2012年中央アジア旅行~ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン~第2日目(3)ヒヴァ:ジュマ・モスクの静謐な雰囲気にスペイン・コルドバのメスキータを連想する&何気ない街角も絵になるヒヴァ
2012/09/10 - 2012/09/10
202位(同エリア360件中)
まみさん
2012/09/10月 ウズベキスタン航空でウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ&ヒヴァ観光
・ホテル(ムハンマド・アミン・ハン・メドレセ)とカルタ・ミナルの外観を眺める
・西門(オタ・ダルヴァザ門)で共通券を購入
・キョフナ・アルク(古い宮殿)(共通券)&テラス(別料金)からの眺望を楽しむ
・ムハンマド・ラヒム・ハン・メドレセと内部の小さな博物館(共通券)
・スザニセンター見学(無料)
・パフラヴァン・マフムド廟(別料金)
・イスラーム・ホジャ・メドレセ(共通券)&ミナレットに上る(別料金)
・ジュマ(金曜)・モスク(共通券)(ミナレットには上らず)
・アラクリ・ハン・メドレセで伝統舞踊ショーを見る(5ドル)
・タシュ・ハウリ宮殿(共通券で入れるはずだが閉館時間になっていたのでちょっとだけ)
・東門(パルヴァン・ダルヴァザ門)と城壁沿いの散策
・ドスト・アリムジャン・メドレセ(無料)
(ホテルに戻ったあと疲れてうたた寝してしまい、夕食スキップ)
【ヒヴァ泊:ホテル・オリエント・スター(Orient Star)】
※夜中の1時半~2時まで旧市街の夜景散策
今朝、タシケント空港で、フライトが遅れた原因や状況説明を全くしてもらえずに2時間半も待たされて、ヒヴァ観光に当てられる時間がその分ムダになってしまいました。
それでも、飛行機が飛ばなかったらヒヴァへは来れませんでした。
ぎりぎりの日程でしたので、陸路などの代案がたとえあっても無理。いや、特急列車もなく、タシケントから陸路で行くのには遠すぎです。
ヒヴァ観光は13時20分から開始できました。
夕食前にひと休みするためにホテルに戻ったのは18時50分。
ランチを抜いたので、ほぼ丸々5時間以上は観光できたわけです。
それでも、回りきれなかったところが残りました。
閉場時間があるところは、だいたい17時で終わりです。
旅行後、時間がたつにつれて、回れなかったところを残念に思う気持ちが増してきました。
私の観光ペースがのろのろだったせいも、もちろんあります。
9月上旬のヒヴァは、東京に比べれば全然ましだったとはいえ、まだ十分暑かったし、フライト・スケジュールの都合で寝不足でしたから、体力的にはラクではありませんでした。
だからテキパキと回れなかった、というのは言い訳になるかな。
旅行人のガイドブックには、ヒヴァで必見のところとして4ヶ所───キョフネ・アルク、タシュ・ハウリ宮殿、ジュマ・モスク、パフラヴァーン・マドラサが挙げられていましたが、その中でタシュ・ハウリ宮殿は、入場時間が過ぎてしまって回れませんでした。
扉が開いていたので最初の中庭には入って、ガイドブックなどによく写真がある、青タイルの壁とアイヴァンが美しい謁見の間のテラスだけは写真を撮ることができましたが、そこから先は回れませんでした、残念。
代わりに、旧市街内や西門の外を少しぶらつきました。
そして、ふつうの居住区らしき街角でも絵になる町であると納得できました。
そういう街角で撮る写真こそ、ガイドブックやいろんな旅行記にはない、自分なりの発見の成果の写真がゲットできるでしょう。
それはまた楽しいものです。
とはいえ、ぶっ続けて5時間半の観光疲れで、夕方の町歩き、そんなに精力的にあちこち回れたわけではないです。
それに、ランチ抜き、朝食は朝の4時30分にタシケントのホテルのバイキングでとったっきりです。
民族舞踊ショーの最中の少しお菓子をつまんだとはいえ、お腹はぺこぺこでした。
それでいったんホテルに戻り、身軽になってから美味しいレストランに入ろうと思いました。
だから、雰囲気のある街角を見つけて、いいな、と思い、その瞬間と写真を撮っているときだけは忘れられても、頭の中はすぐに食べ物のことでいっぱいになりました。
それなのに夕食も食いっぱくれてしまったという哀しいオチが続きます。
<2012年中央アジア3カ国旅行:簡易旅程>
9/09日 成田発~アシアナ航空でソウル仁川経由~タシケント到着
9/10月 ウズベキスタン航空でウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ&ヒヴァ観光
9/11火 キジムクル沙漠のカラ回り★
9/12水 ウズベキスタン航空でキルギスの首都ビシュケクへ&ビシュケク市内観光
