2016/02/08 - 2016/02/08
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ドクターキムルさん
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北の丸公園前の北桔橋門からお堀端を下ると江戸城竹橋御門跡がある。江戸城竹橋門の時代には竹橋は木橋で、その前に竹橋門の高麗門があり、右手、現在の道路側に道路の方向に渡櫓門があった。平川門にある2つの高麗門のうち他方は帯曲輪を通ってここ竹橋門に通じていた。渡櫓門と向き合って石垣が積まれていたが、建物は江戸時代にも再建されずにいたようだ。それが、お堀端の石垣であり、一部は石垣の石が抜け落ちてしまっている。この奥の石垣の上にはコンクリート塀が築かれ、竹橋門へ通じている帯曲輪へは進入できないようになっている。
内堀通り竹橋交差点と千鳥ヶ淵交差点を結ぶ代官町通りの道路の一部となっており、かつての木橋は、大正15年(1926年)に三重アーチ橋に架け替えられ、平成5年(1993) に大幅な改修を受け、鉄筋コンクリートに御影石張りになって現在に至っている。1つが塞がれているように見え、二重コンクリ−ト橋と呼ぶべきなのか?長さ51.05m、幅22.8mの橋で、別名として、かつての「御内方通行橋」の名が残っている。この木橋がコンクリ−ト橋に架け替えられた際に、拡幅され、渡櫓門やその石垣が撤去されて道路面になったのだろう。また、代官町通りの吹上(皇居)側のコンクリート塀とここ江戸城竹橋御門跡の石垣の上の設けられたコンクリート塀は同じ時代のもののようにも見受けられる。
帯曲輪の平川濠側は水面から少ししか高くはないが、清水濠側には石垣が積まれており、平川濠と清水濠では水面が4、5mは違うことが分かる。こうしたしっかりとした石垣積みの堤が帯曲輪となって平川門まで伸びているのであるから、こうした特別史跡「江戸城」に残された史跡は開放すべきものであるように思う。。
(表紙写真は江戸城竹橋御門跡に残る石垣)
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