2013/05/20 - 2013/05/25
241位(同エリア4771件中)
empenguinさん
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- 旅行記228冊
- クチコミ33件
- Q&A回答0件
- 379,809アクセス
- フォロワー39人
イスタンブールで5泊.
4日間でいろいろなところに行きました.
3日目にはボスポラス海峡を黒海入口まで.
表紙写真はガラタ塔展望台より旧市街,金角湾,ガラタ橋の眺望.
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【旅行の全日程】
(航空機は全てトルコ航空)
2013.5.20 成田 ==> イスタンブール
イスタンブール 5泊
2013.5.25 イスタンブール ==> ウィーン
ウィーン空港からバスでブダペスト
ブダペスト 4泊
2013.5.29 ブダペストからバスでウィーン
ウィーン 5泊
6.2 ブラチスラヴァへ日帰り旅行
2013.6.3 ウィーン ==> イスタンブール
==> 成田 (6.4着)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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トルコ航空機でイスタンブールへ.
トルコ航空の値段は中程度で評判は良い -
機内のWireless LAN が無料なのは良い.
但しエコノミー席には電源なしです.(ビジネス席にはあり.)
USBポートはあるので,そこから電源をとれるタブレットなどは長時間使用OK. -
食事も問題なし.だいたいトルコ料理は世界三大料理の一つ(他はフレンチと中華).
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空港からまずM1メトロでゼンティンブルヌ駅まで.
このあたりは地上を走ってます. -
ゼンティンブルヌ駅でメトロからT1トラムに乗り換えて市街へ.
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イスタンブール旧市街の中心,スルタンアフメットのトラム駅.
ホテルはこの近く. -
宿泊の Hotel Alaaddin.
スルタンアフメッド駅から150m程と便利だったが,部屋は清潔ではあるが狭かった.アルデム ブティック ホテル イスタンブル ホテル
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ホテル屋上テラスからのアヤソフィア.
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ホテル屋上テラスからの通称ブルーモスクと言われているスルタンアフメット・ジャーミィ(ジャーミィは礼拝用大モスク).
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ホテルの朝食.ベーシックだが十分だった.
ヨーグルトはブルガリアが知られているが,トルコが本家で良かったです.
レストランは最上階で眺めも良かった. -
アヤソフィア教会/モスクで今は博物館.かつてのギリシャ正教の総本山でビザンツ建築の最高傑作.1453年にコンスタンチノーブル陥落後,オスマン帝国下でイスラムのジャーミィ(礼拝用の大モスク)に変えられた.初代大統領ケマル・アタテュクル(現代トルコの父)により,ビザンチンのモザイク画などが復活され,博物館に整備された.
駐在員の人からブルーモスクよりこちらの方がよく,待ち時間が長いので,早朝に行くようにとアドバイスされた.9am開館の40分前にいったが100m程の待ち行列.それでも1時間で入れたので,かなり良い方のよう.
イスタンブールは東西文明の十字路だが,正に東西文明(キリスト教とイスラム教)の交わったところ.アヤソフィア 寺院・教会
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駐在員の人のアドバイスに従い音声ガイドを借りた.
パスポートを預ける必要ありなので,パスポートを携帯する必要あり.
音声ガイド15TL(トルコ・リラ:約800円).入場料は25TL(約1500円)なので,ここは結構高価. -
天井の聖母子像モザイク画.両側の黒い円盤はイスラムのアラビア文字でオスマンの皇帝名が書いてあるよう.
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イスラムになった際に作られたイスラム礼拝説教壇(ややボケです).
偶像否定から像はなく,これも祭壇ではないとのことです. -
Upper deck (2階というには高すぎる)に上がり,撮影.
左側は工事中アヤソフィア 寺院・教会
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Upper deck回廊にはすばらしいビザンチン・モザイク画がある.
ギリシャ正教のモザイク画はオスマン時代に漆喰で塗り潰され,20世紀に復元された.
これはビザンツ美術最高のモザイク画とされているが,下部は剥離してしまっている. -
これは剥離部分の復元(想像?)画. 左がマリアで右がヨハネ.
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イエスの部分の拡大.色つき石やガラス片を並べたモザイク画なのです.
このギリシャ正教で正統的なイエスの顔はパレルモ,モンレアーレでも見かけた. -
Upper deck回廊の一番奥にある聖母子像モザイク画は剥離がなくて状態が良い.
両端はビザンツ帝国の皇帝夫妻. -
イエスのこのモザイク画も剥離がなくて状態がよい.
