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津島の歴史を訪ねての街並み散策の締め括りです。清正公所縁の妙延寺の後にも、お寺と小さな神社に立ち寄りました。九品山・蓮台寺などです。(ウィキペディア)

2012春、津島の歴史街並み(5/5):蓮台寺、三門、境内、本堂、白山社、散策終え津島駅へ

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2012/05/06 - 2012/05/06

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旅行記グループ 2012、津島の史跡・名勝巡り

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旅人のくまさん

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津島の歴史を訪ねての街並み散策の締め括りです。清正公所縁の妙延寺の後にも、お寺と小さな神社に立ち寄りました。九品山・蓮台寺などです。(ウィキペディア)

  • 何度も撮影したシラン(紫蘭)の花です。小さな頃から自宅で栽培し親しんだ花ですから、またカメラが向きました。

    イチオシ

    何度も撮影したシラン(紫蘭)の花です。小さな頃から自宅で栽培し親しんだ花ですから、またカメラが向きました。

  • 先程見学した、廃寺のように見えた『長尾山・蓮慶寺』の近くです。道路の向かい側にお寺の光景がありました。『蓮台寺』の標識がありましたので、こちらにも立ち寄ることにしました。

    先程見学した、廃寺のように見えた『長尾山・蓮慶寺』の近くです。道路の向かい側にお寺の光景がありました。『蓮台寺』の標識がありましたので、こちらにも立ち寄ることにしました。

  • 『九品山・蓮台寺』の文字が刻まれた、まだ新しい石碑です。山門に比べて、立派過ぎるほどの大きさです。浄土宗には二派があり、鎮西派の総本山は京都の知恩院、西山派の総本山は、同じく京都の禅林寺です。

    『九品山・蓮台寺』の文字が刻まれた、まだ新しい石碑です。山門に比べて、立派過ぎるほどの大きさです。浄土宗には二派があり、鎮西派の総本山は京都の知恩院、西山派の総本山は、同じく京都の禅林寺です。

  • 道路を渡った入り口付近の光景です。『浄土宗・蓮台寺』の名前が付いた案内看板です。2枚のポスターがありました。浄土宗の宗祖、法然上人の800年忌等のポスターでした。大本山・増上寺の文字がありますから、鎮西派に属するようです。

    道路を渡った入り口付近の光景です。『浄土宗・蓮台寺』の名前が付いた案内看板です。2枚のポスターがありました。浄土宗の宗祖、法然上人の800年忌等のポスターでした。大本山・増上寺の文字がありますから、鎮西派に属するようです。

  • 『九品山・蓮台寺』の山門の光景です。ネット検索によれば、室町時代の享徳二年(1453年)の創建とされます。

    『九品山・蓮台寺』の山門の光景です。ネット検索によれば、室町時代の享徳二年(1453年)の創建とされます。

  • 本堂の光景です。高い塀がありませんから、道路の向かい側からも見えていました。御本尊は、阿弥陀如来立像です。

    イチオシ

    本堂の光景です。高い塀がありませんから、道路の向かい側からも見えていました。御本尊は、阿弥陀如来立像です。

  • よく手入れされた庭木と庭園がありました。まずは、そちらを撮影です。撮り忘れましたが、中央奥に、法然像らしい石像が見えました。

    よく手入れされた庭木と庭園がありました。まずは、そちらを撮影です。撮り忘れましたが、中央奥に、法然像らしい石像が見えました。

  • 左手に庭木を入れての本堂の撮影です。京は茶席が設けられていて、和服の方たちが出入りしていました。今が旬の藤の花をあしらった和服の方も見受けました。

    左手に庭木を入れての本堂の撮影です。京は茶席が設けられていて、和服の方たちが出入りしていました。今が旬の藤の花をあしらった和服の方も見受けました。

  • 『九品山』の扁額のアップ光景です。浄土宗の宗祖法然は、承安5年(1175年)、43歳の時に、ひたすら念仏を唱える、専修念仏の道に進み浄土宗を開いたとされます。念仏は『南無阿弥陀仏』、阿弥陀仏に帰依(南無)する意味とされます。

