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8月6日 「パリ編PartⅠ」<br /><br />いきなりの「ミロのビーナス」!<br />この日はもちろんルーブル美術館に入館です。<br />ですが、ツアーの悲しい宿命。<br />考えられますか?「じっくり見たら1週間かかっても見尽くせない」と言われるこの美術館を、たった1時間で見学・・・?!。<br /><br />この時ですねー、ツアーの限界を感じてしまったのは・・・。<br />それまでは食事も付いて至れり尽くせりだったから、多少の不満はあっても、まぁこんなもんという気持ちがあったんだけど、ここの1時間はやっぱ辛いです。<br />で、必ずパリには戻ってまいります、もう一度行きたい所がパリにはいっぱいある。リベンジ、リベンジ!<br /><br />まぁまぁ不満はありますが、それでも初パリ。<br />気持ちを切り替え、その時その場所で味わえる感動を胸に<br />思い切りテンションをあげて・・・。<br /><br />では、旅行記を見ていただくことにしましょう。<br /><br /><br />< 旅 程 ><br /><br />☆8月1日(関空→パリ→ニース)<br />☆8月2日(ニース→モナコ→エクス=アン=プロヴァンス)<br />☆8月3日(エクス=アン=プロヴァンス→アルル→アヴィニヨン→リヨン)<br />☆8月4日(リヨン→ロワール古城→トゥール)<br />☆8月5日(トゥール→サンマロ)<br />★8月6日(サンマロ→パリ)<br />☆8月7日(パリ→ヴェルサイユ→パリ)<br />☆8月8日(パリ→関空)<br />☆8月9日(関空→自宅)

フランス窓便り・・・⑦(パリ編PartⅠ)

6いいね!

2007/08/01 - 2007/08/09

10054位(同エリア17044件中)

2

50

ねいちゃ

ねいちゃさん

8月6日 「パリ編PartⅠ」

いきなりの「ミロのビーナス」!
この日はもちろんルーブル美術館に入館です。
ですが、ツアーの悲しい宿命。
考えられますか?「じっくり見たら1週間かかっても見尽くせない」と言われるこの美術館を、たった1時間で見学・・・?!。

この時ですねー、ツアーの限界を感じてしまったのは・・・。
それまでは食事も付いて至れり尽くせりだったから、多少の不満はあっても、まぁこんなもんという気持ちがあったんだけど、ここの1時間はやっぱ辛いです。
で、必ずパリには戻ってまいります、もう一度行きたい所がパリにはいっぱいある。リベンジ、リベンジ!

まぁまぁ不満はありますが、それでも初パリ。
気持ちを切り替え、その時その場所で味わえる感動を胸に
思い切りテンションをあげて・・・。

では、旅行記を見ていただくことにしましょう。


< 旅 程 >

☆8月1日(関空→パリ→ニース)
☆8月2日(ニース→モナコ→エクス=アン=プロヴァンス)
☆8月3日(エクス=アン=プロヴァンス→アルル→アヴィニヨン→リヨン)
☆8月4日(リヨン→ロワール古城→トゥール)
☆8月5日(トゥール→サンマロ)
★8月6日(サンマロ→パリ)
☆8月7日(パリ→ヴェルサイユ→パリ)
☆8月8日(パリ→関空)
☆8月9日(関空→自宅)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
2.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
航空会社
エールフランス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
日本旅行
  • 7:20にサンマロを出発し、12:30パリに到着、まずは昼食の予定。<br /><br />夏の日差しに彩られる花の都パリ・・・のハズ・・・だったんだけどなぁ。<br />快晴に恵まれていた今回の旅で、初めての雨・・・しかも初めてのパリで。<br /><br />写真は市内に入ってから、なんか見えたクリシー広場。この像はモンセー元帥のクリシーでの戦いの記念碑だそう、この元帥皇帝ナポレオンを守ろうと頑張ったんだけど、1814年3月にパリは陥落しちゃって、ナポレオンは退位なさいました。

    7:20にサンマロを出発し、12:30パリに到着、まずは昼食の予定。

    夏の日差しに彩られる花の都パリ・・・のハズ・・・だったんだけどなぁ。
    快晴に恵まれていた今回の旅で、初めての雨・・・しかも初めてのパリで。

    写真は市内に入ってから、なんか見えたクリシー広場。この像はモンセー元帥のクリシーでの戦いの記念碑だそう、この元帥皇帝ナポレオンを守ろうと頑張ったんだけど、1814年3月にパリは陥落しちゃって、ナポレオンは退位なさいました。

