2015/09/19 - 2015/09/26
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elephanさん
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齢57。気力、体力のあるうちに行っとかねば一生後悔すると一大奮起!
2015年のシルバーウイークを利用し、初の海外旅行に出かけてきました。
出向いた先は、ロックとアート好きのワタクシにとって訪ねたい場所がいっぱいのニューヨーク。
英語力はサイテーレベル(特にヒアリング力はほとんどゼロ=ブロードウエイでミュージカル見て、ただの一言も理解できまへんでした! みんなに合わせて笑ってたけど・・・)の私ですが、勘と度胸とIphoneを頼りに、あこがれのグリニッジビレッジを拠点に、ニューヨーク中(はては州郊外のど田舎&フィラデルフィアまで)を歩き回ってきました。
大丈夫です。ワタシにできたんだから。
英語できないあなたも一人旅を楽しめます!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 2.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- その他
- 利用旅行会社
- JTB
-
いきなり列車の写真で始まりましたが、これ、ニュージャージー・トランジットという公共交通機関が運行している2階建の通勤鉄道です。
4日目のフィラデルフィア訪問の際に紹介したマンハッタンの大ターミナル、ニューヨーク・ペンステーションを発ってすぐの写真です。
で、なぜワタクシがこんな列車に乗っているかというと、鉄道とタクシーを乗り継ぎ、ニューヨーク州郊外にあるベゼルという町に行こうとしているんです。 -
このベゼル、1969年にあのウッドストックの野外コンサートが開かれた場所です(この旅行記のマダムタッソー蝋人形館のところで紹介したジミヘンやジャニス・ジョップリンなどが出演。野外フェスの走り)。
ウッドストックは、ワタクシが心の底からロックミュージックを好きになったきっかけを与えてくれたイベントです。
長年行きたいと思っていた場所でしたが、ベゼルはたいへんな田舎にあって、鉄道は通っていません(これ以降の事情、少し長くなりますがおつきあいください)。
当初は車で行こうとレンタカーを手配してありました。
でも実際にニューヨークで運転を目の当たりにすると、左ハンドル右通行だけでなく、ウインカーなども日本とは逆。
赤信号でも危険がなければ右折OKなど、独自のルールも。
さらにニューヨーカーの運転は荒っぽいうえ、渋滞も多く、クラクションがあちこちで鳴り響く!といった状態。
この状態で運転するのはさすがに無謀と自重しました。 -
ただベゼルにはどうしても行きたい!
と、アタマに浮かんだのが、鉄道で行けるところまで行き、あとはタクシーをチャーターする方法です。
調べると、通勤列車とローカル線を乗り継いで、ベゼルまで約50キロのポート・ジャービスという町まで行けることがわかりました。
「では行くっきゃない」と朝早くホテルを出てペン駅へ。
8時24分に先ほどの列車に乗って出発したわけです。
これはペン駅の自動券売機で買った往復切符のレシートですね。
チケットは案外スムーズに買えました。 -
こちらは乗り換えた列車の中です(この車両にはワタクシ1人だけでした)。
もう一つ調べたのは、ポート・ジャービスでタクシーをチャーターできるかです。
ネットで見るとタクシー会社が数社あることがわかりました。
あとは現地で交渉するだけです。
列車の中で、行き先の住所と、駅に戻るまでチャーターしたいということ、ついでに自分は英語ができない日本人旅行者であることを伝える英文を書き(翻訳ソフトを使いました)、10時46分の到着に備えました。
ところが帰りのことも考えておかないとと思い、グーグルマップで調べると、なんと午後1時39分の折り返しの列車を逃すと、夜7時過ぎまで次の便がないのです。
夜は夜で、一応予定を入れてありました。
「車での移動が往復1時間20分として、よし現地に1時間半ちょっとはいられる」と判断。
