2015/08/26 - 2015/08/26
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Minty Pinkさん
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夏休みのおでかけ。
夫と同じ日に休みがとれたので、どっか行こうということになり4traを見ていたら、どーんと「アフタヌーンティ特集」というのが出てきた。
「ああ、それもいいかもね〜。」ということで、アフタヌーンティを中心に旅程を組む。
午前中は西洋美術館の常設展。私は1ヶ月前に行ったばかりですが、その時に買った『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(山内宏泰)という本の順序に従って歩いてみよう。この前見られなかったものが展示されているといいな。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
9時半少し前に上野駅公園口改札に到着。
西洋美術館は9時半開館。 -
雨が降っています。(この日はずーっと雨でした。)
手前の方のかさはゴッホ柄。《夜のカフェテラス》が見えたので、ついつい撮影。 -
企画展はまだまだ「ボルドー展」。
-
ああ、こちら側にはポスターがあったのね。(前回は違う方の入り口から入ったので気づかなかった。)
思いがけず《聖プラクセディス》を見られてコーフン!のお話はこちらに。
よろしければごらんください。
↓
http://4travel.jp/travelogue/11035036 -
以降、【 】でくくった作品解説はおもに『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』より。
ロダンの《地獄の門》のてっぺん。【『三つの影』と呼ばれ、まったく別物に見えるが、角度が違うだけですべて同一。
一つの作品で同一のものを反復させる手法は20世紀のポップアートの手法!】 -
『三つの影』の下には小さな《考える人》。
今日は大きさの違う《考える人》を三体見ることになる。そのひとつめ。 -
【いくつもの人物像が、門内のここかしこに見えているけれど、どんなポーズを取っているのかすらよく分からなくなってくる。まるでこの門の表面は煮えたぎるマグマで、あらゆるものが溶け込んでしまうかのよう。】
-
「ああ、ロダンね、《地獄の門》ね」程度で、あまりじっくり見ることもなかったけど、よく見るとこんなふうになっていたのね。
「 -
とっとと中に入ろうとする夫を引き止める。(雨が降っているのにすまんがつきあってね。)
オーギュスト・ロダン《カレーの市民》1884−88年
世界に12エディションあるうちの一つ。
私「ロダンは鑑賞者と同じ高さに設置するようにって言ったんだよ。」
夫「これ、違うじゃない。」
私「言うこと聞かなかったんだねえ。」
夫「スタンフォード大学にあったのは地面に設置されてたなあ。あれは一体ずつばらばらになってたね。」
メトロポリタンのは屋内にあり、普通に床の上に設置されていました。
↓
メトロポリタン訪問記は http://4travel.jp/travelogue/10948049
よろしければご覧ください。 -
本日2体目の《考える人》。
プレートには《考える人》(拡大作)とある。
1880年作で、1902−04年に拡大、だそうです。
【かがんだ状態で高さ186?あります。】 -
この角度が一番それらしい、かな。
さて、西洋美術館は屋内にあと一体、小さいサイズのを所蔵しているのですが… -
常設展のチケットってこんななんだ〜。430円!
