2014/11/23 - 2014/11/23
204位(同エリア379件中)
滝山氏照さん
JR高崎線深谷駅北東へ徒歩25分、国道17号線に臨む国済寺(戦国時代に上杉氏庶流の本拠として庁鼻和城が在り後に深谷城に移転するまで三代続いた)に隣接する日吉大神荒神社(ひよしだいじんこうじんしゃ、埼玉県深谷市国済寺)は大山咋命(おほやまくひのみこと)及び火産零命(ほむすびのみこと)をご祭神とする神社です。
当神社は明徳元年(1390)、当地庁鼻和(こばなわ)に築城した深谷上杉氏の初代である上杉憲英(うえすぎ・のりふさ、生誕不詳~1404)が庁鼻和上杉氏と名乗り、地元の鎮守神として創建、そのため近江国の日吉社を分祀し、後に他の神社が合祀されたと伝えられています。
境内に入った所に配された社殿改築記念石碑記載内容を判り易く書いた説明板がありこれを読むと次のようになります。
「社殿改築記念碑 大里郡長従六位勲六等 秋葉保雄 篆額
日吉大神荒神社は 大里郡幡羅村大字国済寺の鎮守なり 大山咋命を主神と
し相殿に火産霊命を祀る 口碑に此地元廰鼻祖郷と称いし頃 深谷城主上杉
陸奥守憲英国済寺を創建するに 當里其境域に近江国日吉の社より分祀せし
を 後年仝(同)所荒神社を合せ祀りきと傳う 明治七年五月村社に列す
旧殿いと狭く便よからぬふしもあれば 今年畏くも皇太子殿下御成婚記念の
事業として氏子崇敬者胥謀り 同心協力多くの資金と労力とを寄進して社殿
改築の工を竣へぬ あわれ神は人の敬によりて威を増し 人は上の徳により
事運を添うるといへり 人々が心を尽くし 力を極たるこの新宮殿は常盤堅
盤に動きなく 此里の中心と仰ぎ待ちて 廣き厚き御恩頼に浴し奉るべく祈
り このわざに勤しみ仕奉り あななひまつれる人々が芳き功蹟も 弥遠長
に朽ちせざるべし
大正十三年十月十九日 遷座祭日
縣社 檜山神社社司 柳瀬 禎治 謹誌
幡羅尋常高等小学校長 持田 武 敬書
上記の中で「廰鼻祖郷」については次のような説明が付され国済寺(=庁鼻和城)も同時に訪問した自分としてひじょうに参考となりましたので確認のため敢えて記載したいと思います。
「廰鼻祖郷
当地の鎌倉・室町時代までの古地名。廰鼻和・廰鼻・固庁鼻等とも書き、「こばなわ」と読む。 地形から荒川扇状地端に位置し、低地から見ると鼻のように小高いところ、あるいは小塙(小高い丘)の意味。
鎌倉時代、鎌倉御家人廰鼻和太郎の居館があり、その跡に室町前期上杉憲英公が廰鼻和城を築いた。 因みに深谷の地名は上杉氏五代目の憲房公が深谷城を築いてからのことである。」
- 旅行の満足度
- 3.0
- 交通手段
- JRローカル
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