2011/09/20 - 2011/09/20
505位(同エリア729件中)
まみさん
2011/09/20火 サマルカンド観光1日目
・コシュハウズ・モスク見学
・レギスタン広場(有料)約2時間
ウルグベク・メドレセ:ミナレットからの眺望&冬のモスク見学
ティラカリ・メドレセ:黄金のミフラブと昔の写真など
シェルドル・メドレセ
・チャイハナ風レストランのラビ・ゴールでランチ
・アイニー博物館(ブハラ生まれのタジク人文学者の家)見学(有料)
・アミール・ティムール廟見学(有料)
・ルハバッド廟(有料)&中庭の工房2ヶ所見学
~新市街のウニヴェルスィチェッティ大通り~ナヴォイ通り~
・郷土史博物館(有料)
~バスでレギスタン広場に戻る~
・レストラン・レギスタンで、天蓋テント風の座敷席で夕食
~レギスタン広場の夕景を長めながらホテルに戻る~
【サマルカンド泊:ホテル・アジア】
晴れろ、晴れてくれ、と念じてました、サマルカンド1日目、私がレギスタン広場を見学するときに。
そして、願いが叶って絶好調の空模様でした。
雲一つない青空よりも、ドラマチックな白雲が空を舞っている姿こそが私の理想。
レギスタン広場の3つのメドレセの背景として、これ以上ないってくらいでした!
───おかげで、せっかくの展望ポイントの前に、仮設舞台用の緑の鉄筋の座席が組まれていた無粋さのショックから、だいぶ立ち直れました。
そんな無粋な様子はこちらです。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/26269607/
関連の旅行記
「2011年秋ウズベキスタン旅行第5日目(1)サマルカンド:プロローグ~かの有名なレギスタン広場に向かう前に、ホテルの近くのコシュハウズ・モスクを見学」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10696703
写真や絵を眺めて、自分も撮れるんだと楽しみにしていたアングルが、このせいで台無しでした。
でも、あの展望ポイントからだと、誰が撮っても似たような写真になったでしょう。工夫せざるを得なかったのは、良かったと言えるかもしれません。
負け惜しみ? いや、前向き志向!!
広場を三方から囲むメドレセは、時間帯によってどれかが逆光になってしまうのは仕方がないですが、空にたくさん雲が散り、太陽の光が強すぎなかったのは幸いでした。
午前中は、向かって右のシェルドル・メドレセが逆光でした。
でも、レギスタン広場の3つのメドレセの見学にたっぷり2時間もかけたので、見学が終わる頃には太陽の位置も変わっていて、シェルドル・メドレセもだいぶ撮りやすくなっていました。
3つのメドレセは、古い順に見学することにして、入場料を払った後、まずはウルグベク・メドレセに入りました。
天文学に寄与したティムールの孫ウルグベクにちなんで、正面ゲートの星形のモザイクが特徴的なメドレセです。
そしてガイドブックや旅行記にあったように、個人客を狙って、「ミナレットに上ってみないか」という勧誘の声もかかりました。
ぜひ上りたいと思っていたけれど、求められるのは正式な入場料ではなく、賄賂同然のはず。だから、負けてもともと、でも後に続く日本人のためにも(!?)、言い値で払わないようにして、10ドルを9ドルまでまけさせました。
ささやかな達成感!?
ただ、ミナレットは、上ってみて、好奇心は満たされましたが、一度上れば充分、賄賂を払ってまで2度と上りたいと思えるところではありませんでした(苦笑)。
狭くて身動きがとれないのです。
それに、ミナレットは、東京タワーとかスカイツリーとかエッフェル塔並みの高さがあるわけではないので、眺望といっても限度があります。
どうやらそういうところから見られるのと近いものを無意識に期待していたらしい私(苦笑)。
レギスタン広場の見学に2時間もかけただけあって、写真をたくさん撮りました。
ちょっとずつアングルを変えるだけでも、飽きずにシャッターを切りたくなったからです。
なので、レギスタン広場の旅行記は前後編の2つに分けました。
この旅行記は、レギスタン広場全体と、ミナレットも上ったウルグベク・メドレセの写真がメインです。