両端はイエスに捧げものを持ってきたビザンツ帝国皇帝夫妻.この皇帝の衣装模様からクリムトの衣装模様を連想した.(クリムト画は今回,ウィーンで見ました.) -
ポスターとしてあったイエスとマリア像.これからモザイクであることが分かると思います.
ビザンツ美術のモザイクでの表現力は驚異的です. -
イスラムの円盤は人の大きさと比べると,10m程あることが分かると思います.
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アヤソメヤの窓からの眺め.離れて見えるのはブルーモスク.
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聖母マリアの手形. 穴に親指を入れて,手を360度回転出来れば願い事が叶うとされている.
私も勿論しました.足を止めて360度回転させるのは難しく,こつは回転中に足位置をずらす. -
通称ブルーモスクと言われているスルタンアフメット・ジャーミィ.
6本のミナーレ(尖塔:エジプトではミナレットと言った)があるのが珍しい.
日本人には一番の観光スポットになっている. -
スルタンアフメット・ジャーミィ(通称ブルーモスク).
この位置から撮ると4本になってしまう.右側にあと2本. -
ブルーモスクの中庭から.
信者はここから入るが,信者でない観光客はこの右側面が入口.
入場は大行列で,30分程待ちだった.スルタン アフメト モスク 寺院・教会
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女性はスカーフが必要.素肌の足を出すのもいけないようで,長いチャドル状の布で隠す.入口で貸してくれます.
礼拝所なので信者と区別なく無料で入れます. -
内部のイスラム文様.
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ステンドグラスと文様.(ややボケです)
スルタン アフメト モスク 寺院・教会
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内部の文様. 通称ブルーモスクと称されるのは,差し込む日の光に文様に含まれる青が反射するからのようですが,それ程ブルーは強くなかったです.
日本人には一番の観光スポットになっていますが,アヤソフィア博物館(教会+モスク)の方が上です. -
ヒッポドロームと言って,ローマ式競技場跡(映画「ベンハー」の馬車レース:古いですね).ブルーモスクの隣.最初の馬車レースが行われたのは203年とのこと.
今はエジプトから持ってきたオベリスク2塔が置かれている.手前のものには古代エジプト文字が彫られており,味がある.元はルクソールのカルナック神殿にあったものが309年に運ばれたとのこと.1本の石です.
(バチカンのサンピエトロ広場中央にもエジプトから持ち帰ったオベリスクがある.)ヒッポドローム 史跡・遺跡
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これは「蛇の柱」と言い,青銅製で途中で折れている.ギリシャのデフロイのアポロン神殿から持ってきたもの.
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この地区が世界遺産であることを示す看板.
以下はビザンツ帝国時代にローマ式競技場であったヒッポドロームの図.
アヤソフィア教会はこの頃にはあり(ギリシャ語名Hagia Sophia).
今のブルーモスクの場所は,ビザンツ帝国の宮廷だった.
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Constantinople_imperial_district.png -
これは入らなかったが,グランドバザール東側にあるヌルオスマニイェ・ジャーミィ.
ヌルオスマニエ モスク 寺院・教会
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グランドバザールの南側の一つの門.
500mX300m 位の中に4,400店舗もありとのこと.
屋外の周辺にも店舗が広がっているので,数はもっと多いはず.グランド バザール 市場
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グランドバザールの大通り.屋根のある屋内です.人は多いです.観光客と地元の人.
(余談ですが,映画ARGOでテヘランのバザール場面が出てきますが,テヘランで撮影できるはずもなく,ここで撮影されました.)グランド バザール 市場
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小さな路地も張り巡らされています.同種の店が多く,目的の買い物があったとしても選ぶのに迷うでしょう.日本にあるような店舗案内所みたいのはないようです.私は買物予定なしなので,早めに退散しました.
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グランドバザールから5分ほどのところにあるイスタンブール大学正門.
立派です.
中に入ろうとしたが,検問ありでダメだった.
周辺に各学部の建物があるが,これらでも検問ありだった. -
イスタンブール大学のすぐ北にあるスュレイマニエ・ジャーミィ.
スレイマニエ モスク 城・宮殿
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1557年建造ですが,新しく感じます.
スレイマニエ モスク 城・宮殿
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スュレイマニエ・ジャーミィ周辺が分かる案内看板.
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ガラタ橋から金角湾越に見えるスュレイマニエ・ジャーミィ.
丘の上なので,新市街などからもよく見えます.
ミナーレは4本(左の1本は別のもの). -
信者は足を清めてから入ります.(日本の神社では手を清めますが..) 足を清めるのは,お祈りの際,頭を床の絨毯につけるので,清潔にしておく必要からでしょうか.我々は靴を脱ぐだけで入らせてもらうので,恐縮です.
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門から中庭越しに見たところ.
