2010/11/10 - 2010/11/11
13位(同エリア1197件中)
rinnmamaさん
- rinnmamaさんTOP
- 旅行記450冊
- クチコミ939件
- Q&A回答176件
- 911,040アクセス
- フォロワー254人
この旅行記のスケジュール
2010/11/10
-
作品・青いサーカス
-
シゃガール美術館「シアタールーム」
-
作品・ノアの方舟
-
シャガールの関連で「パリのオペラ座のシャンデリア」
-
電車での移動
ロンドンに帰る為、ニースからマルセイユ空港へ向かう
-
マルセイユ・サン・シャルル駅到着
-
飛行機での移動
マルセイユ空港からロンドン・ガトウィック空港に到着後、ロンドン市内へ移動
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
表紙の写真・ニースのマルク・シャガール美術館にて。シャガールブルーではないですが、こちらも素敵なシャガールピンク?
美術館の正式名称は「国立マルク・シャガール聖書の言葉美術館・Musee National Message Bibique Marc Chagall」というそうです。
「お断り・前回と同様日付け入りの写真は消失していますので、改めて整理する事はしないで、ビデオ映像を切り取りして、追加備忘録としました2022.6月」
とてもすてきな美術館です。お庭も素敵で少し散策しましたが、何故か写真がない。写真より圧倒的な存在感が有る絵画を、目の前で鑑賞出来ます。ニースにいらしたら、ぜひお立ち寄りください。
シャガールブルーも大好きですが、表紙の絵画の色目も見入ってしまいますよ。この美術館はフラッシュ無しなら、写真、ビデオ撮影可能です。また、日本語のガイドフォンも有ります(パスポートを預けますが)
最後に二―スを選んだのは、この美術館に来ないと見れない門外不出の17枚の作品が有るからです。
もちろん、ニースの街自体の魅力が有ります、最終的な決断は遠くても見たかったシャガール絵画でした。
当初、ヴァンスの教会に寄贈予定の作品でしたが、一部の作品のエロテックな表現が教会に合わないと拒否されたという。
1966年シャガールは17点の「聖書のメッセージ」をフランスに寄贈。この作品を元に建設を進めたのが当時の文化大臣「アンドレ・マルロー」
また、パリ・オペラ座の天井画もシャガールに依頼し、ニース氏が土地を提供し、1973年にシャガール86歳の誕生日に開館したそうです。
「シャガール」1887ロシア領ヴィテプスク(現ベラルース)で生まれたユダヤ人で、ロシア革命、第1次・第2次世界大戦と3つの大きな戦争を経験しています。
それ故に、平和と愛を切望する画家で、1941年第2大戦の勃発でナチスの迫害を避けて、アメリカに亡命。1947年にパリに戻り、1950年にニースへ、さらにニースから近い鷹の巣村Vence/ヴァンスに移り住み、フランス国籍を取得(以上、購入した美術本参照)
NICE VIKKE13:29----MARSEILLE16:01・長距離空港バス乗車にて空港
Marseille Airport 18:50--LONDON・ Gatwick Airport19:40
(GATWICK EXPRESS利用して30分位)???Victoria Ststion着。
二―スを後にして、マルセイユ空港に向かい、ロンドンのガトウィック空港に帰りました。(ブリティシユ・エアウエイズ利用)フランスの旅も何事もなく終了しました。
そして、翌日には約2か月のロンドン生活ともお別れです。お名残り惜しいですが、いよいよ日本に帰国・・・
色んな事が走馬灯の様に駆け巡りますね。。。。。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ブリティッシュエアウェイズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテル前の天使の湾を散歩・・
-
気持ちいいよね
-
11月ですので泳いでいらっしゃる方はいません
-
白波も綺麗~
-
マルク・シャガール美術館(11月10日の最後に訪問・閉館まで鑑賞)
シャガールによって寄贈されたコレクションを所蔵する美術館。
「行き方」
マセナ広場近くのMassena /Guitryからバス5番で約13分、Musee Chagall下車。
バスは高台にありますので行きはバス、帰りは住宅街を歩いて下ると約10分ほどで、トラムの通るジャン・メドサン通りに到着します。 -
入口の門。日付が入っている写真は、保存が無くなっているので私的には貴重。
-
