2015/08/24 - 2015/08/24
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ドクターキムルさん
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神奈川県平塚市平塚4の平塚宿京方見附があった辺りの旧東海道沿いは古花水と呼ばれている。平塚市の市街地中心部は戦中に空襲を受けて焼け野が原になったが、ここ古花水は戦災を免れた。そのため、旧東海道沿いには戦前に建てられた建物がまだ建替えられずにほんの数棟だけではあるが残っている。その中に、旧東海道側に面して並んで建つ2棟の土蔵(http://4travel.jp/travelogue/11046050)と看板建築のお店跡の建物とそれに続く銅葺き屋根の和洋折衷の古民家(http://4travel.jp/travelogue/10934855)がある。この看板建築の建物は銅葺き屋根の和洋折衷の古民家のものだという。
もう平塚市の市街地に残る戦前の建物は極一部の寺社の社殿と八幡山公園に残る旧横浜ゴム平塚製造所記念館ぐらいかも知れない。しかし、寺社の社殿を除けば、この古民家が平塚市の市街地地域に残る古建築では一番価値が高いように見える。旧横浜ゴム平塚製造所記念館の洋館(http://4travel.jp/travelogue/10931692)などは、横浜・山手の大型洋館や鎌倉の3大洋館を見たことがある人にはもの足りなく見える。
建物が余りに立派で2度目だったので呼び鈴を押してこの家の方に話を聞くことにした。この家のご当主は関東大震災(大正12年(1923年))前の生まれでおん年92歳だという。私が関東大震災前のお生まれの方お話するのは、建長寺境内に住むかつての茶屋のお婆さん以来のことで2人目である。このお屋敷は震災直後の大正13年(1924年)に先代が建てたのだという。築90年を越える住宅である。当時、和館の横に小さな洋館を付けるのが流行ったのだという。確かに、鎌倉にも2棟の和洋折衷の民家が残り、由比ガ浜1の民家(http://4travel.jp/travelogue/10896263)は関東大震災直前に建てられている。由比ガ浜の和洋折衷の民家よりも2、3年ほど新しいがここ古花水の和洋折衷の民家は贅を凝らしている。前回は気が付かなかったが、屋根には逆ハート型の屋根飾りが立っている。しかも、これまた当時流行した看板建築の店舗の建物も残っている。
幾ら平塚市には文化財となるような建築物が少なく、そうした文化財行政担当者が不慣れだとは容易に想像が付くが、こうした建築物群を文化財にしないのであれば、平塚市役所(教育委員会)もその存在価値が疑われようか?
(表紙写真は古花水の和洋折衷の古民家の屋根飾り)
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