2012/09/10 - 2012/09/10
237位(同エリア360件中)
まみさん
2012/09/10月 ウズベキスタン航空でウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ&ヒヴァ観光
・ホテル(ムハンマド・アミン・ハン・メドレセ)とカルタ・ミナルの外観を眺める
・西門(オタ・ダルヴァザ門)で共通券を購入
・キョフナ・アルク(古い宮殿)(共通券)&テラス(別料金)からの眺望を楽しむ
・ムハンマド・ラヒム・ハン・メドレセと内部の小さな博物館(共通券)
・スザニセンター見学(無料)
・パフラヴァン・マフムド廟(別料金)
・イスラーム・ホジャ・メドレセ(共通券)&ミナレットに上る(別料金)
・ジュマ(金曜)・モスク(共通券)(ミナレットには上らず)
・アラクリ・ハン・メドレセで伝統舞踊ショーを見る(5ドル)
・タシュ・ハウリ宮殿(共通券で入れるはずだが閉館時間になっていたのでちょっとだけ)
・東門(パルヴァン・ダルヴァザ門)と城壁沿いの散策
・ドスト・アリムジャン・メドレセ(無料)
(ホテルに戻ったあと疲れてうたた寝してしまい、夕食スキップ)
【ヒヴァ泊:ホテル・オリエント・スター(Orient Star)】
※夜中の1時半~2時まで旧市街の夜景散策
ヒヴァで眺望を楽しみたいけれど、ミナレット(塔)に上るのは、一ヶ所でいいと決めていました。
ミナレットの階段は、明かり取りの窓が少なくて暗く、段差がすごくあってきつい階段なのです。
旅行前にネットで旅行記をチェックしていたら、ミナレットに上ったことで、翌日筋肉痛になったという人がちらほら。
だから、一ヶ所くらいはがんばりたいけれど、あちこちでがんばらなくてもいいや、と思ったのです。
一ヶ所選ぶなら、ヒヴァで1番高いというイスラーム・ホジャ・メドレセのミナレットがいいです。
ところが、なにが原因かよくわからないのですが、私の太ももは、ミナレットに上る前から、とっくに筋肉痛でした。
平らなところを歩いているときには気付かなかったのですが、階段は筋肉痛の鬼門です。
キョフナ・アルクのテラスに上るとき、さほどきつい階段ではなかったのに、すでに「ひーひー」と口元で小さく悲鳴を上げながら上るハメになりました。
実質、旅行初日なのに、情けないやら、この先が不安になるやら。
なので、イスラーム・ホジャ・メドレセの前に入ったパフラヴァン・マフムド廟では、すばらしい内装を鑑賞したり写真を撮るのに、靴をぬいで、少しひんやりとした絨毯の上でぺたんと座りながらやれて、ほっとできました。
すばらしい天井は、首をそらして見上げるのではなく、仰向けにごろんと寝転がって眺めてもいいです。
フランス人の女性2人組の旅行者が、「気持ちがいいわよ、あなたもやったら?」というので、私もごろんと寝転がりましたが、起き上がれなくなりそうでした(苦笑)。
まだ観光を始めたばかりなのに。
それもこれも、今朝はタシケントからウルゲンチ行きの朝7時発のフライトに乗るのに朝3時半に起き、しかも前夜、タシケントに到着し、ホテルにチェックインできたのは23時すぎ。
シャワーを浴びたり、必要最低限の洗濯物をしたりしていたら、睡眠時間は3時間もとれず、日本からのフライト疲れは解消していませんでした。
それなのにヒヴァ最寄りのウルゲンチ行きのフライトは、どうも団体客の乗り継ぎを待つために(怒)、なんの説明もなく(怒々)、2時間半も遅れたのです。
詳しくはこちらのブログのこの記事にて。
「中央アジア3カ国旅行~ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン~より帰国!───フライトの話」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2012/09/post-db91.html
イスラーム・ホジャ・メドレセのチケット売り場の女性は、観光客である私を見かけても、キョフナ・アルクの女性のように積極的に宣伝しようとはしませんでした。
逆に「ホントに上るの?」と覚悟を伺うような(!?)様子をちらっと見せました。
女性は、途中まで真っ暗だから気を付けて、グッドラック、と声をかけてくれました。
私は手荷物をできるだけまとめ、手にしたまま歩いていた一眼レフをカメラバッグにしまい、両手を空けてから上り始めました。
グッドラックどころか、筋肉痛がすでにひどかったので、一段一段両手をついて上りました。
そうでなくても、長い年月を経て、何度も上り下りした年季の入った石段ですから、表面がつるつるで、すべりそうでした。
