2011/09/20 - 2011/10/15
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keithforestさん
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ボヘミアからモラビアに入って、これまた世界遺産の街、テルチにまいります。昔の街並みそのままに保存されている・・・といえば聞こえは良いのですが、そのまま放り出されていたといっても良いわけですが、ここ20年で随分修復することができたものです。しかし、小さな教会を見付けて入ってみると、日曜日だというのに礼拝も行われていない上に、どうも表からの入り口が見つからないのです。
そこからこれまた世界遺産の街、トシェビーチへとまいります。古い教会、そしてこれまた古いユダヤ人地区を見物致します。
今日の逗留地は大都市Brnoでございます。
大きな声ではいえませんが、段々どこのどんな教会だったのか、見分けがつかなくなって参りますよ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
-
やれやれ、ようやく無愛想ホテルから出発です。ここから先、殆ど朝ご飯がこんな案配です。今日なんて果物があるだけまだマシでしたね。
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これがテルチの街の広場ですよ。広いでしょ?広いんですよ。
日曜日の朝、天気晴朗でございます。殆ど人がいませんよ。カフェの表でお茶にしている人たちも皆さん、観光客でしたよ。 -
軒並みこんな具合の家になっていて、そのうちの大部分がお土産物やさんになっています。それにしても良くそのままに残っているものですねぇ。
こちらが15号館と呼ばれている建物です。 -
その角の家と、この黒く模様が書き込まれている家が有名な家らしいんですが、その周りだってみんな同じような気がしないでもありませんね。
で、こっちが61号館といわれているそうです。 -
よぉ〜く近寄って見ると、見るとこんな具合で、放りっぱなしになっていた時はどうなっていたんだろうかという気になります。
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テルチのお城でございます。
14世紀に建てられたのが始まりだというお城です。三つの池に取り囲まれているというお城です。 -
サハリアッシュ広場に戻ってみると、教会の塔らしきものが見えているわけで、日曜日の午前中ですから、なにかやっているんじゃないかといってみると、入り口と書いてあるのがとっても狭い、それもすぐに階段を上がるところです。
入り込んでみると女性がひとりいて、そこで入場料を払います。大した金じゃありませんでした。おかしいなと思いながら入ると、そこが塔の下で、これは教会には入れないのかと、教会はどちらです?とお伺いするとここからだという。ちょっと見えている狭い入り口から先を見るとそれがここで、教会でした。これは裏から入ったところで本来の入り口は反対側かと見るけれど、全然そうではない。結局これだけで、多分教会としてはもう使われていないのではないでしょうか。 -
16世紀の火事で燃えちまった街並みを再建する時に、ルネサンスか、初期バロックスタイルでなくてはならないという枠を嵌めたので、こういう街並みになったというんだそうです。
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もちろんこの広場にも三位一体の塔が立っておりますな。そうこうするうちにお昼時になってきて、お腹が空いてきました。
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広場の奥、この木の向こうのレストランでお昼になりました。
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テルチから30kmほど東にあるトシェビーチにやってまいりました。
13世紀にベネディクト派の修道士が建てたといわれている聖プロコピウス大聖堂なんです。残念ながら中は写真が撮れませんでしたから、ご覧いただけませんけれど、実はロマネスクからゴシックへ移っていく過程に建設が続行されていましたから、両方の形式を見ることができるんです。
石は良く見ると、それぞれなんか印があるんです。なんだろうと思ったら、要するに寄進した人たちが自分でつけた印だそうです。
下のフロアーに降りると、あとから明かり取りの窓近くが改造された跡があって、なんだろうと思うと、一時期ビールの醸造に使われていて、外からビールをくみ出す口だったそうです。 -
これが特定の寄進者の印なんだそうです。
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教会の先から見下ろすと街がよく見えます。で、その横からこうして降りていくと、この先がすぐにかつてのユダヤ人が暮らしていた街区になっています。
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こんな具合に街ができていて、突き当たりは確かビール会社だったでしょうか。この街並みをためつすがめつしながら歩いて行くと、古い家から降りてきた二人連れが、ヘルメットを被るとそこに置いてあった大きなオートバイに乗って出掛けていきました。
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ユダヤ人地区の中が坂道になっています。
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もちろんユダヤ人地区だったわけですから、シナゴーグがなくてなりません。今はコミュニティーセンターとして使われているんだそうですが、おおよそ昔の雰囲気を残していると思っても良いのだそうです。
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これが昔、実際にシナゴーグとして使われていた時の様子のようです。
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ここには当時のユダヤ人街の暮らしぶりを展示するべく、このシナゴーグの隣と繋げてあって、こんな展示がしてあって、当時を忍ぶことができます。
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駐車場へ戻る途中のトイレの入り口はこんな具合になっています。左が男性、右が女性で、まずどちらかのボタンを押します。それから5コロナ(日本円で約25円)硬貨を入れます。するとドアが開く、というわけです。
さて、ここからまた東へ、約50kmほど走って今日はブルノ(Brno)に逗留です。
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