9/13木 途中でブラナの塔へ寄りながら、イシククル湖へ★
9/14金 野外岩絵博物館&チョン・アクスー渓谷トレッキング★
9/15土 イシククル湖からビシュケクへ戻る&ショッピング★
9/16日 ビシュケクからカザフスタンのアルマトイへ陸路国境越え★&アルマトイ市内観光
9/17月 チャリン・キャニオンへのエクスカーション★
9/18火 アルマトイ市内観光~夜23時10分アシアナ航空で出国
9/19水 ソウル仁川経由 朝11時10分成田着
★印は車とドライバーとガイドあるいは車とドライバーを旅行代理店経由でチャーターした日
「ヒヴァの町は二重の城壁で囲まれている
外側にあるのは、1842年にカラクム砂漠との境に築かれたディシャン・カラという全長約6kmの城壁であり、内側にあるのは中世ヒヴァの町を取り巻いている城壁である。外側の城壁と内側の城壁との間に町の人々が暮らし、内側の城壁に囲まれた内城はイチャン・カラと呼ばれて、ハンの宮殿やハーレム、モスク、メドレセ、廟などが建てられた。現在このイチャン・カラ全体が博物館となっていて、ユネスコの世界遺産として保存されている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011~2012年版)」より)
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ジュマ・モスクの半開きとなった古い木の扉から
薄暗い内部に列柱が見えます。 -
静謐な空間が広がるジュマ・モスク
スペインのコルドバのメスキータに通じる雰囲気を感じました。
あちらももとはといえばモスクでした。
「薄暗い内部、目を凝らせば彫刻された柱が美しいジュマ・モスクとミナレット
多柱式建築で、中央アジアで最も有名なモスクのひとつ。10世紀に建てられたが、修復工事を重ねて、今の形になったのは18世紀末頃。約3m間隔で213本の木の柱がある。広さ55×46m、高さ5mで、がっしりした壁に囲まれている。
一歩中に入ると、神秘的な薄暗がりの中に彫刻が施された木の柱がたくさん並んでいて、その独特な雰囲気に驚く。天窓から射し込むだけの光が柱の彫刻を浮かび上がらせている。柱の彫刻は一本一本違い、最も古い柱は昔のホレズムの都から運ばれたもの。4本が10〜11世紀の、25本が17世紀までの柱だ。
モスクの前にあるミナレットの高さは42mで、中の81段の階段で登ることができる。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
美しい彫刻が施された木の柱(アイヴァン/アイワーン)と美しくくぼんでいる天井
「金曜モスク(ジュマ・マスジディ)とミナレット
10世紀の創建以来、何度か改築され、現在のものは18世紀の建築。様式はホラズムの伝統を踏襲したもので、壁面の装飾は一切なく、212本のアイワーン(精密な彫刻が施された木柱)が木製の梁を支えている。明かり取りの小窓が屋根に2カ所開いているだけで室内は薄暗く、それが林立するアイワーンとあいまって、実際以上の奥行きを感じさせる。アイワーンの一部には、近郊の廃墟となった都市のものが利用され、特にその中の4本は10世紀前後と、現存するホラズムの木彫としては最古のもの。一方、ミナレットはモスクと同時期に建てられたもので、高さは約42m。(後略)」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
やさしいフォルムのアイヴァン
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お花のモチーフの浮彫装飾が多い
イスラム教のモスクですから、やはり幾何学模様や植物が多いのでしょう。 -
天窓から射し込む光に照らされて
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年季の入った古いアイヴァン
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古いアイヴァンが並ぶ一角
このあたりに昔のホレズムの都から運ばれた柱がありそうです。 -
一つ一つ模様が違う
似ているのはありますが、同じではありませんでした。 -
すっと細くなったアイヴァン
このタイプは少なかったと思います。 -
10〜11世紀にさかのぼれるアイヴァンかな
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中央の霊廟
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精巧な浮彫装飾
