2013/11/08 - 2013/11/08
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区飯島町にある正福寺(勝福寺)は、江戸時代に 整備された鎌倉郡三十三箇所観音霊場の第31番札所である。小さな本堂が建つだけの寺というよりは、観音堂を本堂として「下坂山」の扁額を掲げてあるという感じだ。したがって、正式名は下坂山勝福寺という寺になろう(「広報よこはま・栄区版」(平成21年1月号)(http://www.city.yokohama.lg.jp/sakae/guide/kouho/kuban/2009/200901column.html)。
ご本尊は聖観音坐像で高さが30cm程度のようだ。また、それよりも小さな観音立像もあるようだ。開帳は子歳と午歳。次回の開帳は平成26年4月18日だという。
元々はこの観音堂も北鎌倉・円覚寺がお祭りしていた。そのため、開帳の際などには円覚寺からお坊さんがやって来ていた。下の民家が椿家であり、椿家は円覚寺の檀家であり、観音堂の管理を任されてきた。現在は、観音堂上の墓地参道の階段途中に最近「少林禅寺」看板を出したお寺に貸しているのだという。観音堂上の墓地は光長寺、般若院、歳来寺(閻魔堂)などの共同墓地だという。
勝福寺(正福寺)といっても、地元に昔から住む家の人でも殆ど知らない。観音堂といえば昔からある家の人なら知っている可能性がある。また、かつて(数10年前)は借家として人が住んでいたという。しかし、今は住む人はいない。下坂谷バス停近くの京浜東北・根岸線ガード北の本郷台駅側の歩道に「下坂谷戸橋」のかつての橋の銘盤が埋め込まれているが、ここから入った突き当たりの家が椿さんのお宅である。
なお、墓地参道の階段を登っていくと飯島団地に入る。 団地開発される以前は尾根道が鎌倉道となっていたのであろう。
(表紙写真は正福寺(勝福寺) 観音堂)
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