2011/12/13 - 2011/12/14
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ドクターキムルさん
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鎌倉を散策していると五輪塔の墓石が目に付く。鎌倉には稀に鎌倉時代の年号がある五輪塔もあるが、見かける中で年号銘がある多くは現代、それも平成になってからのものが殆んどであろうか。しかし、やぐらや境内に並べられた古びた小型の五輪塔の中には鎌倉時代のものも多くあるはずだ。
先日、平治元年十二月九日銘の木造五輪塔(志古淵(しこぶち)神社(京都府左京区久多))が発見され、新聞を賑わしている。YOMIURI ONLINEには文化面がないからだろうか、掲載されていないが、その他の各社が報道している。しかし、「平治元年十二月九日」の日付が墨書されているのなら、「西暦1160年1月19日」のことである。平治元年はおおむね1159年に該当するため、平治元年(1159年)12月9日と表記されることが多いのは事実ではあるが、こうした「国内最古」を謳う内容の記事に記載されるのは合点がいかない。また、「西暦1160年」のものを「西暦1159年」と表記して、1年古く見せかけようとする意図が感じられて、不快感を覚える。
中でも、asahi.comの記事には、「信西(しんぜい)(藤原通憲〈ふじわらのみちのり〉、1106〜1159)」とあるが、信西が没したのは「平治元年十二月十三日」であり、これは「西暦1160年1月23日」のことである。こうなるともう明らかな誤記になる。尤も、宮崎健司・大谷大博物館 学芸員 教授が「寂念が信西の供養のために奉納した」と述べているが、そうなら、信西は平治元年十二月九日の平治の乱が始まった初日に亡くなったことにもなろうか。
また、宮崎教授が動画で「平治元年」を「1159年」と言い換えているが、どうやら発信元は教授のようだ。新聞記者(毎日新聞の榊原雅晴記者以外は記者名が無いが、)にも文責があることは言うまでもない。
かつて、「平成元年1月1日現在」と書類欄に記載されていて笑ってしまったことがあったが、今回は旧暦と新暦の関係であり、大正や昭和、平成の元号年と西暦年ほど単純ではないが、日本史(〜明治5年(1872年))では考えさせられる問題でもある。
(表紙写真は大谷大学博物館の2011年度冬季企画展示のポスター)
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2011年度冬季企画展 特別陳列「新発見 久多の木造五輪」のポスター。
五輪塔の下に基壇が付き、基壇の左側面に「平治元年十二月九日施入僧寂念」、背面には「入道西念」と墨書されている。
「2011年度冬季企画展
特別陳列「新発見 久多の木造五輪塔」開催にあたって/大谷大学博物館.京都市左京区の北端、滋賀県に接する久多は、古く平安時代の藤原道長の創建した法成寺領とみえてより、連綿と独自な文化を今に伝えています。なかでも8月におこなわれる花笠踊りは国の重要無形文化財に指定され、その文化の高さの一端をうかがわせます。また、花笠踊りの拠点でもある志古淵神社に保管され、現在、本館に寄託されている鎌倉時代前期の『大般若波羅蜜多経』は文化財として高い評価をうけ、昨年4月に京都市指定の文化財となりました。その後、志古淵神社に木造の五輪塔が保管されていることが新たに確認され、本館に寄託されるにいたりました。
本館では、この五輪塔の基礎調査をすすめてまいりましたが、その結果、五輪塔の遺品としてきわめて重要な意味をもつものであり、制作時期が平安時代にさかのぼる可能性の高いものであることが判明しました。
本展では、新たに志古淵神社で発見された木造五輪塔を紹介するとともに、併せて京都市指定文化財の『大般若波羅蜜多経』を展示し、久多のもつ歴史的意義や重要性を広く紹介します。」 -
asahi.comに掲載されている筋野健太撮影の木造五輪塔の写真。
「最古の木造五輪塔発見 「1159年」の記述 京都
国内最古の木造五輪塔=12日、京都市北区の大谷大学博物館、筋野健太撮影
京都市最北部の山あいにある志古淵(しこぶち)神社(左京区)で、平安時代後期の「平治元(1159)年」と記された木造の五輪塔が見つかったと、大谷大学が12日発表した。年号がある現存のものでは国内最古。供養のために建てる五輪塔の初期の姿を伝える貴重な作としている。
大谷大によると、同神社に保管されていた仏典の調査に関連し、蔵に眠っていたのが昨年3月にわかった。土台の基壇は8センチ四方で高さ29センチ。基壇の側面に「平治元年十二月九日」とあり、裏面には神社から南西4キロの峰定寺(ぶじょうじ)を1154(久寿〈きゅうじゅ〉元)年に開いた僧、西念(さいねん)の名が書かれていた。
記載の年月日は、平清盛(1118〜1181)が台頭する契機となった「平治の乱」が起きた日。清盛と手を結びながら乱で没した信西(しんぜい)(藤原通憲〈ふじわらのみちのり〉、1106〜1159)が峰定寺の建立にかかわったことから、この供養の可能性もあるという。 」 -
毎日jpに掲載されている榊原雅晴撮影の木造五輪塔の写真。
「重文級の発見:1159年の墨書 国内最古の木製・五輪塔
京都市左京区久多の志古淵(しこぶち)神社から、「平治元年」(1159年)と墨書のある「五輪塔」が見つかった。大谷大博物館(京都市北区)が12日、発表した。木造としては国内最古で、保存状態も極めてよく、国の重要文化財級の発見という。