スレイマニエ モスク 城・宮殿
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スュレイマニエ・ジャーミィ内部の文様.
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ブルーモスクと比べると,白い部分が多く,簡素な感じがします.ブルーモスクの文様の稠密度が特別なのでしょう.
スレイマニエ モスク 城・宮殿
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スュレイマニエ・ジャーミィから丘を下ってガラタ橋へ行く途中にあった小さなモスク.このようなモスク/ジャーミィは旧市街のいたるところにあります.
右側遠くに新市街のガラタ塔が見える. -
旧市街と新市街を結ぶ金角湾(Golden Horn Bay)に架かるガラタ橋.
金角湾は海の湾であって,川ではないです.
右側の上はガラタ塔. -
ガラタ橋に近づく.上がトラムも通る道路で,階下はレストラン街になっている.
上で釣りをしている人多数(何が釣れるかは後日).ガラタ橋 建造物
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階下のレストランは高級な感じです.気持ちいい磯の匂いです.
SFのフィシャーマンズワーフより磯の雰囲気ありです.ガラタ橋 建造物
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食材. 右の大魚はちょっと食べる気しない.
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ガラタ橋の中央部を船がくぐるのだが,高さはギリギリ.これ以上の高さの船はNG.
ガラタ橋 建造物
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高級レストランでも名物の鯖サンドがある.右が焼いている鯖.
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これが水上の鯖サンド店.
ボリュームある感じであり,お腹がすいていなかったので今回はパスした. -
ガラタ橋の脇にあるイェニ・ジャーミィをガラタ橋から海越しに見たところ.ミナーレは2本.
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イェニ・ジャーミィに入り中庭から.
どのジャーミィも構造は似ており,内装に違いがある.
礼拝はメッカの方向なので,ジャーミは全て同じ方向に建っています.
中庭は必ずメッカと反対側に位置します.イェニ ジャーミィ 寺院・教会
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イェニ・ジャーミィ内部の綺麗な文様.
イェニ ジャーミィ 寺院・教会
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イェニ・ジャーミィの天井の文様.
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やはりガラタ橋近くにあるリュステム・バシャ・シャーミィは地図では分かるのだが,入口がどこか分からなかった.団体さんについていったら,このような分かりにくい入口だった.
リュステム パシャ ジャーミィ 寺院・教会
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リュステム・バシャ・シャーミィは大きくはないが,中の青タイル文様が綺麗.
リュステム パシャ ジャーミィ 寺院・教会
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リュステム・バシャ・シャーミィ天井ドームの文様.
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イェニ・ジャーミィの隣にあるエジプシャンバザール入口付近.
エジプトからの貢物を集めた市場だったので,この名前がある.
香辛料の店が多かったので別名はスパイスバザール.エジプシャンバザール 市場
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入るとこんな感じで込んでいる.グランドバザールより小規模だが,香辛料,トルコ菓子等に特化したバザールであり,グランドバザールより歩いていると楽しい.
エジプシャンバザール 市場
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香辛料の店1.
インドあたりから持ってくるのでしょうか.カレーの香りがしますので. -
香辛料の店2.
香辛料の香りが充満しているが,私は嫌いではないです(インドカレー屋の香り). -
トルコ菓子(delights).大変多彩.甘さはおさえめでなかなかです.トルコ航空機内でも出ました.
お土産によさそうです.量り売りだけでなく,ケースに入ったものもあります.当地のバザールでは値引き交渉は当たり前ですが,これも値引き交渉するものかどうかは不明. -
絵皿.これもお土産によさそうです.
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トルコ国鉄のスィルケジ駅.かつてはオリエント急行の始発駅だったが,今は寂れている感じ.
「007ロシアより愛をこめて」でショーン・コネリーの James Bond がロシアの美人スパイとオリエント急行に乗り込んだのがここのはず. -
切符売り場のあたり.閑散としてます.
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列車は運行されてはいますが,こんな感じです.
トルコでは鉄道よりバスのが発達してます. -
「Orient Express」の看板を見つけました.レストランの名前で残っています.
オリエント急行はパリまで行っていたが,1977年に廃止された.オリエント エクスプレス 地元の料理
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イスタンブール旧市街の歴史地区マップ.
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スタンブールでmustのオスマン朝帝国(1299年成立で,1453年にコンスタンチノーブル攻略でビザンツ帝国を滅亡させ,1922年まで)のトプカプ宮殿です.皇帝のスルタンは,19世紀にはイスラムの最高権威者カリフも兼ねた.
