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鳴海城跡紹介の締め括りです。鳴海城は、室町時代の応永年間(1394〜1427年)に足利義満の配下の安原宗範によって築かれました。戦国時代には織田家と今川家で鬩ぎあいがありました。

2015秋、鳴海城址(4/4):鳴海城の柱が残る東福院、鳴海城跡公園、旧東海道、名鉄鳴海駅

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2015/10/09 - 2015/10/09

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旅行記グループ 2015年、尾張の城巡り

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

鳴海城跡紹介の締め括りです。鳴海城は、室町時代の応永年間(1394〜1427年)に足利義満の配下の安原宗範によって築かれました。戦国時代には織田家と今川家で鬩ぎあいがありました。

交通手段
私鉄
  • 廃城となった鳴海城の古材が山門に残る、東福院紹介の続きです。その庭の光景です。

    廃城となった鳴海城の古材が山門に残る、東福院紹介の続きです。その庭の光景です。

  • 東福院境内の池の光景です。東福院は、真言宗智山派のお寺です。山号は護国山、本尊は大日如来です。

    東福院境内の池の光景です。東福院は、真言宗智山派のお寺です。山号は護国山、本尊は大日如来です。

  • 東福院境内の本堂の光景です。軒下の提灯には、『南無大日如来』の文字がありました。『南無』は『帰依する』の意味で、大日如来は本尊です。

    東福院境内の本堂の光景です。軒下の提灯には、『南無大日如来』の文字がありました。『南無』は『帰依する』の意味で、大日如来は本尊です。

  • 庭の石灯篭と、『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』の光景です。ツワブキは、キク科ツワブキ属の常緑多年草です。風情のある庭の一角の光景でした。

    庭の石灯篭と、『ツワブキ(石蕗、艶蕗)』の光景です。ツワブキは、キク科ツワブキ属の常緑多年草です。風情のある庭の一角の光景でした。

  • 自然石をくりぬいた手水鉢の光景です。その排水は、金属柵の奥に見える、庭の睡蓮庭に流れ込むようでした。

    自然石をくりぬいた手水鉢の光景です。その排水は、金属柵の奥に見える、庭の睡蓮庭に流れ込むようでした。

  • 東福院境内の睡蓮池の光景です。この時期は花が咲いていませんでした。温帯睡蓮の花期は、5月中旬〜10月ですから、もう終わってしまったようです。

    東福院境内の睡蓮池の光景です。この時期は花が咲いていませんでした。温帯睡蓮の花期は、5月中旬〜10月ですから、もう終わってしまったようです。

  • 東福院境内の池の周りの光景です。危険防止の金属作で囲われ、その柵に弁財天幟が結わえてありました。

    東福院境内の池の周りの光景です。危険防止の金属作で囲われ、その柵に弁財天幟が結わえてありました。

  • 『東海道鳴海の宿・十一寺巡り朱印請所』などの文字が記された木札の光景です。右側には、弁財天幟のことが記されていました。1年間奉納で、5千円の価格でした。

    イチオシ

    『東海道鳴海の宿・十一寺巡り朱印請所』などの文字が記された木札の光景です。右側には、弁財天幟のことが記されていました。1年間奉納で、5千円の価格でした。

  • 東福院の中から眺めた周りの光景です。旧市街の雰囲気が濃く漂う町並み光景でした。

    東福院の中から眺めた周りの光景です。旧市街の雰囲気が濃く漂う町並み光景でした。

  • 東福院の近くにあった、長く続く黒塀の光景です。門構えもありましたが、表札はなかったかもしれません。場所から判断しても、鳴海城の城下町時代の名残の土地かも知れません。

    イチオシ

    東福院の近くにあった、長く続く黒塀の光景です。門構えもありましたが、表札はなかったかもしれません。場所から判断しても、鳴海城の城下町時代の名残の土地かも知れません。

  • 東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景です。あえて通ったことがない狭い道を選びました。

    東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景です。あえて通ったことがない狭い道を選びました。

  • 東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景です。急坂に沿って、立派な白い塀が築かれていました。

    イチオシ

    東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景です。急坂に沿って、立派な白い塀が築かれていました。

  • 東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景が続きます。両側から石塀が迫る狭い道です。ずっと登り坂でした。