でもアメリカの交通機関は遅れるんですよねー。
列車はお約束のように15分遅れでポート・ジャビスに到着(この時点で、ベゼル滞在は最大1時間15分に)。
降りるや否や、駅前(というか駅舎は一切なく、ホームだけ)にいたタクシーに声をかけ、メモを見せるもなにやら言われダメ。
目の前が暗くなりかけた時、バンタイプの別のタクシーが。
メモを見せると、これまた言ってることがわからない。
ただ会社のオフィスで話をしろと言われたのは分かったので、乗り込みました。
着いたのは駅のすぐそばの小さなオフィス。
そこにいた白人の太ったおばちゃんに改めてメモを見せると「OK ノープロブレム」の返事。
おばちゃん、ナイスだよ!思わず頬ずりしたくなりました(かわりに日本から持っていった手ぬぐいをあげました)。
しばらく待つと先ほどの運転手さんが。
後ろの席には別の客がいて、助手席に乗せられました。
どうやら方向が同じ客を降ろしてからベゼルに向かうようです。 -
で、これがタクシーの助手席から写したポート・ジャービスの町です。
いろいろあったので、この時点で時刻はすでに11時半。
念のため「1時39分の列車に間に合うように、戻ってこなければならない」と紙に書いて渡しますと、「向こうにいられるのはフォーティミニッツだな。それでもいいか」と言いますので、即座に「ノープロブレム アイムゴー!」と伝えました(合ってるのか英語!)。 -
ということで、ここまで来ると、もうなるようになれという気分。
肝がすわってきていたんですね。
ただ目的地が近づくにつれ、期待で次第に胸のドキドキが。
写真はベゼルに向かう「17B」という道路です。
ウッドストックの模様を記録した映画「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間(この歳になるまで何回見返したことでしょう)」には、ニューヨーク方面から来た車でこの道路が何10キロにも渡って塞がってしまい、その横をジーンズに長髪姿の若者たちがもくもくと歩き続ける映像がありました。 -
そしてこの湖。
映像を見たことがある方なら、覚えているのではないでしょうか。
コンサートに集まった若者たちが、男も女も素っ裸になって泳いだり、水浴びしたりしていたあの湖です(ホワイトレイクと言います)。
ワタクシがウッドストックの映画を見たのは18歳の時。
場所は東京高田馬場の名画座でした(いまもあります早稲田松竹!)。
日中、たまたま歩いていてウッドストックを上映しているのを見つけ、そのまま飛び込んで(当時名画座は2〜3本立て300円が相場の料金でした)、夜の閉館まで居続けました。
ウッドストックの映画が公開された時、ワタクシは中学生でまだ本格的にロック音楽は聴いていませんでした。
高校に入っていろいろなアーチストのアルバムを聴き始めました。
その中でウッドストックコンサートのことも知りましたが、当時、住んでいた田舎では映画館といえば封切映画の上演のみで、リバイバル映画など(なつかしい言葉!)かかりません。
もちろんビデオなどない時代ですから、ウッドストックの映画はあこがれていただけで見ることはなかったのです。
それが目の前の映画館で上映されているのですから、夢のような気分。
クロスビー・スティルス・アンド・ナッシュの美しいハーモニーに酔い、ザ・フーの暴力的なステージに慄き、サンタナの官能的なギターに痺れ、そしてジミヘンの圧倒的なパフォーマンスに魅了されたワタクシですが、ある意味一番びっくりしたのがこの湖のシーンだったかもしれません。
だってモロ出しなんですよー、男も女も(ボカシ入っていましたが)。
なのにみなごく自然に振る舞っています。
これがLOVE&PEACEのアメリカ。
少年のワタクシに強烈な印象を残したフラワーチルドレンたち。
あの時彼らがいた場所が目前にあるのです。
興奮を抑えきれず「ホワイトレイクだよね」と運転手さんに聞きますと、「YES」と答えてくれました。 -
突然ですが、これ、自宅に飾ってあるポスターです(「in WHITE LAKE」という文字が入っています)。
