2012/02/18 - 2012/02/18
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横浜市栄区長尾台に鎮座する御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、長尾氏が祖先を奉斎した村岡村宮前御霊神社(940年頃の創建)の分霊を勧請したものである。
長尾氏は鎌倉扇ケ谷の上杉氏の家臣で、その祖は、長尾の地に住し長尾次郎と名乗った景弘(鎌倉権五郎景政の玄孫)であり、その長子新五為景(新五郎為宗の誤りか)が鎌倉時代に長尾台に御霊神社を創建した。祭神は鎌倉権五郎景政、大國主命、祭礼は10月第一日曜に例大祭が行われる。
明治22年8月には十二天社を合祀している。
また、御霊神社の背後に広がる広大な台地には畑が広がり宅地が点在している。西に行くほど高くなり林になっている。鎌倉時代、鎌倉扇ケ谷の上杉氏の家臣であった長尾氏の館のあったところが長尾砦、戦国時代、永正9年(1512年)には玉縄城の出城として長尾砦が造成・整備され、長尾城とも言われる。現在でも空壕、塚などが残されているというが、東側の長尾台御霊神社のまわりには全くその跡が見られない。
戦国武将の上杉謙信は、永禄4年(1561年)、関東管領上杉憲政から上杉を相続し、長尾景虎から名を改めた。久成寺(鎌倉市植木)には長尾定景一族墓が残る。主家を継いだ長尾定景は為宗の弟で、三浦義村に使えた。源実朝を暗殺した公暁を討ち取ったことで知られる。越後の長尾氏は定景の子孫ともいわれている。
(表紙写真は長尾台御霊神社)
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神社入口。
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参道階段。
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鳥居。鉄製だ。
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鳥居。鉄製だ。
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境内はゲートボール場。
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拝殿。
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手水鉢。
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拝殿。昭和2年(1927年)に再建、昭和60年(1985年)に改築。
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拝殿。
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拝殿に掛かる「長尾台御霊神社並由緒」。
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「長尾台御霊神社並由緒
鎌倉郡豊田村長尾台字宮之前参百七十二番地
村社御霊神社
一、祭神大国主命
一、由緒 鎌倉鎌倉権五郎の景政の玄孫景弘始めて長尾の地に住し長尾次郎と称す
是長尾氏の祖なり 景弘の長子新五為景 己の祖先を奉斉(斎)せる
村丘村宮前御霊宮の分霊を勧請し当神社を創立せり 後 柏原天皇の御世永正の頃社領二段を有せり
‥‥」
新五為景とは新五郎為宗のことか? -
拝殿。
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「長尾氏居館跡」説明板。
長尾兄弟とは新五郎為宗(兄)と定景(弟)のことだ。 -
稲荷神社の鳥居。
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稲荷神社。
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稲荷神社。
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稲荷神社本殿。
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本殿と拝殿。昭和2年(1927年)に再建、昭和60年(1985年)に改築。
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本殿と拝殿。
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「長尾砦址」説明板。
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