2011/09/17 - 2011/09/17
268位(同エリア586件中)
まみさん
2011/09/17土 ヒヴァ観光の代わりにタシケント観光
〜ホテル前からショッタ・ルスタヴェリ通り〜シャフリサーブス通り〜地下鉄でティムール広場最寄りのユーヌス・ラジャビイ駅へ(タシケントのどうってことない郊外の撮影散策)〜
・ティムール広場散策
・ティムール博物館見学
〜サユルガーフ通り(タシケントのブロードウエイ通り)〜
・ナヴォイ記念オペラ・バレエ劇場前を散策──オペラのチケットを購入&新婚さん2カップルで目の保養!?
・国立歴史博物館見学
・トゥルキスタン(Turkistan)劇場でオペラ「蝶々夫人」鑑賞
・夜の独立広場を散策
【タシケント泊:ラデュス JSS(RADUSS JSS)】
負け惜しみもあるけれど、タシケントは、1日くらいは観光したかったところです。
本日は当初の予定では、ヒヴァ観光のはずでした。
でも、昨日、ウズベキスタ航空の国際線の遅延のせいで国内線への乗り継ぎに失敗し、今回はもうヒヴァには行けなくなってしまいました。
でも、ヒヴァは、ウズベキスタンの中でも最も人気の高いところです。無事に観光できていたら、きっと私も、今回のウズベキスタン旅行の中で一番気に入ったのではないかしら。
だけど反対に、初ウズベキスタンの初日の観光でそんなところを見てしまったら、残りの観光地がかすんで見えやしないか、という懸念がありました。
また、当初の旅程では、タシケント観光をする時間はほとんどありませんでした。
ヒヴァやブハラやサマルカンドのような、ゾロアスター教やイスラムの香りたっぷりの、オアシスの隊商隊の町の姿を残すかつてのウズベキスタンを堪能することこそ、ウズベキスタン旅行の醍醐味なのは確かです。
それでも、昔のウズベキスタンだけではなく、ソ連時代を経た現代もウズベキスタンも見たいと思っていました。
だから、タシケント観光も楽しめるはずです。いや、楽しまなくてはなりません!
ただ、タシケント観光の拠点となるティムール広場に出てくるまで、ホテルから地下鉄を利用したら、1時間もかかってしまいました。
やっとティムール広場に到着すると、そこは思ったより閑散としていて、観光客はほとんどいなくて、のんびり休む現地の人が数人いただけ。
観光客で混雑しすぎているのはイヤだけど、いなさすぎるのも、テンションがぐっと下がってしまいます。
でも、タシケントでは、ぜひ見学したいと思っていたミュージーアムを2つ回ることができました。
ティムール広場のすぐそばのティムール博物館では、写真代を払って撮影ができたので、その写真は次の旅行記「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(3)タシケント:ウズベキスタンで大人気の歴史人物ティムールの名の博物館」にまとめました。
国立歴史博物館は10枚までで2万スム(おおざっぱにいうと10ドル)と割高なので、撮影はあきらめまた。
でもどちらも、中央アジアの歴史はにわか勉強でろくに頭に入っていなかった私でも、展示はなんとなく意味が分かりましたし、なによりもエキゾチックで物珍しい物品ぞろいで、とても楽しめました。
ティムール博物館見学後、国立歴史博物館に行く前に、タシケントのブロードウエイとよばれる目抜き通りを通って、日本人抑留兵が建てた評判のナヴォイ劇場の建物を見に行きました。
ブロードウエイことサユルガーフ通りは、これまた思ったより閑散としていて、テンションが上がりませんでした。
土曜日の昼日中だと、あんなものでしょうか。いや、私が思い浮かべていたのと違ったので、見ていて見えていなかったものはいろいろありそうです。
でも路上絵画市があったり、きれいに整備された公園があったりなど、散策は楽しめました。
また、背広をきちんときた学生さんに道を尋ねたら日本語で返ってきたりなど、ぐっと親しみもわく出来事もありました。
ただ、タシケントの新市街の中心は、道幅も建物も巨大で、慣れない観光客にとってはいまいましいくらい、だだっ広い都市でした。
ブロードウエイあたりで軽くランチかティータイムをとろうと思っても、入りたいと思える店はなかなか見つからず……ある店は客が背広の男性ばかりで、その独特な雰囲気に押されて入る気にならなかったのと、別の店はあまりに欧米風で気分がそがれたりして、都会歩きはやはり都会歩き。
これが、どこもかしこも見どころだらけの博物館都市といわれるヒヴァなら、テンションが上がりまくりだったろうと思うと、やはり悔しくてなりませんでした。
ナヴォイ劇場前では再びテンションが上がりました。
もっと簡単に見つかると思ったら、思いの外、時間がかかったし、何度か人に道を尋ねなくてはならなかったので、たどり着いた達成感もありました。
それと、ナヴェイ劇場前でやっと新婚さんカップルを、それも2組も見かけたからです。
9月のウズベキスタンは結婚シーズンと聞いていながら、ティムール広場やブロードウエイでは新婚さんカップルを見かけず、少しがっかりしていたところでしたから。
それに、オペラのチケットもゲットできました!
