2016/05/24 - 2016/05/26
1048位(同エリア3571件中)
愛吉さん
2016初夏、京都旅行の番外編2です。
今回の京都旅行の目的は、仙洞御所、桂離宮、修学院離宮を訪ねる事でした。
番外編はそれらの個所を訪ねる前後に寄り道した処です。
先ず相国寺は初日の24日、仙洞御所の終了後に立ち寄りました、赤山禅院は25日の修学院離宮の見学後に寄り道したものです。
祇園は桂離宮から修学院離宮に向かう時、昼食と乗換の為に下車、又修学院よりの帰途にも下車し夕食を取って居ます。
それではご覧になって下さい。
表紙の写真は相国寺
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月24日、仙洞御所の拝観を済ませ内園に出て来ました、未だ2時半です。
予定に従い京都御苑に隣接する相国寺を訪ねます。
臨済宗相国寺派大本山で京都五山第二位、末寺に金閣、銀閣等90余ケ寺を持ちます。
ここは総門。 -
庫裏
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方丈
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方丈から望む法堂。
豊臣秀頼により再建され、現存する法堂の中では最大の大きさ。
尚天井には、加納光信筆蟠竜図が描かれ、鳴き竜として知られています。
前回訪問時には、係員が拍子木を鳴らして呉れましたが、今回は自分の手のみが頼りでよく判りません。 -
方丈庭園
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方丈杉戸絵、白象図。原在中筆。
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浴室、1596年の建造。
蒸し風呂形式です。 -
天響楼、中国開封市の大相国寺から贈られた梵鐘。
寺としての正式鐘楼は別にあります。 -
承天閣美術館。
昭和59年に造られた美術館で、相国寺派寺院の文化財を保管展示します。
常設展と企画展を行い、常設展では伊藤若冲の水墨画が展示されます。
訪問時の企画展は、森田りえ子の金閣寺方丈杉戸絵奉納10周年記念展が開催されており、こちらも見応えある展示でした。 -
承天閣美術館に続く道。
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鎮守八幡宮。
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塔頭瑞春院、通称雁の寺。
水上勉の小説雁の寺の舞台となった寺院です。
水上勉が9歳で小僧に入った寺で、途中で逃げ出しています。
現在は拝観出来ませんが、京の冬の旅の特別公開時に訪門しましたが、その折の話によると、彼が雁と思った襖絵の鳥は、実際は雁ではない別の鳥だとの事でした。
それでも今は雁の寺として知られています。
水上勉様様です。 -
二日目25日の午後、修学院離宮拝観後に訪ねました。
駅から修学院離宮に向かう道路脇に建つ道標。
ここお左に曲がります。 -
鳥居に到着しました。
赤山大明神の扁額は、御水尾上皇の勅額です。
当初は赤山禅院と赤山大明神は別のものと思っていました。
神仏混淆の名残りです。 -
ここは山門。
尚赤山禅院は比叡山延暦寺の重要な塔頭で、皇城の表鬼門を守ります。
又延暦寺の荒行千日回峰で、一番きつい赤山苦行の寺でもあります。 -
階段を上がると正面が拝殿。
屋根の上には鬼門封じの猿、鈴と御幣を担いでいます。
夜な夜な騒いだ為、今は檻に入れられてしまいました。
拡大して見て下さい。 -
解説板
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赤山禅院は毎月5の日が縁日、今日は25日の縁日で祈祷が行われていました。
尚赤山禅院は神仏混淆の社で、神主さんが担当します。 -
横からも写します、女性の神主さんです。
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それでは順路に沿って境内を一巡しましょう。
33観音の石像。 -
16羅漢の石像。
二人ほど首が欠けていますね、気の毒に思います。 -
地蔵堂
赤山大明神は地蔵菩薩の化身です。 -
弁財天堂
出世弁天と呼ばれ信仰を集めます。 -
福禄寿殿
日本最初の七福神詣、都七福神の福禄寿を祀ります。 -
境内はアップダウンが続きます。
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金神宮、方徐の神、集金の神。
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相生宮、縁結びの神。
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神殿、皇城表鬼門の表札が掛かります。
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神殿の横には、中国陰陽道の祖神泰山府君を祀る社があります。
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本殿に戻って来ました、まだお祈りは続いていました。
参拝者は私達だけです。
これで赤山禅院を後にします。 -
四条に戻って来ました。
通りに面して目疾地蔵(仲源寺)があります。
目の神様なのでしょう。 -
高瀬川沿いを三条に向け歩きます。
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こんな石碑が在ります。
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こんな石碑も。
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京都らしい細い路地の奥は料亭なのでしょうか。
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三条の瑞泉寺にまで来ました、ここは関白豊臣秀次の菩提寺です。
ご存知の如く秀次は、秀吉により切腹を命じられ高野山で切腹、眷属39人はここ三条河原で打ち首になります。
その遺体を投込んだ穴の上に塚を築き、頂上に秀次の首櫃を据え、そこに秀次悪逆塚と記しました。
その後時代は徳川に移り、又鴨川の氾濫等で塚は崩れ荒廃します。
たまたま慶長10年、角倉了以が高瀬川改修時に秀次の首櫃を発見します、これも何かの因縁と、塚の在った場所に一寺を建立菩提を弔ったのがこの寺です。
瑞泉寺の寺名も秀次の戒名から取りました。 -
秀次墓所。
正面に秀次の墓、両脇に打ち首になった眷属39人(男子4人、女子1人、妻妾34人)と賜死の家臣10人の墓が並びます。
秀次の墓石は、発見された首櫃を正面に据え、首櫃の正面に書かれた秀次悪逆塚の文字を削り、命日の七月十五日のみを残し、それを包むように六角形の供養墓を建てました。
拡大して首櫃を確かめて下さい。
文字を削った跡と七月十五日が読み取れます。 -
引導地蔵。
三条河原の刑場に立っていたお地蔵さん。
地蔵像の前には秀次位牌を中央に両脇には刑死した49人の戒名を記した位牌。
両袖にはそれら49人の京人形が並び、哀れを催します。 -
秀次公一族の為に建てられた宝篋印塔。
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境内には躑躅が咲いていました。
これを以て今回の京都旅行編は終了です。
長い事お付き合い下さり有難う御座いました。
終
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