人1人がやっと通れるような狭さなので、空いていて、私が時間をかけて上った前後も含めて他に観光客とバッティングしなかったのは幸いでした。
ミナレットに上ること自体は去年2011年のウズベキスタン旅行で経験済みなので、途中真っ暗だったり、ものすごい段差や天井の低さといった上りづらさに対するカルチャーショックめいたものはありませんでした。
小さな携帯用懐中電灯を持っていたものの、あまり使うことなく、真っ暗だったところでも手探りで上りましたが、覚悟していたせいか、明かり取り窓が出現して石段が見えるようになるまで、さほど長く感じませんでした。
ゆっくりゆっくり休みながら上り、他に誰も上り下りする人の気配がないのを幸い、明かり取りの窓からの景色もカメラに収める余裕がありました。
塔からの眺望は期待どおりで、上った甲斐があったと思わせるものでした。
ただ、上りよりも下りの方がもっとすべりやすく、恐かったです。
筋肉痛で段差のある階段で足を動かしづらかったので、まるで幼児のように一段一段ぺたんと座りながら下りました(苦笑)。
<2012年中央アジア3カ国旅行:簡易旅程>
9/09日 成田発~アシアナ航空でソウル仁川経由~タシケント到着
9/10月 ウズベキスタン航空でウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ&ヒヴァ観光
9/11火 キジムクル沙漠のカラ回り★
9/12水 ウズベキスタン航空でキルギスの首都ビシュケクへ&ビシュケク市内観光
9/13木 途中でブラナの塔へ寄りながら、イシククル湖へ★
9/14金 野外岩絵博物館&チョン・アクスー渓谷トレッキング★
9/15土 イシククル湖からビシュケクへ戻る&ショッピング★
9/16日 ビシュケクからカザフスタンのアルマトイへ陸路国境越え★&アルマトイ市内観光
9/17月 チャリン・キャニオンへのエクスカーション★
9/18火 アルマトイ市内観光~夜23時10分アシアナ航空で出国
9/19水 ソウル仁川経由 朝11時10分成田着
★印は車とドライバーとガイドあるいは車とドライバーを旅行代理店経由でチャーターした日
「ヒヴァは、首都タシケントの西約750km、ウルゲンチから南西に約35kmのアムダリヤ川下流のオアシスの町で、古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出入口として繁栄した。
四方を沙漠に囲まれながらもアムダリヤ川の肥沃なデルタ地帯であるホレズム地帯に人間が住み始め、農業を始めたのは、4000~5000年も前のことだから、この地帯の南の端に位置するヒヴァの起源もおそらくとても古いのだろう。ヒヴァは、8世紀には存在していたことが知られているが、当時はシルクロードからカスピ海、そしてヴォルガ川へと向かう脇道の小さな中継の町に過ぎなかった。そして、10世紀から14世紀にホレズム帝国の都、旧ウルゲンチ(今のトルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチ)が何度か全盛期を迎えても、ヒヴァは相変わらず脇役のままだった。
しかし、その後アムダリヤ川の水系が変わったためにヒヴァに都が移され、17世紀にはホレズムの政治、経済、宗教の中心地となった。
ホレズム随一のイスラームの聖都となったヒヴァの町は外敵の侵入をふせぐために外壁と内壁の二重の城壁で守られた。内側の城壁に囲まれた内城イチャン・カラには20のモスク、20のメドレセ、1969年には全体が「博物館都市」に指定され、1990年、ユネスコの世界遺産に登録された。観光客にとってヒヴァというときは、このイチャン・カラを指している。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011~2012年版)」より)
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヒヴァで1番高いイスルーム・ホジャ・メドレセのミナレットへ向かう
すっきりしたシルエットで、しましま模様が美しいミナレットです。 -
途中の街角で見つけた建物の扉に惹かれてパチリ
-
その前にパフラヴァン・マフムド廟を見つけたので
戻って来るというルートを取りたくないし、まだ時間があったので、イスルーム・ホジャ・メドレセの前に先にこちらに入ることにしました。
共通券では入れず、別料金で4,000ウズベキスタン・スム(約160円)。
(2012年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=約40円で換算) -
木彫り装飾の古い扉