ナヴォイ劇場で観劇!
これぞ、都会の楽しみです。ヒヴァではとてもできない経験です。
なので、何かいいものを上演していないかなぁ、と思ったら、なんと本日、午後5時から、「マダム・バタフライ」こと「蝶々夫人」を上演する、と垂れ幕の今月の上演予定にあるではないですか。
早速、すぐそばのボックス・オフィスでチケットをゲット!
ところが、チケットを買った後で、「場所はナヴォイじゃないよ」というオチがついていました(泣)。
でも、オペラ観劇には違いなく、ヒヴァではできない都会らしい楽しみ方には違いありません。
ナヴォイでなくても、劇場撮影のしがいはあったので、その楽しみも味わえました。
その写真は、タシケント観光の本日最後の旅行記「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(4)タシケント:トゥルキストン劇場でオペラ観劇&夜の独立広場」にまとめました。
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
「(前略)モンゴル軍に破壊された後、ティムール帝国、シャイバニ朝時代になって町は復興する。1809年にコーカンド・ハン国の支配下に入った頃には、全長約25kmの城壁に囲まれた人口10万の都市に成長していた。
しかし1865年に始まった帝政ロシアによる支配が、町の様相を一変させることになる。ロシア人の入植が続き、土塀が続く旧市街は、瞬く間に整然と区画された町並みに代わっていった。現在のアンホール運河を境に、東にはロシア人の町ができあがり、西のウズベク地域とは分割統治された。
その境界も、1966年4月26日に町を真下から襲った大地震で、一挙に消え去ってしまう。ソ連各地から3万以上の“革命的労働者”が投入され、わずか数年で町はまったく新しい近代都市に生まれ代わった。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
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ティムール広場から見た、旧ソ連の巨大ホテル・ウズベキスタン
あれも一種のタシケントのみどころです。
ウズベキスタン旅行計画を手伝ってくれた旅行代理店の担当者さんは、はじめここを薦めてくれました。
でも、当初の予定では、ヒヴァに行けてればタシケントは寝るだけのはずだったので、もっと安くて空港に近いホテルにしたくて、ここはやめてしまいました。
と思うと、中を見てみたくなりました。見るチャンスはなかったですけど。 -
ティムール広場から見た、時計塔のある建物
実はこの建物はもう一つ、対照的に2つ並んでいました。
その両方を入れた写真は横長になるので、気に入る構図が決められず、あきらめてしまいました。 -
ティムール広場から見た、国際会議場
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国際会議場の屋根のコウノトリ
タシケントはどうか分からないですが、昔はブハラなど、ウズベキスタンではコウノトリが生息していたようです。
そのせいかな。 -
ティムール広場の中心のティムール像とホテル・ウズベキスタン
「広大な新市街
新市街の特徴は、とにかく“広い”のひとことに尽きる。広い道路と建物の単調さが、その印象をよけいに強くする。
新市街の中心は、ティムール広場だ。現在ここには、ウズベキスタンのシンボルともいえるティムール像が建っている。ティムールが手を伸ばす西方向に延びるサイールゴフ通りは、“ブロードウェイ”と呼ばれる通り。この通りを端から端まで歩いて約10分。突きあたりのシャラフ・ラシドフ通りを南下するとウズベキスタン歴史博物館、続いてタシケント・パレス・ホテルがある。
(中略)
地図を見ればわかるように、このティムール広場を砲弾型に取り囲んだ部分が町の中心部で、建物の密度の高い地域といえる。その周りは比較的密度が希薄な地域だが、それでも見どころや、ホテルなどが点在している。バスや地下鉄、トラムなどの公共交通が発達しているので、上手に利用しよう。(後略)」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
さわやかな為政者ぶり(!?)のティムール像のシルエット
背後の国際会議場の屋根のコウノトリさんもお忘れなく@ -
止まっていた公園の噴水
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ティムール広場から見た、青い屋根のティムール博物館を、広場を飾る花壇の赤いフヨウと
このあとティムール博物館に入りました。
その写真は次の旅行記にて。
