2013/02/14 - 2013/02/14
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tsunetaさん
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2月14日、午後2時頃に長崎さるく「長崎は今日も異国だった」コースを歩く途中に長崎さるくのガイドさんと一緒になりグラバースカイロードを上りつめた後はガイドさんと一緒に行動した。 当方を入れて約6名のにわか作りの観光客の団体となり、グラバー園の第二ゲートから入り、展望広場より第一ゲートの方へ下って行くというグラバー園散策をした。 前回のグラバー園訪問と違い、ガイドさんの説明を聞きながら約1時間、中身の濃いグラバー園めぐりになった。
*写真は展望広場から見られる長崎港と稲佐山
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ 徒歩
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展望広場で見られた鯉
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展望広場より見られた長崎港
三菱重工の造船所がある。 -
展望広場より見られた長崎港
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展望広場より見られた長崎港
稲佐山が見られる -
展望広場より見られた長崎港
出島埠頭や長崎大波止ターミナルが見られる。 -
明治時代の洒落た洋服を着た女と江戸末期の坂本龍馬風の着物を着た男が・・・
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高島秋汎流和砲
300mは飛んだとのこと -
旧長崎高商表門衛所
明治から昭和初期にかけて日本の経済分野の高等教育を担った官立高等商業学校(長崎高商)・・・現在の長崎大学の経済学部の前身にあたる。 -
旧長崎高商表門衛所
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旧長崎高商の入り口付近から見られる長崎港
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女神大橋が見える
長崎港をまたぎ、長崎市西部と南部をつなぐ女神大橋(長さ1289メートル)。主塔からケーブルで橋げたをつり下げる「斜張橋」としては国内で6番目、世界で17番目の長さを誇り、九州では最長となる橋です。 -
三菱重工の造船所が見える
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旧長崎地方裁判所長官舎
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旧ウォーカー住宅
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応接室
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応接室
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寝室
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旧ウォーカー邸〜見られる長崎港
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旧ウォーカー邸〜見られる長崎港
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壁泉(祈りの泉)
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旧リンガー住宅
国指定重要文化財(昭和41年6月11日)
グラバー商会に勤め、ホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガー氏の旧邸
木と石が調和した木骨石造りの洋風建築、建築年:1868年(明治元年)〜1869年(明治2年)
フレデリック・リンガー氏はグラバー氏と同じイギリス人ですが、慶応元年(1865年)に長崎に来た当初は、グラバー商会で中国茶の熟練検査官として勤務していましたが、その後、「リンガー商会」を設立して種々の事業で日本の発展に貢献した人物でした。 -
今回、訪問した際には、住宅内で企画展「幻のオペラ歌手・喜波貞子(きなみていこ)展」が開催されていた。
日本に生まれ育ちながら、日本であまり知られていないオペラ歌手・喜波貞子(きわていこ)は、戦前のヨーロッパにおいてオペラ『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』で名を馳せた人物。 -
喜波貞子が演じたマダム・バタフライの衣装
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喜波貞子が演じたマダム・バタフライの扇子と衣装その他の説明
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マダム・バタフライの鬘
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旧リンガー住宅
応接室 -
オルゴールが置かれていた
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旧リンガー住宅前の庭からの長崎港の眺め
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旧リンガー住宅
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旧オルト住宅
長崎を代表する観光施設「グラバー園」の核となる洋館。1865年頃に外国人設計図により国宝大浦天主堂を建築した小山秀之進が建築したものといわれており、開港初期においてわが国職人の高度水準を示した洋風建築です。
前面ベランダ中央の切妻屋根のポーチや、高い天井を支えているタスカン様式の石造円柱が印象的。
昭和47年に国の重要文化財に指定されています。 -
オルトと土佐藩士
イギリス商人・オルトは土佐藩との関係が深く、土佐藩はオルト商会から多くの船や武器を購入している。