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ドームが修復中らしい
「強者(パフラヴァン)聖人マフムドの墓 パフラヴァン・マフムド廟
メインストリートから南に行ったところにある霊廟。ここにはヒヴァの庇護者として尊敬されていた、パフラヴァン・マフムド(1247〜1326年)が眠っている。彼は毛皮職人であったが、同時に詩人であり、哲学者であった。そして、クラッシュ(ウズベキスタンの武道)の名手であったので、そこからパフラヴァン(強者)と名付けられた。
入口の木彫りの扉を入ると小さな中庭に出て、正面にはドームの霊廟、右には低い柱のアイヴァン、左には少し地味な霊廟が並んでいる。聖人のそばに葬られると来世で幸せになれるという言い伝えがあり、彼の墓のそばには、ムハンマド・ラヒム・ハンや14世紀から20世紀にかけて造られたハンの親族の墓もある。(中略)
中庭には泉が湧き出し、この水を飲むと男は強くなり、女は美しくなるといわれている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
黄金のひょうたん?
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中庭のテラスの屋根を支えるアイヴァン(彫刻による装飾が施された木柱)
-
中庭の聖なる井戸
この井戸が、男が飲むと強くなり、女が飲むと美しくなるというありがたい水が湧き出ているところだと思いますが、お腹をこわすのが心配なので飲みません。迷う余地なし。 -
中に入って入口を振り返る
旅行中、クロスフィルターを装着しっぱなしでしたから、シャンデリアと明かり取り窓からの光がフィルター効果でキラキラ@
「(前略)霊廟内(ここには靴を脱いで入る)は、一面鮮やかなターコイズブルーの彩釉タイルで覆われている。入って正面の墓石はムハンマド・ラヒム・ハンのもの。
左側の小さな部屋にある、より豪華な装飾が施された廟がパフラヴァン・マフムドのものだ。人々は格子の隙間からお札を押し入れ、マフムドの墓石に乗せて御利益を願うようである。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
一面すばらしいタイル装飾
「パフラヴァーン・マフムード廟
パフラヴァーンとはペルシャ語で英雄あるいは力士(レスリング選手)を意味する。パフラヴァーン・マフマード(1247〜1326)はその名の通り屈強な力士であると同時に毛皮職人であり、かつピラール・ヴァリという筆名を持つ詩人でもあった。マフマードの死後、その文武両道の英雄としての記憶は人々の間に生き続け、次第にヒヴァを守護する聖者とみなされるようになる。さらに、その墓石についても子宝を授ける力があるなど様々な霊験が伝えられ、多くの巡礼者を集めてきた。
廟内に入って左手にある小部屋がマフマードの墓で、格子越しに寄付のお金が入れられている。敷地内には他にも霊廟が見られるが、これは1810年から20年近くかけて築かれた代々のハーンの墓所。中央アジアやイランでは、権力者が霊験を求めてこうした聖者廟のそばに墓所を設ける場合が多いが、これもその一例だ。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
壁と同じテイストの装飾が施されたムハンマド・ラヒム・ハンの墓石
ムハンマド・ラヒム・ハンは、「政治的な力量はともかくとして、フェルーズの筆名で多くの詩を残し、またグランドピアノを宮廷に持ち込むなどヨーロッパ文明に対しても柔軟な態度を示した」(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)というハンです。
ムハンマド・ラヒム・ハン・メドレセ内の博物館に彼本人の写真がありました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/27485066/
関連の旅行記
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜第2日目(1)ヒヴァ:ついにリベンジできたヒヴァはハイシーズンなのに思ったより閑散としていて〜キョフナ・アルクでいにしえの城塞とヒヴァの眺望を楽しむ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10733119 -
八角形の美しいドーム天井
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壁のタイルの中に混ざったアラビア文字のタイル