入口の門.9:30am開場だが,込むというので8:50には行ったが,チケットを買うのに20分,門を入るのに50分で,計70分かかった.(グループツアーではチケットを事前購入してあるので,チケット購入の時間は節約できるが,やはり時間が掛かる.) -
入口の門の上部.
待ち行列が長い原因は手荷物X線検査装置が2台だけであり,何故増やさないのかと不思議だった.その理由は後で分かった. -
オスマン帝国の領土図.
最盛期の16世紀には,東欧,北アフリカ,西アジアも領土とした.後で行くハンガリーを150年間占領した.ウィーンも包囲したが,攻略出来なかった. -
トプカプ宮殿の模型.
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議事堂となっているが,そんなに広くない.
トプカプ宮殿 城・宮殿
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Flash禁止なので暗いですが,議事堂というよりも御前会議の場のようです.それ程出席者は多くないので,この程度の広さで間に合うのでしょう.(江戸城のが広いです.)
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天井の文様.イスラム文様というよりも,オスマンの文様でしょうか.全体的にオスマンとイスラムの文化が渾然一体,別の言い方だと融合しているようです.
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2011年に整備されたオスマン帝国の武器と防具の武具展示場入口.
内部は撮影禁止.大変多く,これを見るとオスマン軍の強さ,怖さが感じ取れます.
日本の戦国とか江戸時代と比べると,こちらの方が強そう. -
「幸福の門」といって,ここから内が内廷になる.
トプカプ宮殿 城・宮殿
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「謁見の間」入口.ここも込んでます.
謁見の間 史跡・遺跡
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「謁見の間」の玉座の写真も撮ったが,フラッシュ禁止でよく撮れていないので,文様の写真.
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宝物館.このように人が多く,各所で並ばなければならないのです.入口ゲートでX線検査装置を増やすと,中での行列が一段と厳しくなってしまうでしょう.
宝物館の他に衣装展示もあります.いずれも内部撮影禁止.
以下はGoogle Image Searchですが,いくつか載っているのでご覧ください.大きいダイヤモンドは86カラットです.ダイヤはこれが特別に大きく,他にダイヤは多くはありません.エメラルドが一番多く,次にルビーでしょうか.とにかく多数で,装飾加工もすばらしいです.3個の巨大エメラルドをもつ短剣はよく写真に出ています.以下で下の方に出てくる頭飾りのエメラルドは,重さ3gの世界最大のエメラルドです.
https://www.google.co.jp/search?q=トプカプ宮殿宝物館&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=xo-fUY7dAsWfO97tgIAN&ved=0CCgQsAQ&biw=986&bih=628トプカプ宮殿 城・宮殿
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86カラットのダイヤモンド「スプーン屋のダイヤモンド」.
撮影禁止のため,これは本より.
本物はよく輝いていました.
漁師がこの原石を拾い,市場で3本のスプーンと交換したとの話から,この名前になっている. -
宮殿に高い建物はありません.平屋の建物が離れて建っているといった構造です.オスマン家の祖先は中央アジアが起源で,その影響で,遊牧民のテントのような感じで,比較的小さな離宮(キョシュキュと呼ぶ)を分散配置したようになっている.
これは宮殿一番奥にある一番大きなバーダット・キョシュキュ.トプカプ宮殿 城・宮殿
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別角度からのバーダット・キョシュキュ.
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中はこんな感じでイスラムタイル(イズニックタイル)で装飾されている.
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バーダット・キョシュキュの前のラマダン明けに夕食を摂るところ.屋根の金色が輝いている.(皆ここで写真をとる.)
トプカプ宮殿 城・宮殿
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イズニックタイルが綺麗な回廊.
トプカプ宮殿 城・宮殿
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イズニックタイルによる装飾.
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宮殿の一番奥は半島の先端で,周囲を眺望できます.
金角湾の出口で,左の新市街と右のアジア側がうすく見えるボスボラス大橋で結ばれている.手前はレストラン.トプカプ宮殿 城・宮殿
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向こうはアジア側.
アジア側に行くのは普通フェリーを使う.現在,日本の支援で海底地下鉄工事が行われており,それが出来ると一体感が大きく増すと思われる. -
ハレム入口に建つ「正義の塔」.
これが宮殿で一番高く,遠方から宮殿を見るときに目印になる.トプカプ宮殿 城・宮殿
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いよいよハレムの入口です.
別料金が必要ですが入ります.
どんなだろうと気持ちが高ぶります..ハレム 博物館・美術館・ギャラリー
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入口近くの宦官の居た辺り.
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沢山の部屋があります.第1から第4までの夫人とその子供,スルタンの母,スルタンが暮らしていたのですから.
