2014/03/10 - 2014/03/10
176位(同エリア646件中)
pioさん
奈良と言えば?こう問われたら、東大寺の大仏!と仰る方が多いでしょう。
私の中の奈良は、法隆寺・唐招提寺・聖林寺の十一面観音がハイポジションです。
奈良は、東大寺界隈を除けば、静かで、しっとりと穏やかな空気、天平を受け継ぐ里、私の中の奈良はそんな感じです。
2014年3月10日(月)平日のホテル。大人の遠足クラブの面々も去って、静まり帰ったロビー。昨日の賑わいとは打って変わった、全く違うホテルや町。
皆で楽しいのも大好きですが、やはり一人の静かな時間が私にはとても大切な事を改めて実感した、今回の奈良旅でした。
後、たった2日の奈良ですが、心の芯まで休ませて充電して行きたいと思います。
斑鳩では雪もちらつき、冷たい空気が私を清らかにしてくれている。そんな事を自然に思える奈良旅でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
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今朝もモリモリ。
アツアツのスクランブルエッグは大好き。
昨今、冷凍や粉混ぜのインスタントスクランブルエッグを使ってる所が増えてません?
ロハス奈良は、しっかり美味しい本物卵です。
元気の源!しっかり頂きました〜〜♪スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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ホテルレストランからの眺望。
何か建築中です。
ベージュ建物、奈良らしい特徴的な屋根の旧JR奈良駅の駅舎は、観光案内所になっています。スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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ロビーカウター
スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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枕コーナー
スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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ロビー
流石に月曜の早朝は、静かです。スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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ロビー
静か過ぎます・・・スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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エレベーターホール
スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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1Fホテル入口
スーパーホテルPremierJR奈良駅 宿・ホテル
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ノンビリと朝の温泉・朝食・お洗濯を済ませ、JR大和路線で法隆寺へ向かいます。
11分210円也JR 奈良駅 名所・史跡
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JR路線図
大阪を中心としてるのですね。 -
大和路線の車内
普通車両でこのシート!素敵♪ -
きゃん♪車のポスターも美しい。
これから貴方様にお逢い出来ます。ドキドキ -
法隆寺駅から、法隆寺門前までバスで8分程。
バス停前に斑鳩町の全体地図が有りました。
こういうのって、有難いです。
自分が今何処にいて、どうやって来た。これからどの方向に向かうのか。大体の距離。事前に調べていても、こうして現地に立って見る地図はとても安心できます。 -
法隆寺参道
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南大門 国宝 <室町時代>
法隆寺の玄関にあたる「南大門」は、創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。
三間一戸の八脚門で、単層入母屋造。東大寺南大門(奈良県奈良市)・東照宮陽明門・日暮門(栃木県日光市)とともに、日本3大門のうちの1つです。 -
南大門から、まだまだ進みます。
五重塔の美しい姿が見えて来ました。
左手向こうに、上土門と唐門が見えて来ました。 -
ようやく中門の姿をハッキリと目視出来ました。中門までまだまだ距離がありますが・・・
ここにたどり着くまで、随分遠く感じます。法隆寺の境内がいかに広大かが判ります。
『境内の広さは約18万7千平方メートル』想像も付かない数字だけど、
こうして歩いて実感する。 -
