2011/09/21 - 2011/09/21
590位(同エリア740件中)
まみさん
2011/09/21水 サマルカンド観光2日目
・ビビハニム・モスク見学(有料)
・ビビハニム廟見学(有料)
・シヨブ・バザールで買い物
〜ホテルで焼き立てサマルカンド・ナンを食べながら休憩〜
・シャーヒズィンダ廟群(有料)約2時間
・墓地散策
・ハズラティ・ヒズル・モスク見学&ミナレットからの眺望(有料)
・アート・カフェで夕食
・レギスタン広場の夜景撮影
・かなりしょぼかった、レギスタン広場の音楽とライトのショー見学
【サマルカンド泊:ホテル・アジア】
まずはシャーヒズィンダ廟群の裏手の墓地の写真から。
アフラシャブの博物館に行くのをやめて、シャーヒズィンダ廟をゆっくり回ることにしたので、せっかくなので奥にあった、いかにもソ連時代らしい墓地も散策しました。
墓石に顔が刻まれてたり写真付きなのては、ソ連時代の墓の典型だそうです。
ここ数年、旧ソ連圏を旅行してきて墓地散策をしてきたのに、そのことに気付いたのは、つい2ヶ月前のコーカサス旅行のときでした。
旅行人のガイドブックにもさりげなく書かれてありました。
「(前略)(シャーヒズィンダ)廟の奥から左手に進むと庶民の墓地に出る。墓石の意匠はソ連圏共通で、故人の顔や、日頃から大切にしていた物、職業にかかわるものなどが彫られている。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
ハズラティ・ヒズル・モスクは、アフラシャブ博物館の方に行けていたら、たぶん見学できなかったでしょう。
シャーヒズィンダ廟群へ行くのに、ホテルで中休みをとった後、シヨブ・バザールを抜けて向かったので、位置関係からすると、むしろその途中で寄るべきでしたが、帰りに寄ることが出来ました。
ただ、中に入ってテラスからの眺めを楽しんでいたときに、料金を徴収していた女性から、「ミナレットに上らないか」と誘われて、それが3,000スムでだいたい妥当だと思ったので、承知してついていったら、外に出てしまうことになりました。
もう一度戻るとしたらまた料金をとられるかもしれない、と思ったので、モスクの中は見学できませんでした。残念。
「テラスからの眺めは最高 ハズラティ・ヒズル・モスク
アフラシャブの丘を横切るタシケント通りの入口に建つモスク。以前この場所にゾロアスター教寺院があったが、アラブの侵略後、8世紀初めに最初のモスクが建てられた。その後、モンゴル軍によって破壊されるが、19世紀にブハラのハンによって再建された。
美しく彩色された木造のテラスは、バザールと町の様子を見渡すことができる格好の場所だ。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より)
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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ビビハニム・モスクの近くから眺めたハズラティ・ヒズル・モスクとシャーヒズィンダ廟群裏の墓地
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シャーヒズィンダ廟の入口に向かう途中で見えた、裏手の墓地
墓石の向きがばらばらなのが面白いです。 -
丘の上にある、見はらしのよさそうな墓地
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墓地のゲートもきれいで個性的
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墓石を見たくてズームしてみる
亡くなった人の顔が刻まれた、ソ連時代の典型的な墓石が並んでいるようです。 -
シャーヒズィンダ廟群見学中に見えた裏手の墓地
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シャーヒズィンダ廟群側から裏手の墓地へ向かう
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シャーヒズィンダ廟群の裏手の墓地の道
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一段と高いところに3つ並ぶ墓石
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埋葬された人の顔が刻まれた、ソ連時代の典型的な墓
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こういう墓もある
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墓石が立っていない、名前の石碑だけの墓もあり
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素敵なテラスがある、ハズラティ・ヒルズ・モスク
「スィヤーブ・バザールの向かいには、19世紀に建てられたハズラット・ヒズル・モスクがある。天井の装飾が美しい。レギスタン通りからグーリ・アミール廟へ向かう入口には、1380年に建てられたルハバート廟がある。これはサマルカンドでもっとも古い建物のひとつで、14世紀の聖者シャイフ・ブルハン・サガルジを祀るためにティムールが建てたものといわれている。方形の建物の上に、八角形、その上に円形(ドーム)がのる造りだ。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
ハズラティ・ヒズル・モスクへ
2006年にウズベキスタン大統領カリモフのお声掛かりで修復されたモスクだそうです。
入場料は4,000スムに写真代が2,000スム。
あとでミナレットに上るために、追加で3,000スム。
(2011年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=43.90円(約50円で換算)) -
軽快なかんじのタイルモザイク