後で説明しますが,帝位に就いていない皇族であるスルタンの弟や甥たちが暮らした「黄金の鳥かご」と呼ばれる部屋もあった.
これはスルタンが座り,ご夫人とお話でもしていた部屋でしょうか. -
スルタンの席でしょうか.(内部はFlash禁止で写りが良くないです.)
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多くの部屋があり,イズニックタイルで装飾されています.
ハレム 博物館・美術館・ギャラリー
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多くの部屋があり,イズニックタイルで装飾されています.
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こんなベランダもあります.後ろはスルタンが座っていただろうとした部屋.
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これはハレムの中庭です.
帝位に就いていない皇族であるスルタンの弟や甥たちがハレム内の「金の鳥かご」と呼ばれる部屋で暮らした訳を書いておきます.相続で国が分裂するのを防ぐため,弟,甥たちを幽閉したのです.殺害も行われたと下に書いてあります.
http://ja.wikipedia.org/wiki/オスマン家ハレム 博物館・美術館・ギャラリー
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宮殿内で軽いランチ.
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ハトが食べたいと寄ってきた.分け与えるだけの余分はなしです.
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次に黒猫が来た.イスタンブールは猫が多いです.
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そして白猫が来て,マフィンが少し付着した紙部分をさらっていって,食べ始めた.紙を食べてお腹をこわさないかと気になったが,ヤギも食べるので大丈夫だろうということにした.実際,紙も全部食べたようだった.
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トラムに乗って新市街側の終点カバタシュ駅へ.ここは船着場にもなっています.
反対側に出てしまって,ケーブルカー駅が分らず,人に聞いた. -
地下鉄ケーブルカー.
1kmくらいで短いです.歩けないこともないと思われるでしょうが,きつい登り坂です. -
地下鉄ケーブルカーで新市街の中心地タクシム広場へ.新市街はビジネス地区で,観光地の旧市街とは大きく感じが違います.
私の行ったときには何事もなかったが,このタクシム広場が数日後に反エルドリアン首相のデモ(暴動)の中心になった.Taksim Square Hotel ホテル
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タクシム広場中央には独立記念碑(ケマル・アタチュルクと同志の像).
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軍事博物館の隣の公園の大きなケマル・アタテュルク像(現代トルコ建設の父).
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軍事博物館へ.
3pmからの軍楽隊が目当てだが,2:15pmに着いて館内見学の時間があり丁度よかった.ハルビエ軍事博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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トルコ軍戦闘機だが,トルコ国産ではないと思う.
大分前のF104でした. -
大変大きな博物館で,オスマン時代から近代,現代の皇帝,将軍,武器,戦闘や軍隊の絵画などが展示されている.
これはオスマン時代の戦闘の絵. -
上と同じ戦闘の絵の左側.
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メフメット2世(1432-1481).
コンスタンチノーブル攻略のためルメル・ヒサル砦を建築.
1453年コンスタンチノーブルを攻略し,ビザンツ帝国を滅ぼした.ハルビエ軍事博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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現代トルコの父ケマル・アタテュクル像を中心において,各時代の皇帝像が並べられている.各皇帝にはそれぞれの時代の領土が示されている.
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たとえばこれはオスマン1世.
(1258-1326,皇帝在位は1299-1326) (名札のオスマン・ベイは初名)
セルジューク朝(トルコ民族の王朝)から独立し,オスマン朝を築き初代皇帝. -
ちょっと身近なところでは,トルコは朝鮮戦争に連合国側で派兵してました.
ブルーがトルコ軍の展開地.
大きな博物館で展示品多数だが,他国のことで興味薄いと思うことから,このあたりにしておきます. -
3pmから屋外で軍楽隊の演奏開始.
軍楽隊入場行進曲は「ジェッティン・デデン」.30年以上前のNHKドラマ「阿修羅のごとく」で使われたテーマ曲です.大変特徴的な曲で,よく耳に残っています.以下Webで聞くこと出来ます.
http://hama-1987.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/2012-20-8ab1.html
先頭はGeneralと言っていましたので大将です.3番目に戦闘服の兵士で,緑の服の後ろが軍楽隊指揮者.音楽や楽器については私よりこのWebの人の説明が良いので,関心があるなら参照してください.(モーツァルト「トルコ行進曲」のことも書いてあります.)ハルビエ軍事博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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一周した行進.
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大太鼓が中心.両脇に戦闘服兵士.
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こちらは指揮者.
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いくつか写真を載せます.
「阿修羅のごとく」で使われたテーマ曲の2回目演奏がありますが,耳に残っている曲であり,日本の曲のような親密感が沸いてきました.トータルの演奏時間は1時間です.ツアーでは行かないところですが,やや年の日本人には懐かしい曲の本物との出会いとなります.NHKドラマでは声楽部はなしだったと思いますが,声楽も付いています. -
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戦闘服兵士だけでなく,皆さん立派な口髭で強そうです.