庭園も素敵です。
ガイドフォンはパスポートが要り、日本語版もあります。何時も心配になりますが、仕方ないと預けます。時々、運転免許証でもOKの所もありましたが・・ -
マルク・シャガール。
-
シャガール美術館前で市内観光バスを待っていましたが、時間が過ぎても来ないので、歩こうと思ったのですが、歩いてきていないので方向が分かりません。
どうしようと思っていましたら、この女性の方に会いまして、駅の方向を尋ねましたら、私も駅に向かいますのでとご一緒して下さいました。
とてもチャーミングで素敵な方でした。
駅近くになりましたら、スーパーもこっちがいいよとか、教えてくださって^^
記念に写真をお願いしましたら・・にっこりと(*^^*)
一人旅での触れ合いは本当に慰めになりますし、写真を見て思い返してもホッコリします。有難うございました。 -
作品「青いサーカス」
-
作品「ダンスとサーカス」
-
「ダンスとサーカスの一部」ロンドンのテイトギャラリーにもあるようですね
-
拡大
-
作品
-
作品
-
作品
-
作品
-
作品
-
「La Rose Bleue/青のバラ・1964」メッスのカテドラルにあったものだとか。
メッスは駅に立ち降りただけですが、歴史がある駅構内です。
また、行けていませんが、ドイツ、マインツの教会にもシャガールブルーのステンドグラスがあります。 -
拡大・大好きなブルーに惹かれました。
-
追記編集写真・2015年に初フランス旅で心残りだった、ストラスブール旅に行きました。
その旅では立派なランス大聖堂にある、シャガールブルーのステンドグラスに出会えました。
ステンドグラスの説明書きも有ります(語学解読が出来ず‥残念) -
此処からはソロモンの雅歌をモチーフにした作品展示室です。
ソロモンの雅歌はソロモン王が書いたとされている「イスラエル王国第3代の王で、前960~922年ころ)
「Le Cantique des Cantiques l/ソロモンの雅歌・1960」146.5×171.5 cm. -
こんな感じで目の前で鑑賞出来ました(当時は・・今は分かりません)
-
「ソロモンの雅歌 Ⅱ・1957」139×164㎝。
右端は翼の生えたダビデ王が描かれている。
この部屋には、妻ヴィヴァに向けたシャガールのメッセージもあります -
「ヴィヴァへ、私の妻、私の喜び、私の歓喜」
マルク・シャガール。
2番目の妻ヴァランティーヌ・ブロツキーへの自筆メッセージ -
「ソロモンの雅歌 Ⅲ・1960」149×210。
下半分に逆さに描かれている街は、シャガールの故郷ヴィテプスク。
戦時中に亡くなった最初の妻ベラが、下の方に横たわって描かれている(日付けで顔が見えませんが) -
「ソロモンの雅歌 V・1965-55」150×266。
右側には故郷のヴィテプスク、左側にはエルサレムが描かれている。
左端はダビデ王の玉座だそうです。 -
絵画部分「ソロモン雅歌」
-
シャガールの銘。
-
シャガールの銘
-
「シアタールーム」
シャガールの希望で作られたコンサートホールのステンドグラス。
「シャガール作・人類の創造」天地創造の七日間が描かれ、右は最初の四日間からストーリーが始まるそうです。
シャガールの生涯や人柄に触れる映像が見れます。 -
下絵
-
下絵
-
下絵
-
手形
-
陶板
-
イチオシ
「The Creation of Man/1956-58/人類の創造」229×200.5㎝。
人類の創造は聖書のメッセージの作品群で一番最初に完成された作品。 -
下絵
-
「アブラハムと3人の天使」
-
「The Sacrifice of Lsaac/イサクの犠牲・1960-66」230×235㎝。
アブラハムが息子を犠牲にしようとした時に、天使が制止したという場面。 -
「律法の板を授かるモーゼ」
この石板に書かれているのが十戒だそうです。 -
「岩を打つモーゼ」
-
「天使と戦うヤコブ」
創世記・ノアの箱舟など旧約聖書を
モチーフにした17枚の大作。
17枚は門外不出です。此処でしか見られません。 -
「ヤコブの夢」
-
「Noah’sAek/ノアの方舟・1961ー66」236×234。
-
「ノアと虹」
-
「Paradise/楽園・1961」198×288㎝。
左にはエヴァの創造・右は誘惑が描かれている。
大きさを感じてほしくてビデオで鑑賞されていらっしゃる方を。あえて取り込んで写真にしてみました。
皆様、ガイドフォンを聞きながら、鑑賞されていらっしゃいます。 -
「Adam and Eve Expelled from Paradise/楽園を追放されるアダムとエヴァ・1961」190.5×283.5㎝。
