2012/05/16 - 2012/05/17
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mas98765さん
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初めてのウィーンを歩きだします。ホテルの部分を前の旅行記でまとめたため、初日と2日目の最初の部分をこの旅行記に併せてのせます。この旅行記では主に次のような内容の写真をのせます。
(初日)
モーツアルトハウス→シュテファン大聖堂→ケルントナー通り→楽友協会→カールスプラッツ
(2日目の最初)
地下鉄→シュテファン大聖堂→グラーベン(ペスト記念柱など)→コールマルクト
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2012年5月16日(水)
到着日にホテルにチェックインし、しばらく部屋で休んでから外に出ると、予想外の雨が降っていました。風もあって出かけるのを一瞬ためらったのですが、せっかく早く着いたので思い切って出かけました。地下鉄でStephanplatzまで行き、シュテファン大聖堂のすぐ近くのモーツアルトハウスに行きました。地図をよく見れば分かったのですが、モーツアルトハウスは裏通りにあったので最初迷いました。シュテファン大聖堂の方から歩いていくと案内板があります。 -
モーツアルトは1784年から1787年までの最も幸せな時期をここで暮らしました。「フィガロの結婚」はここで作曲されました。
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ここが入口です。
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ここを訪れることにしたのは、19時までやっている数少ない観光地の1つだったからです。10ユーロでした。現在18時10分過ぎ。日本語のオーディオガイドを無料で借りて回りました。18時45分には閉めるので急いで回ってくださいと言われました(結局19時までいました)。つきあたりのエレベーターで最上階に行き、そこから回り始めました。写真撮影はあいにく禁止でした。スタッフの人がいたのでオーディオガイドを全部聞いたらどのくらいかかるか尋ねてみると1時間数十分かかるそうなので、それぞれの場所の途中で再生を停止して回りました。オーディオガイドを聞けば音楽とともにモーツアルトの人生について学べるのですが、一部に残る壁面や、ほぼ当時のままの窓からの景色の方が大切だと個人的には思いました。
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ショップも充実していました。モーツアルトが書いた「フィガロの結婚」の譜面がデザインされたマウスパッドを買いました。9.90ユーロでした。
(参考)モーツアルトハウスの公式サイト
http://www.mozarthausvienna.at/
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.208195,16.375144&spn=0.004054,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
19時14分、あらためてシュテファン大聖堂(Stephansdom)の前にやってきました。天気は回復しました。シュテファン大聖堂はウィーンのシンボルで、世界で3番目に高い教会の塔があります。歴代のハプスブルク家の墓所でモーツアルトの結婚式と葬儀もここで行われました。鳥が飛んでいます。ベートーヴェンはこの大聖堂の鐘が鳴って鳥が飛び立ったのを見て、自分の耳が聞こえないことに気づいたといわれていますね。シュテファン大聖堂は、後日中を見学します。なお、一都市滞在型の個人旅行では何回も同じ場所を訪れてしまいます。観光地ごとに写真をまとめようかとも思いましたがストーリー重視としました。何回も同じような場所の写真が出てしまいますがご容赦ください。
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シュテファン大聖堂の前の広場から路地を覗くと、向こうの方にペーター教会(Peterskirche)が見えます。ここも遅くまで開いているようなので中に入ろうと思ったのですが、コンサートがどうのこうのと書かれていたのでこの日は入りませんでした。後日中を見学します。
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シュテファン広場から延びるケルントナー通り(K#rntner Straβe #:aウムラウト)を南に歩いていきます。あちこちで音楽を演奏していました。この写真を撮った時点で19時23分(時々立ち止まったりしてうろうろしているので所要時間としては参考になりません)。
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ケルントナー通りの様子です。この通りも夜間を含めて何度も通りました。後の旅行記でその都度写真をのせます。
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19時32分頃、国立オペラ座(Staatsoper)にさしかかりました。ヨーロッパ3大劇場の1つで、2010年まで小澤征爾さんが音楽監督を務めました。ここもたびたび通りかかったのでその都度写真をのせます。
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環状道路に出て少し歩き19時37分頃、楽友協会(Musikverein)に行ってみました。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地です。明日の夜はここでコンサートを聴く予定です(観光客向けのコンサートです)。
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道の向こう側にカールス広場(Karlsplatz)があります。ちょっと行ってみます。
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こんな建物が目につきます。オットー・ヴァーグナー・パビリオン・カールスプラッツ(Otto Wagner Pavillion Karlsplatz)といって、1898年にSバーン(近郊電車)の駅の入口として、オットー・ヴァーグナーが建築したものです。ウィーンにはこうした近代建築の見どころもたくさんあります。
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カールス広場にはカールス教会(Karlskirche)があります。正面両側に2本の円柱があるのが特徴的です。これは、ローマにあるトラヤヌス帝の記念柱にヒントを得たもののようです。この教会は1713年にカール6世(マリア・テレジアの父)が、ペスト撲滅を願って建築を命じたものです。
さて、初日の散策はこれくらいにして、早めに切り上げます。地下鉄のKarlsplatz駅から19時51分に電車に乗ります。ここはU2の始点です。遠回りですが環状線に沿って乗り続け、20時06分にStadion駅に到着して電車を降り、ホテルに帰りました。 -
2012年5月17日(木)
ホテルで朝食をとり、気持ちを新たにして出かけます。これは歩道のサインですね。ひっくり返った文字があるのが面白いです。これなら左向きの場合にもひっくり返すだけで使えますね。 -
自動車用の信号と
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歩行者用の信号です。
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ゴミ入れです。
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地下鉄のサインです。世界中の地下鉄のサインは「M」が多いですが、ドイツ語圏は「U」です。地下鉄のことをU−Bahnというからです。
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ホテルの最寄り駅Stadionであらためて地下鉄に乗ります。昨日も利用したのですが雨のためカメラをしまっていて撮影しませんでした。
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地下鉄の入口にはフリーペーパーが置いてあります。
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ウィーンの交通機関には改札がありません。階段を上がってそのままホームに向かいます。わたしは昨日の夕方に買った24時間乗り放題の切符がまだ有効です。
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行き先と待ち時間が表示されています。U2線の終点はカールスプラッツです。次の電車は1分後、その次は9分後にやってきます。
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7時25分、電車がやってきました。ここは郊外なので地上を走っていますが、ウィーンの中心部は地下を走ります。
