2015/07/23 - 2015/07/23
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Minty Pinkさん
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ええ。おおげさなタイトルです。でも、私の中では本当に衝撃だったのです。
時は7月下旬の平日。上野近辺で一人で数時間をつぶさなければならないことになりました。
一人作戦会議の結果、西洋美術館の常設展でも行ってみるかってことにしました。企画展目当てに行くことはあっても、常設展は随分前に一回行ったきり。
「どんなのがあるんだっけ?あら、けっこう印象派の絵を持ってるじゃな〜い。
あら、コローもあるのね。お、写真撮影もOKかあ。いいねえ。」という程度の事前調査。
ところが入ってみると、ミュージアムショップの向こうに、
「は? え? なんで??」というポスターが。
あれってフェルメールの『聖プラクセデス』じゃないの!?
なんであなたがここに!
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よろしければ、後編:モネの個展部屋から20世紀の絵画まで
もご覧ください。
http://4travel.jp/travelogue/11035691
- 旅行の満足度
- 5.0
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おなじみ《地獄の門》と《弓を引くヘラクレス》。
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平日ゆえか、夏休みでも混んでいません。企画展は「ボルドー展」なるものをやっている。
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中に入って、目に飛び込んできたのは真ん中のポスター。
は? 《聖プラクセデス》?? なんでそのポスターが?! -
そばに寄ってみる。
-
え。新規…展示…作品…。
はああああああああ?!
ようするに、アンテナ低すぎたんです。クリスティーズでオークションにかかったことも、実は落札者が日本人で、3月からここに展示されていたことも、知ってる人は知っていた情報。でも、そんなの話題になったかなぁ。いわゆるフェルメールっぽくない作品なので、メディアも取り上げなかったのかしら?4ヶ月たってるとはいえ、HPにも「よく探さなきゃわからない場所」に情報があったし…。
うはーーー。
これでも鑑賞したフェルメール作品は20をゆうに超えてるけれど、個人像の《聖プラクセディス》はニューヨークかどこかにあると思っており、よほどラッキーでなきゃ見られないだろうなと思いこんでいましたよ。
フェルメールの作品かどうかはまだ論争のあるところで、「ヨハネス・フェルメールに帰属」となってはいるけれど、うれしい! うれしすぎる!!
(2014年8月に、フィラデルフィアで個人蔵の《ヴァージナルの前に座る若い女》を見たときの話はこちら↓)
http://4travel.jp/travelogue/10966253 -
とりもなおさず、2階へ。14−16世紀の絵画から。
左はアンドレア・デル・サルト《聖母子》1516年頃
公式ページによると、昨年度購入したものだが、ふさわしい額を制作中だったとかで4月29日に公開されたようです。16世紀フィレンツェのルネサンス美術を代表する優品とのこと。確かに個性的な額だわ。
右はさきほどのポスターにも載っていた新規展示作品のひとつ
ドメニコ・プリーゴ《アレクサンドリアの聖カタリナを装う婦人の肖像》1520年代 -
パオロ・ヴェロネーゼ《聖カタリナの神秘の結婚》1547年頃
右がカタリナさん。高貴な家柄に生まれ、キリスト教を信仰するようになる。あるときキリストとの結婚を幻で見たという物語がこの作品の主題。
結婚て、あなた、相手は赤ん坊…。いやはや。
ルーブルにある《聖アンナと聖母子》で学びましたが、見た目の年齢ってこういう宗教画には何の関係もないんですね。 -
ジョルジョ・ヴァザーリ《ゲッセマネの祈り》1570年頃(?)
ユダの裏切りを知ったキリストは最後の晩餐のあとに、オリーブ山の麓のゲッセマネでペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人を伴い、苦悩のうちに神に祈りを捧げ、天使によって力づけられる。 -
師匠が苦しんでいるというのに、だらしなく眠りこける3人の弟子。これももちろん預言されていたことではあるけど…。左からペテロ。ヨハネ。ヤコブ。
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時代は下って17世紀の絵画のコーナーへ。
エル・グレコ《十字架のキリスト》1610−1614年頃
グレコというより工房作かも…と、公式ページの作品解説にはありました。
そんなことをしている間も気はそぞろ。心臓ドキドキ。
《聖プラクセディス》はどこ?! -
あ!あれだ!
………まずは遠くから一枚。
そして、徐々に近づいて撮ろうとしたら、なんと「撮影禁止マーク」!!
