2014/10/09 - 2014/10/09
393位(同エリア667件中)
滝山氏照さん
中津城(なかつじょう、大分県中津市ニの丁)は福岡県と県境を形成する山国川の支流中津川の河口沿いに位置し、地勢的には北は海、西は川に面した要衛の地であり、堀の水かさは潮の干満で上下します。東は二重、南は三重の堀を有し、中堀・外堀沿いには「おかこい山」と呼ばれる土塁をめぐらせ城下町を防御する総構えの構造を有しています。
天正15年(1587)、豊臣秀吉は九州統一をもくろむ島津義久を当主とする島津氏を下し九州を支配下に置き知行割り実施の結果、豊前6郡・12万3千石を、自らの軍奉行である黒田孝高(法名:如水)(くろだ・よしたか(じょすい)、1546~1604)に与えます。
孝高は当初大塚山の砦を修復し根拠地としていましたが、天正16年(1588)中津江太郎の居住であった丸山城を修補し、本丸、二の丸、三の丸を構える中津城の築城と共に城郭周辺には侍屋敷・町・寺などの縄張を行います。
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いによって徳川家康率いる東軍勝利によって知行の変更が行われ、如水から家督を引き継いだ嫡男長政が52万3千石を以て筑前国へ転封、その後には細川忠興(ほそかわ・ただおき、1563~1646)が豊前一国と従前の速水・国東の2郡を合わせて39万9千石にて丹後から入封、暫くは中津城を居城としますが慶長7年(1602)小倉城の造営を始め小倉城に移転します。
忠興が小倉城に居を構えた事により中津城は嫡男忠利(ただとし、1586~1641)が城主とし、忠利は元和6年(1620)忠興から家督を受けて小倉に移るまで当該城の増改築を行います。
元和元年(1615)「一国一城」の令によって細川氏が有する豊前国では小倉城以外の城は破却の危機に見舞われましたが、忠興が幕府老中に働きかけする事で例外的に破却から免れ幕府から中津城の存続が認められます。
忠興は元和6年(1620)年家督を忠利に譲り自らは隠居して三斉と号し中津城に居を変えて隠居城として修復、本丸、二の丸、三の丸と八門と二十二の櫓が設置され現在の形が整います。
寛永9年(1632)、肥後熊本藩の加藤忠広(かとう・ただひろ)改易に伴い細川氏は54万石を以て肥後国へ転封、その後は譜代大名小笠原長次(おがさわら・ながつぐ、1615~1666)が播州龍野から8万石で入封、城門や櫓の普請を行うと共に城下町の整備を行います。
更に享保2年(1717)、譜代大名奥平昌成(おくだいら・まさしげ、1694~1746)が10万石で中津に入り明治4年(1871)の廃城まで中津藩藩主として居城します。
2023年9月29日追記
城域内に祀られている奥平神社境内には下記の説明板があります。
『 旧中津藩主 奥平家
奥平家が歴史の表舞台に登場したのは、奥平家初代貞能と貞昌(後の信昌)父子の頃からで、天正3年5月(1575年)の史上名高い「長篠の戦い」において貞能・貞昌父子が活躍しました。
武田勝頼軍1万5千人によって長篠城が包囲され、長篠城主僅か5百人で籠城、激しい攻撃に耐え続けました。落城寸前に織田信長・徳川家康連合の援軍が到着、長篠城の西方約3キロの説楽腹で、織田・徳川連合軍と武田軍が激突、武田軍は織田・徳川連合軍が築いた馬防柵や大量の鉄砲の前に大敗北しました。この長篠城籠城の功で貞昌には新たな領地が与えられたほか、信長からは「信」の一字が編記されなを信昌と改め、家康の長女亀姫を正妻として迎えました。
信昌と亀姫との間には家康にとって孫となる四男一女が生まれ、長男家昌は奥平家を継ぎ、二男から四男は松平の姓を賜りました。四男の松平忠明は大坂城や姫路城の城主を務めています。
奥平家は長篠の戦いの後、新城城(愛知県)、加納城(岐阜県)宇都宮城(栃木県)、宮津城(京都府)などを経て享保2年(1717年)奥平家第七代昌成が中津10万石の領主として中津城に入りました。大十五代昌遭までの155年にわたり中津を治め、明治維新・廃藩置県を迎えました。その間、第九代昌鹿、第十一代昌高などは、蘭学史上特筆すべき功績をあげています。
当地の奥平神社では、長篠城籠城中に食料がなくなり「たにし」などを食べて戦い続けたことにちなみ、毎年5月21日頃に「たにし祭」を行なっています。
現在、中津城天守閣は資料館として「長篠合戦図」、家康から贈られた「白鳥梢の槍」や「歴代藩主の甲冑」など、貴重な展示・公開されています。
中津市教育委員会 』
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- JRローカル
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武家屋敷跡
幕末の武家屋敷跡の基礎が保存整備されています。 -
武家屋敷跡
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武家屋敷跡
ここは奥平藩士である竹下義兵衛の屋敷跡で、竹下氏は奥平家三河以来の譜代家臣である竹下氏の一族とのことです。 -
堀跡
擬木で囲まれている水路はかつての堀跡です。 -
武家屋敷跡説明
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中津川
川の河口方向には藩主の御座船の発着所である御座寄があり、参勤交代等ではこの地から外洋に向けて出立していたと思われます。 -
中津川
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中津城旧地図
山国川支流の中津川に沿った城郭で川水を城郭に引き入れ、内堀と外堀をそれぞれ作っています。また河口に繋がる位置から外洋に出る港も造作されていたようです。 -
二の丸跡
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二の丸公園
二の丸跡は公園化されてスッキリした広場になっています。 -
復元された白壁
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中津城全景
武家屋敷を経て北側から城郭に入ります。 -
黒田藩時代の石垣案内