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中はこんな感じです。
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ドアの上には路線図があります。
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次の停車駅名と降り口の方向が表示されます。このような表示板は基本的に一方の側にしかありませんでした。口頭でのアナウンスもあって「Ausstieg rechts(お出口は右側です)」とか「Ausstieg links(お出口は左側です)」とか言ってくれます。
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降りるときはボタンを押すかレバーを引きます。これはボタン式です。ボタンの場合は電車が止まる前でも押せばピッと音がして赤く点灯し、止まってからドアが開きます。
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今日の観光の起点も昨日と同じシュテファン大聖堂付近にしようと思います。7時30分、Praterstern駅で降りてU1線に乗り換えます。
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目に付いたところで写真を撮っていますが、今更ながらの刻印機です。切符を使い始めるときは、このような機械で刻印します。
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Stephansplatz駅で降ります。
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この電車はレバーのタイプです。矢印の方向に引くのですが、レバーの場合は完全にホームに止まってプシューと音がするまでは引いても反応がないようです。
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7時38分、電車を見送ります。
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出た後も改札はないのでそのまま出口に進みます。Stephansplatz駅の出口はグラーベン方面とケルントナー通り方面がありますが、どちらから出ても反対方向がシュテファン広場です。
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7時41分、あらためてシュテファン大聖堂です。
(参考)周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=48.208416,16.371968&spn=0.008108,0.021136&t=m&z=16&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
カーブして北西方向に伸びているグラーベン(Graben)という通りに進みます。グラーベンとはドイツ語で堀のことで、かつてはウィーンの外堀だったようです。まだ早い時間なので人があまりいませんが、シュテファン広場もグラーベンも日中はかなり賑やかになります。
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シュテファン広場に近い側にはこのような像が立っています。確かこの部分が泉になっています。
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これはレオポルド3世の像で、旗を持って立っています。横に子供が立っていて、レオポルド3世が創設した修道院の設計図を持っています。
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グラーベンを先に進むと
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このようなゴチャゴチャしたモニュメントがあります。これはペスト記念柱(Pests#ule #:aウムラウト)です。ヨーロッパ中に蔓延したペストが1679年にウィーンを襲ったのに伴い、これが終結したら神に感謝して柱を建てると誓ったレオポルド1世が建設を命じました。
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こちら側の台座にあるのはハンガリーの紋章です。
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中央正面から見るとこんな感じです。
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てっぺんにはこのような像が金色に輝いています。これは「父と子と聖霊」を象徴する三位一体の像のようです。このため、ペスト記念柱は三位一体記念柱ともいいます。
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下の部分には、天使が悪魔をやっつけている場面が描かれています。天使は信仰、悪魔はペストを表しているようです。台座に掘られているレリーフも意味のあるものらしいです。
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そのつもりで撮らなかったので斜めからの写真を拡大したものになってしまいますが、正面中央のこの部分に皇帝レオポルド1世がいます。冠を頭から外し、神の前に跪いて祈っている場面のようです。最初右側が神様だと勘違いしていて、左側の冠を持っているかわいらしいのが皇帝な訳がないだろうと思って詳しい写真を撮っていなかったのですが、よく見ると右側の人が跪いています。
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さきほどとは反対側の北西の方向から見ると、こんな感じです。
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こちら側の台座にあるのは双頭のワシがいるのでたぶんオーストリアの紋章です。
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裏側から見るとこんな感じです。
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こちらの台座にあるのは2本の尾を持つライオンがいるので、たぶんボヘミアの紋章です。ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝だったレオポルド1世はオーストリア大公、ボヘミア王、ハンガリー王を兼ねていましたから、先ほどの2つの紋章と合わせて、これまた三位一体を表しているようです。
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ペスト記念柱のあたりからシュテファン広場の方向を眺めるとこんな感じです。
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ここは歩行者天国のようです。下に例外条件が書かれているようです。
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北西側にはもう1つ像があります。
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こちらは聖ヨーゼフ(キリストの養父)です。横の子供はヨーゼフの家計図を持っているようです。
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グラーベンの北西側の端から今来た方向を振り返ると、こんな感じです。ちなみにペスト記念柱などの説明は複数のインターネットサイトを参考にさせていただきましたが、次のサイトが個人的には詳しくて有用だと思います。旅行前には知らなかったので詳しい写真を撮れず残念だったのですが。
(参考)グラーベンについて詳しいホームページ
http://members.aon.at/hwien/meisho/platz/graben.html -
正面を向くと突き当たりで、左にコールマルクトという道が延びています。通りの名前を表すプレートには最初に数字か書かれていますが、これは区の番号です。ウィーンには東京と同じように23区あります。中心のこのあたりは1区です。わたしの滞在したホテルのあるところは2区でした。
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左折するとコールマルクトの通りです。このあたりでかつて、木炭の市場が開かれていたためにこの名前があります。
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つきあたりに立派なドームが見えます。これは王宮の門です。現在7時51分。次は王宮のあたりを歩きます。次の旅行記に続きます。
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