「寄託作品だから」ダメなんですと。撮影の○×ってどんな理由で決めてるの?
今はオルセーもロンドンのナショナルギャラリーもOKだけど、ちょっと前まではダメだった。フィラデルフィアで見た個人蔵のフェルメールは撮影OKだった。
気づかず撮ってしまったので許してください。
作品の横にはB5両面の解説書が置いてあります。
何人か足を止めて見入っている人もいましたが、特に熱狂ぶりはありません。
職員の方によると、《聖プラクセディス》めあてに常設展に入る方は多くなっているとのことでした。
「これは一生見られないと思っていました!」と感動を伝えると
職員の方は「それはよろしゅうございました」とにっこり。 -
興奮を鎮めつつ、他の作品も見てみましょう。
コルネリス・デ・ヘーム《果物籠のある静物》 1654年頃
ヘームって親子で画家だったのか!
知らなかったー。いくつかの美術館で見て、「花の絵がきれいだなー」と思っていたけど、それはどっちの絵だったんだろう? -
つやつやで瑞々しい。
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こちらも新収蔵の作品。
フアン・バン・デル・アメン《果物籠と猟鳥のある静物》1621年頃 -
おもしろい絵を発見。
ダフィット・テニールス(子)《聖アントニウスの誘惑》1660年代後半 -
怪しい魔物たちの中でひときわ美しく見えるこの女性。実は足が取りの鉤爪になっている愛欲の象徴で、聖人を誘惑しようとグラスを差し出しているのですって。
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こんなのが飛んでたり。左のなんか《鳥獣戯画》にいそうな蛙。
息子2が好きそう…。 -
「聖アントニウスの誘惑」はヒエロニムス・ボスを始めネーデルランド美術において好まれた主題のひとつ。ボスね〜。たしかにこんなの描きそうだわ。
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隣にこちら。
ヤン・ステーン《村の結婚》17世紀半ば
フェルメールと同時代の和蘭を代表する風俗画家。 -
2011年にBunkamuraで見た【フェルメールからのラブレター展】で見た、《生徒にお仕置きをする教師》っていう絵がなかなか強烈でおもしろかったのが印象に残っている。
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18世紀の絵画セクションの突き当たりの壁にはこちら。
ユベール・ロベールが2点。 -
向かって左側。
ユベール・ロベール《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》1786年
「空想の」ということでありまして、実際には別々の場所にある古代の有名な作品が、一画面上に複合構成されております。 -
像の足下に集う人々。
-
向かって右。
ユベール・ロベール《マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観》1786年 -
この柱はコリント式でしょうか?
-
水場に集う人と犬。
やっぱり好きだわ、ロベール。
「お、これは?」と目が行ってしまう。 -
18世紀の絵画セクションが終わると、細長い空中回廊のような展示室。右手下には20世紀の絵画セクションが見下ろせる。
こちらは19世紀の絵画セクションにある
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》1870-1872年
コローお得意の銀灰色の世界。この細長いカンバスが印象的。 -
幼児を抱く女性、タンバリンを手に踊る女性。遠景は光に満ちたナポリの浜辺。
19世紀の画家達にとってイタリアは憧れの地。コローも3度に渡って数々の戸外スケッチを手がけているとのこと。 -
銀灰色の風景の中に、明るい色の草花も忘れないのがコロー。
ピンクの花びらがかわいらしい。 -
回廊を抜けて次の部屋へ。
奥の3点はクールベ。手前の1点はファンタン・ラ・トゥール。 -
ギュスターヴ・クールベ《波》1870年頃
エトルタの嵐の海を描いたもの。いくつか同じような構図の物を描いている。 -
フランスの山岳地帯に育ったクールベにとって、未知の世界だった海。
得意のペインティングナイフで荒れる海を表現。 -
砕け散った波。
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同様の構図は島根県立美術館にもある。大きな違いは空の色かな。
島根のは暗い空。上野の空は茜色がかっている。荒れる海との対比がいいな。 -
ギュスターヴ・クールベ《狩猟者のいる風景》1873年
さわやかで美しい風景。故郷オルナンを描いたもの。 -
クールベお得意の鹿。これはかわいい。
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クールベ3点の隣にはこちら。
アンリ・ファンタン=ラトゥール《花と果物、ワイン容れのある静物》1865年
ラトゥールと言っても「夜の画家」のラトゥールとは別人。 -
桃の質感をごらんあれ。
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光を映すワイン容れ。
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あまり見かけない種類のカボチャですかね。
