2015/09/26 - 2015/09/26
157位(同エリア368件中)
イロコさん
宇部市にある常盤湖は約320年前(元禄11年・1698年)に造られた灌漑用の湖です。
今日はガイドの人と一緒に説明を聞きながら歩きました。
狭い渓谷を堰き止めた本土手の説明を聞きましたが、ここは普段車で通っていたので少し驚きました。
常盤湖からの出水口、石橋などを見ました。
普段とても見学しないような所を見学出来て勉強になりました。
その後は常盤湖の中にある島の常盤神社へ移動。
島には1782年の鳥居、1800年代の鳥居や灯篭などがあります。
昭和に出来た本殿を拝みました。
2時間のウォークでしたが歴史を知ることが出来ました。
- 旅行の満足度
- 4.0
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ときわ公園正面入り口
入り口は全部で4か所あります。
駐車場は有料です。 -
入園は無料です。
ただ今年OPENした猿が飼育してある動物園は入園料が必要です。
入ってすぐにモモイロペリカンのカッタ君の像もあります。 -
現在地は左の方です。
右下の島まで歩きます。 -
時間があったので、正面入り口の近くにある動物園を覗いてみましょう。
(動物園の中に入るには時間がないので、柵の間から見ただけです) -
こっちを向いています。
-
左下の石の上にもいます。
-
こちらはシシオザル
尻尾がライオンの尻尾みたいだからです。
ちなみに動物園は2週間前に見学をしています。
この時は時間がなかったので駆け足での見学ですが・・・ -
10時になりメンバーも集まったので出発です。
まず正面入り口近くの本土手の見学です。
飛上がり地蔵尊があります。 -
2体あります。
左側が320年前の地蔵尊
右側はその後に造られた地蔵尊 -
左手の320年ぐらい前の地蔵尊アップ
-
飛び上がり地蔵尊の説明
-
元禄11年(1698年)に飛び上がり地蔵尊は湖畔に安置されていたけど、
その後いつのまにか首は落とされ胴も行方知らずに放置されていたそうです。
昭和3年に付近の松林から首が見つかり新しく胴をつくって一体とし本土手近くに安置したそうです。
翌年大干ばつがあり、このため初めてポンプを使って揚水wすると本土手の
堤防がくずれおちた池底から地蔵尊の洞が現れたそうです。
この胴を先に安置されたくびをつけかえ、昔の姿と新旧二体を並べておまつり
したそうです。 -
地蔵尊の側にある本土手の説明
-
本土手は長さ約72〜73mの階だの呼び名です。
宇部の領主福原氏の家老、椋梨権左衛門俊平が苦心の末築造した堤防です。
本土手は元禄元年に計画を建て、元禄8年に工事着工
元禄11年(1698年)完成
当時、北から南へ縦断していた深い渓谷の南側の最も狭い
場所に築かれました。
高さ 外側約18メートル、内側 25から27メートル
幅 下部約36メートル 上部約15メートル
長さ 株訳55メートル 上部約73メートル
現在は本土手の上は道路になっています。 -
本土手の位置
ちょっと分かりにくいですが飛び上がり地蔵尊のすぐ近くです。 -
洞樋(とうひ)の説明
用水の吐出口は一か所は本土手、もう一か所は常盤神社のある島に近い岸にあるそうです。
築堤当時は土手の底に埋めた洞樋と名付けられた長方形の箱に十個前後の水吐口を設けた堅樋w組み合わせて作られていたそうです。
現代はポンプがあります。 -
飛び上がり地蔵尊のちかくにあるロバか何かの顔に見える木
-
出水口を見るために階段を降りて行くことになりました。
普段こんな階段を降りる人なんてほとんどいないだろうな・・・。 -
階段を降りると水の出口がありました。
現在はコンクリートで整備されていますが、水が出る場所は320年前と
変わっていないそうです。
横にポンプがりました。
又下流には水を堰き止めたりする装置もありました。 -
こちらは出水水から水が流れて小さな池になっています。
築堤当時はこの池はなく、大正時代に造られたそうです。 -
今は婦池と言う名前が付いています。
ここの池の水を抜くと320年前の石組を見ることが出来るとのことでした。
ちなみに常盤湖は長州藩だから水は長州側に向けて流れているとのことでした。
常盤湖の近くは周防との境があり、境界でもめるところもあったとか。
そのあたりは論瀬と言う地名になったようです。 -
出水口を見た後は本土手を歩きます。
今は道路で車が通っています。 -
常盤湖と右側が本土手だった所
-
湖の水が多くなると、余剰水を写真の上の方に見える口から水がオーバーフロウするようになっているそうです。
今はコンクリートで固めてあります。 -
オーバーフロウした水の通り道を見てみることになりました。
荒手と呼んでいるそうです。
本土手から旧道」のやけやぶに入りました。
かつてはこの道で海側の村に向かって行けたそうですが、現在は竹が生えたりしてとても人が歩く状態ではありません。 -
荒手を横切る常盤堤東荒手石橋はもうすぐです。
-
ちょっと分かりにくいですが、橋の右側の石が少し見えました。
水は右側の下流に流れます。
-
常盤湖の水がオーバーフロウして流れる通路、荒手
ちょっと暗いですが・・・。
ここは固い岩盤でつるはしで削った跡が残っているそうです、 -
ちょっとアップ。
つるはしの後は良く分かりませんが。 -
荒手の底の部分
-
荒手
向こうが常盤湖側 -
荒手の上に橋があります。
この橋も300年以上も前の石橋です。
石橋の長さは4.55メートル、幅1.36メートルで、当時の
古文書ともサイズが一致するとの事です。
右端の長い石は斜めになっており崩れ落ちたのかな。 -
石組み
堅い岩盤の上に橋を造ったので頑丈なようです。 -
ちょっとアップ
-
石橋の先端
昔はこの石の先には土があったのかしら?