-
?ですが、サーカスの風景のようですね
-
下絵
-
お土産の「天使の湾」
一時期ハマりまして買っていました(^^) -
お土産の葉書。
左/lllustration de la serie Le Ciditions Teriade,(detail)1967 。
右/La joile/ラ・ジョリー「1980」フランス語で可愛い‥と訳すらしい。 -
お土産の絵葉書。
ラウル・ディフィ・Raoul Dufy「オペラ座」1930年初期 -
2005年パリ・オペラ座でカルメン観覧。其の時の写真添付。私は見上げて写しているので、シャンゼリアの上の円形部分が見えていません。
以下の写真説明は「音と美が息づく場所」で写真家の若月伸一氏と、美術史家の中村潤爾氏の対談を引用させて頂いています。
お二人の対談は興味深く、途中には音楽も挿入されていますので、ぜひどうぞ。
「若月伸一」お二人共に存じ上げなくてネットですが、調べさせて頂きました。若月氏は色々な魅力的な著者が有りますね。1948年生まれとの事で同年代でした。1970年にヨーロッパに渡りフランス、イタリアで美術史やキリスト教学を学ぶ。
「中村潤爾・じゅんじ」1981年生まれパリ在住。
レンヌ大学で美術史を学び、2013年にリヨン大学観光学部でフランス政府公認ガイド資格取得。
以上、簡単なご紹介で失礼します。
「中央上部部分には☆☆雄牛の奏でるギターに合わせてカルメンが躍っている(赤と黄色部分)☆☆エウリディーチェがオルフェの竪琴を奏で、天使が花を贈る部分「グルック/オルフェとエウリディーチェ」なども描かれているそうです。 -
黄色い天使に花束をささげられたオペラ・ガルニエ。
青い背景は「ドビュシー/ペレアスとメリザンド」
もたれかかって髪をとかしているメリザンドと、窓から顔をのぞかせているペレアス。2人を見下ろすのは、王冠をかぶった老王アルケル
赤い背景は「ラヴェル/グスニスとクロエ」羊が放牧されているニンフの神殿の下に、海賊に襲撃された群集が描かれている。
上部には、守り神のバン神の首領ブリュアクシスを連れ去り、再開して愛し合うダフニスとクロエは半身つながって表現されている。 -
画面左端にはパリの象徴、エッフェル塔。
その右隣にバレットを片手にしたシャガールの自画像。
この右側の黄色の部分の上辺り・・
「ストらヴィンスキー/火の鳥」身体がチェロになった音楽の天使。その横の魔法の木には、火の鳥が見える。
黄色の部分は「チャイコフスキー・白鳥の湖」湖のほとりにいるのは、悪魔ロットばるとによって姿を白鳥に変えられてしまったオデット姫。
後のダンサーたちは「アダム・ジゼル」の娘達とまじりあう。 -
濃紺の背景に描かれているのは「ムソルグスキー/ボリス・ゴドゥノフ」
顔が真っ赤になった天使が空を飛び、その隣には緑で描かれたモスクワの街。
右側の白い部分。天使が花輪で飾られたモーツァルトの肖像画を指さす。
トリガ笛を吹いているように、テーマは「魔笛」 -
緑の背景、赤く照らされた凱旋門の左下、横たわり抱き合う2人は、「ワーグナー /トリスタンとイゾルデ」
此の中央辺りで抱き合うカップルは「ベルリオーズ/ロメオとジュリエット」
追加したオペラ座ですが、バレエを見に行きたいです -
此処からはロンドンに帰る為、ニースからマルセイユ空港に向かう車窓風景です。
セザンヌの「サント=ヴィクトワール山」を思い出す風景ですね。
当初の計画ではマルセイユ観光も入れたのですが、マルセイユはデンジャラスだと聞いて、スルーしてニース観光だけにして、マルセイユ空港からロンドンへ帰りました(マルセイユをニース空港には変更せず)
ただ、ここの航空券は1日前倒しに買い直して、ロンドンに帰りました(エージェントスタッフさんから、帰国日の移動は予期せぬトラブルが有ったら危険と、アドバイスがあった為) -
ニースからマルセイユまでの車窓も面白かった。
山々の景色が次々変わりますが、長閑で良い所です -
日本のメーカー名も。
-
マルセイユの学友からヴィヤベースの名店を教えてもらったのになー。
どこかに記録有ると思うけど。 -
イチオシ
ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院。
港町を見守っている寺院。
魅力的な町ですが、今回はスル―。 -
マルセイユ・サン・シャルル駅。
丘の上にあります -
イチオシ
天を仰ぐ~~(*^^*)
-
立派なライオンです
-
駅からの眺め。
ここを下って、上がってくるのも大変そう。
でも、歩いて散策してみたい街並みでしたよ^^ -
マルセール・サン・シャルル駅。