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こちらは声楽隊.
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新市街を走る地下鉄で一駅のタクシム広場に戻る.
ここから新市街の中央通り(銀座通りのようなイスティクラル通り)をガラタ塔に向けて歩く.2kmほどあるが,ゆるい下り坂なので楽(逆方向に歩くと疲れると思う). -
クラシックなトラムが走っている.
このトラムの終点から先は急な坂道となる. -
ガラタ塔.高さは67mだが,丘の上なので眺望がすばらしい.
2/3程はエレベータで,上1/3は螺旋階段を昇る.
6世紀初めに灯台として利用されていたものを,14世紀に監視塔に改造され,その後牢獄や天文台として利用された.現在の塔は14世紀以降のもので,一度火災で焼失し,再建されたとのことです.ガラタ塔 建造物
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ガラタ橋を見下ろす.
その先にはイェニ・ジャーミィとアヤソフィア. -
宮殿の丘と,左奥のアジア側.
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ボスポラス大橋方向のボスポラス海峡.
巨大クルーズ船が停泊している. -
ガラタ塔からこの坂道を下ってガラタ橋に出る.
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ガラタ橋を歩いて旧市街へと渡る.釣り人多数.
ガラタ橋 建造物
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何が釣れるかというと,いわしでしょうか.
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何時間かかったかは不明ですが,こんなに釣った人もいます.魚屋に売るのでしょうか.
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ボスポラス海峡クルーズへ.
多くの人は1.5時間のクルーズだが,黒海の出口(入口というべきか)まで片道1時間45分のクルーズ.途中に4箇所に泊まりながら,アナドル・カヴァウまで行きます.
10:35am出航の1時間前に行ったのに,もう大勢行列でした.乗船開始は10:00でしたが,それにしても早くから並んでいます(その理由は後にあり). -
これがクルーズ船 (写真は行き先のアナドル・カヴァウ船着場にて).
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出航時で,遠くに宮殿で一番高い正義の塔が見えます.
なぜ出航前に早くから並ぶのか分からなかったのですが,席取りのためでした.2階のオープンデッキの席は早く取らないとすぐに埋まってしまいます.私は幸い取れて,その席からの写真です.他の席は船室内になります.オープンデッキは景色に加えて,ボスポラス海峡を渡る風がとても心地よいです.
1日掛かりとなるので,日本からのグループツアーの人はいないようです. -
しばらく行くと,ヨーロッパ側のドルマバフチェ新宮殿の前を航行します.(この新宮殿についてはまた後で載せます.)
ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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ボスポラス大橋の下を航行し,北上します.陸地はアジア側.天気は曇り.
7月15日殉教者の橋 建造物
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アジア側にもこのような立派な宮殿が見えます.
立派な宮殿に見えるのですが,これは「クレイ海軍学校」でした. -
ルメリ・ヒサルという砦の跡です.
1452年にオスマンのメフメット2世により,ボスポラス海峡を支配し,ビザンツ帝国のコンスタンチノーブルを攻略する拠点として作られた.
この辺りが一番海峡の幅が狭く,約700m. -
日本のODAで建設された第2ボスポラス大橋(正式にはファーティフ・スルタン・メフメット大橋という)はルメリ・ヒサルのすぐ北側です.ボスポラス海峡の長さは約30kmですが,橋は2本しか架かっていません.
1.5時間の多くのクルーズは,この地点までで引き返します.
写真は第2ボスポラス大橋の下のアジア側ですが,海辺に高級邸宅が並び,高級リゾート風です.ここだけでなく,ヨーロッパ側もアジア側も,海峡に面したゆるい斜面には高級住宅が並びます.この地域だけ見ているとトルコは大富裕国に見えます. -
アナドル・カヴァウの山頂に建つCastle といってましたが,砦です.
下船して山を登り,ここを目指します.アナドル カヴァウ 散歩・街歩き
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アナドル・カヴァウの船着場.
下船して山頂の砦を目指します.アナドル カヴァウ 散歩・街歩き
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最初のうちはこのような上り坂です.
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近道と書いてあるが,ここからは階段と急な上り坂.
結構疲れます.気温も28-29度ほどで,暑くて汗も出ます.
登山時間は私で25分ほどでした.(お年寄りはゆっくり登っていました.) -
山頂の砦に着きました.
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砦からの北側の眺望.狭まった先は黒海です. 絶景.
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砦からの南側の眺望.