今は石橋と、その向こうの地面の間は途切れています。
石橋を少し行った先は長門と周防との国境だそうです。 -
さてまた竹藪を戻り本土手だった所に戻りました。
このようなガイドツアーがなければ日ごろはこんな場所は見られるものではないですね。 -
ときわ公園の正面入り口まで戻り常盤湖の側を歩きます。
ちょうど飛び上がり地蔵尊があった裏あたりに石炭記念館があります。
その側の小高い丘に行って見ることになりました。
石炭記念館の建物 -
碑
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石炭記念館のそばには公園があります。
昔、ここは籠たて場と呼ばれていて領主福原氏の籠がここに止まったとか。
幕末には大砲のテストをするのに、この丘から常盤池に向かって撃ったと言う記述があるそうです。 -
常盤湖築造の功績を伝える1906年「(明治39)建造の石碑
逆光で暗いです。 -
「常盤池の碑」は先人も功績を伝えています。
漢文で書いてあります。
ガイドさんの説明では椋梨権佐衛門をたたえていること。
厚狭郡の南の果ての何も取れないこの地が、工事によって良田に変わったこと。
費用対効果が膨大だったこと。明治35年に200年経っても崩壊していないと検証したこと。
功績が忘れ去られるのが心配。宇部の人々に伝えてほしい・・・と書いてあるそうです。 -
常盤池の碑の反対側
-
ちょっとアップ
明治・・の文字があります。 -
さてまた常盤湖の側に出ました。
320年前に本土手を造って今もこのように水が満面にあります。 -
左手に、石切り場と呼ばれる場所があります。
ガイドさんの考えでは、このような名前が付いているので
本土手の石はここの石を切り取って並べたのでは・・と言う説でした。 -
常盤湖の様子
湖は2カ所ほど埋め立て(スポーツ公園と自動車学校の部分)をしたけど、
他は昔の形のままだと言うことです。
私たちはこれから彫刻広場を通って常盤神社がある島に向かいます。 -
彫刻
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彫刻と花
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ちょっとアップ
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今年は2年に1回の野外彫刻展の年です。
10月4日から始まります。
今年の作品 -
こちらもこと胃の作品
まだ立ち入り禁止で綱で囲ってあります。 -
こちらも今年の作品
ときわ公園の中にあった枯れ木の根を彫った作品です。
まだシートで覆われていますね。
彫刻展が始まったらのけられるのかな。 -
こちらは向井良吉の「蟻の城」
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カタツムリの裏側
2週間前のフリマの後にこちらの公園に来た時は正面から写真を撮っています。
今回はゆっくり彫刻を見て歩く時間はないので裏側のみ見ました。 -
これも今年の作品
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これも蟻の巣みたい。
これは何年か前の作品です。 -
ちょっとアップ
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これも何年か前の作品
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さて常盤神社の参道に着きました。
最初にある鳥居
ガイドさんお説明では、この参道には新旧の鳥居や灯篭が交じっているとのことでした。
こちら参道にある最初の鳥居は1868年(明治)のものです。
「常盤神社」の額縁は昭和44年に取り換えたたとの事です。 -
天保二年(1831年)約200年前の灯篭、左側。
「雲行雨施」と書かれています。
また「常盤湖末富神之祠為移来海濱五十年千人将大祭・・・」との説明も刻まれています。
最初は本土手の側にあった末留大明神を草江に移転し、その後草江海濱に移転。海貧移転の五十年をした・・と書かれているとのことです。
昭和43年に草江の末留大明神はこちらの常盤に移転しています。
ガイドさんの説明:常盤湖の名前について・・・・、
元禄11年(1698年)の約320年前は「常盤池堤」と呼んでいて、
200年以上も前に「常盤湖」と名前が変わったけど、(こちらの1831年の灯篭には常盤湖と記載されている)190年位前には
「常盤堤」、130年前には「常盤池」になったとか。
そして昭和35年頃に「常盤湖」と称するようになったそうです。
呼び名もその時々で変遷するものなのですね。
-
こちらは天保二年(1831年)の右側の灯篭
「品物流形」と書いてあります。
「天保二年辛卯・・」と刻んであります。 -