慶応3年4月に起こった「いろは丸事件」*でもオルトに相談している。
5月22日の聖福寺での紀州藩との談判後に岩崎弥太郎は坂本龍馬、後藤象二郎と一緒にオルトを訪問している。
*「いろは丸事件」・・坂本龍馬らが乗ったいろは丸が紀州藩船と衝突し、沈没した -
オルト住宅
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オルト住宅玄関前の噴水は日本初めてのものである。
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応接室
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食堂
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寝室
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オルト住宅前の庭園〜長崎港の眺め
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オルト住宅前の庭園〜長崎港の眺め
女神大橋が見られる -
日本最初のアスファルト道路
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日本最初のテニスコート
フレデリック・リンガーが自宅の中にテニスコートを作った。 -
三浦 環
三浦環(たまき・1884〜1946)は、日本の生んだ最初の国際的オペラ歌手である。彼女は明治37年、東京音楽学校を卒業した後、アメリカやヨーロッパに留学し、プッチーニの「蝶々夫人」の主役を演じて、その公演は2千回を越え、プッチーニからも理想的な「蝶々夫人」と絶賛を受け、世界的に名を馳せていた。 -
三浦 環の像
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ジャコモ・プッチーニと蝶々
「蝶々夫人」は、イタリアの古都ルッカ(トスカーナ州都フィレンツェの西にある都市)出身の作曲家ジャコモ・プッチーニにより作曲された代表的なイタリア・オペラ(歌劇)のひとつです。
その題名は、彼の作曲した他の歌劇「マノン・レスコー」(1893年初演)「トスカ」(1900年初演)「トゥーランドット」(1926年初演)と同様に、このオペラのヒロインである「蝶々夫人(原題:Madama Butterfly)」の名前がそのまま付けられております -
明治の長崎を舞台にしたオペラ「マダム・バタフライ」はイタリア人作曲家ジャコモ・プッチーニの傑作・・・・
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すぐ近くに、西洋料理の発祥の地があった。
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すぐ近くに旧グラバー住宅が見える
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旧グラバー住宅
貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築。小山秀による1863年(文久3年)の建築。裏手には馬小屋や貯蔵庫なども残っている。三菱重工業 長崎造船所を見下ろす位置にあったため1939年(昭和14年)に戦艦武蔵の建造を秘匿する目的で買収され所有が三菱重工業へと移った。1957年(昭和32年)には同造船所の創業100周年を記念して長崎市へ寄贈された。1961年(昭和36年)6月7日、主屋・付属屋が国の重要文化財に指定。
*写真は寝室 -
旧グラバー住宅にある蒸気機関車の絵
幕末にグラバーはグラバー園近くの大浦海岸で蒸気機関車(アイアン・デューク号)を約600m走らせている。実は新橋〜横浜間よりも早く日本に鉄道車両を走らせています。 -
旧グラバー住宅
右の建物はお茶の煎リ場として使用されていた。 -
旧グラバー住宅前にて
長崎さるくのガイドさんより説明を受けている -
旧グラバー住宅にある300才の蘇鉄
グラバー住宅を建てるときに親交があった薩摩藩の島津候より送られてきたもの -
旧グラバー住宅前にある蘇鉄の説明
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旧グラバー住宅の食卓
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旧グラバー住宅の狛犬
キリンビールのラベルの下になっている -
旧グラバー住宅
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旧グラバー住宅にある温室
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旧グラバー住宅の全体模型
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旧グラバー住宅の応接室
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旧グラバー住宅
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旧グラバー住宅
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ハートストーン伝説
ハートの敷石に触ると恋がかなうとか、二つ見つけると良いことがあるとか、いろいろな説があります。 -
レストハウスの中に掲げられていたハートストーン
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大浦天主堂
大浦天主堂(おおうらてんしゅどう)は、長崎県長崎市にあるカトリックの教会堂で、1865年(元治2年)に建立された日本最古の現存するキリスト教建築物。 -
大浦天主堂
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大浦天主堂下の通り
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大浦天主堂
日本の聖母 慶応元年3月17日に信徒発見記念に作られたもの -
国宝大浦天主堂の案内
昭和8年にゴチック建築様式の西洋建築物として国宝になっている。
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