2012/02/12 - 2012/02/12
3570位(同エリア7319件中)
イロコさん
鎌倉は30年ぶりぐらいに行きました。
円覚寺は初めて行きました。
鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまい残念でした。
鎌倉駅から小町通りを歩いてみました。
30年前にこの通りを歩いていますが、当時のことは思い出せなかったです。
あのころは今みたいにデジカメもなかったので、写真もたくさん撮っていなかったように思います。
鎌倉にもお寺がたくさんあるのでゆっくりと回ったら楽しいでしょうね。
- 交通手段
- 観光バス
-
円覚寺
元寇の戦死者を弔うために、弘安5年(1282)に8代執権北条時宗が
壮健した。
鎌倉五山第二位の寺。
開山は宋から渡来し、時宗のよき相談役となっていた高僧・無学祖元。
落慶法要の際に奥山から白鹿が説法を聴きに現れたことと、起工の際に
土中から円覚経が出たため、瑞鹿山円覚寺の名がついたと伝わる。
堂宇は幾たびか火災にあったため、一部を除いて建物は江戸時代以降の
再建だが、境内は禅の古刹らしい落ち着きに満ちている。 -
遠隔に総門
-
-
円覚寺配置図
-
山門
重層八脚の堂々たる門。
天明3年(1783)に、中興の大用(だいゆう)国師が再建したもので、正面にかかる「圓覚興聖禅寺」の額は伏見上皇の宸筆。
楼上には(非公開)観世菩薩像と羅漢像が安置されているそうです。 -
山門の後ろ側
楼上に上がる階段が少し見えました。 -
仏殿
禅宗寺院の本堂にあたる建物 -
本尊の宝冠釈迦如来坐像と脇侍の梵天像、帝釈天像などを祭っている。
-
天井の白龍の絵
守屋多々志揮毫、前田青邨監修 -
仏殿横の梅
まだあんまり咲いていません -
選仏場
元禄12年(1699)に経堂を兼ねて建てられた座禅道場。
鎌倉でも珍しくなった藁葺きで、仏師・運慶作と伝わる薬師如来像が祭られている。 -
中の様子
-
唐門
-
-
唐門裏側の龍の彫刻
-
方丈の裏側と庭
-
方丈の裏にある庭園
-
妙香池と虎頭岩
-
まっすぐに進むと北条時宗公廟所などがあります。
-
白鹿洞
白鹿が出現したといわれている仏日庵前にある小さな洞窟 -
白鹿洞の説明
-
仏日庵
弘安4年(1284年)に没した8代執権・北条時宗の廟所。
のちに妻や子供らも合祀した。 -
お茶室
-
如意庵の門と玄関
-
如意庵は見学不可でした
-
玄関とふすまの様子
-
舎利殿の説明
正続院内にあり、3代将軍・源実朝が宋の能仁寺から請来した仏舎利(釈迦
如来の遺骨)を納めるため、北条貞時が弘安8年(1285年)に建立。
現在の建物は。永禄6年(1563)の焼失後、西御門にあった大平寺の客殿を
現在の場所に移築した。
典型的な禅宗様建築としては日本最古のもので、国宝にも指定されている。。
1月1〜3日と11月の宝物風入れの日は、外観のみ一般公開。 -
舎利殿などがある建物は厳しい修行が行われる場所なので
中には入れませんでした。
舎利殿(写真の右側にある建物)の背後(正面に見える建物)には、無学祖元の坐像を安置する開山堂がある。 -
国宝の洪鐘を見に行きます。
かなりの階段を登ると鐘楼につきます。
たどり着くまで何度足が止まったことか・・・。
深呼吸をして呼吸を整えて階段を登りました。 -
洪鐘
正安3年(1301 )年,北条貞時が元寇で疲弊した国家と民の安泰を
祈願して、物部国光に造らせた鐘で、国宝指定。
江ノ島弁財天のお告げで完成したという。
建長寺、常楽寺と並ぶ鎌倉三名鐘のひとつ。
直径1.42m。
高さ2.59mと関東最大級の大きさ。
鐘には「風調雨順 国泰民安」の文字が刻まれている。 -
洪鐘の説明
建長寺、常楽寺と並ぶ鎌倉三名鐘のひとつ。
直径1.42m。
高さ2.59mと関東最大級の大きさ。 -
弁天堂
-
弁天堂の説明
-
弁天堂の説明
すぐ横に弁天堂茶屋があり、ここからは鎌倉の町が見えました。
円覚寺の拝観を終了し、今度は鶴鶴岡八幡宮へ向かいます。 -
鶴岡八幡宮の近くの駐車場にバスは止まりました。
駐車所場にある看板 -
境内への案内看板
-
境内を歩いて行くと舞殿の近くに出ました。
鶴岡八幡宮は源頼朝の先祖・頼義が前九年の役の勝利のお礼に康平6年
(1063)、京都の石清水八幡宮を勧進した材木座の元八幡がそもそもの始まり。
治承4年(1180)、鎌倉に本拠をおいた頼朝が、新たな町の中心として
材木座からこの地に遷営。
その後火災のため、現在の場所に移された。 -
舞殿 (下拝殿)
石段下から本宮を遥拝するための建物。
静御前が源頼朝の命で、文治2年(1186)に「吉野山 峰の白雪踏みわけて
入りにし人の あとぞ恋しき」「静や静 しづのをだ巻きくり返し 昔を今に
なすよしもがな」と源義経を慕う歌を詠みながら舞を披露したところ。
現在の舞殿は、関東大震災後に再建したもの。 -
舞殿
-
-
倒れた大銀杏の幹
承久元年(1219)1月27日、3代将軍・源実朝がこの銀杏に隠れていた
甥の公暁に殺害されたという伝説も残されている。
倒れた幹は移築したそうです。 -
大銀杏の説明
-
倒れた大銀杏の幹
何本か若芽が出ています。 -
本宮に向かい石段を上がっていたら、なんとリスがいました。
-
八幡宮の八の文字は鳩の絵になっています。
それで鳩サブレが作られたようです。
鳩サブレおいしいですが買わなかったです。 -
長い石段の上にたつ八幡大神(応神天皇)を主神とする社。
鎌倉時代は幕府の信仰と政治の中心として栄え、以来多くの武将から厚く
信仰された。
現在の建物は文政11年(1828)に徳川11代将軍家斉が再建したもの。
楼門の左右に設けられた回廊の一部は宝物館になっており、神輿や武具などが
展示されている。 -
振り返って舞殿を眺める
-
丸山稲荷社
本宮西側の小高い丘の上に鎮座する地主神。 -
丸山稲荷社
建久2年(1191)の創建で、純粋かつ本格的な室町中期の和様建築は、
八幡宮最古の建築とされている。 -
若宮(下宮)
境内には他にも白旗神社やボタン園もありましたが、
自由時間があんまりなかったので足早に鎌倉駅の方に向かいました。 -
舞殿と本宮
-
太鼓橋近くから見た本宮
-
太鼓橋の様子
さて桜並木の段葛を歩いて鎌倉駅に向かいましょう。 -
段葛から見た二ノ鳥居
-
段葛のはじまる所と狛犬と二ノ鳥居
鎌倉駅前に行き、小町通りを歩きました。 -
小町通りのお店の横に飾ってある猫の像
-
猫の像の説明文のアップ
-
ふたたび鶴岡八幡宮前に行きました。
太鼓橋の西側に広がる平家池
西の平家池には「死」にを意味する4つの島があります。
反対側に源氏池には、「産」に通じる3っつの島があります。
源氏繁栄と平氏衰亡を祈ったとそうです。
源氏池には旗上弁財天社があり、源頼朝が承久の乱に出陣する際ここで
旗上げしたことからこの名前がついたそうです。 -
また鶴岡八幡宮の境内を歩き舞殿の前に出ました。
駐車場にむかいました。
鎌倉の観光はこれで終了です。
東京に向かうバスの中では夕日に輝く富士山や横浜の少し
ライトアップされた街がみえました。。
レインボーブリッジを渡ったり、
ライトアップされた東京タワーや東京の夜景も見えて
とても満足でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
59