「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(3)タシケント:ウズベキスタンで大人気の歴史人物ティムールの名の博物館」 -
ティムール広場を囲む環状道路沿いの法曹協会の建物
おお、立派な建物があるなぁ、と足をとめたら、中に入ろうとした人が、「Law Institute」と教えてくれました。
どうりで、このすぐ近くのカフェ・レストランでは、背広の男性ばかりだったはずです。
ウズベキスタンの法曹界には女性はまだあまり進出していないのかもしれません。
昼時だったのでそのレストランは混雑していましたが、ウズベキスタン人らしいちょっと濃い顔の背広、背広、背広……姿ばかりでしたので、とても中に入っていける雰囲気に思えず、引いてしまいました(苦笑)。 -
法曹協会の入口
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タシケントのブロードウエイといわれるサユルガーフ通り
歩行者天国でした。
もっと道の両脇にぎっしりとオープン・カフェとか屋台が並んでいるような通りを想像していたのですが@
気持ちよい散策ができそうな通りではありました。 -
サユルガーフ通りの建物
なんの建物かは分かりませんでした。 -
ふりかえって眺めた、ティムール広場のティムール像
14倍ズームにしたので、背後の車の往来の激しい通りがぐっと詰まった画面になって、肉眼で見たのとはずいぶん印象が違って撮れました。 -
サユルガーフ通り沿いの公園の西洋風(!?)東屋
ティムール博物館と同じ青い屋根に、柱は、ウズベキスタンの伝統的な建物のファサードを飾るアイワーン(細かい浮彫が施された柱)に似ていなくもないので、ひょっとしたらこれはウズベキスタン風というべきなのかもしれません。 -
ここの噴水の水も止まってる……!?
巨大な実のような噴水が可愛らしかったですけど。 -
青空絵画市!
なかなか壮観でした@
でも、日に当たって絵の具の色があせてしまいやしないか、心配になりました。 -
これからブハラやサマルカンドで見られそうなエキゾチックな町や建物をモチーフにした絵もある@
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一枚一枚じっくり眺めたくなる@
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ずらっと続いた青空絵画市
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東屋と絵画市
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ブロードウエイらしい(!?)、おしゃれなショッピングアーケードと時計塔
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BROADWAYと書かれた建物
このあと、このままサユルガーフ通りの端まで行くのをやめて、途中でナヴォイ劇場をめざすことにしました。
そうすると、タシケントで一番楽しみにしていた歴史博物館方面へも進むことになるのです。 -
日本抑留兵が建てたナヴォイ劇場
「旧日本兵が強制労働で造った ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場
1947年に完成した1500人収容の劇場。内装もすばらしく、6つの休憩ロビーは、タシケント、サマルカンド、ブハラ、ホレズム、フェルガナ、テルメズの各地域のスタイルでレリーフが施されている。また、目の前の噴水は、水が吹き上がると綿花(チャイハナでよく見かける急須に描かれている綿花の模様のような感じ)に見えるようにデザインされているそうだ。水が出ているときに確かめてみよう。
実はこの劇場は、第二次世界大戦後タシケントに抑留されていた旧日本兵などの抑留者に、強制労働で造らせた建物のひとつである。「日本人が建てたこの劇場は、地震のときにもびくともしなかった」という誉め言葉を聞くことがある。ここを訪れた際には、強制労働にかかわらず、こうした見事な建物を造り上げた日本人のことも思い出してみよう。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
向かって右のアーチの下へ
方向音痴で町歩きに自信のない私は、サユルガーフ通りからナヴォイ劇場にたどり着くまで、実は2度も道を尋ねてしまいました(苦笑)。
そのうちの一人は、日本語がかなりぺらぺらでした。
もう一人は軽食を食べるために入ったカフェ・レストランの店員さんでしたが、通行人にも確認して、みんなでちょっとあーだこーだ言ってました@ -
9月の上演予定
今晩、なにかいいのをやっていないかしら。
17日は……あっ、マダム・バタフライをやっています!
