2014/09/21 - 2014/09/21
458位(同エリア1805件中)
義臣さん
東京新聞主催 小田原 政財界人の庭園めぐり
「庭園文化」を楽しむガイドツアー参加
総勢29名参加
一人参加は私だけのよう。。
東京新聞旅行
http://www.tokyoshimbun-ts.co.jp/
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
地元ガイドさん
掲示板を背に 昭和の電力王
松永 安左エ門さん邸宅の案内 -
明治8年(1875)
長崎県壱岐郡石田生れ
慶応義塾入学
邸宅の塀は長崎の頃の塀を模して作られたと -
昭和46年72歳
この地に小さい家を建てる 約15坪
それまで収集し古美術は全て 国立博物館へ寄贈。 -
庭園を
難しい理屈なしの、木々の美しい庭園
背後の建物は
小田原市郷土文化館 松永記念館 -
茶室
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松永氏の所有のではなく
小田原の三茶人のお一人
野崎廣太氏別邸から移築
葉雨庵 -
待ち
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記念館に移築されるだけに
見事なお茶室 -
結界
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内部見学は出来ず、
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緩い坂を上がり
巨木に出会う
老欅荘の名の由来の
老欅 -
彼岸花がさいて付近の景色に彩りを添えています。
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勲一等瑞宝章受ける
辞退 後の人が困るから是非 受けて欲しい
頂きましたが 欠席、、
名誉はあまり好まない方でした。 -
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一流の設計士 職人 資材
夢のようです -
玄関先
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外からも
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時期には睡蓮が咲きそうな池
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記念館には入らずに
次。。へ、
案内書から
昭和の電力王、松永安左エ門(耳庵)が設立した記念館と、晩年を過ごした邸宅
随所に耳庵好みを表す近代数寄屋建築の老欅荘は国登録有形文化財に指定されて
います。季節のくさばなが美しく
「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。 -
路上美術 小田原市マンホール
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隣りの 香林寺
板橋地蔵尊管理をされています。 -
境内へ
石造三重塔 -
周囲の十二支の仏像
子年なので此方に手を合わせる -
香林寺さんからの
気持の良い 「竹の小径」
先頭を行く地元ガイドさん
パンフレットから
竹の小道 箱根板橋の名刹 香林寺から、旧山県有朋別邸。古希庵へ抜ける小径
両側からトンネルのように竹林が茂り心地よい散歩道です。 -
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古希庵
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古希庵
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/Leisure/playing/Memorial/kokian.html -
三万坪の土地を手に入れ
思う存分、有り余る財力をつぎ込んで
建築 作庭、、
現在は建築当時の建物は有りませんが
広大な庭園は残されています
日曜日のみ一般公開 -
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木々の間から
現あいおい生命の建物が見えます
あいおい生命さんは
庭園を最大限残そうとした様子も見られます。 -
土地の人が ここまで 運び込んだ 巨石
兜石
隣に感謝に石碑が有ります。 -
川がない 水の流れは
自家用の貯水池を作り
山県有朋別邸に引き込んで
流れを作り 滝 を楽しんだ。。 -
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幾つかの滝の一つ
細々と落ちる 浸み滝 -
流れの縁のお地蔵様
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敷地は かなりの高低差があり
面白みが有ります。
小川治平造庭
足元に注意 -
あいおい生命 所有
明治の元勲の財力 驚くべき財力
此れでも 別邸です。
東京の椿山荘
京都の無鄰菴
山県有朋邸 建築 庭園は見る物が多い
勲章多数 大英帝国よりメリット勲章受章
天保9年(1838)山口県萩みて 長州藩中間の長男として生まれ
短期間ですが 松下村塾に入門。。
大正9年(1922)) 元帥陸軍大将 従一位 大勲位 功一等 公爵 -
三井物産初代社長の 益田孝も近くに住み
益田孝の奥さんと
山県有朋の奥さんは姉妹でした
三井物産と長州閥、、
互いに助け合っていた事は想像されます
個人的想像です
続く
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