ウッドストックのコンサート(正式名称はWoodstock Music and Art Fair)は、このポスターにあるように、1969年8月15日から3日間(実際は18日午前まで)、ニューヨーク州北東部にあるサリバン群ベゼルで開かれました。
実はウッドストックという町は別にあり(アーチストが多く住んでいたことで有名)、当初はその周辺で開催する予定でした。 -
ところが適当な会場がなかったり、ヒッピーが大量に押し寄せることを恐れた地元住民の反対にあったりして断念。
開催まで1か月を切るという瀬戸際のタイミングでここベゼルでの開催が決まります(ここらへんの事情はたくさん出ているウッドストック関係の本を参考にしてください)。
ちなみにワタクシがお勧めするのは、当時コンサートの誘致に名乗りを上げたエリオット・タイバーが書いた「TAKING WOODSTOCK(邦題ウッドストックがやってくる)」です」。
彼は誘致の直前までグリニッジ・ビレッジに住んでいて、当時のビレッジの様子も詳しく描いています。
またこの本は映画化もされていて、これも抱腹絶倒の面白さです。
特に主人公のお母さん役を、ハリー・ポッターシリーズで敵役の一人、ドローレス・アンブリッジ(あの丸っこい魔法省のおばちゃんです)に扮したイギリス人俳優、イメルダ・スタウントンが好演しています。
写真はまさにベゼルのど真ん中(町などありゃしません。全くのど田舎!)です。 -
で、いよいよ目的地が。
見えているのはウッドストックフェスを記念して2006年にオープンした「Bethel Woods Center For the Arts」の看板です。
ここを右折。 -
イチオシ
施設の中心は、当時の写真や記念の品などを展示するミュージアムです。
ただ見学している時間はないので、中にいた係員にコンサート会場だった場所(記念碑がある)の写真を示し、「ホエア イズ ディス プレイス?」と尋ねました。 -
するとミュージアムからさらに奥まったところにあるとのこと(時間がないんですのワタクシ!)。
走って車に戻り、もらった地図を運転手さんに渡して探すこと数分。 -
イチオシ
ついに・・・。
感動に浸っていると、いつのまにか運転手さんが横にきていました。
「ここに何10万人という人が集まったんだよな。すごいフェステイバルだったんだよな」、と、彼がつぶやきました。
後で聞いたのですが、彼はリチャードさんといってワタクシよりもやや年上。
なのでコンサートがあったことも記憶しているそうです。
「僕は18歳の時にコンサートの映画を見て、いつかここに来たいと思っていたんだ」と伝えると、「そこに立って、カメラを貸せ」と言って写真を撮ってくれました。 -
この場所、当時はマックス・ヤスガーさんというユダヤ系の方の農場でした。
映画の中では、ステージに招かれたヤスガーさんが、50万人を前に、「俺は農夫で話すのは苦手だが、あんたら若い連中はすごいことをやったんだ」と照れながらスピーチするシーンがありました。
映画の主題曲にもなったジョニ・ミッチェルの名曲「WOODSTOCK」は、こんな歌詞で始まります。
どこかに行く途中の神の子に出会った
どこに行くのと聞くとこう言った
ヤスガー農場に行くのさ
大地の上でロックンロールバンドを見て
魂を解放するんだ
農場は広大な広さ(600エーカー=240万平方メートル)なので、どこにステージが作られていたかなど、残念ながらわかりませんでした、
ただワタクシの耳には、遠くから熱狂する50万人の歓声が聴こえてきたような気がしました。 -
当時のポスターのデザインを取り入れたカラフルな記念碑には、「THIS IS THE ORIGINAL SITE OF THE WOODSTOCK MUSIC AND ARTS FAIR ON AUG. 15, 16, 17, 1968」と書かれていました。
この場にいたのは15分ほどだったでしょうか。
リチャードさんを促して、ポート・ジャービスに戻ることにしました。 -
帰り道、リチャードさんといろいろな話をしました(車の横で手を挙げているのが彼)。
ロックミュージックが好きになったおかげで、人生が豊かになったこと。