切り口から種がこぼれています。 -
振り返ってみますと、印象派の始まり。
左からルノワール、マネ、マネ、そしてブーダン。
ブーダンは寄託作品ゆえ撮影不可。入っちゃいました。ごめんなさい。
作品名だけ書いておきます。
ウジェーヌ・ブーダン《ドーヴィルの浜》1893年
白っぽくてちょっと寂しげな浜の絵でした。
今回は見あたらなかったけれど、西洋美には《トルーヴィルの浜》という1867年の作品もあるようです。こちらはおしゃれをした人物がたくさん描かれていてにぎやかなんだけど。 -
それでは撮影可の作品へ。
エドゥアール・マネ《花の中の子供(ジャック・オシュデ)》1876年
1876年の夏、マネはエルネスト・オシュデの招きでパリの東にある小村モンジュロンを訪れた。この2週間程の滞在中に数点の絵と共に描かれた作品。
描かれているのはオシュデの6人の子供のうちの長男ジャック。
この頃のマネは黒の多用と平塗りの手法を基調にした1860年代の作風を捨て、印象派、ことにモネの影響の下に、明るい色彩と生動感の溢れる筆触の効果を用いて、戸外の光の下での「現代生活」という主題を追求していた。(作品解説より) -
次の絵は大きくて迫力ある。
-
エドゥアール・マネ《ブラン氏の肖像》1879年
自信に満ちた新興ブルジョア。
画家晩年の大作…と解説にはあるけれど。
どうもこの平塗りな感じや表情が好きになれないなあ。
マネにも好きな絵はたくさんあるけど、これとか《皇帝マクシミリアンの処刑》とか、何をしたかったんだろう?と思うものがときどき…。 -
靴を履いた足が形をとどめていない。
紫の陰がモネ風な感じも。この陰は木陰? ブランさんの影はどこ?
描いてないのかもしれない。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》1872年
ルノワールがこんな題材を?なんかちょっとドラクロワ風じゃない?
と、思ったら解説に
「ルノワール初期の代表作のひとつ。…38年前にパリのサロン展で好評を博したドラクロワの《アルジェの女たち》を下敷きにして…」とありましたよ。 -
ルノワール作品にはあまり見られないであろう厚化粧。
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一方こちらは「誰が見ても」のルノワール作品。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《帽子の女》1891年 -
1880年代のかっちり輪郭の「酸っぱい様式の時代」から抜け出して、いわゆる「真珠色の時代」に入った頃の作品。
服の色が白い真珠のようで、「真珠色の時代」にぴったりの作品。きれいなモデルさん。 -
お袖の描写。
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アルフレッド・シスレー《ルーヴシエンヌの風景》1873年
「最も典型的な印象派は?」と聞かれてピサロが名前をあげたのがシスレー。
でも、この絵(というか写真は?)を見ると一瞬とても写実的に見える。 -
でも、寄ってみるとやっぱり印象派タッチ。なんか不思議、
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「私はまず空から描くでしょう」と言ったシスレー。
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カミーユ・ピサロ《立ち話》1881年頃
第7回印象派展に出品。
画面を斜めに仕切る柵が斬新な感じ。 -
くつろいだ雰囲気。きっとどうということはない話。
技法的には、スーラの影響下に採用する点描技法の前段階がはっきりと窺われる。
(作品解説より) -
足は描き直しのあとがあるそうで。最初は両足をそろえて描いていた。
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カミーユ・ピサロ《収穫》1882年
これは油彩ではなく、テンペラ。第7回印象派展に出品。
パリ郊外の静かな村ポントワーズにおける麦の刈り入れ風景。
《立ち話》と同じように、人物の扱いが大きくなっている。
ピサロというと風景画が思い浮かぶので、ちょっと意外な感じの作品。 -
ぱっと見てピサロだとは思わないだろうな。
印象派展も7回目になると、いろいろありましたでしょうし。 -
遠景。屋根の色がきれい。
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麦?を束ねる手元。
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ポール・セザンヌ《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》1885-1886年
「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称。 -
マロニエの木。荒い筆遣い。
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ああ、ここなんかは「セザンヌの筆遣い」。
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そして隣室へと。
そこは「モネの個展」。
後編に続きます。
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