「マダム・バタフライ」こと「蝶々夫人」は、今年2011年6月に、新国立劇場オペラ版を見ました。
日本の劇場で日本人の演出で、観客も当然日本人を想定していたので、キャストたちの衣装や日本家屋の舞台装置に違和感が少なかった覚えがあります。
歌手はほとんど外国人歌手でしたけどネ。
なので、このオペラを外国人の演出によるこの演目を見てみたいと思っていたところでした。
新国立劇場の「蝶々夫人」の簡単な感想コメントを書いたチラシの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22470453/
関連の旅行記
「2010/2011年シーズン後半の新国立劇場バレエ・オペラ観劇時のロビーの生け花写真コレクション」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10579477/
ほんとはバレエの方が好きなので、バレエの方が見たかったですけどネ。
16日だったら私の大好きな「白鳥の湖」をやっていました。
でも、公演が何もない日もあるので、今晩やるのが、よく知っている、また見たいと思っていたオペラで良かったです。 -
ナヴォイ劇場前で記念写真を撮りに来ていた新婚カップル1組目
新婚さんカップルにはティムール広場で会えるかと思ったのですが、さほど人気の撮影スポットではないんでしょうか。
代わりにここは人気の撮影スポットらしく、このすぐ後に2組目のカップルもやってきました。 -
記念撮影中@
-
新婚カップルの撮影チームの一人が、ナヴォイ劇場の切符売り場の人に、撮影のために中に入らせてもらうように交渉中
ナヴォイ劇場のチケット売り場、フロントの柱でした。
ちなみに、私が「蝶々夫人」のチケットを買ったのも、もちろんここ。 -
ナヴォイ劇場の外玄関ホールの天井
これを見ると、中の様子を少しは想像できます。
今晩のオペラの会場がナヴォイ劇場だったら、いまこのときに撮らなかった写真です。
でも、チケットを買った直後に場所が違うって分かったから……。 -
ナヴォイ劇場前の噴水
噴水の水は常に噴き出ていたわけでなかったので、待つ必要がありました。そうと知らずに、新婚さんを見ていたりしてのんびりしていたおかげで、シャッターチャンスが@
これが綿花の形の噴水なのですね。 -
ナヴォイ劇場前で記念撮影をしていた新婚カップル2組目
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あっ、新郎の目線がこっちに@
実はこっそり撮っていたんです。
でも、新婚さんがVサインをしてくれました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/23645115/
関連の旅行記
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその6:笑顔を向けてくれたウズベキスタンの人々」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10617185/ -
記念撮影中のカップルがいるナヴォイ劇場
-
タシケントで一番楽しみにしていたウズベキスタン歴史博物館へ
「ウズベキスタンの歴史をひとめぐり ウズベキスタン歴史博物館
ウズベキスタン通史をざっと学ぶには最適の大きな博物館。3階には石器時代からウズベク3ハン国にいたるまでの歴史が展示されている。最大の見ものは、テルメズ近郊のファヨーズ・テペ遺跡から出土したクシャン朝(1〜3世紀)時代の仏像だろう。穏やかな顔をした表情が印象的で、小さなものではあるが、一級のガンダーラ仏といえる。
4階はロシア帝国の征服以後の歴史。独立以後の展示部分では、現在のウズベキスタンの産業も一覧できる。
英語の解説は時折要約があるだけなので、事前に少し中央アジアの歴史を学んでおくと楽しめる。入口は建物の北側。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
ウズベキスタン歴史博物館の入口のある側
見学時間は14時10分から15時35分でした。
「国立歴史博物館 O'zbekiston Tarixi Davlat Muzeyi