参道から外れた所にも鳥居が見えます。(真ん中あたり)
文政五年(1822年)のだから先ほど最初にあった鳥居よりも古いです。
大正4年に改修をしたようです。
よそから移転されてきた鳥居です。
左手前にある灯篭は1864年のものです。 -
昭和十年(1935年)の鳥居
-
新宮橋を渡ります。
-
さて常盤神社のある島に向かいましょう。
新宮橋を渡ります。
昭和四十二年十月の橋。 -
左手には白鳥大橋が見えます。
今年の5月は常盤湖1周のイベントや、6月には菖蒲苑までハイキングに行ったので、そちらの旅行記にも橋の写真を掲載しています。 -
新宮橋もあと少しです。
島に入ります。
前に見える鳥居はかつて本土手の側に「末留大明神」が祀ってあったけど、その後草江と言うところに移転。
何度も移転し、最後にこちらに来ました
ガイドさん資料の参考年
元禄8年頃、本土手工事時「末富神社」勧請
堤が完成し、元禄11年(1698年)に「末富大明神」として本土手上に祀る。
1716〜36年に草江と言うところに移転。
天明2年(1782年)末留大明神、草江海濱に移転。
天保2年(1831年)に海濱移転50年祭
その後 昭和43年に草江の末留大明神(大歳神社)常盤に写し新宮と合祀し
「常盤神社」となる。また移転されたとのことでした。
「末留」は常盤湖の水を「留」めると言う意味だそうです。
鳥居の右の柱に末留大明神をかいてありますが、ちょっと読みにくくなっていました。
左の柱には天明二年(1782年)と書いてあります。
一番古い鳥居です。
現在は額は「常盤神社」となっています。
昭和につけかえているとのことです。
左手後ろにある「手水鉢」は年代を誤って刻んであるとのことでした。 -
拝殿を眺める
一番手前の灯篭は1872年のもの。(明治五年)
その奥の狛犬は1816年の文化十三年のものですが、よそから移転されたもの。 -
常盤神社の碑
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ちょっとアップ
祭神が書いてあります。 -
島は小鍋島と言うようです。
昔、長州と周防の境目が鍋島でした。
ちょっとはゆかりがあるのかしら。
平成の石碑がありました。
「椋梨権左衛門顕彰碑」 -
平成の石碑
椋梨権左衛門が本土手を造ったけど、すぐには水が溜まらず、責任を取って
切腹をする日を決めていたら大雨が降り水が溜まった・・とかって書いてあります。 -
神社
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神社の裏側
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神社のさらに奥には手水鉢、狛犬、灯籠があります。
狛犬というか、狐さんは天保六年乙末三月(1836年)と刻んであります。
手水鉢と狛犬は移転されたものです。
奥の灯篭は昭和十年(1935年)のものです。
ガイドさんの話では、昔常盤湖の側にお稲荷さんがあったので、それを移転して
来たのだろう・・との事です。 -
さて見学が終了し、また入り口まであるくことになりました。
左手に見えるのは末富大明神と書かれている鳥居 -
左手にペリカン島が見えます。
逆光でちょっと暗いです。 -
こちらが参道から少し外れたところにある鳥居。
他の鳥居よりも小さめです。
移転されたものです。
左の柱には文政五年(1822年)、右には大正十一年四月と書いてあります。
改修されたようです。
こちらの鳥居の額縁も「常盤神社」となっています。 -
藤棚
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ちょっと振り返って文政五年の鳥居を見る。
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先ほど見た蟻の巣みたいな彫刻
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常盤湖の向こうには2週間前にあったフリマの会場近くが見えます。
ちなみに常盤湖1周出来る歩道がありますが5.7?あります。 -
お花が一杯
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ちょっとアップ
正面玄関には11時55分頃に着きました。
説明を聞きながらウォーキングも出来、歴史も分かったとても有意義でした。
「宇部市ふるさとコンパニオン」のメンバーによる「てくてくまち歩き」「てくてくときわ公園」のコースがあり、また面白いコースがあったら参加してみようと思います。
どうぶつ園でお猿さんを見ようかと思いましたが、10月にまたときわ公園のイベントに参加する予定なのでその時にお猿さんを見に行って見ます。
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