思い切って、初めての海外旅行に出て、本当に良かったと思っていること、など(ほとんど単語をつなげただけですが、理解してくれました)。
車に乗っていてずっと感じていたことを話すと、彼は大笑いしました。
「アメリカでは車は右を走る。だけど日本では・・・」と言うと、「知ってる、左だろ。イギリスもそうだ」。
「その通り、なので僕はずっとフィール ストレンジだ」。
「わかるわかる。俺はバハマに行ったことがあるが、そこも左走行。なので運転していてとても怖かった」等々。 -
少し時間があったので、途中、2か所ほど地元の名所で停まってくれました。
これはそのうちの一つ、デラウェア川の渓谷です。
その時は気づきませんでしたが、後でこの川が、今回の訪問地の一つフィラデルフィアまで流れ、その先で大西洋に注いでいることを知りました。
こういうつながりって、ありますよね。 -
これは同じく帰り道沿いにあったブッダ・テンプル。
「Kadampa Meditation Center New York」といって、有名なのだそうです。 -
そうこうしているうちに、車は再びポート・ジャービスに。
今回の旅がなかったら、存在すら知ることがなかったと思いますが、一生忘れられない街になりました。 -
少し余裕を持って駅に到着。
リチャードさんに何度もお礼を言い、お土産の手ぬぐいを渡しました。
ところが、ここでもうお約束のようなアクシデント。
ずっと助手席に乗っていたので気付かなかったのですが、このタクシーはクレジットカードの支払いが不可(ニューヨークもフィラデルフィアも、タクシーは後部座席にカード決済の機械がありました)。
チャーター料は100ドルということでしたが、財布には20ドル札が4枚しかありません。
ATMでキャッシングしようと、近くのスーパーマーケットに向かってもらいましたが、ニューヨークの街中で使っていたATMと違ってエラーが出てしまいます。
何度か試しましたが、列車の時間が迫ってきましたので断念。
片言でしたが事情を話し、80ドルを渡して何度も何度も謝りました。
と、彼。
「お前が悪い奴じゃないのはわかってる。気にするな。列車が出るから早く乗れ」。
・・・今こうして思い出しながら書いていても泣きそうです。
「いいよ、いいよ」という彼の手に、ポケットにあった小銭全部を握らせて、列車に飛び乗りました。
アメリカにも人情があるじゃないの! -
帰りの列車。
朝からいろいろなことがありすぎて、ワタクシは放心状態。
ですが、思いっきり人の温かみを感じることができたことで、気持ちはとても幸せでした(お腹は空いていましたが。気づいたら食べたのは朝のバナナ1本のみ)。
ところがところが、この日のトラブル、まだ終わりではなかったのです。
ただ長くなりましたので、この後の話は最終日と合わせ次の旅行記に書くことといたします。
あしからず。
で、その前に、ワタクシのようなひとり旅初心者の方のための特別企画。
旅の持ち物、ベスト&ワーストランキング(要するに、ワタクシが持って行って、役に立ったものと、役に立たず置いてくればよかったと感じたものの情報)を最後にお伝えいたします。 -
まずはお役立ちグッズですね。
① IPhone & レンタルWIFI
これは別のところでも書きましたね。
今回の旅の生命線でした。
ただしなんらかのトラブルでネットが使えなくなった時に備え、IPhone にはオフラインでも使えるマップ等入れておきました。
eTICKETなどの重要書類はあらかじめ日本で印刷し、紙で持って行きました。
②カメラ
これも別のところで触れました。
写真がないとこのような旅行記にもできません。
家族や友人には、PCのプレビュー機能でスライドショーにして見せ、旅の報告をしました。
やはり話だけでなく写真があると、より興味を持ってくれます。
また今回は一眼レフ&明るいレンズで写真を残しましたが、画質が良いので見せていても気分が違いました。 -
③チェーン付きの財布
これは今回の旅に合わせて購入しました(某旅グッズストアの通販)。
パスポートやクレジットカードは常に携帯する必要がありますが、落としたり、盗まれたりするのが心配です。
この財布は前面のポケットのところにパスポートが入り、取り出しやすい他、チェーンが付いているので無くなる心配がありません。