  • フランス犬便り〜♪<br /><br />雨の中を自動車で、家族みんなでどこいくのー?<br />普通に人間のように座って乗ってますね、お利口です!<br />最初はお子さんだと思っていたので、思わず「二度見」。

    フランス犬便り〜♪

    雨の中を自動車で、家族みんなでどこいくのー?
    普通に人間のように座って乗ってますね、お利口です!
    最初はお子さんだと思っていたので、思わず「二度見」。

  • バスはどうやらクリシー通りに入ったようで、突然ムーラン=ルージュの風車が見えました。慌ててデジカメで過ぎ去る瞬間を・・・、間にあった?!<br /><br />1887年モンマルトルにできたキャバレー。「ルージュの伝言」のルージュで赤、ムーランは風車、なんかそのまんま。<br />1日に2回のショーがあり、19時から21時までのディナー付が1万9千円前後、21時から23時前のドリンク付きが1万1千円前後(料金は2011年10月現在)。日本からも予約ができますよん。<br /><br />ムーランルージュ公式サイト・予約フォーム(日本語)<br />http://paris-kanko.com/mail_mrg/

    バスはどうやらクリシー通りに入ったようで、突然ムーラン=ルージュの風車が見えました。慌ててデジカメで過ぎ去る瞬間を・・・、間にあった?!

    1887年モンマルトルにできたキャバレー。「ルージュの伝言」のルージュで赤、ムーランは風車、なんかそのまんま。
    1日に2回のショーがあり、19時から21時までのディナー付が1万9千円前後、21時から23時前のドリンク付きが1万1千円前後(料金は2011年10月現在)。日本からも予約ができますよん。

    ムーランルージュ公式サイト・予約フォーム(日本語)
    http://paris-kanko.com/mail_mrg/

  • さらにバスは進んで、おっ!サクレ=クール寺院[Basilique du Sacre-Coeur]だ!<br /><br />もともとこの寺院は、普仏戦争の戦死者を讃えるために1877年建設が始まったですが、公開されたのが1919年WW?後。普仏戦争ではドイツに負けたフランスですが、WW?ではそのドイツをやっつけました。だから戦死者うんぬんよりも「ドイツざまーみろ!」的な象徴の建造物となったわけです。<br />ドーム部分がやけに細長くて何だか落ち着かない感じですが、そういや映画「アメリ」にも出てましたね−。こっからの眺めはむっちゃいいそうだから、次は上ってみましょう。ただしこのへんは治安が悪いみたいだけど。

    さらにバスは進んで、おっ!サクレ=クール寺院[Basilique du Sacre-Coeur]だ!

    もともとこの寺院は、普仏戦争の戦死者を讃えるために1877年建設が始まったですが、公開されたのが1919年WW?後。普仏戦争ではドイツに負けたフランスですが、WW?ではそのドイツをやっつけました。だから戦死者うんぬんよりも「ドイツざまーみろ!」的な象徴の建造物となったわけです。
    ドーム部分がやけに細長くて何だか落ち着かない感じですが、そういや映画「アメリ」にも出てましたね−。こっからの眺めはむっちゃいいそうだから、次は上ってみましょう。ただしこのへんは治安が悪いみたいだけど。

  • この後、昼食だったのですが、運転手のオリビエがまたやってくれちゃって、道を間違い続けます。あらかじめ調べておくということができない性格のようで、道の真ん中で、窓あけて、隣のバイクに道を聞くというありさま。ある意味フランス人はスゴイ。<br />昼食は初エスカルゴ、まぁ普通の貝ですね、それなりに美味でした。<br /><br />写真はリセ=シャプタル[Lycee Chaptal]。フランスの高等学校だと思われます。この場所、グーグルアースで見つけるの大変でしたっ、半日パリの街とにらめっこしてました。(笑)

    この後、昼食だったのですが、運転手のオリビエがまたやってくれちゃって、道を間違い続けます。あらかじめ調べておくということができない性格のようで、道の真ん中で、窓あけて、隣のバイクに道を聞くというありさま。ある意味フランス人はスゴイ。
    昼食は初エスカルゴ、まぁ普通の貝ですね、それなりに美味でした。

