2012/02/18 - 2012/02/18
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ドクターキムルさん
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横浜市栄区笠間2に鎮座する天照皇大神宮山王神社はもともとは天照皇大神を祀る神明社と山の神を祀る山王社があったようだ。「街の達人」と銘打った1/10000の地図には山王神社とある。
現在は、山頂中央に「天照皇大神宮」(昭和51年(1976年)9月銘)の石碑が建てられ、明治41年(1908年)に村内の青木神社に合祀された神明社・山王社が戦後に分祀され、旧に復した。
石碑の傍らにある小さな銅葺き屋根の小さな覆い殿があり、中にもっと小さな社が安置されているが、これが山王神社であろう。
昔は萱葺き屋根の社殿が建っていたという。山頂部が方墳のようになっているが、この平地一杯にぼろぼろの社殿があったようだ。青木神社の社殿より一回りは小さい社殿だったのではあるまいか。その社殿が撤去された後に、中央に「天照皇大神宮」の石碑が建てられ、山王神社は傍らに追いやられたのだろう。山王神社の覆い殿はさらに新しく平成20年以降に建てられたようだ。不思議な屋根の形をしている。
また、かつての笠間裏宿あたりは「笠間山王町町内会」となっており、「裏宿」の町名を棄て古社の「山王」の町名を採ったのであろう。
笠間十字路から大船方面へ200mも行かないあたりの両側を眺めると反対側は低い丘陵のようになっているのに神社側だけが深く切り込まれた切通しで急な崖となっている。その急な崖の上に天照皇大神宮山王神社が鎮座しているのだ。急傾斜斜面では崩落の危険性がある。そんなことにもなれば警察学校あたりにあった第1海軍燃料廠から燃料を運び出せずに軍艦が出航できなくなってしまう。そうしたことを避けるには反対側のように、鎮守の森の木々を伐採し頂上から小さな小山を削って崖を低くした方が無難であろう。氏子たちは天照皇大神を祀って鎮守の森と小高い山を守ったのではないか?山王社に天照皇大神が合祀されるようになり、母屋を取られたのではあるまいか?法面を見上げているとそんな妄想を抱かせる。
なお、の石垣の上には古い石祠があるが、縁起は不明のようだ。
(表紙写真は山王神社か?)
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