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ぽつんとあそこだけ2つ、アラビア文字のタイル
「(前略)建物それぞれの様式は、時代によって大きく異なる。本来ホラズム地方の伝統的な建築様式は、装飾にタイルを使わず、もっぱらアイワーン(部屋の入口に取り付けられる長い木柱で、屋内に影を作る役目を持っていた)部分の彫刻に限られた。それがヒヴァが経済的に潤い始めた18世紀末頃から、徐々にタイルや大理石の量が増え、19世紀半ばにそれが頂点に達した。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
マフムドの墓のある部屋へ
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出入り口の木枠にもしっかり装飾が施されて
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マフムドの墓の前室のシャンデリアと天井へ向かって
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マフムドの墓の前室のシャンデリアと天井
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マフムドの墓の前室と墓のある部屋との間の窓
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英雄マフムドの墓
近寄れず、小窓から覗きました。 -
前庭に出て、隣の建物へ
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こちらも美しい墓所
マフムドの霊験を求めた歴代ハンの墓所かと思いましたが、それらしきものは外にありました。
そっちの方までは回れませんでしたが、このあとに登ったイスラーム・ホジャ・メドレセのミナレットからは見えました。 -
美しい墓石
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路地から見えるイスラーム・ホジャ・メドレセのミナレット
今度こそはあのメドレセとミナレットに行きます。 -
途中のモロゾフ・シャリーフ廟(たぶん)
外観のみ写真を撮りました。
中に入れる様子はなさそうでした。 -
イスラーム・ホジャ・メドレセ〜全貌はとてもファインダーの中に収めきれず
メドレセには西門で買った共通券で入れました。
中は私好みの工芸美術館でした。
「ヒヴァで一番高いミナレットのあるイスラーム・ホジャ・メドレセとミナレット
ヒヴァの最後のハン、イスフェンディヤル・ハンの大臣のイスラーム・ホジャによって、1910年に建てられたもので、ヒヴァで最も新しい建物といえる。
イスラーム・ホジャは非常に進歩的な大臣で、ロシアをたびたび訪れ、得た知識を自国の発展に役立てようとしてヨーロッパ形式の学校を開いたり、病院、郵便局なども開き、橋や道を造って近代化した。非常に人気が出たため、ハンと聖職者たちの陰謀で殺害された。生き埋めにされたという。
メドレセはタイルで飾られた正面入口があるが、構造は対照ではない。中庭も大きくなく、囲んでいる1階に42の部屋があるだけ。2階があるのは入口の部分だけだ。広さは43×32.5m、中庭は23×20m。
ミナレットは、ヒヴァで一番高く45m、基底部の直径は9.5mだが、色タイルの模様のつけ方のためか、実際よりも高く見える。118段の階段があり、登ることができる。
ミナレットに付随しているメドレセには、民族衣装、キリムなどが展示されている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
まずはメドレセ内部の博物館を見学
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修復前の建物のオリジナル部分などの展示
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19〜20世紀の女性の服
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置物を置くくぼみがある美しい壁
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オタ・ダルヴァザ(西門)の模型(1938年)
実際のものとは全然似てないです。
1920年に赤軍によって開放された後に車道を通すために一端取り壊されたときの門でしょうか。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/27485008/
