2013/12/14 - 2013/12/14
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ドクターキムルさん
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逗子市桜山7には江戸時代に旧桜山村の名主を勤めた石渡家がある。田越川沿いの桜山麓にあり、裏山には山之神社(http://4travel.jp/travelogue/10840063)を祀っている。参道は菩提寺である宗泰寺境内から続いている。
長屋門はないが、表門があり、土蔵も残っている。荷を船で運び、家の前の田越川から荷揚げしていた。田越川は河口付近から大きく蛇行しているが、田越川の流れは時代とともに変わってきているという。石渡家に残されていた古文書からその河川の流れを辿る研究もなされている。表門横の土蔵にはそうした石渡家の古文書が保存されていたのであろうか。
明治22年(1889年)になると横須賀線の逗子駅が開業し、この辺りも別荘地として変化して行く。徳富蘇峰は石渡家の近くに地所を求め、櫻山荘や老龍庵、魚楽園など(http://4travel.jp/travelogue/10840028)を建てている。また、徳富蘆花や国木田独歩が滞在した「柳屋」(http://4travel.jp/travelogue/10842848)も石渡家から近く、貸し家業「柳屋」を始めた石渡嘉兵衛も石渡家の一族であろう。
そうした旧家の石渡家の家屋敷にも宗泰寺側にはアパート(レオパレス21)を建設中である。首都圏の電車路線の逗子駅から程近い場所で平成25年(2013年)になってからのアパート経営では半世紀近くも遅れている。これまでは石渡家も広い家屋敷をそのままに残すだけの余裕があったということだろう。
なお、旧池子村の庄屋(旧池子村では名主を庄屋と呼んだ)を勤めた4家のうち2家が「石渡」(http://4travel.jp/travelogue/10840017)姓である。隣村にも「石渡」姓の旧家があるのは珍しい気がする。逗子湾からの平地に古い時代に石渡一族が住み着いた可能性もあろう。
(表紙写真は旧名主石渡家)
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土蔵と表門のある家。
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表門と母屋。
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母屋。逗子文化プラザ内市立図書館の「徳富蘇峰生誕150年の展示」(http://4travel.jp/travelogue/10840090)の「徳富蘇峰ゆかりの住居(逗子)」の地図には「⑨名主石渡家」とある。長屋門はないが、石渡家であろう。宗泰寺境内に入口がある山之神社を祀っている家だ。また、宗泰寺檀家墓地に双体地蔵を墓石にしている古くからの墓地があるが、これも石渡家のお墓と聞いた。この家か一族の墓であろうか。
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山之神社の下に建てているアパート。
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レオパレスだ。
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