    『九品山』の扁額のアップ光景です。浄土宗の宗祖法然は、承安5年(1175年)、43歳の時に、ひたすら念仏を唱える、専修念仏の道に進み浄土宗を開いたとされます。念仏は『南無阿弥陀仏』、阿弥陀仏に帰依(南無)する意味とされます。

  • 雨受けに使われていた大きな壺です。自然釉が掛かったような景色です。下部がコンクリートでからめられていますから、壺には穴が開けられているようです。もう1個ありました。

    雨受けに使われていた大きな壺です。自然釉が掛かったような景色です。下部がコンクリートでからめられていますから、壺には穴が開けられているようです。もう1個ありました。

  • 右から読んで『漱水』の文字が刻まれた石造りの容器です。漱(すす)ぎの水を溜めるものでしょうか、今は飾りだけのようです。

    右から読んで『漱水』の文字が刻まれた石造りの容器です。漱(すす)ぎの水を溜めるものでしょうか、今は飾りだけのようです。

  • これまであまり目にしなかった、『御土砂宝塔』の文字が刻まれた石碑です。その右肩に、四国霊場の文字もありました。

    これまであまり目にしなかった、『御土砂宝塔』の文字が刻まれた石碑です。その右肩に、四国霊場の文字もありました。

  • よく手入れされた庭園の光景ですが、駐車中の車が、そのまま見えてしまうのが少し残念です。あまり高くない竹垣を廻らせば、一段と庭園が映えるように思えます。

    よく手入れされた庭園の光景ですが、駐車中の車が、そのまま見えてしまうのが少し残念です。あまり高くない竹垣を廻らせば、一段と庭園が映えるように思えます。

  • 同じく、良く手入れされた庭園の庭木の光景です。細長い幹に幾重にも枝が伸び、それぞれ丸く仕立てられていました。

    同じく、良く手入れされた庭園の庭木の光景です。細長い幹に幾重にも枝が伸び、それぞれ丸く仕立てられていました。

  • 格子戸の中に2体の仏像が見えましたが、はっきりとした姿は写真に撮ることができませんでした。イメージ的には、地蔵尊のようでした。

    格子戸の中に2体の仏像が見えましたが、はっきりとした姿は写真に撮ることができませんでした。イメージ的には、地蔵尊のようでした。

  • 『毘沙門天王』の文字が刻まれた大きな石碑です。毘沙門天は、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神です。四天王の一員としてだけではなく、独尊として信仰の対象とされています。

    『毘沙門天王』の文字が刻まれた大きな石碑です。毘沙門天は、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神です。四天王の一員としてだけではなく、独尊として信仰の対象とされています。

  • これで、『九品山・蓮台寺』の紹介はお終いです。振り返って撮影した写真の中に、お茶会の女性の方の姿が見えました。境内での撮影中、軽く会釈を交しました。

    これで、『九品山・蓮台寺』の紹介はお終いです。振り返って撮影した写真の中に、お茶会の女性の方の姿が見えました。境内での撮影中、軽く会釈を交しました。

  • 『九品山・蓮台寺』の見学のあとは、津島駅前から津島神社を結ぶメイン道路に戻ることにしました。そのメインの通りと並行するように伸びていた小路です。左奥に神社が見えましたので、立ち寄ることにしました。

    『九品山・蓮台寺』の見学のあとは、津島駅前から津島神社を結ぶメイン道路に戻ることにしました。そのメインの通りと並行するように伸びていた小路です。左奥に神社が見えましたので、立ち寄ることにしました。

