2012/06/24 - 2012/06/24
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区中野町にある長慶寺は真宗大谷派のお寺で中村山天岳院長慶寺という。慶長年間(1596年〜1615年)に現在地に創建されたと伝えられている。この寺は古くは大船の玉縄にあり、天台・真言を兼修した密教の道場と伝えられているので、開山は平安時代末まで遡る。鎌倉時代に3代執権の北条泰時とその子時氏が、鎌倉八幡宮寺の一切経を校合した折、それに参加した当時の住持超世が、同席した親鸞上人の学徳に感じて弟子となり、真宗に改宗したと伝えられている。親鸞は小菅ヶ谷の宿山の太子矢倉に篭って7体の太子像を刻み、弟子たちに与えられたと伝えられており、超世もその1体を与えられたという。鎌倉7太子の寺は大誓寺(栄区小菅ヶ谷)、長光寺(栄区小菅ヶ谷)、光明寺(栄区上郷町)、永勝寺(戸塚区下倉田町)、成福寺(鎌倉)、最宝寺(三浦)とここ長慶寺のようだ。
慶長3年(1598年)頃、前門跡の教如は徳川家康と親交を持つようになり、この地で草庵を結んでいた普古も元側近として拝顔したという。あるとき領内見聞に来た家康がこの草庵を訪れ、水を所望した。普古は家康とは気付かずに古茶碗で水を出すと、家康も普古とは知らず、「うまい水だ。もう1杯くれ。余は家康である。」と名乗った。これが縁で家康は境内山林と本堂再建の資金を寄進し、寺はこの地に立派に再建されたという。さらに家康は立派な茶碗を下附した。この地の山は「水(み)の口山」とも呼ばれ、良い水が出るところとされる。
3代将軍家光は寺領13石の朱印状を与え、家康ゆかりの寺として保護した。しかし、明治13年(1880年)に火災に遇い、伽藍を焼失したが、この家康拝領の「長慶寺の茶碗」だけは現在も残っている。
本堂は平成18年(2006年)に改築された。今は無住のようだ。庫裡横から裏手には横井戸があるが、これが「水(み)の口山」の水かも知れない。
門前には中途障害者地域活動センター「わーくくらぶ さかえ」がある。
(表紙写真は長慶寺本堂)
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橋の手前には「わーくくらぶ さかえ」の看板。
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瀬上沢に架かる慶長橋。
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「中野」石碑。
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門石柱には「真宗大谷派 長慶寺」とある。
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掲示板。
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長慶寺。
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中途障害者地域活動センター「わーくくらぶ さかえ」。
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中途障害者地域活動センター「わーくくらぶ さかえ」。
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「わーくくらぶ さかえ」の標識。
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「長慶寺」看板。
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「中村山 長慶寺」の寺号標石。
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石仏。
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道祖神か?長慶寺の鐘楼脇には道祖神があったという。それをさらに新しくしたものか?
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長慶寺本堂。
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長慶寺本堂。
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長慶寺本堂。
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長慶寺本堂。
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長慶寺本堂。
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長慶寺本堂。
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鐘楼。
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お地蔵さま。
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大悲観音とお地蔵さま。石仏。
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阿弥陀如来。
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阿弥陀如来とお地蔵さま。
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お地蔵さま。
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「由来之記」。
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手水舎。
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庫裡横。
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横井戸か?
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横井戸。
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横井戸からの湧水。
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横井戸か?
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井戸か?
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横井戸か?
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横井戸か?
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