上土門
参道左手の2つ並んだ問の左。本坊・西園院・寺務所の入口です。
観光客は中門目掛けてまっしぐらな場合が多いので、目に止める事は無いようです。 -
土上門と唐門
何とも静寂な佇まい。好きです。 -
中門まであと200m位でしょうか・・・ふう。。です。
しかし、この存在感には、ウットリ。 -
中門 国宝 <飛鳥時代>
西院伽藍への入口である中門は深く覆いかぶさる軒、その下の組物や勾欄、それを支えるエンタシスの柱、いずれも飛鳥建築の特色を持つ建築物です。
エンタシスとは中央にふくらみをもつ柱で、古代ギリシャローマ建築の影響を受けたものと一般的には言われています。
中門がある西院伽藍は天智9年(670)に若草伽藍が全焼した後に場所を変えて建てられたと考えられており、金堂、五重塔、中門の順に建立されたと考えられています。
また、この中門は門の両脇に我が国最古の金剛力士像が配置されている事から仁王門とも呼ばれています。 -
我が国最古の金剛力士像
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我が国最古の金剛力士像
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中門(国宝)入母屋造の二重門。正面は四間二戸、側面は三間。日本の寺院の門は正面の柱間が奇数(3間、5間、7間等)になるのが普通だが、この門は正面柱間が4間で、真中に柱が立つ点が特異である。門内の左右に塑造金剛力士立像を安置する。日本最古(8世紀初)の仁王像として貴重なものであるが、風雨にさらされる場所に安置されているため、補修が甚だしく、吽形(うんぎょう)像の体部は木造の後補に代わっている。門は現在、出入り口としては使用されず、金堂等の拝観者は回廊の西南隅から入る。
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風が行ったり来たり。
小雪がちらつく寒さでは有ったものの、門を行き来する風は宇宙の呼吸の様で、神聖な物事に感じました。
日本語で言うと固苦しいすよね。God Bless って言えばちと奈良にそぐわないけど、でも・・・「祝福を授かる」そんな感じで。。 -
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法隆寺、入りまーす。
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法隆寺境内で購入のパンフ表紙
中門上部の角度から撮影したのですね。素敵だわぁ。 -
パンフレットの裏表紙。
地図の文字が小さくて、お年頃の私には少し難儀です。 -
西院伽藍
世界最古の木造建造物群
おお -
おおおぉぉぉ
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金堂・五重塔・中門に見られる建築様式は、組物(軒の出を支える建築部材)に雲斗、雲肘木と呼ばれる曲線を多用した部材を用いること、建物四隅の組物が斜め(45度方向)にのみ出ること、卍くずしの高欄(手すり)、それを支える「人」字形の束(つか)などが特色である。
法隆寺 寺・神社・教会
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法隆寺 寺・神社・教会
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ぬおぉぉぉ。
法隆寺 寺・神社・教会
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う〜〜美しい。
五重塔 国宝<飛鳥時代>
高さ約31.5m(基檀上より)で、我が国最古の五重塔として知られ2重基檀の上に建ち、各重の平面と屋根の大きさは逓減率が大きく、また、5重目の柱間は初重の半分になっている為、非常に均整のとれた、安定した美しい印象を与えています。法隆寺 寺・神社・教会
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軒下から見上げても、匠の建築にただ息を飲みます。
五重塔は釈尊の遺骨(仏舎利)を泰安するための塔ですが、塔の原形はインドのストゥーパーで、日本に伝わる途中、中国で楼閣の形になりました。
近年、この五重塔の心柱の伐採が594年であることが、年輪年代測定法により判明し、日本書紀の記述にある天智9年(670年)の火災以降に再建されたという、再建論に一石を投じる形となりました。
ちなみに、前年の593年は聖徳太子が摂政の位に就いた年です。法隆寺 寺・神社・教会
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塔内部はとても暗く、また撮影禁止な為、パンフ流用します。
最下層内陣には、奈良時代初期に造られた塑像群があり、地下1.5mに埋められた大理石の上部には舎利奉納孔がありますが、本当に仏舎利があったのかは謎であるといわれています。同様に、相輪に掛かっている鎌は法隆寺の七不思議の一つとして様々な説があり謎とされています。 -
金堂(こんどう)国宝 <飛鳥時代>
法隆寺のご本尊を安置している殿堂が金堂です。
四方に階段を付けた二重の基檀に立つ二層づくりであるこの金堂は、柱上に横材が何段も井桁に組まれているもので、飛鳥時代の特徴的な建造物です。