神社を管理する地元自治会から昨年5月、寄託された。ヒノキ製で高さ29.3センチ、幅8.4センチ、奥行き7.8センチ。基壇に「平治元年十二月九日」の日付と、「施入僧寂念」「入道西念」などと墨書があった。
五輪塔は仏教思想の宇宙観を表現しており、上から空、風、火、水、地を表す方形や球形の立体が重なっている。平安時代後期以降、墓標の一つとして多く作られた。
現在、最古の五輪塔は1144年に築かれた経塚から出土した常福寺(兵庫県姫路市)の土製五輪塔(国重要文化財)とされる。年紀のあるものでは静岡県・湖西窯跡から出土した陶製五輪塔(1146年、国重文)があり、木製ではこれまで東大寺所蔵の五輪塔(1281年)が最古だった。
「入道西念」は志古淵神社に近い峰定寺(ぶじょうじ)を開いた僧とみられ、「寂念」は平安末期の歌人、藤原為業(ためなり)の可能性があるという。
宮崎健司・大谷大教授(日本古代史)は「寂念が西念の追悼のために作ったのではないか。日付が平治の乱が始まった日なのも興味深い」と話している。【榊原雅晴】」 -
京都新聞に掲載されている木造五輪塔の写真。
「最古の木造五輪塔か 左京・志古淵神社で発見
木造として現存国内最古の可能性がある新発見の五輪塔。基壇に「平治元年十二月九日」とある(京都市北区・大谷大博物館)
大谷大(京都市北区)は12日、左京区久多の志古淵(しこぶち)神社で、木造としては国内現存最古の可能性のある五輪塔が見つかったと発表した。平治元(1159)年の年号が記され、平安末期に地域にゆかりの僧を供養するために作られたのではないかという。
■平治元年と記載、僧侶供養か
五輪塔は基壇を含めて高さ29・3センチ。五輪(上から空輪・風輪・火輪・水輪・地輪)の四方に釈迦(しゃか)如来などを意味する梵字(ぼんじ)が墨で記されている。基壇には「平治元年十二月九日」とあり、久多に寺領があった峰定寺(左京区花背)を開いた平安末期の僧西念と、同時代の歌人で後に出家した寂念の名前があった。「施入僧寂念」と記され、寂念(藤原為業(ためなり))が西念の供養のために作らせた可能性がある。
エックス線で内部を見ると3カ所の空洞があり、空輪に水晶か真珠とみられる5〜6ミリの球体、地輪と基壇には人毛か紙片が入っているとみられる。
これまでに確認されている日本最古の五輪塔は、兵庫県姫路市の常福寺の土製五輪塔(1144年)。木造五輪塔としては奈良市の東大寺の四天王像納入品である五輪塔(1281年)があり、いずれも重要文化財に指定されている。
志古淵神社の五輪塔は同神社所蔵「大般若波羅蜜多経」(鎌倉前期)の調査をきっかけに存在が判明、昨年5月から大谷大の宮崎健司教授らが調べていた。神社が所蔵する経緯は不明で、かつて地域にあった尼寺から大般若波羅蜜多経とともに移されたのではないかという。宮崎教授は「平治元年12月9日は平治の乱が始まった日。峰定寺の建造に関わり、平治の乱で自害した藤原通憲(信西)と何らかの関係があるとも考えられる。平治元年のものなら重文級であり、詳細に検討したい」と話している。
五輪塔は13日から大谷大博物館で開かれる企画展「久多の木造五輪塔」で公開される。17日まで。入館料が必要。
【志古淵神社】 いかだ乗りの安全を守る志古淵大明神を祭る。8月下旬に中世に流行した「灯籠踊り」の面影を伝える国指定重要無形民俗文化財「久多の花笠踊」があり、男たちが花笠灯籠を手に同神社と上の宮神社、大川神社を巡り歌と踊りを奉納する。
【 2011年12月13日 10時33分 】」。 -
共同通信に掲載されている木造五輪塔の写真。
「京都の神社に最古の木造五輪塔 出家の藤原為業が作る?
京都市左京区久多にある志古淵神社から、平安時代末期の平治元(1159)年に制作したことを記す墨書のある木造五輪塔が見つかり、大谷大(同市)が12日に発表した。鑑定した大谷大の宮崎健司教授によると、兵庫県姫路市にある常福寺の土製五輪塔(重要文化財)が1144年の制作とされ、「年号が記された木造五輪塔としては最古。保存状態がよく貴重」としている。」 -
河北新報に掲載されている木造五輪塔の写真。共同通信から写真が配信されている。
「京都の神社に最古の木造五輪塔 出家の藤原為業が作る?
京都市左京区久多にある志古淵神社から、平安時代末期の平治元(1159)年に制作したことを記す墨書のある木造五輪塔が見つかり、大谷大(同市)が12日に発表した。
鑑定した大谷大の宮崎健司教授によると、兵庫県姫路市にある常福寺の土製五輪塔(重要文化財)が1144年の制作とされ、「年号が記された木造五輪塔としては最古。保存状態がよく貴重」としている。
五輪塔の最下段の基壇左側面に「平治元年十二月九日施入僧寂念」、背面には「入道西念」の名前があった。寂念は平安末期の歌人、藤原為業の可能性があるという。」 -
西日本新聞に掲載されている木造五輪塔の写真。共同通信から写真が配信されている。他に東京新聞も共同通信から写真配信を受けていた。
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石造五輪塔(嘉元4年(1306年))。国指定重要文化財「浄光明寺五輪塔」(覚賢塔)。
五輪塔といえば、鎌倉時代〜平成はこの形になる。平安時代は少し形が異なるようだ。
鎌倉では鎌倉時代以降は宝篋印塔が増えていく。
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