奥の冬のモスクには、ウルグベクに関する資料の展示室もありました。
英語解説はほとんどなかったので、よく分からないまま、ふんふんと眺めて終わりにするしかありませんでしたけど。
「3つのメドレセが生み出す見事な調和 レギスタン広場
レギスタンとは“砂地”の意味。チンギス・ハーンの来襲以後、アフラシャブの丘から移動したサマルカンドの商業の中心地となった。主要道路の交差点でもあったレギスタン広場は、公共の広場として機能も果たし、謁見式や閲兵、罪人の処刑なども行われていた。
ティムール時代には、大きな屋根のついたバザール、トゥマン・アカ・ティムが建てられた。孫のウルグベクの時代になると、バザールの西側にメドレセが、東側にハナカが建てられた。現在のティラカリ・メドレセの場所には、ウルグベクの命令で大きなキャラバンサライが建てられ、広場の南側にはモスクが建てられた。広場が現在の外観を得たのは、後のシャイバニ朝の支配者、ヤラングトシュ・バハドールによってさらにふたつのメドレセが建てられて以来のことだ。
ソ連時代に修復が行われ、時代とともに堆積した土が2m以上も取り除かれたという。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011~2012年版)」より)
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
星形のモザイクが特徴的なウルグベク・メドレセ
「学者でもあったウルグベクの遺産 ウルグベク・メドレセ
レギスタン広場の西側に1420年に建てられた神学校。広場では最も古い建造物だ。
ウルグベクは、自身が天文学者であったように、学者を振興し、自ら教壇に立ったといわれている。当時、ここには100名以上の学生が寄宿し、イスラーム神学をはじめ数学や哲学などを学んでいた。中庭を囲む2階建てのフジュラに学生たちが住み、四隅はドーム天井の講義室となっていた。ウルグベクが建てたキャラバンサライの収益で、教師の給料や学生の奨学金がまかなわれていた。
35mの高さがある入口アーチには、建造者ウルグベクの嗜好を反映して、青い星をモチーフにしたタイル模様が描かれている。まるでコンピュータグラフィックスを先取りしたかのような、精巧なできばえに驚かされる。
アーチの両側のミナレットは“空を支える”ためにあり、おもしろいことに北側のミナレットが少し傾いているのは、その重さのせいだといわれている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
一番新しいティラカリ・メドレセ
コの字型に並んだ3つのメドレセのうち1番奥に建っている1番新しいメドレセです。 -
ウルグベク・メドレセ(左)とティラカリ・メドレセ(右)
空を流れる雲がドラマチックで、メドレセを引き立てているようです@
ほんとに、私好みの理想的な空模様の下で撮れました。 -
ティラカリ・メドレセ(左)とシェルドル・メドレセ(右)
人面太陽と虎のようなライオンのモザイク模様があるシェルドレ・メドレセは、朝の10時台では逆光になってしまい、露出調整が難しかったです。 -
ウルグベク・メドレセ(左)のミナレットとティラカリ・メドレセ(右)
-
サルビア花壇と3つのメドレセ
-
レギスタン広場の3つのメドレセ
展望ポイントにあった台座の上に上がり、やっと3ついっぺんに撮れました。
台座は、係員の目を盗んで上りました@
上っている人はわりといたけれど、見つかると注意されました(苦笑)。 -
ウルグベク・メドレセ(左)とティラカリ・メドレセ(右)
ここまでは有料エリアの外から撮りました。 -
レギスタン広場の案内図
1:ウルグベク・メドレセ
2:アートギャラリー(冬のモスク。土産屋と伝統的なテーブルや茶器の展示)
3:民俗学資料の展示(ウルグベクや天文学資料展示室)
4:シェルドル・メドレセ
5:アートギャラリー(そうでしたっけ?)
6:19世紀の教室
7:ムハンマド・カトングの墓(スルーしてしまいました)
8:ティラカリ・メドレセ
9:「歴史の中のサマルカンド」展
10:応用美術の展示
11:チェイバニッドの霊廟(チョルスーのそばにあった台座のことかな?)