また、現在入母屋造りの屋根をしている金銅ですが、昭和の大修理時に当時の学者達は、玉虫厨子と同じと主張し鍜葺き(しころぶき )にしようという話が有りましたが、これに反対したのが以降「法隆寺の鬼」と呼ばれる様になった西岡常一棟梁でした。後に、慶長の大修理時の資料などから入母屋造りだった事が判明しました。法隆寺 寺・神社・教会
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金堂の柱に龍
法隆寺 寺・神社・教会
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世界的にも知られていた12面の壁画ですが、昭和の大修理の最中の昭和24年(1949)1月26日朝に火災につつまれ、あらかた焼失してしまいました。
現在は昭和42年に14名の日本画家の手によって再現された壁画が白壁を埋めています。
撮影禁止・パンフより。 -
金銅釈迦三尊像をはじめ、諸像が安置されているほか、天井には、天人と鳳凰が飛び交う天蓋が吊るされ、周囲の壁面には、世界的に有名な飛天図が描かれています。
釈迦三尊像の光背の碑文によれば、推古天皇の31年(623年)に亡くなられた聖徳太子のため、止利仏師をして造らしめたとある。 -
金堂 薬師如来像<飛鳥時代>
太子の父である用明天皇のために造られた。 -
法隆寺 寺・神社・教会
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法隆寺 寺・神社・教会
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大講堂 国宝<平安時代>
仏教の学問を研鑽したり、法要を行う施設として建立されました。
大講堂の両脇には、経蔵と鐘楼があります。これは古代寺院の様式で、大講堂に並んで経蔵・鐘楼が並存するのは法隆寺だけです。
また垂木勾配を緩くしたままにする為日本独特の屋根の上に屋根を設けるという形式の屋根では現存最古ものです。
鐘楼とともに正暦元年(990)には再建されました。
本尊の薬師三尊像及び四天王像もその時に作られています。 -
講堂薬師残存像、撮影禁止な為、パンフより。
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回廊 国宝<奈良時代>
回廊は東側の鐘楼、中央の大講堂、西側の経蔵につながり、西院伽藍を形造っています。平安時代以前の回廊は、経蔵、鐘楼の手前で閉じられ、大講堂、経蔵、鐘楼は回廊の外側に建っていました。
また西側より東側のほうが一間だけ長くなっているのは、金堂と五重塔のバランスを考慮したものだと考えられています。 -
大講堂寄りの折れ曲がり部分より北は平安時代の建立である。当初の回廊は大講堂前で閉じており、大講堂は回廊外にあった。
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鐘楼
経蔵と対称位置に建つが、建立時代は平安期。
吊されている鐘は白鳳時代のものですが、建物は延長3年(925)に落雷によって焼失し、現在の鐘楼は経蔵の様式にならって再建されたものです。
昔は時間の告知のために鐘をついていましたが、今では年中行事のみに使われています。
かつてあった茶屋「柿茶屋」でこの鐘を聞いて詠んだという正岡子規の
「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」の句は有名です。法隆寺 寺・神社・教会
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聖霊院前 鏡池
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聖霊院 国宝<鎌倉時代>
鎌倉時代に聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。内部には3つの厨子があり、中央の厨子には法隆寺のご本尊でもある聖徳太子45歳の像、左の厨子には太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、右の厨子には太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ、秘仏として毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時にご開帳されます。
法隆寺 寺・神社・教会
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御朱印をここで頂きます。
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聖霊院の東にある妻室は、やはり僧坊の遺構で平安時代の建物。
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道なりに北東へ進むと、双璧も真新しく、大宝蔵院へ続きます。
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大宝蔵院入口
運悪く・・・就学旅行の団体さんに出くわしました。