  • 小さな神社の鳥居の光景です。境内には大きな銀杏と桜の木がありました。その両側には石灯篭があり、鳥居には注連縄もありました。

    小さな神社の鳥居の光景です。境内には大きな銀杏と桜の木がありました。その両側には石灯篭があり、鳥居には注連縄もありました。

  • 小さな神社の社の光景です。一段高くなった石垣の上に建っていました。石段の上の扉は施錠されているようでした。

    小さな神社の社の光景です。一段高くなった石垣の上に建っていました。石段の上の扉は施錠されているようでした。

  • 小さな神社の見学を終えて、表通りに戻りました。一瞬、どちらが津島駅の方向か迷いましたが、すぐに判断できました。リサイクルショップを覚えていましたから、こちらの方角は反対になります。

    小さな神社の見学を終えて、表通りに戻りました。一瞬、どちらが津島駅の方向か迷いましたが、すぐに判断できました。リサイクルショップを覚えていましたから、こちらの方角は反対になります。

  • 歩きだす前に津島駅の方角が判断できました。こちらが駅方面です。雨はすっかり上がっていました。

    歩きだす前に津島駅の方角が判断できました。こちらが駅方面です。雨はすっかり上がっていました。

  • 『白山社の由緒』の紹介看板です。表通りに面した場所にありました。弘和元年(1381年)に創建され、慶長13年(1608年)、この地に移転されたと記されていました。

    『白山社の由緒』の紹介看板です。表通りに面した場所にありました。弘和元年(1381年)に創建され、慶長13年(1608年)、この地に移転されたと記されていました。

  • 表通りに石段がありましたので、白山社の境内まで登りました。実は、先程見学してきた神社でした。石段は社殿が建つ石垣の下に通じていました。

    イチオシ

    表通りに石段がありましたので、白山社の境内まで登りました。実は、先程見学してきた神社でした。石段は社殿が建つ石垣の下に通じていました。

  • 狛犬をみると、ついカメラが向きます。計画的に撮影しているわけではありませんが、狛犬写真コレクターの基礎資料集めです。本当は寸法を測ったり、三方ぐらいからの写真が必要でしょうが、そこまでは凝っていません。

    狛犬をみると、ついカメラが向きます。計画的に撮影しているわけではありませんが、狛犬写真コレクターの基礎資料集めです。本当は寸法を測ったり、三方ぐらいからの写真が必要でしょうが、そこまでは凝っていません。

  • 先程の狛犬がウン形、こちらが阿形の狛犬です。狛犬の写真コレクターは、日本をはじめ、中国、台湾と韓国が対象です。

    先程の狛犬がウン形、こちらが阿形の狛犬です。狛犬の写真コレクターは、日本をはじめ、中国、台湾と韓国が対象です。

  • 違う道から入って、2度見学してしまった白山神社です。もう一度小さな社の光景です。帰りは、鳥居を潜って、一度目に入った道から退出しました。

    違う道から入って、2度見学してしまった白山神社です。もう一度小さな社の光景です。帰りは、鳥居を潜って、一度目に入った道から退出しました。

  • 白山神社の大銀杏の新緑光景です。これで、津島の歴史を訪ねての寺社巡り、街並み歩きはお終いです。1回だけでは回りきれませんので、日を改めて、もう少し廻りたい街並み光景でした。

    白山神社の大銀杏の新緑光景です。これで、津島の歴史を訪ねての寺社巡り、街並み歩きはお終いです。1回だけでは回りきれませんので、日を改めて、もう少し廻りたい街並み光景でした。

  • 名鉄駅に向かう途中、歩道脇にあった石柱です。ガードレール代わりの車の乗り入れ防止用の石柱のようです。津島の名所が描かれていました。

    名鉄駅に向かう途中、歩道脇にあった石柱です。ガードレール代わりの車の乗り入れ防止用の石柱のようです。津島の名所が描かれていました。

  • 名鉄の津島駅の光景です。白山社からは、阿付いて5分ほどの距離だったようです。この日は、一旦名古屋駅に戻り、地下鉄で中村公園に向かうことにしました。

    名鉄の津島駅の光景です。白山社からは、阿付いて5分ほどの距離だったようです。この日は、一旦名古屋駅に戻り、地下鉄で中村公園に向かうことにしました。

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