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神秘的@
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古いアイヴァンの柱頭
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幾何学っぽい模様
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林立するアイヴァンが作る厳かな空間
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このあたりの古いアイヴァンは……
浮彫模様が削り取られてつるつるになってしまっているのも見られました。
オリジナルにはきちんと装飾があったんではないかしら。 -
光の中に立つアイヴァン
-
光に向かうアイヴァン
-
精巧な彫刻が施された土台
ゆったりと回ってジュマ・モスクの見学はおわり。
ミナレットは、イスラーム・ホジャ・メドレセのミナレット1ヶ所でいいので、割愛。 -
次に、ふらりと寄ったアラクリ・ハン・メドレセ
ここで民族舞踊ショーが始まるところでしたので、見学することになりました。
5ドル払い、おかわり自由のコクチャイとつまみのお菓子を頂くこともできたので、ショーを見学すると同時に、疲れた体を休め、空き空きのおなかを少しなだめることができました。
ショーの写真はこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜ハイライトその11:ウズベキスタンのヒヴァの人々〜伝統的な絨毯を織る女性たちや伝統舞踊ショー一家や子どもたち」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10725328/ -
隣のタシュ・ハウリ宮殿のドーム屋根とミナレット(塔)
きちんと見学できなかったところです。
それを言うなら、キョフナ・アルクでも、ハーレムとか監獄博物館とかは見逃しましたけど。
民族舞踊ショーを見ていなければタシュ・ハウリ宮殿を見学する時間が十分あったかもしれませんが、睡眠時間3時間、休みなし・ランチなしの観光半日ですっかり疲れていたので、ショーを見ながら体を休めたのは、あれはあれで必要でした。 -
タシュ・ハウリ宮殿の城壁の隅のミナレット
飛び出ている横棒は何か実用的な目的があったのでしょうか。
デザイン的にも面白いです。 -
やさしい土色の壁に挟まれた路地
-
スザニや絨毯市場となっていたアブドゥール・ハン・メドレセ
-
城壁の外から眺めたパルヴァン・ダルヴァザ(東門)
「奴隷の売買を見続けてきたパルヴァン・ダルヴァザ門(東門)
イチャン・カラの東の門で、別名、奴隷の門。ハンがタシュ・ハウリ宮殿から来て刑罰を宣告したので王の門とも呼ばれた。
約3世紀にわたって、ヒヴァは中央アジアで一番の奴隷市場がある町として知られていた。東門の近くに奴隷市場があったので、奴隷の門と呼ばれていた。今でこそ日用品、洋服などの普通の商品が売られているにぎやかな市場だが、かつてはここで鎖につながれた奴隷が売買されていたのだ。奴隷たちは、カラクム沙漠を越えてやって来たトルコ人部族や、草原のカザフ族に買われた。ヒヴァのハンは、奴隷を仕入れるために近隣の住民や旅人を襲わせた。18世紀には南下してきたロシア人を捕らえて売り出したので、ロシアは軍隊を派遣してロシア人奴隷の解放を要求した。1873年にロシアの支配下に入るまで、奴隷の売買は続いた。
門の上にイスラーム歴1221年、つまり西暦1835年の建設であることが書かれた板がある。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より)
東門をくぐって外に出るまでは思った以上に長く感じられて、城壁の厚みをまざまざと感じました。西門以上に長かったです。
そこには西門同様、日用品を売る商店が確かにいくつかありましたが、昔はここで奴隷が売られていたのだなぁと思ったら、博物館となった牢獄を歩いている気分になりました。
暗かったし、被写体となりそうなポイントやいいアングルは見つからなかったので、門をくぐり抜ける途中の写真はなしです。
絵にならないと思っても無理にでも写真を撮っておけばよかったです。と思っても、もう後の祭り。 -
城壁に映るタシュ・ハウリ宮殿の建物の影
17時を過ぎているのでもう入れないだろうと思いながら歩いていたら。 -
おや、タシュ・ハウリ宮殿の扉がまだ開いているゾ
ひょっとして観光ハイシーズンなので開場時間が延長になっていたのかも!?