黒田氏時代とその後入封した細川氏時代の石垣比較が楽しめます。 -
中津城天守(模擬)
1964年に建設された模擬天守閣で江戸時代にここには二層の櫓が建っていました。 -
イチオシ
二様の石垣
黒田氏築城時代の石垣(右側)とその後入封の細川氏の石垣が見られて珍しい現象です。 -
黒田時代と細川時代石垣説明
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黒田氏持ち込みの古代山城の石説明
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中津城雄姿
晴天の元、北側から中津城の雄姿が見えます。 -
イチオシ
中津城雄姿
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イチオシ
中津城本丸石標
大手門に向かう途中の渡り橋から天守(模擬)と櫓を望みます。 -
市街展望
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中津川展望
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蘭学の里・中津と中津城説明
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中津城天守
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奥平神社
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旧中津藩主奥平家説明
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奥平神社由来説明
奥平家中興の祖である貞能(さだよし)・信昌(のぶまさ)・家昌(いえまさ)の三藩主の御祭神を祀っています。 -
城井神社
中津城で黒田氏に謀殺された宇都宮鎮房はこの地に埋葬され、宝永2年(1705)に藩主小笠原長円(おがさわら・ながのぶ)が鎮房を「城井大権現」として城の守護人として祀るようになります。 -
城井神社社殿
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城井神社社殿
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城井神社説明
「 城 井 神 社
御祭神、宇都宮鎮房
城井谷城主宇都宮家は信房より鎮房に至る16代およそ400年の間豊前国守として特政を布いた。
天生15年(1587年)5月豊臣秀吉は九州平定にあたり豊前六郡を黒田孝高に、二郡を毛利勝信に与え、鎮房には四国今治(12万石)移封の御証判を与えた。
鎮房は累代の墳墓の地の安堵を願い、この御朱印を返上したため、宇都宮一族は黒田孝高、長政と豊前の地で死闘を繰り返すこととなり、黒岩山合戦(峯合戦)では長政を敗退させた。
そこで秀吉は孝高と謀り所領安堵を条件として長政と鎮房の息女千代姫(鶴姫)との婚を約し和睦した。
天正16年(1588年)4月20日鎮房は中津城に招かれ酒宴の席で謀殺された。
天正19年長政は深く感ずる処があって城内守護紀府(城井)大明神として鎮房を祀り、福岡移封後はその地に警固大明神として祀った。
宝永2年(1705年)小笠原長円は小社を建て城井大権現として崇め、その後幾度かの変遷の後城井神社として改められた。
中 津 市
中津の郷土史を語る会 」 -
宇都宮鎮房幟
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扇城(せんじょう)神社
黒田氏に殺された鎮房の家臣が祀られています。城井神社と同じ年に鎮房家臣を稲荷大明神として祀ったことに始まります。 -
扇城神社説明
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中津川
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中津城旧地図
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中津神社鳥居
明治4年それまでの石垣の一部を取り壊して道が造られ、昭和7年に大鳥居がたてられ、その左右の石垣は本来は繋がっていました。 -
改修された石垣
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南部小学校
この地は奥平藩家老の生田家跡地になります。 -
生田門
生田家敷地の北側にあった門は西側に移され、小学校の正門となっています。 -
生田門と南部小学校説明
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この旅行記へのコメント (2)
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- ろこままさん 2014/12/17 02:35:30
- はじめまして
- 滝山氏照さん、
はじめまして、ろこままと申します。
今は、滋賀に住んでますが、中津の出身なんです。
中津城の写真に惹かれて、お邪魔させていただきました。
官兵衛様のお蔭で、中津城も賑わってますね〜
中津城を素敵に撮ってくださり、感激です〜
故郷の素敵な旅行記をありがとうございます。
。。ろこまま。。
- 滝山氏照さん からの返信 2014/12/18 01:36:02
- 中津城
- ろこままさん、こんばんは
小生の旅行記にお立ち寄りありがとうございます。
九州出身でありながら学生時代は城郭に関心なく、今般(10月初旬)帰省を兼ねて福岡を起点として小倉経由で日豊線沿いに城郭訪問した次第です。
ろこままさんがお住いの滋賀県には琵琶湖を取り囲む周辺は安土城を含む多数の著名な城跡がありますね。
一度腰を据えて一連の名城を訪れたいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
滝山氏照
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