先史時代から現代までのウズベキスタンの歴史が一通りたどれるようになっている。英語の説明あり。見どころはテルメズ近郊の仏教寺院遺跡ファヤズテペから発掘された、クシャン朝期の小さな仏像だ。また、第一次大戦からロシア革命にかけてのセクションでは、これまで語られることが少なかったバスマチ戦争(革命時からソ連初期まで続いた赤軍とムスリム・ゲリラの戦い)の指導者や、1918年のコーカンでの赤軍による大虐殺の展示があり、ここでも歴史の見直しが進んでいることはうかがえる。
最後のセクションは、やはりカリモフ大統領の巨大な写真と、現在の共和国の発展を示す資料で締めくくられている。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
ウズベキスタン歴史博物館の入口
入場料は4,000スムでした。
(2011年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=43.90円(約50円で換算))
写真代は10枚限定で30,000スム(「地球の歩き方」より。実際にはもう少し値上がりしていた気がしますが、メモしなかったので忘れました)。
これはちょっと高すぎるので、あきらめました。
でも、寸胴でプリミティブで可愛らしいトルコの石像を見かけたときは、30,000スムを払っても写真を撮れるようにするんだったと後悔しました。
「地球の歩き方」にも写真が載っていたクシャン朝の仏像は、静謐な魅力があって、眺めているだけで心が落ち着くような、すばらしい仏像でした。
中央アジアの歴史はあまり詳しくないけれど、展示物からだいたいの歴史は分かったのですが、4階の現代の展示になると写真資料が圧倒的に増えて、意味が分からなくなるのが残念でした。
1918年のコーカンの大虐殺の写真は一目で分かりました。
独立後の産業市などで国をあげての建造物の模型の写真などは興味深かったです。銀行や金融の発展のところだと思うのですが、いろんなVISAカードがずらりとあったのも面白かったです。
1,000スム別払いで、特別展の韓国の文化展にも入りました。
何かなぁと入ってしまったので、なんとなく、別払いならいいです、と引き返しづらい雰囲気でしたから。
展示室は2部屋だけでした。
村の2〜3家族が総出でキムチを作っている人形は、非常に可愛らしくて面白くて気に入りました。
韓国の仮面劇の仮面の中では、能面の「翁」の笑い顔の「白式尉(しろしきじょう)」や、狂言の鬼の「武悪(ぶあく)」に似て非なるものは、私にとって意外な共通点で、興味深く思いました。 -
オペラ観劇会場のトゥルキストン劇場に向かう途中で見かけた館
地下鉄ムスタキルリック・メイダヌの近くでした。
ガイドブック「シルクロード」の地図にあったロマノフ宮殿でしょうか。
柵の間から撮りました。 -
オペラ観劇会場のトゥルキストン劇場に向かう途中で見かけた館を、今度は前庭と一緒に
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独立広場のゲートと噴水
ゲートの上にいるのはフェニックスのようです。
劇場へと急いでいたので、独立広場散策は観劇後の帰りとなりました。
その写真はタシケント旅行記最後の「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(4)タシケント:トゥルキストン劇場でオペラ観劇&夜の独立広場」にまとめました。 -
独立広場の噴水
噴水の高さは、少なくとも私がこの横を歩いている間は、ずっとこのままでした。 -
ナヴォイ大通りとシャラフ・ラシドフ通りの交差点の青い屋根と白い壁がさわやかな建物@
-
ナヴォイ大通りとシャラフ・ラシドフ通りの交差点にて
この後、トゥルキストン劇場で17時からオペラを鑑賞するのですが、旅行記は昼間のティムール博物館で撮った写真を集めた「2011年秋ウズベキスタン旅行第2日目(3)タシケント:ウズベキスタンで大人気の歴史人物ティムールの名の博物館」へとつづきます。
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