2016/08/13 - 2016/08/13
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オオイさん
1598年8月18日
享年62で亡くなった 豊臣秀吉。
その命日を前に
天下統一を成し遂げた 太閤殿下の墓所をお参りしに
お盆の京都へ行ってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
「京の七夕」 で装飾された 京阪京橋駅
京橋駅 (大阪府) 駅
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いつもの出発地から電車に乗り
-
今回は京都・七条で下車
七条駅 駅
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好天の市街地をブラブラ歩き
太閤殿下の墓へ向かう -
この日の京都は 最高気温37度
日傘はともかく せめて帽子は持ってくるべきだった
暑い・・・ -
道端に立つ 案内柱
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右へ進むと 殿下の墓所・豊國廟
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左は 殿下をお祀りしている 豊國神社
「260m先」 と近そうだったので
まずはこっちへ行ってみる -
石垣を横目に見ながら進むこと 「260m」
-
豊國神社に到着
豊国大明神 by オオイさん豊国神社 寺・神社・教会
-
天下人が奉られている 豊国神社
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いつも通り 平身低頭で参道を進む
-
その途中に掲示された 「真田丸」 のポスター
よく見ると・・・ -
秀吉がいないのは・・・ なぜだろう?
ポスターを作っている時は
まだ秀吉は登場していなかったのか?
まぁ いいか -
イチオシ
豪華な装飾が成された 「豊国神社唐門」
秀吉が晩年を過ごした 伏見城の城門であったとされ
その絢爛豪華さは いかにも 秀吉の好み豊国大明神 by オオイさん豊国神社 寺・神社・教会
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そんな天下人の遺構は 国宝にも指定されている
-
お賽銭を入れ いつも以上に しっかりと
太閤殿下からの御利益を祈念 -
豊國大明神さま
なにとぞ・・・ なにとぞ・・・・・・ -
神社を後にし 観光客とともに歩く
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「三十三間堂」 へと向かう人を見送り
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ひとり寂しく京都の町を行く
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東山七条の交差点を 智積院には向かわず
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「新日吉神宮」 を目指す
ちなみに読み方は 「しんひよし神宮」 ではない -
これで 「いまひえ神宮」 と読むらしい
難しいな -
新日吉神宮へ続く 坂道の参道
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別名 「豊國廟参道」
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秀吉の墓所・豊國廟へ向かう途中にある新日吉神宮
そんな位置関係
というわけで ゆるい勾配が
だらだら続く坂道の参道を進む -
鳥居が見えてきた
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新日吉神宮 到着
奥に見える朱色の神門をくぐると
左右に こんな動物が鎮座している「新日吉」と書いて 「いまひえ」と読みます by オオイさん新日吉神宮 寺・神社・教会
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サル
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サル
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信長に「サル」と呼ばれていた 秀吉と
関係はあるのだろうか? -
で 神社の裏手 というか横に回ると
秀吉と実に関係深い場所がある -
本殿の横に並ぶ 2つの鳥居
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イチオシ
右は 防火の神様を祀る 「愛宕・秋葉神社」
左は 「豊国神社」
先ほどお参りしてきた豊国神社と同じ名前なのには
こんな理由がある -
【以下、豊国神社HPより 転載】
元の名は「樹下社」(このもとのやしろ)
徳川幕府により豊国大明神(豊臣秀吉公)が壊された後
密かに公の御霊をお祀りしてきました。
秀吉公は「木下」姓と
「日吉丸」(幼少時代)の名前を名乗っていましたので
「樹下社」「新日吉社」の名前でカムフラージュして
徳川幕府の監視の目をくぐってきたと伝えられています。 -
イチオシ
神社の前に立つ 小さな柱に刻まれた文字が
その歴史を今に伝えている -
さて 墓所まで あと少しだ
つづく
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