    写真はリセ=シャプタル[Lycee Chaptal]。フランスの高等学校だと思われます。この場所、グーグルアースで見つけるの大変でしたっ、半日パリの街とにらめっこしてました。(笑)

  • エトワール凱旋門[Arc de triomphe de l&#39;Etoile]<br /><br />14:20遅い昼食(遅いのはオリビエのせい!)を終えて、バスで市内観光となります。おおー、目の前に凱旋門が見えてきました。バスはここをグルグルと回ります、車窓見学だけ・・・悲し。<br /><br />凱旋門は戦勝記念碑なので、別にフランスだけではなく、ローマにもいくつも残っています。ただ凱旋門というと、このエトワール凱旋門を指すくらい、ほとんど固有名詞化しちゃってますねぇ。<br /><br />エトワールというのは「星」のことで、ここから放射状に道路が伸びていることから、かつては「星の広場」と呼ばれていたんですけど、今は「シャルル=ド=ゴール広場」と名前が変わってます。でもド=ゴールの凱旋門とは言いません。<br /><br />

    エトワール凱旋門[Arc de triomphe de l'Etoile]

    14:20遅い昼食(遅いのはオリビエのせい!)を終えて、バスで市内観光となります。おおー、目の前に凱旋門が見えてきました。バスはここをグルグルと回ります、車窓見学だけ・・・悲し。

    凱旋門は戦勝記念碑なので、別にフランスだけではなく、ローマにもいくつも残っています。ただ凱旋門というと、このエトワール凱旋門を指すくらい、ほとんど固有名詞化しちゃってますねぇ。

    エトワールというのは「星」のことで、ここから放射状に道路が伸びていることから、かつては「星の広場」と呼ばれていたんですけど、今は「シャルル=ド=ゴール広場」と名前が変わってます。でもド=ゴールの凱旋門とは言いません。

  • 1805年12月、ナポレオンはアウステルリッツの三帝会戦で、ロシアとオーストリアの連合軍を撃破します。この戦いはロシア皇帝アレクサンドル1世と神聖ローマ皇帝フランツ1世をフランス皇帝ナポレオン1世が破った戦いなので、三人の皇帝が一同に会した戦いという意味で「三帝会戦」と呼ばれるわけです。この勝利を祝い、ナポレオンは古代ローマ帝国にならって凱旋門の建設を命ずるのです。<br /><br />凱旋門は1836年の七月王政期に完成したんですが、ナポレオンはとっくの昔(1821年5月)に南大西洋の孤島セント=へレナ島で亡くなっておりました。彼の「セーヌ川のほとり・・・」という遺言を受けて、1840年12月、ナポレオンをおさめた棺はこの凱旋門を通り、アンヴァリッド(廃兵院)に運ばれました。死してようやくパリに凱旋・・・。

    1805年12月、ナポレオンはアウステルリッツの三帝会戦で、ロシアとオーストリアの連合軍を撃破します。この戦いはロシア皇帝アレクサンドル1世と神聖ローマ皇帝フランツ1世をフランス皇帝ナポレオン1世が破った戦いなので、三人の皇帝が一同に会した戦いという意味で「三帝会戦」と呼ばれるわけです。この勝利を祝い、ナポレオンは古代ローマ帝国にならって凱旋門の建設を命ずるのです。

    凱旋門は1836年の七月王政期に完成したんですが、ナポレオンはとっくの昔(1821年5月)に南大西洋の孤島セント=へレナ島で亡くなっておりました。彼の「セーヌ川のほとり・・・」という遺言を受けて、1840年12月、ナポレオンをおさめた棺はこの凱旋門を通り、アンヴァリッド(廃兵院)に運ばれました。死してようやくパリに凱旋・・・。

  • 写真の彫刻は、シャンゼリゼ通りから見て向かって右側にあるもの。題名は「出発」、フランソワ=リュードの作品です。凱旋門を飾る彫刻のうち、たぶん最も有名なもの。別名を「ラ=マルセイエーズ」と言うのですが、むしろ別名の方が名高いかもしれません。<br />1792年プロイセン・オーストリアが、露骨に革命への干渉を企てたため、祖国の危機を迎えます。その時、マルセイユから駆けつけた義勇兵が歌っていたのがこの楽曲。現フランス国歌です。

    写真の彫刻は、シャンゼリゼ通りから見て向かって右側にあるもの。題名は「出発」、フランソワ=リュードの作品です。凱旋門を飾る彫刻のうち、たