2012/09/27 - 2012/10/04
1133位(同エリア4541件中)
mistralさん
- mistralさんTOP
- 旅行記284冊
- クチコミ23件
- Q&A回答19件
- 387,441アクセス
- フォロワー111人
9月30日、日帰り旅行でドレスデンから戻ってきました。カレル橋の近くで降ろしていただいたので、そのまま夕闇が迫ってきたカレル橋を歩くことにしました。
夫にとっては初めてのカレル橋。私はといえば、カレル橋は以前歩いているので、今回は先延ばしにしてありました。
1357年、カレル4世の命令で石橋の建設が始まりました。27歳の建築家、P.パルレーシュが約60年の歳月を費やし、全長約520mの大規模な橋を完成。当時はヴルタヴァ川の東西を結ぶ唯一の橋であり、歴代王の戴冠式の行進が行われたことから「王の道」とも呼ばれました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旧市街側の橋塔側から橋に入ります。
橋と同じくP.パルレーシュによって建てられたゴシック様式の建物。
外壁の紋章や守護聖人の塑像は、14世紀のボヘミアン・ゴシック様式の最高傑作とのことです。 -
橋の上は夕方にもかかわらず、相変わらずの賑わいです。
-
カレル橋の欄干には両側に15体づつ、計30体の聖人像が並んでいます。
この像は古いもので17世紀、多くは18〜19世紀になって付け加えられたそうです。
最初あったのは木製の十字架のみで、その向かいの突起の部分の広場が処刑場として使われていたそうです。 -
中央部分、聖ネポムツキー像の前では沢山の人々が立ち止っています。
記念写真撮影の順番待ちの列さえあります。
ネポムツキーはヴァーツラフ4世の時代、宮廷の司祭となった人物ですが、王妃ソフィアの懺悔の内容を明かすようにという国王ヴァーツラフ4世の命令を拒否したために川に投げ込まれ殺害されたといわれています。
その姿を触ると良いことがあると伝えられていて、通りすぎる人が足元を触っていくようになり、ピカピカと光るようになりました。 -
カレル橋はカンパと呼ばれる中洲の上を通ってプラハ城のある側のマナー・ストラナへ達します。橋から右側を見ています。
-
-
マナー・ストラナ側の橋塔です。
-
橋から左側のカンパの眺めです。
-
今日は橋の終わりまで行って、再び旧市街側へ引き返すことにしました。
折からお月様が上り始めました。満月のようです。 -
-
-
-
-
夕焼けをバックにした聖クリストフス像(?)
-
-
一際大きく聳えているのがプラハ城です。
-
プラハ城がシルエットとなって浮かび上がってきました。
-
-
-
-
-
-
橋の上の人の往来はまだまだ絶えることがありません。
-
旧市街広場まで歩いてきました。
時計台の見えるカフェに入り、夕食をいただきました。
ライトアップで浮かび上がっているのはティーン教会。 -
-
その夜はどこからも、煌々と輝く満月が見えました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
mistralさんの関連旅行記
プラハ(チェコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
26