    東福院の見学を終えて、もう一度、鳴海城跡公園に向かう途中の光景が続きます。両側から石塀が迫る狭い道です。ずっと登り坂でした。

  • 鳴海城跡公園付近から眺めた光景です。北側方面だったようです。戦国時代の鳴海城は、海に面した、中々の堅城だったようです。そのことが偲ばれる高台でした。

    鳴海城跡公園付近から眺めた光景です。北側方面だったようです。戦国時代の鳴海城は、海に面した、中々の堅城だったようです。そのことが偲ばれる高台でした。

  • ランタナのピンク色の花かと思って撮影しましたが、違っていました。まだ名前は調べていません。

    ランタナのピンク色の花かと思って撮影しましたが、違っていました。まだ名前は調べていません。

  • 『鳴海城跡』の南側から眺めた南方面の光景です。江戸時代初期には海だった場所の光景です。

    『鳴海城跡』の南側から眺めた南方面の光景です。江戸時代初期には海だった場所の光景です。

  • 『鳴海城跡』の南側から眺めた南方面の光景です。帰りは道を変えて、こちら側から下ることにしました。

    『鳴海城跡』の南側から眺めた南方面の光景です。帰りは道を変えて、こちら側から下ることにしました。

  • 『鳴海城跡』の南側から下る途中の光景です。かなりの急坂になっていました。『鳴海城跡公園』が城跡であったことが納得できる南側方面の地形でした。

    『鳴海城跡』の南側から下る途中の光景です。かなりの急坂になっていました。『鳴海城跡公園』が城跡であったことが納得できる南側方面の地形でした。

  • 振り返って眺めた、鳴海城跡公園方面の光景です。建物の背後の樹木は、その公園より西側方面になります。

    振り返って眺めた、鳴海城跡公園方面の光景です。建物の背後の樹木は、その公園より西側方面になります。

  • 昔ながらの狭い道が残っていた帰り道の光景です。単車は通れても、四輪は無理な道幅のようです。

    昔ながらの狭い道が残っていた帰り道の光景です。単車は通れても、四輪は無理な道幅のようです。

  • 鳴海街道とも呼ばれている、旧東海道の近くに残っていた、廃屋らしい建物光景です。

    鳴海街道とも呼ばれている、旧東海道の近くに残っていた、廃屋らしい建物光景です。

  • 旧東海道の光景です。江戸時代初期には、鳴海城(根古屋城)の南が海岸線だったようですが、その後、鳴海城よりも低いこの辺りも陸地になったようです。

    旧東海道の光景です。江戸時代初期には、鳴海城(根古屋城)の南が海岸線だったようですが、その後、鳴海城よりも低いこの辺りも陸地になったようです。

  • 旧東海道から眺めた北側方面の光景です。立派な松と、お寺の屋根が見えました。鳴海城址の近くにお寺が多いことも、この地区の古が偲ばれました。

    旧東海道から眺めた北側方面の光景です。立派な松と、お寺の屋根が見えました。鳴海城址の近くにお寺が多いことも、この地区の古が偲ばれました。

  • 往きに立ち寄った、浅間神社の光景です。その神社の鳥居です。祭神は、『コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫命)』です。

    往きに立ち寄った、浅間神社の光景です。その神社の鳥居です。祭神は、『コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫命)』です。

  • 浅間神社の鎮守の杜が左側、名鉄鳴海駅が正面です。鳴海駅から金山駅まで戻ることにしました。<br />

    浅間神社の鎮守の杜が左側、名鉄鳴海駅が正面です。鳴海駅から金山駅まで戻ることにしました。

  • 名鉄鳴海駅付近から見上げた、浅間神社方面の光景です。詳しいことは調べていませんが、おそらく鳴海城が現役時代からの神社のようです。

    名鉄鳴海駅付近から見上げた、浅間神社方面の光景です。詳しいことは調べていませんが、おそらく鳴海城が現役時代からの神社のようです。

  • 名鉄の鳴海駅前にあった観光案内パネルの紹介です。16箇所が写真紹介された案内図の中央部分です。

    名鉄の鳴海駅前にあった観光案内パネルの紹介です。16箇所が写真紹介された案内図の中央部分です。

  • パネル右端のズームアップ光景です。8箇所分が写真紹介された観光案内です。写真紹介されているのは、鳴海城跡、高札場や数多くのお寺と神社などです。

    パネル右端のズームアップ光景です。8箇所分が写真紹介された観光案内です。写真紹介されているのは、鳴海城跡、高札場や数多くのお寺と神社などです。

  • パネル左端のズームアップ光景です。8箇所分が写真紹介された観光案内です。写真紹介されているのは、成海神社、中島砦やお寺などです。

    パネル左端のズームアップ光景です。8箇所分が写真紹介された観光案内です。写真紹介されているのは、成海神社、中島砦やお寺などです。

  • 鳴海駅前にあった観光案内パネル紹介の締め括りです。16箇所が写真紹介された、全体案内図です。東海道の鳴海の宿時代を含めた名所旧跡です。

    鳴海駅前にあった観光案内パネル紹介の締め括りです。16箇所が写真紹介された、全体案内図です。東海道の鳴海の宿時代を含めた名所旧跡です。

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2015年、尾張の城巡り

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