先生らしき男性とガイドさんの会話は、「最近は昔と違って、就学旅行の時期が変わりましたのも有りますが、今週の前後は非常に混雑しますので、今日は貸切のようにゆっくり見れて、らっきーでしたよ」との事。
自分も中学の就学旅行に奈良へ来たが・・・それを棚に上げてなんだが。。
博物館、美術館は静かにゆっくり見たいものである。法隆寺 寺・神社・教会
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玉虫厨子
推古天皇御所持の仏殿と伝える玉虫厨子(飛鳥時代)
玉虫の羽がビッチリ貼られてて、昆虫嫌いな私にはゾクゾク・・・です。色あせていないのが不思議です。
て、言うか、殺生しちゃ駄目でしょぉ。一体何匹の玉虫が犠牲に・・・(汗) -
百済観音蔵
法隆寺に伝わる百済観音像(飛鳥時代)は、わが国の仏教美術を代表する仏像として世界的に有名であります。またこの観音様は、日本の仏像には珍しい八頭身のすらりとした姿と、優美で慈悲深いその表情で多くの人びとを魅了しています。
百済観音は百済観音堂が平成10年に建てられ、ガラス越しで拝むようになっていました。
私が子供の時は、そのまま直に拝めたのですけどね。 -
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もっとゆっくり見て居たかったのですが、どうにもこうにも中学生の一団と、どこかの大声でお話なさる、ご婦人グループには、神経がすり減らされます。
団体の前を行くか、後を行くかの究極の選択。
私は前を行くことにしました。 -
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長い壁沿いを東へ
東院大伽藍へ。この伽藍の中に夢殿があります。
聖徳太子が住まわれた斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を上宮王院(東院伽藍)といいます。
四脚門を通って・・・法隆寺 寺・神社・教会
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法隆寺 舎利殿
この建物の東側は舎利殿と呼ばれ、聖徳太子が2才の春に東に向って合掌され、そしてその掌中から出現したという舎利(釈迦の遺骨)を安置する建物です。現在では1月1日から三日間「舎利講」という法要が行われ、その御舎利をご開帳(奉出)しています。また、西側には聖徳太子一代の事跡を描いた障子絵が納められた絵殿があります。 -
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東院大伽藍の中心となる建物がこの夢殿です。
八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身と伝える秘仏救世観音像(飛鳥時代)を安置し、その周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、乾漆の行信僧都像(奈良時代)、平安時代に夢殿の修理をされた道詮律師の塑像(平安時代)なども安置しています。この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、まさに観音の化身と伝える聖徳太子を供養するための殿堂として、神秘的な雰囲気を漂わせています。法隆寺 寺・神社・教会
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救世観音像
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夢殿でウットリと時に浸っていると、団体の波がジワジワと・・・
我に帰り、中宮寺へ足早に避難です。
中宮寺境内は、夢殿に面しています。中宮寺 寺・神社・教会
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中宮寺は聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺であります。その旧地は、現中宮寺の東方三丁の所に土壇として残っておりましたのを、発掘調査しましたところ、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式配置伽藍であったことが確認され、それは丁度法隆寺旧地若草伽藍が四天王式であるのに応ずるものといえましょう。而もその出土古瓦から、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われます。国宝菩薩半跏像(寺伝如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は、その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えております。
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中宮寺本堂
春から夏にかけては、花に囲まれて天に昇るかの様なお堂なのでしょうね。
小雪が舞うこの日は、私が30分程居る間に3組みしかいらっしゃいませんでした。中宮寺 寺・神社・教会
