2012/10/08 - 2012/10/21
1126位(同エリア1797件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7577冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 7,356,128アクセス
- フォロワー41人
横浜市栄区田谷町に鎮座する田谷御霊神社の創立年代は不詳ではあるが、藤沢市宮前に鎮座する村岡御霊神社を分霊している。村岡御霊神社は、村岡総鎮守として県内16社の分社があり、また、他に9社がある。その9社のうちの一つがここ田谷御霊神社である。祭神は鎌倉権五郎景政である。
天保5年(1834年)銘の社殿の棟札が現存し、この年に再建されたとされる。
今回、2度ほど参拝したが、社殿の一部銅版を葺き替え中であった。字十三塚に鎮座しているが、鎌倉幕府の滅亡とも小田原城陥落とも伝わる十三塚伝説の後に鎮座したのかも知れない。隣にある定泉寺には田谷の洞窟と呼ばれる瑜伽洞(ゆがどう)があるが、これは平安時代末には掘られていたとされる。また、田谷郷が鎌倉幕府の鬼門の方角に当るとして社殿を建立したとする伝承もあるようだが、八幡宮ではないのでそれはあたらないであろう。
神社から定泉寺裏山に通じる山道があるが、このあたりは四方竹の竹林となっている。鎌倉中ではない鎌倉在郷で四方竹の竹林を見るのは初めてのことだ。丁度、筍が生えてくる時期でもあった。
(表紙写真は田谷御霊神社拝殿)
-
田谷御霊神社の鳥居。一の鳥居は石造だ。
-
「村社御霊神社」の社号標石。
-
境内に香る金木犀の木。樹齢50年あまりといったところで戦後に植えられたのだろう。なお、定泉寺奥の谷戸の山すそに陶郷(すえのさと)と呼ばれる陶・ガラス工房があるが、そこの金木犀の木は古木・巨木である。そこに芽吹いた金木犀の苗木を移し変えたものであろう。
-
2の鳥居。
-
2の鳥居。朱塗りの鳥居だ。
-
「支那事変 大東亜戦争 忠霊碑」。
支那事変(しなじへん)とは、昭和12年(1937年)から始まった日本と中華民国の間で行われた長期間かつ大規模な戦闘である(ただし、両国とも宣戦布告を行わなかったため事変と称する)。
大東亜戦争とは第二次世界大戦(太平洋戦争)(昭和16年(1941年)〜昭和20年(1945年))のことである。 -
「明治参拾七八年 戦役 凱旋記念碑」。
日露戦争(明治37年(1904年)〜明治38年(1905年))では、東郷平八郎が率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を日本海海戦で撃破して勝利した。明治三十七八年戦役といわれていた。
五霊神社(戸塚区汲沢町)には凱旋記念で狛犬が奉納されていた。 -
境内の銀杏の木。樹齢50年あまりといったところか。
-
狛犬。
-
狛犬。
-
狛犬の台座には「大正十二年 四月吉日 戸塚町 石井」と刻まれており、関東大震災直前の4ヶ月前に奉納されている。
-
田谷御霊神社拝殿。
-
田谷御霊神社拝殿。
-
狛犬。
-
境内の大木。
-
天照皇大神と日吉社。真ん中には石祠が。
-
拝殿屋根の修理。
-
拝殿と後ろが本殿。
-
古木の根本に祠が。
-
祠がある古木。
-
定泉寺裏山に通じる山道。
-
「申子神社」。
-
定泉寺裏山に通じる山道に生える四方竹の筍。
-
手水鉢。金木犀が咲く前に来た時には彼岸花が置いてあった。
-
狛犬。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
25