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美しい模様の入口天井
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テラスとモスクの入口
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テラスの天井・その1
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テラスの天井・その2
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モスクの中には入り損ね
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テラスからの眺め・その1
少しズームしたところです。
巨大なビビハニム・モスクとシヨブ・バザールまでが見渡せました。 -
テラスからの眺め・その2
カメラのレンズを広角側にして撮りました。
左手にビビハニム廟のドームが見えました。 -
テラスからの眺め・その3───ビビハニム・モスクとシヨブ・バザール
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テラスの奥のミフラブ(祈りの向きのメッカの方向を示すくぼみ)とビビハニム・モスクの眺め
ここでモスクの中に入ろうとしたら、料金を徴収していた女性にミナレットに上らないかと誘われました。
3,000スムなら妥当だと思ったので、じゃあ先にミナレットに上ろうかと思ったら、外に出てしまうことになり、モスクに戻れませんでした(苦笑)。 -
ミナレットを見上げる
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ミナレット前からの眺め───ビビハニム・モスク
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ミナレット前からの眺め───シャーヒズィンダ廟群の一番高いところにあった墓
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ミナレットの階段を上る
ここは見事に真っ暗だったので、持参していたキーホルダータイプのミニ懐中電灯が役に立ちました。 -
ミナレットから眺めたシャーヒズィンダ廟群の奥の墓地・その1
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ミナレットから眺めたシャーヒズィンダ廟群の奥の墓地・その2
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ビビハニム廟と彼方に見える山々
サマルカンドは、南はザラフシャン山脈、東はトルキスタン山脈に囲まれていますが、そのどちらかな。 -
いまいるミナレットの影
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ハズラティ・ヒルズ・モスクの前の通り
行くのをあきらめたアフラシャブの博物館はこの通りの向こうかな。 -
一部は墓場となっていたアフラシャブの丘・その1
「モンゴル軍に破壊された旧サマルカンド アフラシャブの丘
見渡す限り茫漠たる丘が続き、枯れた大地にラクダ草のみが根を伸ばす。現在のアフラシャブの丘は生命感のない土の塊となっているが、モンゴルによって徹底的に破壊される以前、何世紀もの間、サマルカンドの町はこの丘の上に営々と築かれていた。発掘調査の結果、文化の痕跡が11層もの厚さで積み重なっているのが確認されている。
アフラシャブの名は、伝説の最初のソグド王から採られたものだ。当時の町は城壁で囲まれ、4つの大きな門があった(サマルカンド市の歴史(アフラシャブ)博物館に丘のミニチュアの展示がある)。これらの門を通じて、サマルカンドはシルクロードと結ばれていた。はるか彼方から運ばれてくる物資や商人たちで、さぞやにぎわったことだろう。
東西の多くの旅行者や学者が記録を残しているが、当時のサマルカンドは、道が舗装され、水道が各家庭に延び、緑にあふれた「人間が見たなかでも最も美しい眺めのひとつ」を作り出していたという。大きな鉛管で引かれる大量の水が、それを可能にしていたのだった。モンゴル来襲のあと町がうち捨てられた理由は、生命線であったこの給水システムを破壊されたことにあるらしい。
丘の北東の角には、シタデル(城塞)の跡がはっきりわかる形で残っている。宮殿の有名な壁画もここで発掘された。
丘へはハズラティ・ヒズル・モスク横の墓地、あるいはサマルカンド市の歴史(アフラシャブ)博物館裏から上って行くことができる。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
一部は墓場となっていたアフラシャブの丘・その2
「アフラースィヤーブの丘
旧市街の北の方にある丘で、紀元前10世紀から13世紀までのサマルカンド市街があった場所。1220年のモンゴル軍の侵入によって都市としてのインフラ、特に給水施設が破壊され、完全に遺棄されてしまった。遺跡は各時代ごとの城壁4つに囲まれた広大なものだが、目に見えて残っているものはほとんどなく、ひたすら荒れ地が続くだけ。ただ、北端にある城砦跡はほぼ分かる形で残っており、その辺り一帯が紀元前3世紀にアレクサンドロス大王が征服した当時のサマルカンドであるといわれている。1958年より調査されているが、まだ全体の一部しか解明されておらず、これからの調査が期待される。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
サマルカンド2日目の昼の観光はこれで終わりです。
あとは、ホテルに戻る途中、タシケント通りのアート・カフェで軽く夕食をとっていったんホテルに戻り、夜はレギスタン広場の光と音のショーを見に行きました。
10ドルも(賄賂を)支払わされたりには、非常にしょぼかったショーを。
つづく。
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