2012/10/21 - 2012/10/21
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WT信さん
芭蕉は春照の宿を発ち、元禄二年(1689年年)8月21日、路通を伴い馬で大垣に到着する。
9月6日に伊勢に旅立つから16日間大垣に滞在していることになるが、その割には記述が少なく、大垣での宿泊先も行動もほとんど不明の様である。
奥の細道の次の文面から”如行”と云う人の家に泊まったのかなと想定させる。
”駒にたすけられて大垣の庄に入ば、曽 良も伊勢より来り合、越人も馬をとばせて、如行が家に入集る。”(奥の細道・大垣)
如行は本名近藤如行(じょこう)。
大垣藩士であったが、早く致仕して僧となった人物。
如行は芭蕉と京都の北村季吟(きぎん)の相弟子であった、大垣の俳界の指導者谷木因の弟子で、木因の紹介で芭蕉と懇意になり、大垣での芭蕉の1番弟子だったと云われる。
室町にあった如行の邸宅は質素だったのに比べ、船町にあった船問屋を営む谷木因は裕福であった。
それでも芭蕉は如行の邸宅を好んだのば、それほど如行に親しみを持ち、居心地がよかったからと思われる。
一方芭蕉が大垣に4回(奥の細道は3回目)も立ち寄ったのは木因が大垣に居たからとも云われるらしい。
船町の正覚寺の境内の一角にある、”芭蕉・木因遺跡”は、芭蕉とその木因との因縁を偲んで建てられた。
”芭蕉・木因遺跡”には如行が芭蕉の死を悼んたてた”芭蕉翁”碑、その横に芭蕉句碑が建つ。
あかあかと 日はつれなくも秋に風 芭蕉
木因の死後弟子たちが建てた”木因墓”が加わって”芭蕉・木因遺跡”と呼ばれるようになる。
”芭蕉・木因遺跡”は芭蕉追悼塚(尾花塚)とも呼ばれ、あたかも弟子たちが塚の周囲で芭蕉と木因を慕い、句会をしているように、弟子たちの句碑が取り囲んでいる。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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