関連の旅行記
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜第2日目(1)ヒヴァ:ついにリベンジできたヒヴァはハイシーズンなのに思ったより閑散としていて〜キョフナ・アルクでいにしえの城塞とヒヴァの眺望を楽しむ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10733119
むしろ東門の方が似てるかな。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/27524463/
関連の旅行記
「2012年中央アジア旅行〜ウズベキスタン・キルギス・カザフスタン〜第2日目(3)ヒヴァ:ジュマ・モスクの静謐な雰囲気にスペイン・コルドバのメスキータを連想する&何気ない街角も絵になるヒヴァ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10734207/ -
メドレセ内の展示の様子
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ドームのあるモスクかメドレセが描かれたキリム
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キリムの模様は、今いるイスラーム・ホジャ・メドレセとミナレットかな
キリル文字でヒヴァと書かれてあります。 -
ブドウモチーフの私好みのデザインの壺
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イスルーム・ホジャ・メドレセが描かれた陶器の皿
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水差しとお盆とコップ一式〜イスラム式カトラリー
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中庭へ出たところ
中庭を囲む建物は1階建てで、キャラバンサライみたいだと思いました。 -
いよいよミナレットへ
ミナレット分の別料金を払い、これから上り始めようって直前に撮りました。
入口は狭いので、頭をぶつけないように気をつけなくてはなりません。
「地球の歩き方」によると、階段は118段あるそうですが、あの塔の中から勘定したものでしょう。
「イスラーム・ホジャのマドラサとミナレット
20世紀初めに大宰相を務めたイスラーム・ホジャは、当時ロシアの保護下にあったヒヴァで、イスラームに拠らない世俗的な学校制度の導入や、西欧式の病院の建設など、当時としては急進的な改革を行なった。しかしそれが保守派の反発を買い、1913年に暗殺されてしまう。これらの建物は生前の1908〜10年の間に建てられたもので、ヒヴァ最後の大建築となった。ミナレットは、先に行くほど細くなっており、高さ44.8mとヒヴァでは最も高い。これは別料金2,000Us(交渉次第で半額ほどに下がる)(注:2012年9月現在は3,000ウズベキスタン・スムでした。特に交渉はしていません。)で登れる。外壁は青や緑のタイルで帯状に装飾されている。マドラサ内には博物館があり、ホラズム時代から伝わる手工芸品、彫り物、金細工、宝石、本、絨毯などが展示されている。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
明かり取り窓もない真っ暗でとても段差のある石段
もちろん、フラッシュを使って撮りました。 -
小さな明かり取り窓が見えて来た
やっと、真っ暗な闇の世界が終わりました。
小さな明かり取り窓の存在は大きかったです。 -
ひと休みしながら
急ぐ必要はありませんでしたから。
後に続く者も、上から下りてくる者もいなかったおかげ。
こんな眺めを楽しみながら、ちょっとだけひと休み。 -
またまたひと休み
手前の建物は、このミナレットが所属するイスラーム・ホジャ・メドレセかな。 -
ミナレットの最上部分に到着
去年2011年のウズベキスタン旅行中に何ヶ所か上ったミナレットは、その最上部は人一人しかいられないような狭いところ───特に、かの有名なサマルカンドのレジスタン広場のウズベク・メドレセの塔は、向きを変えるのも一苦労なほど───でしたが、ここは数人くらいなら大丈夫そうでした。
壁にさまざまな国の観光客の落書きがみられます。いけませんね。
関連の旅行記
