2015/08/26 - 2015/08/26
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Minty Pinkさん
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夏休みのおでかけ。
午前中は西洋美術館の常設展。今回はその後編です。
1ヶ月前に来たときに買った『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(山内宏泰)という本の順序に従って歩いています。
「逆順」というのはなかなかよかったです。いくら美術館が好きでも2時間も見ていれば最後のころは疲れてきちゃうので、前回「もういいや〜」となりながら見ていたところをていねいに見られたし。
よろしければ、前編なども
↓
http://4travel.jp/travelogue/11046820
- 旅行の満足度
- 5.0
-
「19世紀後半から20世紀初頭の部屋」の続きです。
前回展示されておらず、今回見るのを楽しみにしていたのがこちら。
フィンセント・ファン・ゴッホ《ばら》1889年
夫「これはすばらしい。いいなあ…。」
おやおや、またしても気が合うじゃありませんか。夫は穏やかな感じの絵が好きなようだ。 -
夫「1889年というと、亡くなる前の年か。」
私「サン・レミの病院の庭に咲いてたばらかなあ。」
夫「ゴッホに見えない。穏やかな感じがいいなあ。」
私「でも、ほら、ちょっと糸杉に出てくるようなうねうねなタッチも見えるよ。」
さて、帰宅してから調べると、Wikipediaに『サン・レミに移る前にアルルで描いた』と。「そうか、5月までアルルにいたから、5月の薔薇かあ…。」と思ったら
西洋美術館の作品解説を見ると:
『本作品はこれまで、サン=レミに移る以前のアルル時代最後の時期の作品とされてきたが、サン=レミ療養院の庭の隅を描いたものとする修正意見が1985年のゴッホ展(国立西洋美術館)で提出された。…略…ゴッホの作風は、ゴーガンと離れたことで、彼の影響下で生まれた平面的な様式から、ゴッホ本来の粗い筆致に次第に戻っていく。しかもその後のサン=レミ時代にはっきりと現れてくる「うねるような」筆致を並置する彼独特の技法もすでにここに窺うことができるのである。』
「おお。私の見立てもなかなかじゃないの。」と、夫には言ってないけど、ひとりプチ自慢。 -
《ばら》の前の壁。この部屋ももうだいぶ奧に進んでいます。
ミレイの《あひるの子》をよく見ようと思っていたけど、残念ながら展示されておらず。 -
展示室を出て、彫刻のお部屋をさらりと見る。
が、どちらかと言えば庭に心ひかれる我々。 -
小雨が降り続いてしっとりと濡れた庭。
夫「あれは欅の木かな。小さいころ、近所に木材屋さんがあって…。あの木肌は欅だと思うんだけど。」
そうかな? 中庭には3本の欅、銀杏、楠があるようなので、そうなのかも。桜と梅と桃の区別はつくんですが、欅はわからないなあ。 -
あっという間に11時が近づいています。
2階のモネ部屋にご案内。ここは1ヶ月前とまったく同じ展示作品でした。
《ポプラ》は今どこにあるのかなー。
《睡蓮》の前で騒ぎながら記念写真を撮る一団あり。注意される一歩手前。 -
何度見ても素敵です。
クロード・モネ《セーヌ河の朝》1898年
雨、降っていますよね。風も少し強いかな。柳のざわざわという音まで聞こえるような。
雨も、悪くない。
夫は「河作品」だと、《エプト河の釣り人たち》がいいそうです。寄託作品で写真なし。 -
《セーヌ河の朝》の前にはこちら。
ベンチに座って眺めます。 -
夫「これはいいね。」
私「そうだね。」
夫「雪っていうと、単純に白いと思っちゃうけど全然違う。」
私「紫っぽかったりね。」 -