などと勝手に都合の良いことを考えて中には入ってみました。 -
ちょっとだけ入れたタシュ・ハウリ宮殿
入ってすぐに、ガイドブックなどで見覚えのある美しいテラスが目に飛び込んできました。
「宮殿で暮らすハンの胸中は……タシュ・ハウリ宮殿
1830年から1838年に、東門の近くに、アラクリ・ハンによってキョフナ・アルクに匹敵するものとして建てられた宮殿で、ヒヴァのなかでも最も豪華なタイルや装飾インテリアで飾られている。公務を行う謁見のや儀式の場、宴会やお客を接待する場、ハーレムに分かれている。
儀式が行われたアイヴァンの高い柱のテラスの天井は、木枠とカラフルな幾何学模様を巧みに組み合わせて豪華さを強調している。
青いタイルの幾何学模様で装飾された中庭を囲む2階建ての部屋がハーレムで、大小163もの部屋があるそうで、南側の比較的大きな部屋が、ハンの執務室と4人の正妻のものだった。
ハンは、中庭に建てたユルタにいるのを好んだそうである。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
アイヴァンに支えられた美しい天井
-
一部変色した青タイルの壁
オリジナルのタイルの方が色が長持ちしたと聞いているので、色変わりしてしまっているところの方が後の修復部分だったりするかもしれません。
「タシュ・ハウリ宮殿
ウズベク語で石の庭を意味するこの宮殿は、3つの中庭と163の部屋からなり、新たな宮殿としてアッラークリ・ハーンの代の1832〜38年に築かれた。3つの中庭の内、ハラムはハーンの私的な空間で、装飾はキョフネ・アルクより豪華。特に南側のハーンと正妻の間に使われている豊富な色付きタイルや、アイワーンとその土台に施された彫刻は、見ごたえがある。
イシュラット・ハウリは謁見のための間で、中庭の中央には円形の土台があり、冬場にはユルト(天幕)が張られていた。これは賓客をもてなすという目的以外に、しばしばハーン自身も使っていた。氷点下まで気温が下がる冬でも、宮殿内部には十分な暖房施設がなかったためだ。ハーンの玉座の間と賓客の間は2階にあった。アルズ・ハウリはハーンが即決裁判を行うための場所で、キョフネ・アルク同様やはりハーンの下す判決により容疑者の出口が分かれていた。(後略)」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
精巧な模様のアイヴァンと美しい幾何学模様の壁
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青タイル装飾の建物に囲まれた中庭
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テラスの向かいの2階建てのハーレム
残念ながらここで、閉館時間なので入ってはダメ、と奥から係員の女性が出てきてしまいました。
でも、全く見学できなかったよりは、めっけものでした。 -
イチャン・カラ(内城)の城壁に映るタシュ・ハウリ宮殿の影
面白かったのでもう一回こんな写真を撮ってしまいました。
こちらは城壁の塔の影を入れて。 -
タシュ・ハウリ宮殿の城壁のぎざぎざ部分がお洒落
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人々が住む街区(マハッラ)
少しメドレセでもモスクでもミナレットでもない建物を求め、ぶらついてみました。
沈みつつある太陽の日射しが哀愁を帯び、感傷的になりやすい時間帯。
なにげない街角にロマンを感じるようになりました。 -
すてきな門の民家
あの中にはここ旧市街で暮らす人々の生活がつまっています。
中に入ったら思いがけずとっても現代的な生活空間が展開していたりして。 -
すてきな門の民家と塀
刻まれている星マークはきっとイスラム教徒の印。 -
アイヴァン1本のこんなテラスを見つけた@
-
ドスト・アリムジャン・メドレセかな
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これもすばらしい彫刻装飾
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棒が飛び出した面白いミナレット
これもタシュ・ハウリ宮殿のものだったかもしれないです。
また、奥に小さく映っているミナレットは、ヒヴァで1番高いイスラーム・ホジャ・メドレセのものです。 -
夕陽を浴びた2つのミナレットを持つゲート
タシュ・ハウリ宮殿のゲートかな。
ミナレットの上部から飛び出した何本もの横棒が、花魁のかんざしみたいです。 -
壁の美しい星型の浮彫装飾
クトゥル・ムラド・イナック・メドレセの見張り塔かな。 -
黄昏の中のイスラーム・ホジャ・メドレセとミナレット
メドレセやミナレットはもう閉店ですが、おみやげ屋さんはやっていました@ -
黄昏の光でエメラルドグリーンに染まった青タイルのミナレット
-
夕陽の中にとろけそうなカルタ・ミナル
ホテルの方へ戻ることにしました。
確かホテルの近くにウズベキスタン料理のレストランがあったはずでしたから、それなら夕食を食べに行く前に、もっと手荷物を減らして身軽になりたかったので。
でも、西門から出て外からイチャン・カラの城壁とそのほんの周辺の新市街部分をちょっとだけ見てみることにしました。
といっても、マリカ・ヒヴァ・ホテルの方まですら行ってないのですから、ほんとにほんとにちょっとです。
日程に余裕があったら、ヌルッラバイ宮殿など新市街にある見どころにも行きたかったです。 -
夕陽に照らされた西門
昼間もさほど観光客で賑わっていたわけではなかったですが、観光時間が終わった夕方は、さらにがらんとしていました。 -
西門近くにあったテラス
-
城壁とキョフナ・アルクのアクシェイフ・ババの高台
まるで砂で作ったお城のようです。