「2011年秋ウズベキスタン旅行第5日目(2)サマルカンド:レギスタン広場(前編)〜主にウルグベク・メドレセ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10697135/ -
イスラーム・ホジャ・メドレセのミナレットからの眺め
目の前に見える立派な建物は、たぶん、ジェルガジ・ハーン・メドレセ。
見学していないメドレセです。
彼方にはイチャン・カラ(内城)を囲む城壁のラインが良く見えました。 -
パフラヴァン・マフムド廟を中心に
修復中のドームが景観を損なっていて残念。
こうして上から眺めると、マフムドの霊験を求めて作られたという代々のハーンの墓所がよく見えました。 -
カルタ・ミナルとムハンマド・アミン・ハン・メドレセ(現在はホテル・オリエント・スター)
カルタ・ミナル、本当に堂々たる存在感がありました。
未完に終わって太い部分までしかないからこそ、なおさらなのかも。 -
ジュマ・モスクのミナレットがある景色・その1
町で一番重要なジュマ(金曜)・モスクです。
体力的・時間的にあちらのミナレットに上るのはあきらめました。
ジュマ・モスクにはこの次に向かいます。 -
ジュマ・モスクのミナレットがある景色・その2
右側にはアヴドゥーラ・ハン・メドレセが見えます。
民族舞踊を見たところ。 -
おそらく人々が住む街区(マハッラ)
上から見た限りでは、イチャン・カラ(内城)の城壁の内と外とであまり大きな違いはないように見えます。 -
モスクかな
-
マフムド廟の裏手の歴代のハン墓所を見下ろす・その1
お休み中のサングラスの男性はたぶん観光客ですね。 -
マフムド廟の裏手の歴代のハン墓所を見下ろす・その2
ぽこぽこドーム屋根がとっても可愛いです。 -
マフムド廟の裏手の歴代のハン墓所を見下ろす・その3
ぽこぽこドームに空気穴あり? -
ミナレットを下りる
下りの方が恐かったです(苦笑)。
滑りそうなつるつるの石段を、幼児みたいに一段一段ぺたりと座り込んで下りました。
早くも筋肉痛になっていたので、焦っても下りようとしても仕方なく。 -
ミナレットの螺旋階段を下りている途中
上の階段の床となっている天井の突起をしっかりつかみつつ、一段一段座りながら下りました(苦笑)。
このあとは、ジュマ・モスクへ向かいました。
つづく。
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この旅行記へのコメント (4)
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- eahawkさん 2012/12/18 00:42:52
- ここも懐かしい!
- まみさん
ヒヴァ、今思い起こしても現実世界でないような感じがします。
あのような場所に行けた事に感謝です。
しかし、どこのもそうですけどミナレットの中は本当に怖いですよね・・・
eahawk
- まみさん からの返信 2012/12/18 12:11:01
- RE: ここも懐かしい!
- eahawkさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
はい、私もいま旅行記を作成していて、ヒヴァは現実世界ではないような気分です。
寒さに震える冬に、真夏の世界。。ああ。
というのは冗談として。
ミナレットは、ほんと他に誰もいなくてゆっくり登れたのは幸いでした。
代わりに、ひとりごとを言いたくなるような静けさな中でした。
あんな階段を登っていると、まさしく外界と遮断された気分になりますよね。
> まみさん
>
> ヒヴァ、今思い起こしても現実世界でないような感じがします。
> あのような場所に行けた事に感謝です。
>
> しかし、どこのもそうですけどミナレットの中は本当に怖いですよね・・・
>
> eahawk
-
- 大目付さん 2012/12/17 20:37:08
- 綺麗な装飾
- 綺麗な装飾がされたミナレットですね。行く国によって形も装飾も違いますね。
〜大目付〜
- まみさん からの返信 2012/12/18 12:08:52
- RE: 綺麗な装飾
- 大目付さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
はい、このミナレットのしましまステキですよね!
私が初めて訪れたイスラム圏はチュニジアなのですが、ほんと、国によってミナレットの形も装飾もがらっと違っていて面白いです。
> 綺麗な装飾がされたミナレットですね。行く国によって形も装飾も違いますね。
>
> 〜大目付〜
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