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中宮寺 木造雨宝童子立像<鎌倉時代>
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天寿国曼荼羅繍帳 国宝(展示品は複製でした)
日本最古の刺繍遺品として知られる「天寿国曼荼羅繍帳」は、推古天皇三十年(622)、聖徳太子の妃である橘大郎女が、太子薨去ののち、図像をつくって太子往生の姿をお偲びしたいと、宮中の采女に命じて、太子が往生なされている天寿国のありさまを刺繍せしめられたものです。
もとは繍帳二帳よりなり、そこには百個の亀甲が刺繍され、亀の甲には一個に四字ずつ、都合四百文字で繍帳造顕の由来が示されていました。幸いその銘文の全文が『上宮聖徳法王帝説』という本に書き留められており、それによりますと、絵を描いたのは東漢末賢、高麗加世○、漢奴加己利、
これを監督したのは椋部秦久麻でした。 年を経るにつれて曼荼羅は破損し、現存するものは往時のほんの一部にすぎませんが、紫羅の上に、白・赤・黄・青・緑・紫・樺色などのより糸 をもって伏縫の刺繍が施された繍帳は、今なお目覚めるように鮮麗な色彩を残しており、七世紀中葉の染色技術、服装、仏教信仰などを知るうえでまことに尊い貴重な遺品といえましょう。 (現在、本堂に安置されているものはレプリカで、実物は奈良国立博物館に寄託されてます。) -
本尊菩薩半跏像(如意輪観音菩薩)国宝
勿論撮影禁止。パンフより。
と言うか、そもそも、あまりにも神々しくてカメラを向けるなんて出来ません。 -
東洋美術における「考える像」で有名な、思惟半跏のこの像は、飛鳥時代の彫刻の最高傑作であると同時に、わが国美術史上、あるいは東洋上代芸術を語る場合にも欠かすことの出来ない地位を占める作品であります。また国際美術史学者間では、この像の顔の優しさを評して、数少い「古典的微笑(アルカイックスマイル)」の典型として高く評価され、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナリザと並んで「世界の三つの微笑像」とも呼ばれております。
半跏の姿勢で左の足を垂れ、右の足を膝の上に置き、右手を曲げて、その指先きをほのかに頬に触れんばかりの優美な造形は、いかにも人間の救いをいかにせんと思惟されるにふさわしい清純な気品をたたえています。斑鳩の里に伝統千三百余年の法燈を継ぐ中宮寺の、この像は、その御本尊として永遠に私たちを見守ってくださるでしょう。 -
尼寺らしい、可愛らしい御朱印と包装紙じゃないですか♪
タップリと安らぎ頂きました。
次は、談山神社を目指します。 -
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っと、その前に・・・
お昼に法隆寺参道にある「平宗法隆寺店」に入りました。にゅうめんと柿の葉寿司のセットです。
特性くず餅がとても美味しくて、持ち帰りを希望しましたが、お食事用しか作って無いそうです。
その日に毎日作られるくず餅、黒糖で味付けされ、こくが有りながら、品の良い甘さ、とろける舌触り。絶品です。
あっ、メインの柿の葉寿司も勿論とても美味しくて、家族や妹家族に宅配でタップリ送りました。
この後我が家はここで幾度も注文し舌鼓を打っております。柿の葉ずし 平宗 法隆寺店 グルメ・レストラン
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この旅行記へのコメント (3)
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- pedaruさん 2016/11/07 07:36:38
- 憧れの奈良
- pioさん 初めまして
何度か計画しましたが何故か頓挫する奈良旅行、私が行きたかったところをpioさんの旅行記でたくさん拝見しました。
百済観音は何年か前、大英博物館で偶然見ることができました。ガラス越しでなくまじかに見ることができました。あの繊細な指先で水差しを提げているのが信じられないくらいの危なげな美しさでした。
pedaru
- pioさん からの返信 2019/10/02 03:00:11
- RE: 憧れの奈良
- pedaruさん はじめまして。
って、3年も経ってしまいました。
お家の事情で、4トラもゆっくりと楽しめないほど余裕がなくなっておりました。
お返事が遅くなり、誠に申し訳ございませんでした。
って、もうメッセージをくださったこともきっとお忘れになられたかも・・・
ギリシャに行っていらしたのですね〜
羨ましい限りです。
pedaruさんの冒頭の書き出し、短編小説を読んでいるようでとても好きです。
楽しく拝見させて頂きました。有難うございます。
またお邪魔させてくださいね♪
pio
- pedaruさん からの返信 2019/10/02 04:43:03
- RE: RE: 憧れの奈良
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pioさん おはようございます。
過去からの手紙、のような気がします。あの頃は若かった、なんて3年前ですが( ^ω^)・・・
義理堅く、お忙しいところありがとうございました。
pedaru
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