左側にうすくイスタンブール新市街の高層ビルが見える. -
ボスポラス海峡を挟む対岸の船着場と町ルメリ・カヴァウ.
"ルメリ"がヨーロッパ,"アナドル"がアジアを表すとのこと. -
山を降りる途中に,ボスポラス海峡を見下して食事するレストランあり.
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船着場の海沿いには高級そうなレストランが並ぶ.
アナドル カヴァウ 散歩・街歩き
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食材.また食べる気がしない大魚がいる.
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私は海沿いでないレストランで軽いランチ.
帰りの船の出港時刻は15:00だが,14:10くらいから人が並び始めたので,私も並ぶことにした.乗船が14:30からで,やはりオープンデッキの席を取るために並ぶのでした.私は席を取れました. -
小型,中型クルーザをチャータしてきているグループもあり.お金持ちのグループでしょうか.
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ガラタ塔からの眺望に出ていたイスタンブールに停泊中の巨大クルーズ船.
地中海,黒海を回るのでしょうか.
C のマークより豪華クルーズ船を運航するCosta社の大型船だった.
http://www.costacruise.com/usa/costa_serena.html -
ドルマバフチュ宮殿へ.新市街トラム終点駅から6−7分で,ボスポラス海峡に面しています.
これは入口の門.
もっと朝早く着くつもりだったのに,着いたのは9:00am開門の15分前でした.長い行列を覚悟したら(地球の歩き方にそう書いてある),チケット売り場の行列は30mほどでラッキーでした.既にチケットを持っているグループツアーの人は入口の門の辺りに居ましたが,それ程ではなかったです.ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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ドルマバフチュ宮殿の入口.
ここで行列になります.なぜかというと勝手に宮殿内を回ることは出来ず,必ずガイド付きグループで回ることになるからです.個人visitorsの最初のガイド付きツアーは9:30am出発でしたので,それまで待ちでした.
内部撮影禁止で,写真はなしです.
以下Wikiに幾分の内部写真が載っています.
http://ja.wikipedia.org/wiki/ドルマバフチェ宮殿
以下の人は2008年に6トルコリラを支払って内部撮影してました.
http://home.g07.itscom.net/fanny/9tsub7.htm
今は撮影している人はいなかったので,許されてないようです.ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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ボスポラス海峡に面して開く門.
ボートで海から到着することもありました. -
ボスポラス海峡側の新宮殿.
19世紀半ばのオスマン朝時代に建造された新宮殿です.バロックとオスマンの折衷様式で,オスマン帝国の威信を西洋列強に誇示するように豪華です.
各国元首や大使のレセプション用大広間は特に絢爛豪華です.現在も外交上のレセプションに使われています.
この新宮殿が出来た後は,スルタンはトプカブ宮殿からこちらに移り,政務も行うようになります.1922年オスマン帝国滅亡後に成立したトルコ共和国の初期時代は,大統領執務所となっていました.
豪華ではありますが,ヨーロッパの王室,宮殿に並ぼうと,お金に飽かせて真似して作ったという気がしないでもないです.(赤坂離宮も似た状況だったでしょうか.) 海に接しているのは他にない特徴です.またハレムが付随するのもオスマンならではです. -
内部は撮影禁止なので撮影写真はなく,出口を出て反対側から見たボスポラス海峡側の新宮殿.
ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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ドルマバフチュ宮殿レイアウト.
中央部が儀式用の公的な空間,左側がセラムルクといって男性のみの空間,L字になった右側がハレム.ハレムの面積は大です. -
ハレムの入口.別料金です.
トプカブ宮殿でハレム内部を見て,ご夫人方が居ないハレムの部屋はそれ程特別なことがないと知ったので,中に入るのはパス.ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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ハレムの建物はうすいピンク色です.
ドルマバフチェ宮殿 城・宮殿
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一周回ってもう一度正面です.
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カーリエ博物館に来るためだいぶ旧市街西側郊外に来ました.
これはT1トラムから乗り換えのT4トラムの始発駅であるトプカピ.
(トプカピ宮殿と同じ名前ですが別の場所です.) -
目的のT4エディルカプ駅出口.
カーリエ博物館も載っている地図を持っていたのだが,郊外のため詳細版でなく,方向が分からなくなった.男子中学生くらいに聞いたら要領を得なかったところ,通りかかった女子高校生くらいが教えてくれ,親切にもその近くへ行くので付いてくるようにと言ってくれた.6-7分ほど一緒に歩き,幾分の話をした.親切にしてもらい記念に写真を撮らせてもらいたかったが,イスラムの少女なら大変失礼になるので,お礼だけで分かれました.郊外なので,観光客相手の悪質な人はいないように思います.