-
常設展、最初の部屋。ロダンの作品の数々。
この部屋の真ん中にあるはずの《考える人》は1ヶ月前も、現在も不在。
(この日の午後、はからずもその《考える人》に対面することになるのだが。) -
2階展示室の手前で松方コレクションについての説明をじっくり読む夫。
-
ぱっと目に飛び込んでくるのがこれ。なかなかの迫力です。
15世紀フィレンツェ派《聖ヴェロニカ》
ヴェロニカさんという方は、このように「聖顔布」というものを広げた姿で多数描かれているのですね。
以下、Wikipediaだのみ。
ヴェロニカは、エルサレムの敬虔な女性であった。彼女は、十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くキリストを憐れみ、額の汗を拭くよう自身の身につけていたヴェールを差し出した。キリストは彼女の申し出を受けて汗を拭き、ヴェールを彼女へ返した。すると、奇跡が起こった。ヴェールには、キリストの顔が浮かび上がっていたのである。この伝承から、絵画や彫像の聖ヴェロニカは、聖顔布を手にした姿で表される。
なるほど、そういうことなのですね。 -
《聖ヴェロニカ》の隣にあるのがこちら。
14世紀シエナ派《聖ミカエルと龍》
『上野に行って…』では、こちらから西洋絵画史の勉強が始まります。
この本では、現代に直接つながる美術とそれ以前をくっきりとわける一つの原理を「作者の名前と作品がセットになって伝わっている」ということとしています。そのはじまりはジョット。
ジョットと同時代なのがこちらの作品。西洋美術館で最も古い作品。 -
【黙示録の一場面。天界での戦争で、聖ミカエルが龍をやっつけて、地上に落とした。首から顎にかけてのラインに陰影をつけ、立体感と表情を出そうとしている。羽は立体感を出す方法が確立されていないよう。足や手の交差も整理されていない。】
聖ミカエルということは、モンサンミッシェル修道院のてっぺんにいるあのお方。
りりしいお顔、背景もきらきら。 -
に、比べてこの龍。
1ヶ月前に来たときには《聖プラクセディス》で心臓ばくばくしてて、ちょっと見てほぼ素通りだったのですが、【思いのほか小さくて、情けない顔】とあるのでじっくり見てみた。…確かに弱そう…。 -
『上野に行って…』に従って、本日は20世紀の美術からスタートして逆回りのルートをとります。
おや、途中にこんなケースが。きれいな宝石類。ついつい目を奪われる。 -
こんなのもありました。《スカラベ》とあります。
-
私の好きなユベール・ロベール二点を通り過ぎ…
-
20世紀の美術のある部屋への通路の手前にはこちら。夫が立ち止まる。
私一人だったら、さっさと行っちゃうところだけど。誰かと一緒だと視点が違うのでおもしろい。
コルネイユ・ヴァン・クレーヴ 《プシュケとクピド》 1700-10年頃
夫「《ミロのヴィーナス》なんかも、もとはこんな形だったんだろうなー。」
私「そうですかね…。えーと、あらプシュケだって。神様じゃないよ、人間。ギリシャ神話に出てくるんだけど…」
夫「ふうん。あっちは?」
-
少し離れてこれ。
コルネイユ・ヴァン・クレーヴ《ウェヌスとクピド》1700-10年頃
私「ああ、こっちこそヴィーナス。だからこの2人は母子。クピドとプシュケは結婚したので、ヴィーナスとプシュケは嫁・姑ってわけね。」
-
階段を降りて、20世紀美術の部屋。
【現在から過去へと眺めていくと、歴史の転換点。因果関係、後世に真に影響を及ぼしたのはどの作品なのか、かなりはっきりとしてきます。】
1ヶ月前とは違う作品もいくつか。 -
たとえば、こちら。
パブロ・ピカソ《アトリエのモデル》1965年
1ヶ月前にあったピカソは違う作品でした。
作品解説によると、「既存の様式をすべて超越したなぐり描きにも似た画面には、ピカソの執念をみる思いがする。」とのことで。…そうなんですか。 -
隣はこちら。
フェルナン・レジェ《赤い鶏と青い空》1953年
作品解説:
「第一次大戦以後のレジェの芸術は、相対立する存在を一つの画面の中で調和させることに捧げられた。例えばモナ・リザと鍵束といった具合である。彼はその緊張的調和の方法をコントラストと呼んだが、彼のコントラストの理念は造形的目的から遂には宇宙的範疇にまで拡大する。 」 -
鶏…は、わかるけれども。
-
例えば、これらは…何?
