2012/09/27 - 2012/10/04
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mistralさん
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9月28日(金)、今日は一日街歩きをしようと決めていました。
友人が貸してくださった「プラハ歴史散歩」という本をお供に、アールヌーヴォーの建築を巡ってみるつもりです。
昨日地下鉄に乗ってみましたが、どうやらホテルの立地が良いせいか、プラハそのものがコンパクトな街のためか、目的の建物は徒歩で十分回れるところに点在していることがわかりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝食は定番となっているビュッフェスタイルです。
個人旅行をしていると、朝はしっかり食べて一日のエネルギーを補給しておこうと思ってしまいます。 -
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食事をしながら、窓越しにきれいな建物が目につきました。
ちょっとしたカンが働きます。
もしかしたら、「ヴァーツラフ広場12番の美しい建物」がそれかもしれない・・と。 -
多分舗道から見上げたら全体は見えないかもしれません。
街路樹が繁っていて、下のほうはあまりよくわかりませんが、アールヌーヴォーらしいデザインが樹木の間から見えています。 -
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ホテルの部屋からも真正面に見えています。
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舗道に降りてみて12番の番地を確認、ペテルカ館という名前で呼ばれていることがわかりました。
J.コチェラのプラハにおける最初の作品で、店舗と住居の複合建築、花をモティーフにした化粧漆喰や鋳鉄による控え目な窓装飾があるとのこと。 -
コチェラはプラハの建築家や建築専攻の学生に圧倒的人気があるとのこと。
1894年から3年間、オットー・ヴァーグナーの主宰するウィーン美術アカデミーでアール・ヌーヴォーやセセッションの建築を学び、イタリアではルネッサンス建築を学び、1898年プラハ美術工芸学校の教授となった人です。
フランク・ロイド・ライトやマッキントッシュにも関心を抱き、閉鎖的なプラハの建築界に新風を吹き込んだとのこと。
広島の原爆ドームを設計したヤン・レツルも彼の優秀な弟子の一人だそうです。 -
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門扉のデザインもきれいですが、残念なことに下半分にはスプレーでいたずら書きがありました。
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隣接している建物も存在感がありますが、詳細はわかりません。
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ヴァーツラフ広場を国立博物館に向かって歩いていきました。
次々ときれいな建物が現れます。 -
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スメタナホールでのコンサートのティケットを Ticket Pro を通して申し込んでいました。ティケットに交換するために現地オフィスに向かいました。
オフィスの入っているビルは「ルツェルナの館」と称される建物のようです。 -
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中央ホールに近づくと、逆さに吊るされた馬が目に入ってきます。
馬にまたがっているのは聖ヴァーツラフ像です。政治には常に批判的な目を向けようという意味の現代彫像だそうです。 -
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更に進むと「ホテル・エヴロバ」がひときわ目立って見えてきます。
1906年建設、プラハ・アールヌーヴォーの最盛期の建物。
設計はベドジッヒ・べンデルマイエル。
草花のモチーフと幾何学模様を繰り返し、ゴールドも多様しています。
右隣の細い建物、ホテル・ガルニもきれいなアールヌーボーでした。
設計はアロイス・ドゥリアーク。 -
エヴロバとはヨーロッパの意味です。
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ファサードがとてもきれいです。
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プラハの春の重要な舞台となったヴァーツラフ広場は中央分離帯を挟んで両側に車道があります。
社会主義時代の1968年8月、ワルシャワ条約機構に属する5か国の軍隊が突然チェコスロヴァキアに侵攻。ヴァーツラフ広場にソ連の戦車が並んだそうです。プラハ市民はソ連の軍事介入に抗議して、聖ヴァーツラフ像の前に座りこみ、その時以来ここは自由化運動の象徴となったとのことです。 -
聖ヴァーツラフ騎馬像。
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この銅像の足元で1969年1月、ヤン・パラフという21歳の青年がソ連軍の侵攻に抗議して焼身自殺を図ったとのことです。抗議の意志を示す為の決行者を、パラフとその仲間たちはクジ引きで決めたということで、自分の行動を真似しないようにという遺書を彼は残しましたが、その後も祖国の為に殉教するものが何人かでたとのこと。
ここにはパラフの他に、もう一人の写真と亡くなった日付が記されていました。 -
正面に佇むのはネオ・ルネッサンス様式の国立博物館。
1885年着工、設計はヨゼフ・シュルツ。
「ミッション・インポッシブル」の冒頭シーンのパーティー会場として登場した天井までの吹き抜けのホールがすばらしいとの説明があります。 -
パンテオンと呼ばれる中央階段ホールを見学しようと向かいましたが、
2015年まで改修工事の為クローズされているとの貼り紙が。
しかしコンサートが時々開かれるので、その折りには入場ができるということなので、急遽29日の vivaldi のコンサート・ティケットを購入しました。65歳以上のシニアにまけてくださり一人450コルナでした。 -
国立博物館を後にして、ヴォディチコヴァ通りを左折。
「ウ・ノヴァックの館」が見えてきます。
モザイクの壁画が遠目にも鮮やかです。 -
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窓の下に見えるのはかわいらしいカエルです。
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19世紀後半にネオクラシック様式で造られた建物を、1902年からオスワルト・ポリーフカが館のファサードをアールヌーヴォーに改築。
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モザイク壁画だけでなく、入口の扉やバルコニーの鉄細工がとても美しいものです。
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ユングマノヴァ通りには、1913年、コチェラ作の「ウルバーネックの家」があります。
音楽編集者、ウルバーネックの家で内部にはコンサートホールもあるとのこと。ここのホールでは1920年に、グロピウス、ロースやコルビジェなどヨーロッパ機能主義の建築家による講演会も開かれたとのことです。 -
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小型の煉瓦を細かく並べた手の込んだ造りの建物です。
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お昼近くにホテルに戻りました。部屋の窓から広場を見ています。
いつもにぎわっている広場ですが、当日は屋台がたくさん出ていて良い香りも漂ってきていました。 -
こんな空中に浮かんだような不思議な人がいました。(その後、あちこちで見かけました)
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昔の拷問の様子のデモンストレーションも。
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お昼に帰ってきた夫とともに屋台に行ってみました。
一際にぎわっている串焼きのお店。
パンにはさんでくれますので、一本買うと二人で十分なくらいの大きさです。 -
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(豚の?)丸焼き。切り分けたものを売っていました。
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クレープのお店。
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チーズを挟んで焼いたパイのお店。
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近くの建物の扉をくぐると、中庭に出ました。その周りには小さなお土産やさんのお店が。
背景になっているのは、教会の後ろ側の姿です。 -
飾り付けがかわいらしいですね。
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