以下Webを書いている人も行くのに苦労したようです.私を案内してくれた少女は,信号のないところを横断し,壁の間を抜けていくなどして,このWebの道より近道を通りました.
http://fast-eddy.air-nifty.com/river/2011/06/post-40a5.html -
今はカーリエ博物館だが,元は11世紀に建てられたビザンツ帝国(東ローマ帝国)の修道院.
ビザンチィンの東方キリスト教絵画/モザイク画が素晴らしいのですが,アヤソフィアと同じく,オスマン朝時代はイスラム寺院とされたため,漆喰で塗りつぶされました.20世紀中ごろに発見され,補修されました.
左のミナーレ(尖塔)はイスラム寺院時代に作られたもの.カーリエ博物館 (コーラ修道院付属ソーテール聖堂) 博物館・美術館・ギャラリー
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この入口を入ったところにチケット売場があります.
アヤソフィアは東方キリスト教とイスラム教が混じった寺院となっていますが,こちらは東方キリスト教だけです.従って,訪問者はキリスト教徒の人が殆どです.ギリシャ正教徒にとっては,聖地的なところではないでしょうか.郊外で離れていることもあり,日本人はあまり来ないようです.カーリエ博物館 (コーラ修道院付属ソーテール聖堂) 博物館・美術館・ギャラリー
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本堂のモザイク画はこのように損傷が激しく,今では見るべきものがありません.この壁画が一番良いくらいです.しかし,前室の壁画,天井画は幸いに比較的よく残されています.
カーリエ博物館Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/カーリエ博物館 -
イエスのモザイク画.
ビザンチィン宗教画の典型的イエス像であり,傑作の一つです.カーリエ博物館 (コーラ修道院付属ソーテール聖堂) 博物館・美術館・ギャラリー
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イエスとマリアのモザイク画.
破損がありますが,これも傑作です. -
前室天井ドーム中心のイエス像.
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パウロのようです.
「パウロの回心」でユダヤ教からキリスト教へ.
新約聖書の「パウロ書簡」を記し,キリスト教をローマへ伝道した.
これもモザイク画で,金色があざやかです.
金色のモザイクタイル片は2枚のガラスの間に金箔を挟んで作っているとのことです. -
イエスを巡る物語の宗教画もかなりあり,全部ではないですが修復されてます.これはその一つ.
5枚前のコメントと同じカーリエ博物館Wikipedia:
http://ja.wikipedia.org/wiki/カーリエ博物館 -
これもイエスを巡る物語の宗教画.
アヤソフィアと比べると小建築ですが,残されている絵の素晴らしさは決して劣るものではないです. -
このカーリエ博物館の外のお土産屋さんの絵皿.
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高そうな絵皿と壷.
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テオドシウスの城壁と言って,ビザンツ帝国の防御壁.(T4トラム駅とカーリエ博物館の間にある.)
こちらは城壁の内側.城壁に上ること出来る.
エルサレム旧市街の城壁のような感じだが,ところどころ壊れている.
城壁を攻撃するオスマン帝国軍(皇帝メフメット2世)の様子は,以下のパノラマ1453年博物館のページで見ること出来ます.なかなか迫力ある絵です.
http://www.panoramikmuze.com/
下のvideoマークをクリックするとvideoがあります.画面は小さいですが,左は11分のvideoです.
1453年城壁は突破され,コンスタンチノーブル陥落でビザンツ帝国は滅亡.
AC753年以来のローマ帝国もこれで終焉.
このコンスタンチノーブル攻防戦を記したWikipediaは読み応えありです.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%99%A5%E8%90%BD
★これでイスタンブールは終了です.翌日ウィーン空港経由でブダペストに行きます.★テオドシウスの城壁 史跡・遺跡
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3枚目の写真で,トルコ航空 成田=>イスタンブールの最初の機内食を載せ,味はOKと書きました.その他の機内食写真も載せておきます.
いずれも味は良くて,満足でした.
これは成田==>イスタンブールの2回目. -
イスタンブール==>ウィーンの機内食.
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トルコ航空のフライング・シェフ(Flying Chef).
日本便ではエコノミー席には来ませんが,ユーロッパ便では手助けでエコノミーにも来てました. -
ウィーン==>イスタンブール.
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イスタンブール==>成田 の1回目.
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イスタンブール==>成田 の2回目.
液晶画面サイズは大きく,映画の種類も多かったです.(ANA, JALのように日本語吹き替え,字幕付は多くはないです.)
トルコ航空は評判もよく,宣伝する訳ではないですが,イスタンブール経由でヨーロッパに行くのにも良いと思いました.
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