-
一番奥に巨大な作品。
-
ブラック? と思ったら、…ちがいます。
アルベール・グレーズ 《収穫物の脱穀》1912年 -
タイトル通り、作物らしいものが見えますね。
-
ブラックはこちら。この額が好き。
ジョルジュ・ブラック《静物》1910-11年 -
夏休みの宿題で美術館見学に来ているのかな。
-
私「これ見て。これ好きなんだ。」
夫「へえ。ちょっと佐伯祐三みたいじゃない。」
私「うーん。佐伯祐三はもっと暗い色だと思うけど。」
佐伯祐三もいいよね。
ラウル・デュフィ《モーツァルト》1943年 -
シャイム・スーティン《心を病む女》1920年
夫が行きたがっているバーンズコレクションには、スーティンが21点もあるのですよ。 -
笑顔?すら浮かべているような。
-
ルオーが2点並んでいます。
そのうちの1点だけがガラスの向こう。
ジョルジュ・ルオー《エバイ(びっくりした男)》1948-52年頃
夫「中学生のころ美術の資料集なんかで見て『なんだこの子供が描いたみたいな絵は』って思ったもんだ」
私「同じく。それにしても、なんでこっちだけガラスばりなのかなー。」 -
この展示室を総括したところ、
夫「この部屋の絵は苦手だなあ…。なんだか気持ちが不安定になる。」
近現代ものは苦手なようです。
それでは、歴史をさかのぼって行きましょうか。
19世紀後半から20世紀初頭の作品の展示室へ行く手前にはけっこう大きい絵。 -
アンドレ・ボーシャン《アルクマールの運河、オランダ》
とても細かく丹念に描いているけど、なんとなく平凡な感じ…。
夫「特に惹かれるものはない。」
私「そうだね。」
おや、気が合うね。 -
おや、この部屋も展示替えがあった模様。
1ヶ月前は、真ん中の《ばら》が右側の壁にあって、今《ばら》があるところには、《ばらをつけた女》があった。 -
1ヶ月前にはなかった作品。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景の中の三人》1916年
ルノワール晩年の作品。
作品解説:
この作品では色彩の諧調がすばらしく、ルノワール晩年のコロリスムの証となっている。 -
この二人はともかく…
-
左の女性はもはやだれだかわからないようす。
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足下のあたりだけれど…。人物はすっかり背景にとけこんでいる。
-
奧へ進みます。シニャックの大きい作品の横には…
-
アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン《花と泉水》
作品解説:
「マルタンの絵からは最後まで新印象派の技法的影響が消えることなく、また後期になるに従って、その色彩は強く、明るく、むしろフォーヴィスムの絵のような輝きを帯びて行く。」
「ていねいな点描のきれいな絵。」とだけ思って通り過ぎると、
夫が「この絵、左側から見てみて」と。 -
あ! 全然印象が違う。正面から見たときはなんとなく構図が間延びして見えたんだ。
-
特にこの泉の見え方がね。
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モーリス・ドニ《字を書く少年》1920年
『上野に行って…』に取り上げられているドニの《踊る女たち》は今回は見あたらなかったけれど、彼の作品は5点あった。そのうちの一つ。パステル画のようなやさしい色調。 -
髪のカールの具合が好き。でも、この子は女の子じゃないんだなあ。
それにしても、この絵を見ていると、思い出しちゃいますが… -
似ているような気がしますが、どうでしょ。
-
モーリス・ドニ《ロスマパモン》1918年
ヴァロットン風にも見えたりして。 -
平面的で遠近感がよくわからないのは日本美術の影響か。
けっこう好きな雰囲気。 -
ポール・ランソン《ジギタリス》1899年
こちらもナビ派。 植物が美しく、おしゃれな作品だなあと思う。
【ナビ派の作品には、縦長の画面のものが多くあります。西洋の絵画ではあまり見られないフォーマットです。ナビ派がこの形式を発想した源は、日本の掛け軸や屏風絵にあるのです。】
なるほど、これがその一例なのね。 -
少しずつ時代をさかのぼって行きます。
次はこちら。この超有名画家の作品は、西洋美術館はこれ一点しか所蔵していない模様。
前回来たときは展示されていなかったので、楽しみにしていました。
さて、誰の作品でしょう。
枚数が多くなってきたので、続きは後編で。
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