「橋作品」は今日もこちら
クロード・モネ《チャリングクロス橋・ロンドン》1902年ごろ
《ウォータールー橋》はどこに行ったのかなあ。
(午後、思いがけず出会うことになる!) -
次の部屋へ。
-
今日もマネの《ブラン氏》はご在宅。その隣にあった《花の中の子供》は不在。
ブーダンの寂しい浜辺の作品がかけられている。奧の小さい絵はコローの寄託作品。
私「ブーダンていうのはモネの最初の先生で…」
夫「…(興味なし)」
んもー、聞いてよ。 -
手前のこちら。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》1872年
夫「これがルノワール??」
私「ルノワールも作風がいろいろ変わっているから…」
これは31歳ごろの作品。1870年には《オダリスク/アルジェの女》というドラクロワへのオマージュ作品でサロン入選。きんきらでますますルノワールっぽく見えない作品だが。 -
ルノワールと言えばやはりこのあたりが人気でしょうかね。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《帽子の女》1891年
20年後の50歳のころ。《ピアノの前の少女たち》もこのころね。
【この時期、ルノワールはすでに印象派の作風を抜け出て、人物画などに重きを置いていました。その後はさらに、豊満な女性のヌードをよく描くようになります。】 -
こちらに並んでいるのは、奧からセザンヌが2枚とピサロが2枚。シスレーがなくなって、セザンヌが1枚増えている。
-
こちら。先月なかったセザンヌ。
ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》1881年
【パリ近郊のこのポントワーズという町で、彼は、印象派の中心人物のひとりだったカミーユ・ピサロとよくいっしょに制作をしました。その影響で、いかにも印象派らしい画面が生まれたのです。】 -
作品解説:
本作の水面から橋、丘、空に向かって積み上げられた構図、様々な方向を向く多様な筆触は、この後晩年に向かうに従い、いっそう意図的に用いられるようになり、セザンヌ独自の様式を顕著に示すものとなりました。 -
《マンシーの橋》に出てくるような筆触。
-
夫のお気に入りはこちら。
ギュスターヴ・クールベ《波》1870年
私「あれはいくつかバージョンがあって、島根にも同じ構図のがあるよ。でも、空の色がもっと暗いの。これは少し茜がかっているでしょ。クールベはペインティングナイフ使いが得意で…」ぺらぺらぺら。
今度は夫も「ほう」と興味をもってよーく見ている。 -
「20世紀の美術」を見下ろす通路にはコロー。私は好きなんだけど、夫は興味なし。コローらしくてすてきだと思うんだけどね。
-
となりはこちら。
フランソワ・ボンヴァン《静物》1863年 -
あれー?なんとなくこんなのを見たことがあるような…。
-
そうそう、これ! 同じ画家? ワシントンのナショナルギャラリーで、フェルメールと同じ部屋にあった絵。
Coorte, Adriaen,Still Life with Asparagus and Red Currants, 1696
なんだ全然ちがった。こっちの方がずっと前に描かれている。
アスパラとレッドカラントの組み合わせは同じ。
あれ? Adriaen Coorteって…。ああ、そうだ。ハーグのマウリッツハイス展で見た苺の小さい絵の画家だ。息子②のお気に入り。 -
おや、ドラクロワもあるんですね!
ウジェーヌ・ドラクロワ《墓に運ばれるキリスト》1859年 -
先を歩いているのはマグダラのマリアでしょうか?
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奧で気を失いそうになって支えられているのが聖母マリアか?