12:トイレ
13:絨毯展(見かけた覚えなし)
「レギスタン広場
サマルカンドの観光のハイライト。レギキスタンとは砂の広場の意味で、向かって左からウルグベク、ティッラカーリー、シールダールの3つのマドラサ(神学校)が並ぶ。どのマドラサも、中庭に面した小部屋がみやげ物屋になっている。入場料は正面端の出店で払う。(後略)」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
入場料は12,000スム。
(2011年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=43.90円(約50円で換算))
ここはウズベキスタンでは珍しく、写真代を別途とられることはありませんでした。 -
ウルグベク・メドレセのミナレットに上るために2階へ上がる
10ドルの賄賂を請求されましたが、せめてもの抵抗で9ドルにまけさせました。
ちなみに、ウズベキスタンでの支払は基本的にはウズベキスタン・スムでなくてはならないのですが、賄賂は、現地の人たちのこづかい稼ぎなので、たいてい自国の通貨よりも流通性があり、信頼できる米ドルで要求されました。 -
2階からの眺め
「ウルグベク・マドラサ
ティムールの孫ウルグベクにより1417〜20年にかけて建造された神学校。3つのマドラサのなかで最も古い。中には講堂があり、遠征先から連れてきた一流の学者やウルグベク自身もここで講義を行った。また50あまりの小部屋には各地から集まった学生100人が寄宿し、中央アジアの文化と学問の殿堂と研究の場として大きな役割を果たした。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
2階の外廊下の様子・その1
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2階からアングルを変えて中庭を見渡す
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ドラマチックな空模様に引けを取らない美しい青の建物・その1
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ドラマチックな空模様に引けを取らない美しい青の建物・その2
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2階の外廊下の様子・その2
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2階のアーチの連なり
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ここからミナレットに上る
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ミナレットの急な石段と明かり取りの窓
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ミナレットの小窓からの眺望:巨大なビビハニム・モスクの2つのドームを中心に
ビビハニム・モスクの後ろに、モンゴル来襲以前のサマルカンドだったアフラシャブの丘の一端が見えます。
ビビハニム・モスク周辺は、サマルカンド2日目の翌日に見学しました。 -
ミナレットの小窓から眺めた、お向かいのシェルドレ・メドレセ
ここからシェルドレ・メドレセの背後に日の出が見られたろうと思いますが、シェルドレ・メドレセ自体は逆光だったでしょう。 -
レギスタン広場の展望ポイントにあんな足場が組まれてしまって(泣)
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ミナレットの小窓から眺めたチョールスゥ
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ティラカリ・メドレセの青いドームにズーム
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ビビハニム・モスクにズーム
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人1人がやっと立てるスペースしかなかったミナレット
ここから顔を出したわけです。ほとんど身動きできませんでした。 -
下りる方が怖かった急な螺旋階段
写っているのは私の足です。 -
2階から眺めたお隣のティラカリ・メドレセの青のドーム
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ウルグベク・メドレセのフッジャ(学生の部屋)
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中庭を囲む建物にあった、等身大の親父楽隊人形
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にこにこ可愛い親父楽隊人形
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伝統的な楽器かな
太鼓のように叩いて演奏するのでしょうか。 -
ギターに似た伝統的な楽器を弾く親父人形
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やさぐれ親父@
ウズベキスタンは、親父やおじいさん人形が可愛らしいです。
スイカなどを小脇にいっぱい抱えた人形は、おみやげとしてメジャーでした。
私も手のひらサイズの可愛らしいおじいさん人形を一つ買って帰りました。
その写真はこちらのハイライト旅行にまとめました。
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその7:ゲットしたもの───チケット半券もおみやげも」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10618177/ -
親父楽隊人形があった周囲
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中庭から眺めたウルグベク・メドレセの別の一角
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みやげ物屋となっていた1階のフッジャ(学生の部屋)
サマルカンドでは、ブハラの旧市街と違って建物の中がぎっしりとみやげ物屋というわけではなかったので、あまり気になりませんでした。
それだけ、サマルカンドの建物は一つ一つが巨大だったともいえます。 -
冬のモスクに入っていったグループ
中央の女性はガイドさんのようでした。
彼らが入っていくのを見かけて、あっ、ここは入れるんだった、とガイドブックの説明を思い出しました。 -
冬のモスクの入口
修復された鍾乳洞風の装飾が、ちょっと真新しすぎるかんじはしましたが……。 -
冬のモスクの入口のタイルの美しい模様の一部
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中はみやげ物屋と展示
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中から入口の方を眺めたところ
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真新しいシャンデリア
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往時の様子の再現らしきもの
ロープで立入禁止となっていたエリアです。 -
伝統的なテーブルとイスや茶器セットなど・その1
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伝統的なテーブルとイスや茶器セットなど・その2
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手前のテーブルには筆記用具やコーラン用の書見台など
これらはメドレセが神学校として機能していた当時の室内の展示だったのでしょうか。 -
ウルグベクや当時の天文学の発達に関連する資料展示室
天体図を中心に。 -
資料室の入口付近
扉の上の星座のデザインなどに注目。
(というか、意味が分かる展示が少なかったから(苦笑)。) -
美しいペン入れと竹ペン
展示室は薄暗かったので、展示の写真を撮ろうにも、ぶれぶれでほとんど撮れませんでした。
これはとても気に入ったので、せめてこの一枚だけでも、と、かなりねばりました。 -
冬のモスクを出るところ
美しい装飾が施された木の扉に注目。 -
中庭から見た冬のモスク
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ウルグベクたちの群像
ウルグベク生誕600周年記念に作られた、とプレートに書かれてありしました。
ウルグベクと学者たちが科学について議論しているシーンだそうです。 -
ウルグベク・メドレセの中庭に面した一角
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ウルグベク・メドレセの入口の装飾をもう一度じっくり眺める
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星形のモチーフがいっぱい!
次に、古い順だとシェルドル・メドレセを見学するはずでしたが……。
レギスタン広場後編の旅行記へとつづく。
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