2012/10/21 - 2012/10/21
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WT信さん
貝殻橋を渡ると、まず目についたのが朱色の住吉橋と橋の下に繋留されている巴船。
橋の下の水門川に臙脂色の法被姿の船頭さんに操られた”たらい舟”が次々にやって来る。
聞くと本日は大垣恒例の”水の都おおがき たらい舟くだり”の初日で、水門川にゆったりとたらい舟が連なり、下り来る。
その”たらい舟くだり”に呼応して、水門川河畔の”四季の路”には華麗な飾りつけをした数台の山車が、繰り出すのを今かと待ち並んでいる。
”奥の細道むすびの地”を記念する”芭蕉と路通の銅像”はそんな華やかな雰囲気の中に建っており、お蔭で芭蕉と一緒に奥の細道完歩を祝福して貰っている気分に誘われた。
水門川は戸田氏が掘割として穿った運河だが、揖斐川に合流しており、水門川一帯は水運で繁盛する。
水門川西岸が武家町だったのに対し東岸の旧美濃路は町屋が連なり、今もその面影を残す建屋が並ぶ。
水門川の湊は旧美濃路の住吉橋の麓にあり、今も優美な姿を残す住吉灯台と船付場跡がその名残。
大垣に到着した芭蕉の報に頼って、芭蕉を訪れる人は後を絶たず、その様を芭蕉は”蘇生のものにあふがごとく”と記す。
16日間大垣に滞在した芭蕉だが、元禄二年(1689年年)9月6日、伊勢を訪れるため、水門川の湊から桑名に向けて新な旅の船出をする。
住吉灯台の脇に”芭蕉送別の連句塚”があり、芭蕉と木因・如行との別れの応答句を刻んだ、大垣市文化財協会建立の碑があり、次の様の刻まれている。
「木因舟にて送り如行其外連衆 舟に乗りて三里ばかりしたひ候
秋の暮 行先々ハ笘屋哉 木因
萩にねようか 萩にねようか 芭蕉
霧晴ぬ 暫ク岸に立給え 如行
蛤の ふたみへ別行秋そ 芭蕉 」
その最後の句が、芭蕉の奥の細道の文面の締め括りとなった。
我々が”奥の細道むすびの地”に着き、芭蕉像の前に立った際私が感じたあの雰囲気は、むしろ芭蕉の新たな旅立ちを見送りに集まった大勢の地元俳諧人達の、哀しいながらも何処か華やかな湊の様子だったのではと、ふと心に浮かんだ。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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