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熊野権現本宮に近づいた辺りで、思わず路を跨いで建ってっていた大和路の大神神社の大鳥居を連想させる、田苑の中に建つ大鳥居が目についた。<br /><br />しかしここは現在の参道では無く、「大斎原(おおゆのはら)」と云いかつて、熊野本宮大社がここに建っていたらしい。<br /><br />ここは熊野川・音無川・岩田川の合流点で、明治22年(1889年)の大洪水でかっての熊野本宮大社は流されてしまい、現在の場所に遷し、再建された。<br /><br />但し再建された社殿は大斎原に建っていた上・中・下の各四社あった社殿の内、上四社だけの、三棟の社殿のみであった。<br /><br />現在の熊野権現本宮の入り口には大きな八咫烏の幟が翻り、「熊野大権現」の掲額の掲げられた鳥居を潜ると、参道の両脇に白地に”熊野大権現”と記された奉納幟が連なる。<br /><br />それは本宮に至る急な158段の石段の両脇にも延々とはためくいている。<br /><br />参道沿いの左の杉林の奥に、熊野古道がその趣きをたっぷり残した姿でやはり本宮を目指している。<br /><br />石段の上の右手の手水舎で身を清め、菊の御紋の大きな垂れ幕が架かる”神門”を潜ると、左手に拝殿が建ち、正面の砂利石の前庭を前に、大きな杉林を背後にした、熊野権現本宮・上四社の社殿が、本宮(第三殿)を中心にして、両脇に腕を一杯に広げて参詣者を出迎えるように佇む。<br /><br />向かって左から一番大きい第一殿(祭神・夫須美大神)と第二殿(祭神・速玉大神)が相殿となった”結宮”、中央が第三殿(本宮の祭神・家津御子大神)の”本宮”、右が第四殿(祭神・天照大神)で”若宮”。<br /><br />夫須美大神は本来熊野那智大社野ご祭神であり、速玉大神は読んで字のごとく熊野速玉大社御祭神で、この三宮を総称して”三所権現”とも云うらしい。<br /><br />一見した限りでは大神神社風の年代風の神社と変わらない。<br /><br />交通が不便な鬱蒼とした熊野の山は聖山と見なされ、本来修験道者の地であった。<br /><br />日本で浄土宗が盛んになった平安後期、修験道者たちの活動もあり、熊野は浄土の地と見なされる様になり、阿弥陀信仰が強まるに連れて、神は仏が化身して地上に現れた姿と信じられるようになる(本地垂迹説)。<br /><br />主祭神の家津美御子大神は阿弥陀如来に、速玉大神は薬師如来、夫須美大神は千手観音、天照大神は十一面観音に擬せられている。<br /><br />仏教を強く信奉した人白河上皇の30数回に及ぶ御行で、極楽をと願う一般大衆も我先にと熊野を目指す様になる。<br /><br />「蟻の熊野詣」はこうして生まれ、明治の神仏分離の時代まで続いたらしい。<br /><br />本宮参詣を終え、新宮へも訪れてみたかったが、それにはどうしてももう一泊する必要がありそうだ。<br /><br />東京での野暮用の予定を考えると時間が足りず、今回は本宮参詣だけに留めることにした。<br /><br />帰阪の道は安全が確認できたので、先月訪れた富有柿の岡農園のある西吉野の山裾を168号線で帰った。<br /><br />熊野本宮大社<br />http://www.hongutaisha.jp/index.html<br />

日本の神を覗く旅路・第2部記紀にお出ましにならない神々14熊野権現03熊野権現本宮

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2015/01/14 - 2015/01/14

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WT信

WT信さん

熊野権現本宮に近づいた辺りで、思わず路を跨いで建ってっていた大和路の大神神社の大鳥居を連想させる、田苑の中に建つ大鳥居が目についた。

しかしここは現在の参道では無く、「大斎原(おおゆのはら)」と云いかつて、熊野本宮大社がここに建っていたらしい。

ここは熊野川・音無川・岩田川の合流点で、明治22年(1889年)の大洪水でかっての熊野本宮大社は流されてしまい、現在の場所に遷し、再建された。

但し再建された社殿は大斎原に建っていた上・中・下の各四社あった社殿の内、上四社だけの、三棟の社殿のみであった。

現在の熊野権現本宮の入り口には大きな八咫烏の幟が翻り、「熊野大権現」の掲額の掲げられた鳥居を潜ると、参道の両脇に白地に”熊野大権現”と記された奉納幟が連なる。

それは本宮に至る急な158段の石段の両脇にも延々とはためくいている。

参道沿いの左の杉林の奥に、熊野古道がその趣きをたっぷり残した姿でやはり本宮を目指している。

石段の上の右手の手水舎で身を清め、菊の御紋の大きな垂れ幕が架かる”神門”を潜ると、左手に拝殿が建ち、正面の砂利石の前庭を前に、大きな杉林を背後にした、熊野権現本宮・上四社の社殿が、本宮(第三殿)を中心にして、両脇に腕を一杯に広げて参詣者を出迎えるように佇む。

向かって左から一番大きい第一殿(祭神・夫須美大神)と第二殿(祭神・速玉大神)が相殿となった”結宮”、中央が第三殿(本宮の祭神・家津御子大神)の”本宮”、右が第四殿(祭神・天照大神)で”若宮”。

夫須美大神は本来熊野那智大社野ご祭神であり、速玉大神は読んで字のごとく熊野速玉大社御祭神で、この三宮を総称して”三所権現”とも云うらしい。

一見した限りでは大神神社風の年代風の神社と変わらない。

交通が不便な鬱蒼とした熊野の山は聖山と見なされ、本来修験道者の地であった。

日本で浄土宗が盛んになった平安後期、修験道者たちの活動もあり、熊野は浄土の地と見なされる様になり、阿弥陀信仰が強まるに連れて、神は仏が化身して地上に現れた姿と信じられるようになる(本地垂迹説)。

主祭神の家津美御子大神は阿弥陀如来に、速玉大神は薬師如来、夫須美大神は千手観音、天照大神は十一面観音に擬せられている。

仏教を強く信奉した人白河上皇の30数回に及ぶ御行で、極楽をと願う一般大衆も我先にと熊野を目指す様になる。

「蟻の熊野詣」はこうして生まれ、明治の神仏分離の時代まで続いたらしい。

本宮参詣を終え、新宮へも訪れてみたかったが、それにはどうしてももう一泊する必要がありそうだ。

東京での野暮用の予定を考えると時間が足りず、今回は本宮参詣だけに留めることにした。

帰阪の道は安全が確認できたので、先月訪れた富有柿の岡農園のある西吉野の山裾を168号線で帰った。

熊野本宮大社
http://www.hongutaisha.jp/index.html

同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配

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