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本館に戻ってきまして。
ジョヴァンニ・パオロ・パニーニ《古代建築と彫刻のカプリッチョ》1745-1750年頃
「ユベール・ロベールっぽいじゃない?けっこう好きな感じ。」と思って見ていたら、作品解説に「ユベール・ロベールもローマ滞在の折に彼の薫陶を受けた画家のひとりです。」とありました。 -
西洋美術館のHPをあけると、ばーん!と出ていらっしゃるのがこの方。
マリー=ガブリエル・カペ《自画像》1783年頃
フランス革命の少し前…。ロココ花盛りって感じ?、かと思ったら、このあたりは新古典主義のはしりだそうです。ロココ時代のキラキラ要素が散らばって残っている。(『上野に行って…』)
額には、なにやらおリボン?のようなものがついているのもおもしろい。 -
自信たっぷりな自画像。
【女性の描き手が歴史上に登場するのは、ちょうどこのあたりからになります。フランスでサロンと呼ばれる官展が女性に開放されたのは、1791年のことでした。1789年に起きたフランス革命がもたらした一つの成果です。】
なるほど〜。 -
この手の絵って、いつもこういうところに注目してしまう。布の質感とか、本物みたいにみえるレースとか。
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またしても、なぜか惹かれる果物の静物画。
アンリ=オラース・ロラン・ド・ラ・ポルト《桃、李、杏》1760-1763年 -
私「何、この青い果物は…。」
夫「なんだろうね。Peaches, Prunes, Apricotsって書いてあるから…、プルーンか。」 -
角を曲がって左手に。そうそう、ラ・トゥールがあるのです。前回はうっかり見落とした。
ジョルジュ・ラ・トゥール《聖トマス》17世紀
アトリビュートは槍。 -
作品解説を読むと、ラ・トゥールも40点くらいしかないんですね。フェルメールと同じくらいの数なんだ。
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夫がこの絵の前で足を止める。
夫「ヴェラスケスかと思ったら違う。」
私「ああ…、そんな感じもするねえ。」
正解は、ヴァン・ダイクです。 -
アンソニー・ヴァン・ダイク《レガネース侯爵ディエゴ・フェリーペ・デ・グスマン》1634年頃
作品解説に、「ヴァン・ダイクの肖像画としては例外的に地味で、ベラスケスなど同時代にスペインの宮廷肖像画を強く想起させます」とあるので、「夫、おしい!」ってとこでしょうか。
ヴァン・ダイクっていうとあれだね、《狩り場のチャールズ一世》。 -
好きな静物画を二点ピックアップ。
フアン・バン・デル・アメン《果物籠と猟鳥のある静物》1621年頃
こちらは《聖プラクセディス》と同時に告知された新規展示作品です。《聖プラクセディス》は寄託だけど、こちらは2014年度購入。 -
端っこの青っぽいのは、ここにもプルーン?
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つやつやのザクロもぶらさがっておりまする。
そう言えば、うちのザクロ、今年はいっぱい花が咲いて、実もなってるなあ。ほったらかしだけど。 -
1ヶ月前にも載せましたが。
コルネリス・デ・ヘーム《果物籠のある静物》1654年頃 -
さすがのヘーム。このぶどうのツヤツヤなこと。
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レモンの透明感。
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本物の胡桃がおいてあるみたい。
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プルーン…ですか?
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エドワール・コリール《ヴァニタス―書物と髑髏のある静物》1663年
夫「頭蓋骨が出てきちゃうんだなあ…。(←こういうのは苦手なのだろう)」
私「ヴァニタス、ヴァニタス。しかたないじゃん。」 -
とは言え、髑髏をアップで撮す気にもなれず、こっち。
さて、読めるように書いてあるのでしょうか? -
撮影禁止の《聖プラクセディス》の近くには、こちら。人気作品と思われます。
カルロ・ドルチ《悲しみの聖母》1655年頃 -
お顔も、マントの青も美しいです。
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手元。
11時半。入場から2時間です。この辺には《ゲッセマネの祈り》とか《十字架のキリスト》とかあるのですが、そろそろ退場。
《十字架のキリスト》を通りすぎながら、「スペインに行きたいなあ…。」という夫。 -
階段を降りる手前。
アドリアーン・イーゼンブラント(に帰属)《玉座の聖母子》16世紀
これがチケット売り場のところに拡大図になっている。実際にはとても小さい。 -
アフタヌーンティは3時から。
軽くなんか食べましょうか、ということでスタバ。
ミルクビスケットは見た目よりずっと量があって、半分こで十分。 -
コンビニで缶コーヒー売り出すんだそうで、そのコマーシャルということで付箋紙をくれた。付箋紙と言っても、かなり書くスペースは狭い。
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スタバの窓の外。もう少し育つと素敵になりそうな花壇が雨に濡れている。
12時15分。あんまりのんびりしていられない。次の美術館へ出発。
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