2013/10/06 - 2013/10/06
462位(同エリア516件中)
滝山氏照さん
関東で隠れたローカル線であるJR八高線(八王子~高崎)金子駅下車徒歩で約15分、金子神社(かねこじんじや、埼玉県入間市西三ツ木)は鎌倉幕府第二代将軍源頼家(みなもと・よりいえ、1182~1204)に仕えていたといわれている市村親光が建暦3年(1213)に入間に土着し、そののち三木(みつぎ)氏と改姓した後裔が創建したと伝えられています。
「埼玉の神社」では金子神社の由緒について下記のごとく紹介されています。
『 金子神社<入間市西三ツ木二三(西三ツ木字西狭山)
鎮座地三ツ木はかつて金子郷に属し、武蔵七党農地村山党金子氏の領地であった。地名の由来は、昔、貢ぎ物を献上したことによるという。
当社は三ツ木の集落を一望する天王山に鎮座し、その創建は、三木氏によると伝えられる。この三木氏の祖は新市村郷の人で源頼家に仕えていた市村親光であり、建暦2年に和田義盛と共に北条氏に敗れ、信州へ落ちる途中当地にに隠れ、三木と改名して土着したという。
寛政3年「村鑑明細帳」に当社は牛頭天王と載理、6月1日に御領私領の民が祭を行うとの記述が見えることから、江戸中期には鎮座していたことが知られる。また、天保の飢饉の折に村民が天王様の諸道具を質入れして飢えをしのいだとの記録も残っている。
当社はかつて牛頭天王と呼ばれていたが、一説には入子神社とも呼ばれていたと伝えられる。明治の初めに八坂神社と改称し、更に明治9年地租改正の際に金子神社と改め現在に至っている。
祭神は素戔嗚命であり、神明造りの本殿に幣束を祀る。
覆屋内には、明治中期に市村家の個人持ちの社であった妙見社を移した現在の三峰神社と、昭和23年に氏子16柱の戦死者の御霊を祀った三ツ木神社がある。
祀職は、明治より淵泉、神山と務め、その後、枝窪家が継いでいる。 』
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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