが。残念です。
これも開発の波なのでしょうか。 -
ここからもシャンティ・ストゥーパが見えます。
レーの町は、メインバザールだけが整然としていて、あとはまだまだ瓦礫の山(失礼)。
日干しレンガって、建設中でも廃墟でも瓦礫の山に見えます。
正直、ここまで未開発だとは思っていませんでした。チベットのラサの方が都会だと思います。 -
メインバザールの一本外側の道には、観光客ではなく、一般住民向けの商店が並んでいます。
こうして、そぞろ歩きしていても、治安の不安はまったくありません。
日本よりもう少しゆっくりと暮らしています。 -
王宮の西側にある大きなチョルテン。ドゥドゥル・チョルテンです。王宮への悪霊の侵入を阻むために設置されました。
その左下の白いお堂はグル・ラカンで、本尊はグル・リンポチェです。
このチョルテンは、夜には八角形の基壇部分にライトが灯されます。 -
再びメインバザールです。色とりどりの袋が置かれているので覗いて見ました。様々な種が入っています。
売主は、帽子からすると、イスラム教徒のようです。 -
ブロッコリーがいっぱい。他にはキャベツ・カリフラワー・菜っ葉・レタス・大キュウリ・大根。
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夕方になって、野菜を売る人も随分と増えました。ほとんど隙間なしです。
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いつも売りに来ているから、お隣とも顔なじみ。右の白い建物が郵便局です。
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何が起こったのかと、心配になる光景です。あんまり暑かったので、犬たちもへばっています。
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「GESMO」。ホテルへの道にある西洋料理のレストラン。隣にはジャーマン・ベーカリーの看板も。
現地食が口に合わなかった場合や、具合が悪くて食欲がない場合などの、緊急避難用にこういう店もチェックしていましたが、必要はありませんでした。
隣のラマユル・レストランと経営者は一緒だそうです。ゲスモレストラン インド料理
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道端でケバブを焼いていました。日本なら焼き鳥というところでしょうか。
美味しそうでしたが、すぐに夕食です。 -
ここでも、犬たちが討ち死にしています。毛皮着てると暑いよね。
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フォート・ロード。舗装していないとしても、ここまで凸凹になるものでしょうか?
車どころか人間でさえ、歩くのに一苦労です。
一歩先に何があるかわからないので(石ころ・砂利・水たまり・牛のふん!)、下ばかり見て歩きます。
歩道との段差もひどい時には30cmです。
ホテルからメインバザールまでの距離は、それ程でもないのですが、悪路と坂道が遠く感じさせます。
左の木立の奥に見えるのがホテルです。 -
せっかくなので、今回泊まったムンシ・コンチネンタル(MUNSHI CONTINENTAL)を紹介します。
ガイドブックにも載っていない新しいホテルです。3階建てで、もちろんエレベーターはありません。張り出し窓の外は、なんと玄関アプローチ。3階の部屋とは言え、玄関の真上で、窓の外にはフォート・ロードを行き交う人々が良く見えます。カーテンを開けておくのが憚られます。
おまけに、部屋の中がとても暑いので、窓は全開。カーテンは出来る限り閉めるという状態で、夜も過ごします。テレビは一応つきました。
標高3,500mのレーに冷房がないのは承知の上ですが、せめて扇風機があれば、ましだったかもしれません。
毎晩、開け放った窓から聞こえる喧噪や車の音が途切れる10時過ぎまで落ち着けません。
南側に面した部屋では、隣に青空カラオケ屋があって、毎晩日付が変わるまでうるさかったそうです。
部屋が綺麗で、設備の面ではいいのですが、環境が不十分でした。
外観は、レー到着時に紹介したので、「ラダック-1 レーからアルチ村へ。標高3,200m超の旅のはじまり」を参照してください。 -
バスルーム改め、シャワールームです。例によって、シャワーブースはありません。
カーテンはありました。でも、使うとやはり床がビシャビシャ。
シャワー使用時は上の蓮口ではなく、蛇口を使ってバケツにお湯を貯めます。
アルチと違って、制限時間1時間ということはありませんでした。
洗面台が広くて物が置けて良かったです。
トイレは水洗ですが、使用後のペーパーは、流さずにゴミ箱へ。
左の上の窓を開けないと部屋の中に風が通らないので、椅子を持って来て開けました。
ここのシャワーで停電にも遭いました。
高山病の心配をする場所で、部屋が蒸し風呂だなんて、誰が想像するでしょう。3泊ともこの状態でした。 -
本日の昼食です。食事は1回を除いて、すべてホテルです。サラダは、毎回これでした。
左端にある白いカップに入っている茶色い粉末を覚えておいてください。 -
主食はチャパティです。インドの平野部で食されているものより若干薄いような気がします。
チャパティはアーターという全粒粉を水でこねて焼いたものです。
日本で知られるナンは、生成した小麦粉を使い、タンドールという専用の窯で焼くので、高級料理です。 -
カレーは2種類。野菜カレーが中心です。カレーといっても辛みはなくて、ほとんど煮込み料理みたい。美味しくいただきました。
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デザートにライス・プディングが出ました。
そのままだと、甘ったるいだけの代物でしたが、あの茶色い粉末、コーヒーを掛けると素晴らしく美味しかったのです。
何気なく入れてみたら大好評。大発見の気分でした。是非、お試しあれ。 -
夕食は、ホテルの近くのチベタン・キッチンというチベット料理店です。
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チベット風餃子として有名なモモ。見た目はショーロンポーみたい。ネパールでは、蒸したものの他に、揚げたものもありました。
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店内は外国人観光客でいっぱいでした。チベット料理が一番おいしい店として有名なんだそうです。
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鍋料理。実は、中に入っていたお肉が異様に硬くて、他の食材も食べる気になれませんでした。
写真で見ると、野菜がいっぱいで、美味しそうですね。 -
ホテルの屋上から撮った写真です。
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ツェモ・ゴンパ。今日はお世話になりました。
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ドゥドゥル・チョルテンに明かりが灯ります。
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明日は、このツアーの目玉であるヘミス・ツェチュです。
ヘミス・ゴンパで行われる仮面舞踏を、一日がかりで見に行きます。
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