というか、これなら大丈夫という精神的な安心感がとても大きいと感じました。
④お土産
現地にお土産を渡す知り合いはいなかったのですが、何か親切にされたことがあったらあげようと、動物柄の手ぬぐいを持って行きました(10枚一組のセット)。
手ぬぐいにしたのは、軽くてかさばらず、和物なので喜んでもらえると思ったからです。
ポート・ジャービスのタクシーオフィスのおばちゃんとリチャードさん、ベットメイクをしてくれたホテルの方にそれぞれ1枚渡し、余った7枚はフロントのお姉さんに「みなさんでどうぞ」と言って置いてきました。
まあ安物ではあるのですが、みなさん喜んでもらえたようです。 -
⑤ポケット式ノート&ノート
文房具店で見つけました。
中は全部ポケットになっていて、Eチケットや各施設のバウチャーなどを入れて携帯しました(常時携帯する必要のない重要書類=旅行保険の契約書などはクリアファイルにまとめておきました)。
使い終わった切符や入場券、パンフなどもポケットに入れることができたので、とても重宝でした。 -
ノートは、ポケットノートと同じようなサイズの物があったのでそれを持って行きました。
メモ程度ですが、その日の出来事や感じたことなどを書きました。
なにせ普段と違い、1日に体験することが多いので、書き留めておいた方が良いと思ったのです。
見返して、そうそうこんなこともあったと思い出すこともあり、正解でした。 -
2つ束ねてバックに入れていました。
-
⑥ウォーキングシューズ
計画を立てていくなかで、かなり心配だったのが足腰の疲れでした。
何回か、国内で美術館、博物館回りをしたことがあるのですが、たいがい午後になると足が痛くなりました。
腰にも痛みが回ってしんどい思いをすることもありました。
今回のNY訪問はかなりの過密スケジュール。
なので靴屋さんに相談したところ、これが一番評判が良いと勧めてくれたのがこのトラベラーシューズでした。
休みの日にしばらく履いてみると、甲高のワタクシの足にも心地よくフィットし、何よりソールのクッションのおかげで疲れません。
実際の旅でも足腰の負担をかなり軽減してくれました。 -
⑦自撮り棒
観光地などで使っている人を見ると、「なんかなあ」とか思っていたのですが、今回はひとり旅。
フィラデルフィア美術館やベゼルでは、きっと「その場にいる自分」の写真が欲しくなるよなあと思い、購入しました。
とはいうものの、それなりに重いしかさばるし、どうしようかと思っていたのですが、持って行って正解でした。
ベゼルではリチャードさんが写真を撮ってきれましたが、フィラデルフィアのデュシャンの部屋では自分一人。
ここには掲載していませんが、無事、初自撮りの写真を残すことができました(ただどんな顔をしていいかわからないんですよね。怖い顔になっていたり、薄ら笑いを浮かべていたり。結局、まともな写真を撮るまで20枚くらい撮ってしまいました)。
⑧クレジットカード
これは持って行ってよかったということではなく、パスポートなどと同じで必需品でした。
まずホテルでは、身分証明書替わりに出してくれと言われます(提示を求められた際は、ネットで支払い済みなのになんで? 二重に料金取られるのでは、とちょっと心配しましたが)。
また前にも書いたように、街中にたくさんあるATMのキャッシング機能でドルをゲットすることもできます。
ワタクシはホテル近くの銀行のATMを使っていましたが、ここのATMは日本語も選択できました。
またレストランだけでなく、ファストフード店やコンビニでもカードが使えるので重宝でした。 -
⑨携帯スリッパ&フットレスト
ともにフライト中、活躍してくれました。
約半日という経験したことがない長時間のフライトで、席はもちろんエコノミー。
折りたたみ式のスリッパを履き、立てると3角形になるフットレストに足を乗せました。
気圧の関係なのでしょうか、飛行機の中ではけっこう足がむくみます。
できるだけ楽にしたいと、周りの皆さんもみな靴を脱いでいるようでした(スリッパはホテルでも使いました)
あと空気を入れてふくらませる「首用の枕」も重宝しました。