あの内側の写真はこちら。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/27485043/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/27485051/
関連の旅行記
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜第2日目(1)ヒヴァ:ついにリベンジできたヒヴァはハイシーズンなのに思ったより閑散としていて〜キョフナ・アルクでいにしえの城塞とヒヴァの眺望を楽しむ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10733119 -
うつむく像とミナレット
背景の建物はミナレットも含め、ホテル・オリエント・スターことムハンマド・アミン・ハン・メドレセのものです。 -
ヒヴァで生まれた科学者ムハンマド・アル・ホレズミ(783〜850年)の像
随分と思わし下なポーズです@
ウィキペディアによると、「9世紀前半にアッバース朝時代のバグダードで活躍したイスラム科学の学者である。アッバース朝第7代カリフ、マアムーンに仕え、特に数学と天文学の分野で偉大な足跡を残した」人物だそうです。
「中央アジアのホラズム(アラビア語でフワーリズム)の出身で、フワーリズミーの名は、「ホラズム出身の人」を意味するニスバ(通称)である。生没年は諸説あり、780年あるいは800年の生まれ、845年あるいは850年の没とされる。
メルヴで学者として有名となり、カリフのマアムーンに招かれてバグダードに出て彼に仕えた。知恵の館で天文学者として働き、図書館長もつとめ、のちにカリフとなったワースィクにも仕えた。数学、天文学、さらに地理学、暦学などの分野で様々な研究を行った。散逸した著作も多いが、様々な書を著し、日時計、観象儀(アストロラーベ)なども作成したとされる。(後略)」
(ウィキペディアフリー百科事典「フワーリズム」より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%83%BC -
イチャン・カラを囲む城壁
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夕陽に染まった西門とテラスとアクシェイフ・ババの高台
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独立20周年記念の看板
西門のすぐそばです。
独立20周年は去年2011年がそうです。
そのときに新しく出来たコーナーだと思います。 -
ムハンマド・アミン・ハン・メドレセ(現在ホテル・オリエント・スターのシルエットと射し込んだ夕日
このあといったんホテルに戻り、冷房で涼みたくてちょっとだけベッドに横になったら……目覚めたのは真夜中の12時半でした。
ヒヴァ観光の“しめ”として、美味しいウズベキタン料理のレストランへ行くのを楽しみにしていたのに(泣)。
食事は朝4時半にタシケントのホテルのバイキングと、民族舞踊ショーの最中に軽く菓子をつまんだだけなのに(泣)。
ヒヴァ編はあと少しつづきます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- とんびさん 2012/12/19 06:52:45
- ジュマモスク
- 木の柱が印象的です。木の少ないところなのでどこから木を運んできたのかなとか思っていました。外が暑かったので、涼むためにほかのところよりも長く滞在したこともよく覚えています。
- まみさん からの返信 2012/12/19 08:36:38
- RE: ジュマモスク
- とんびさん、こんにちは!
とんびさんがお出かけになったときは真夏ですよね! 灼熱の真夏!
この9月の中央アジア旅行中はヒヴァが一番暑かったです。
9月ですら、あんなに暑かったのに。。。
私は前の旅行記のパフラヴァン・マフムド廟での方が、絨毯の上に寝れたので観光しながら休めました。
沙漠のオアシスの国なのに意外に木材は多く使われていますよね。昔はもっと手に入りやすかったのかな。
それともこれぞ豊かになったヒヴァが金にあかせて取り寄せることができた資材なのか。。
> 木の柱が印象的です。木の少ないところなのでどこから木を運んできたのかなとか思っていました。外が暑かったので、涼むためにほかのところよりも長く滞在したこともよく覚えています。
-
- eahawkさん 2012/12/18 13:28:20
- う〜ん
- 空の色が冬と違って羨ましいです。
自分が行ったときの写真と見比べてみたのですが、光のパワーが全く違いますね。
それと、かなり前の旅行記にもコメントしたのですが、同じ街に滞在したのに街の見え方や見方が本当に違いがあって楽しかったです♪
ヒヴァ、私がリベンジしたくなりました(笑)
eahawk
- まみさん からの返信 2012/12/19 08:33:52
- RE: う〜ん
- eahawkさん、こんにちは。
はい、空が青いのは嬉しいですよね〜。
やっぱりウズベキスタン旅行はこの時期が旅行に絶妙なシーズンかな〜と思いました@
一度しか行かないかも、と思うとベストシーズンであったのが嬉しいです。
eahawkさん、ぜひリベンジしてみてください@
> 空の色が冬と違って羨ましいです。
> 自分が行ったときの写真と見比べてみたのですが、光のパワーが全く違いますね。
>
> それと、かなり前の旅行記にもコメントしたのですが、同じ街に滞在したのに街の見え方や見方が本当に違いがあって楽しかったです♪
>
> ヒヴァ、私がリベンジしたくなりました(笑)
>
> eahawk
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