2011/03/12 - 2012/04/30
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横浜市泉区は、かつては鎌倉郡であり、かまくら道や大山道、あるいは長後街道などが通る。そのため、街道沿いやお寺や神社に道祖神や庚申塔などが祀られている。泉区には開発されなく、田園風景が広がっているところも多い。そうした旧道沿いのこうした道祖神や庚申塔は、今でも最初に建てられたままの場所にあるものも幾つかはあるだろう。
まだ泉区は歩き始めたばかりではあるが、早速、道祖神・庚申塔巡りに出かけようか。
(表紙写真は神明社下の庚申塔)
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普光寺門前の道祖神(岡津町)。
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普光寺門前の神社の庚申塚(岡津町)。
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普光寺門前の神社の庚申塔(岡津町)。
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普光寺門前の神社の庚申塔(岡津町)。
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永明寺別院門前に立つ月山・湯殿山・羽黒山供養塔と大山道道標(岡津町)。
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「月山 湯殿山 羽黒山 供養塔」(文政13年(1830年)銘)。
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「庚申供養 大山道」と記された大山道道標(享保10年(1725年)銘)。上には不動明王像。
右側面には「右ほし乃やミち」とある。ほしのや道とは坂東三十三観音札所めぐりの巡礼道で、座間のほしのや観音(星谷寺)(8番札所)と横浜の弘明寺(ぐみょうじ)観音(14番札所)を結ぶ「ほしのや・ぐみょうじ道」である。 -
柳明神社裏の「堅牢地神塔」(文久元年(1861年)銘)(上飯田町)。台石にあるのは「柳明中」。
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「南 大山道」、「北 八王子道」と彫られている。
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柳明神社から下る坂の途中にある道祖神。
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五輪塔。
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台村の庚申塚(上飯田町)。
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道祖神なのか庚申塔なのかは判別不能だ。
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庚子塔(かっしとう)(元治元年(1864年)銘)。
庚子塔左側面にあるなかに「上飯田村」だけが判読できる。 -
庚子塔右側面。{元‥‥」。判読できないが、文字が刻まれており、道標を兼ねていたのだろう。
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飯田神社入口の石祠(上飯田町)。
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飯田神社入口の石祠(上飯田町)。
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飯田神社入口の庚申塚(上飯田町)。
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庚申塔(明治9年(1876年)銘。
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庚申塔の左側面には、「東かまくら」、「西あツ木道」、「南ふじさは」と彫られている。
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庚申塔の右側面には、「北八王子道」、「明治九丙子歳‥三月吉祥 ‥‥」と彫られている。
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庚申塔。
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庚申供養塔。
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金剛神供養霊塔(享保9年(1724年)銘)。
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庚申塔。
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庚申塔。
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道祖神。
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「‥王大‥」(宝暦9年(1759年)銘)。
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供養塔?(明和3年(1766年)銘)。
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道祖神(安永3年(17774年)銘)。
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道祖神(文政5年(1822年)銘)。
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神社入口の庚申塔(嘉永元年(1848年)銘)(下飯田町)。
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神社入口の庚申塚(下飯田町)。不動明王と横にも何か。
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不動明王(天明8年(1788年)銘)(下飯田町)。
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神社境内の「南無妙法蓮華 経馬頭観世音菩薩」(大正14年(1925年)銘)(下飯田町)。
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神明社の蚕御霊神塔のある庚申塚(和泉町)。
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蚕御霊神塔(明治11年(1878年)銘)。
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蚕御霊神塔の左側面には、二本指で方向を示した手の線画の下に「大山道」と刻まれている。
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庚申塔(万延元年(1860年)銘)。
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庚申塔の左側面には、「右 大山道」、「左 藤沢道」と彫られている。
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庚申供養塔(文化5年(1808年)銘)。
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石祠。
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下和泉の庚申塚(和泉町)。
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庚申塔(文政12年(1829年)銘)。
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庚申塔(弘化4年(1847年)銘)。台石に「下和泉村」とある。
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