やはりここにも、警察官がホーム上にいました。 -
バスチケット
-
こんなチケットも残してありましたので^^
-
空港で最後にお土産・・ラベンダーが中に入っていましたので、今も色々な香料を入れて楽しんでいます(10年以上経つのに、色褪せも可愛いソバカスが薄くなったくらい^^)
来月の北海道の富田ファームでラベンダーを買って、入れようと思っています(^-^) -
マルセイユ空港からロンドンのガトウィック空港にむかいました。
ここは、ガトウィック空港からヴィクトリア駅に向かうガトウィック・エキスプレスへのモノレール乗り場。約30分でヴィクトリアへ。
ヴィクトリアからラッセル・スクエアーまで。
ロンドンに到着したら、ホッとしました。
わが家に戻った感じだった事は、今でも記憶に残っています。
本当に無謀にも一人で急遽向かったフランスだったので、気が張っていたんでしょうね~。
こうして、フランスへのバカンスも終了。いよいよ、明日は日本に帰国です。
もう、この時点で充電切れだったみたいで、この後の写真は無い。
ホテルはネット検索しても寝るだけにしては高額だったので、レ-ルパス購入後、ピカデリーにあったHIMで相談してみたら、確保してある部屋があるからと、お値打ちに予約できた。最後は日本語対応できる会社を頼って良かったと思いました。
翌日はエージェントさんに、お土産持参しながら、お礼のご挨拶に行き、預かって頂いたトランクなどを引き取って空港に向かいました。
本当に今思い出しても、良く行ったな~と我ながら思います。
最後はUKの思い出の備忘録2編へ続きますが、コロナ禍で暇だったお陰で、10年前の思い出の地・UKの旅行記を手直し出来て、幸いでした。 -
おまけ・夫が丹精込めたニンニクを黒ニンニクにしました。夫がね(^.^)
第1弾ですが、美味しく出来ました。 -
「更におまけ」
日本にも残して置きたい物がありますよね。
今、羽織を点検中です。
昔の羽織の意匠は眺めているだけで、しあわせ^ ^
この1枚の布に色々な技が織り成されています。
今は道行なるものを羽織ってしまい、羽織は隅に追いやられていますが、将棋の棋士さん達の装いで見直されるといいですね。
藤井聡太棋士の着物姿も板についてきましたね。お名前を存じあげないですが、何時も触ってみたいなと思う無地着物を、さらりとお召しになられる方がいらして、あ~素敵と思います。 -
此処だけでも、色々な技が詰まっていますね。
この技術は私にはわかりかねますが、見惚れるんです。アップするのは、お一人様でも共感して頂けたらと^ ^。。マニアック過ぎますかね? -
羽織。絹布も大好きです^ ^
この当時の絹は正しく日本製です。
どうしてもタンスに入れっぱなしですと、湿気などで痛みもでます。
私は高価だろうが、安価だろうが、タンスの肥やしにしたくないので、どんどん着ています。
とは言っても、娘はともかく孫に着物を作る財力無いので、私の絹物は残せるように、着た後の養生はしています(残しても着てくれるか分かりませんが) -
こちらも素敵ですし、凄い!
黒絵羽ですが、手刺繍が細かくて、グラデーションも見惚れますよ。絞りも細かくて。。
岐阜のおばあちゃまからですが、羽裏も素敵なんです。絵画を見ているみたいに癒されます(^^)
今、裏地が醜かった黒絵羽を、意匠が素晴らしかったので残して置きたくて、長い道中着に仕立て直ししてもらっています。
出来上がるのが待ち遠しくて・・ -
私も刺繍をしますがレベルが違いすぎますね。
日本刺繍は細い絹糸なので、技術プラス手間隙が掛かります。
着なくても手元に残して置きたい羽織です^ ^ -
オシャレでしょう^ ^
前の黒絵羽の羽裏です。こんな素敵だと特注品かな~ -
母が持たせたくれた、私の黒絵羽は手書きです。
子供の小学校入学式時に羽織っただけ・・
でも、大事に取ってあります。
呉服屋さんが未だ若いから、これ位華やかなのが良いと、おっしゃった事は覚えています。
私は成人式の着物から、基本的に自分好みを押し通したけど、フォーマル着物はマナーがあるかな?と、素直に聞いたんです。でも気に入ったから、仕立てて頂いたんですけどね^ ^
皆様も是非、お持ちの着物をお召しになって下さい -
6月19日。遂に梅漬け完了^ ^
紫蘇を揉んで梅に乗せて、このまま梅雨明けを待ちます。5キロ漬けたので、来年はスルーかな?
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
rinnmamaさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
81