ワタクシにとっては初の国際線でしたが、離着陸時とおやつタイムを含む3回の食事を除くと、機内は照明を落とすんですね。
さらに窓を開ける人もほとんどいません。
寝たい人が寝やすいようにする配慮なんでしょうが、意外でした(外が明るい時間帯は、景色を見たい人もいるでしょうに)。
ちなみにワタクシは中年男性にありがちな「トイレが近い人」なので、手配してくれたJTBさんに頼んで行き帰りとも通路側の席にしてもらいました。
なので最初から景色は見れないと思っていましたが・・・。
⑩文庫本
もう少し機内での話を。
せっかく暗くしてくれているんですが、やはりあまり寝ることができませんでした(エコノミーは想像よりゆったりしていましたが、それでもイスに座り、不自然な体勢で寝るわけですから)
特に行きはそう(気持ちも高揚しています)。
何回か睡眠と言える状態に入ったのですが、短時間でまた目が覚めてしまいます。
なので機内エンターテインメントで3本も映画を見てしまいました(ニューヨークを舞台にした「靴職人と魔法のミシン」が秀逸でした)。
その他の時間は持って行った文庫本を読んでいました。
文庫本は、夜疲れてホテルでおとなしくしている時にも読みました。
今回は鉄板で本の世界に入り込めるように、宮部みゆきの「ソロモンの偽証」を持って行きました。
帰りの便でも読み、結局持参した1~2巻を読み終えていました。 -
続いては、役に立たなかった編。
①トラベル英会話の本
シチュエーション別になっているものを持って行きましたが、まったく使いませんでした。
考えたら、相手と会話をしている時に本出して調べているヒマなんかあるわきゃないですよね。
事前に伝えたいことを用意する場合は、IPhoneに入れた翻訳ソフトで対応しました。
またタクシーで行くことを想定してあった場所は、名前と住所を書いたメモを用意しておいて運転手さんに見せました(発音に自信がなかったので)。
②PC
迷ったあげく、普段使っているマックを持っていきました。
使わなかったわけではありませんが、HPはIPhoneで見ることができますし、それで十分だったのではと思います。
ブック型とはいえ、電源コードも含めるとそれなりの重さですので。
③地図
これも会話本と同じような理由。
グーグルマップで十分でした。 -
④折りたたみバック
お土産などが増えたらと思い持って行きましたが、杞憂でした。
現地で買ったお土産はほとんどが布製品(Tシャツ、帽子、トートバックなど)。
下着も古いものを持っていたため一部は捨てましたし、荷物はほとんど増えませんでした。
かさばるお土産(お約束の空港チョコなど)は機内持ち込みでしたし、スーツケースと日中使ったショルダーバックで足りました。
⑤ポケットティッシュ
ガイドブックにあると便利と書いてあったので、いっぱい持っていたんですが・・・。
ホテルには箱ティッシュがあったので、ほとんど使いませんでした。
まあ軽いのでいいですが・・・。
⑥ベスト・薄手のカーディガン
秋なので、と思って持って行ったのですが、大外れ。
いちおう渡航前に現地の週間天気予報はチェックし、「あ、けっこう気温高いんだ」とは思っていたのですが、それでも9月下旬というところに引きずられたました。
半袖シャツは1枚しかなく、歩き回ったこともあり、ほぼ毎日汗だくになりました。
半袖が欲しくて5番街のユニクロに寄りましたが、ここはさすがに秋冬ものが中心。
しょうがないので黒Tシャツを買って代用しました。
あと念のため折りたたみ傘を持って行きましたが、出番はありませんでした。
ただ日本と違ってビニール傘がコンビニに売っているということはなさそうでした。
なので、やはり持って行った方が良さそうです(面倒ならポケッタブルのカッパも良いかもしれません)。
こうした旅の持ち物は、ベテラントラベラーなら自明のことなんでしょうが、初心者には落とし穴がいっぱいです。
参考になったら幸いです。
(6日目後半~最終日へ)
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この旅行記へのコメント (5)
-
- 旅人なおさまさん 2016/01/26 19:08:52
- 感動しました!!
