2011/09/20 - 2011/09/20
440位(同エリア729件中)
まみさん
2011/09/20火 サマルカンド観光1日目
・コシュハウズ・モスク見学
・レギスタン広場(有料)約2時間
ウルグベク・メドレセ:ミナレットからの眺望&冬のモスク見学
ティラカリ・メドレセ:黄金のミフラブと昔の写真など
シェルドル・メドレセ
・チャイハナ風レストランのラビ・ゴールでランチ
・アイニー博物館(ブハラ生まれのタジク人文学者の家)見学(有料)
・アミール・ティムール廟見学(有料)
・ルハバッド廟(有料)&中庭の工房2ヶ所見学
~新市街のウニヴェルスィチェッティ大通り~ナヴォイ通り~
・郷土史博物館(有料)
~バスでレギスタン広場に戻る~
・レストラン・レギスタンで、天蓋テント風の座敷席で夕食
~レギスタン広場の夕景を長めながらホテルに戻る~
【サマルカンド泊:ホテル・アジア】
あきらめずにねばって、予算を少し釣り上げても、史跡が点在する旧市街エリアに宿をとって良かったです。
当初は、グリ・アミール廟に近いマリカ・プライム・ホテルを希望していましたが、規模が小さいけれどとても人気らしく、予約はとれませんでした。
代理店に代わりに提示された同じ予算のホテルは、どれも新市街の方でした。
どうしても観光の要となる史跡のそばのホテルが良くて、ねばりました。
ひょっとしたら代理店を経由しないで探せば、他にもあったかもしれません。
でも、アジア・サマルカンド・ホテルに決めて本当に良かったです。
レギスタン広場まで徒歩10分とかかりませんでしたから、翌日の夜景とか、翌々朝の日の出とか、ホテルから気軽に見に行けました。
どちらも思ったほど劇的な光景ではなかったというのは、結果論。
それでもしみじみと味わうことができました。
サマルカンド1日目の本日は、レギスタン広場の見学が終わった後は、昼間から早くもくったくたに疲れてしまいました。
サマルカンドはブハラと比べると史跡が離れて位置し、その間を埋めるのは新市街と大差ないような旧ソ連らしい街並みでしたから、史跡を見学している最中はともかく、次の史跡にたどり着くまでは、疲れた疲れたと内心ぼやきっぱなしでした。
ブハラの旧市街のコンパクトさがなつかしかったです。
もし新市街にホテルにとっていたら、もっともっと歩くことになって、へたばったでしょう。
いや、はじめから市バス利用を検討して、回れる範囲は広まったかしら。
そうすれば、この2日間で、アフラシャブ博物館の方も逃さずにすんだかもしれません。
でも、徒歩の方が、思いがけないみどころを見逃さずにすみます。
ガイドブックには、地図に名前しか載っていないコシュハウズ・モスクも、ホテルのすぐそばでなければ、そしてレギスタン広場に向かう途上でなければ、寄りもしなかったでしょう。
見逃しても、まあ他のガイドブックに載っているようなところよりは、悔いはないかもしれませんが……。
でも、サマルカンド観光のプロローグとして、コシュハウズ・モスクやホテルの周辺の旧市街っぽい街並みは、気分を盛り上げてくれました。
小さな宝物を見つけたようで、わくわくしました。
「サマルカンド
シルクロードを代表するオアシス都市、サマルカンド。都市としての起源は紀元前10世紀までさかのぼるといわれ、古代のギリシャ人にはマラカンダ、中華世界では康国の名で呼ばれた。その住民だったイラン系のソグド人は国際的商人として、また東西側の文化の伝播者として、ユーラシアを舞台に縦横に活躍したことで知られる。町は地政学的な要衝にあることから、たびたび外部勢力の侵入を受けてきたが、1220年のモンゴル軍の襲来の時に徹底的な破壊をこうむり、その歴史は一旦途絶えてしまう。
サマルカンドを甦らせたのは帝王ティムールであるといっても過言ではないだろう。遠征先で得た富と、当時の先進地帯であった西アジアから連行した建築家や職人などの人材をつぎ込み、都としてのサマルカンドを繁栄させるべく心血を注いだのだ。後代の君主たちもそれに倣い、今の美しい「青の都」が生まれた。15世紀には商業の発展により人口は30万人を数え、また、学芸を庇護した宮廷の下にはその当時随一の学者や芸術家が集ったという。そのサマルカンドも帝政ロシア時代の19世紀後半からは近代化が進み、今ではタシュケントに次ぐ工業都市となっている。いにしえのモスク以外に当時をしのばせるものはないが、それでも「青の都」の名にふさわしい威容をこの街は備えている。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルを出てすぐに目についたコシュハウズ・モスクのゲート
ゲートにつけられた看板のようなものが、ちょっと不釣り合いなくらい現代的です(苦笑)。
どうやらウズベキスタン独立記念20周年(2011年9月1日)記念につけられたもののようです。 -
コシュハウズ・モスクの中庭
可愛らしいミナレットと人工の池が真っ先に目に入りました。 -
祈りの場のテラス
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テラスの美しい天井
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彫刻が施された木の柱(アイワーン)に支えられたテラス
奥に、祈りの方向であるメッカの方向を示すミフラブらしきくぼみがあります。 -
テラスに上がってみる
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美しく装飾されたミフラブとアイワーン
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回廊と回廊の天井
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回廊の天井の美しい装飾