コミニケーションが不安な中、ドキドキの中
温かい心の交流があるって素晴らしいです。
手ぬぐいを持って行かれていたとは!
私は折り紙を持って行くんです。
ベッドメイクの方へチップと一緒に鶴やユリを折って置いておくと心なしか丁寧に掃除してくれているように感じるんです。
とても感動しました。
-
- Minty Pinkさん 2015/12/13 10:09:12
- 私もです!
- 私も、最初は女性の方かと思って読んでいました!
他の方へのコメントで「妻が海外旅行に興味がないので…」とあったのでびっくり!!
それにしても、リチャードさん素敵ですねえ。じーんときちゃいます。
elephanさん、英語からきしダメ とおっしゃってますが、第1日目から、
そんなことないような気がします。
写真もきれいで素敵です。やっぱり一眼レフですね。私も綺麗な写真を残したいと思いつつ、コンパクトさに負けで小さいデジカメです。
- elephanさん からの返信 2015/12/13 18:35:39
- RE: 私もです!
- うーん、そうですか。
今まで意識したことはないのですが、
自分の文章にはやや女性的なところがあるのかも。
ただできるだけやさしい言葉遣いを心がけているのは確かです。
そうしたところが影響したのかもしれません。
リチャードさんは、本当に素朴でいい方でした。
ニューヨーク市内だけにいては、ああした出会いは経験できなかったかもしれません。
英語は、40年近く前、大学を出てからはほぼ100%使っておりません。
それでも何とか単語が頭に浮かんだのは、まさに「火事場の何とやら」とマジに思います。
文法もほとんど忘れているので、単語の羅列がかえってよかったのかもしれません。
2本もコメントを入れていただいて本当にありがとうございました。
また旅行記をアップしたら、ぜひお読みになってください。
-
- redoさん 2015/10/26 11:51:27
- とても、勇気と元気をもらいました
- 私も、9/16-9/22まで、NY旅行してました。一人旅も考えましたが、はじめてなので、勇気がなくて、トリッピースというサイトで、女性四人で、
同じ年で、一人旅、英語だめということで、とても興味もって、読んでいました、途中、札幌にお住まいということて、私もそうなので、ますます、共感しながら、楽しんでました、現代美術や、音楽に、造詣が深く、しらなかったことや、行かなくて残念とか、尊敬の念をもってましたら、
かってに、私は、女性と思っていて、えっと、おもわず、大笑いしてしまいました、私は、また、絶対NYに、行こうと思ってるので、次回の参考に、させていただきます。読書中、たまに、NY談義できたらなんて思いながら、楽しんでました。ありがとうございます
- elephanさん からの返信 2015/10/26 16:45:42
- RE: とても、勇気と元気をもらいました
- コメント、ありがとうございます。
同い年、同じ札幌ということで、親近感いっぱいです。
そうですか、途中まで女性の旅行記と思われていたのですね。
けっこうおじさんテイストいっぱいの文章と思っていましたので、意外でした。
「勇気と元気をもらいました」そう言っていただけると励みになります。
またよろしくお願いします。
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