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これも回廊の天井
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回廊から続く、1段と高いところにあった別棟
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青と緑で美しく装飾されたミナレット
ウズベキスタンは、国旗の色やビザの色などもそうでしたが、青と緑という絶妙な色を組み合わせたデザインが好まれるようです。 -
ミナレットと人工の池
池はこのときは水はほとんど干上がっていましたが、翌日、見かけたときは、水がもっとたっぷり入っていました。 -
ミナレットのドーム型の可愛らしい屋根と祈りの時間を知らせるアザーンを呼びかけるところ
-
ホテルの前からレギスタン広場へと続くコシュハウズ通り
右手前の家は商店です。
朝一番でここでミネラルウォーターを買おうとしましたが、ガス入りしかありませんでした。
この通りには、街灯ほとんどありませんでした。
でも、道が広々としていましたし、この先の広場などは街灯で煌々と照らされていたので、夜出かけたときも、夜明け前に出歩いたときも、ブハラのときと違って、さほど心細くは感じませんでした。
コシュハウズ・モスクの手前はかなり真っ暗でしたけどネ。 -
コシュハウズ・モスクのもう一つのゲート
木彫りの扉が美しいです。
ここまで来ると、レギスタン広場の建物群───コの字型の奥にあるティラカリ・メドレセの建物などが、もう見えてきました。
ホテルからここまで徒歩5分とかかりませんでした。
もっとも、レギスタン広場にある建物は巨大で、広場は広大なので、広場の正面に出るまでさらに5分はかかりました。 -
レギスタン広場の外側に隣接した建物───チョルスー
正面に回って撮ったつもりでしたが、正面扉は反対側でした。
「チャールスゥ
レギスタン広場の外側に隣接した、6つの丸屋根の中央にドームのある八角形の建物。チャールスゥとは四方から道路が集まる交差点に建てられた商店街のこと。ペルシア語ではタークとも呼ばれ、ブハラなどでもよく見られる。ここのチャールスゥは19世紀のもので、現在は絵画ギャラリーとなっている。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
レギスタン広場の建築群の一部と何かの台座
台座らしき建造物の後ろの青いドームのある建物やミナレットは、レギスタン広場のティラカリ・メドレセのものです。
この台座は、台座ではなく、チェイバニッドという人の霊廟かもしれません。 -
昔は商売所だったチョルスーの端整な建物
レギスタン広場に近い側の方が建物がよく見えました。
こちらも正面ではありませんでした。
ちなみに、左手にちらっと見える、青モザイクが施された建物は、シェルドレ・メドレセのものです。 -
中はアートギャラリーとなっていたチョルスー
この写真は翌日水曜日の朝に撮りました。
ちらっと見えた限り、中は現代アートギャラリーのようでした。おそらく、ウズベキスタンの。
どうせ写真は撮れないだろうと思ったのと、他に見たいものがまだ目白押しだったので、中には入りませんでした。 -
ああ、せっかくの展望ポイントが台無し!!
ここからなら、レギスタン広場の3つのメドレセが見渡せたはずです。
絵画や写真などで有名なアングルも、ここから撮ったに違いありません。
なのに、なんて無粋なことを!!
レギスタン広場の旅行記は、この2011年秋ウズベキスタン旅行第5日目の続きの2つの旅行記「(2)サマルカンド:レギスタン広場(前編)〜主にウルグベク・メドレセ」と「(3)サマルカンド:レギスタン広場(後編)〜ティラカリ・メドレセとシェルドル・メドレセ」にまとめました。 -
レギスタン広場の見学が終わった後に見つけた建物
通りを挟んでレギスタン広場にほぼ向かい合ったあたりにありました。
モスクかと思いましたが、サマルカンド州政府関連の建物でした。
レギスタン広場前編の旅行記へとつづく。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- eahawkさん 2012/08/16 02:05:49
- なんという・・・
- まみさん
レギスタン広場、ひどいですね!!
これはがっかりですね!!
そういえばこの間シンガポールに行ったとき、久しぶりにマーライオンを見ようと遊覧船に意気込み乗り込みましたが、「マーライオンは旅に出ています、だったか休暇です」と書かれた板で覆われていてとてもがっかりでした・・・
なので、まみさんの落胆ぶりが手に取るように分かります!!
秋のリベンジでも行くんでしたっけ?今回はぜひぜひ堪能してくださいね。
eahawk
- まみさん からの返信 2012/08/16 07:50:43
- RE: なんという・・・
- eahawkさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
eahawkさんは雪がうっすら残るレギスタン広場でしたね!!
表紙の写真は、展望台から撮られたんでしょうか。
こういう舞台を堂々と置いてしまう無粋さが、なんとなくウズベキスタンにはあるなぁと思いました。
と思ったら、日本も、日本橋の上に高速道路が走っていたりして、一時的でなく恒久的に無粋になった景観がありましたね、ははは。
この舞台の恩恵を受けたわけでもないので、余計に、じゃま!!
って思いました。
でも、広場は広かったので、なんとか3つのメドレセの写真は撮れましたよ。
真っ正面からはこれのせいでいまひとつでしたけど。。
つづきの旅行記に載せます。
来月の中央アジア旅行では、サマルカンドは再訪しないんです。
リベンジは、行き損ねたヒヴァなんです。
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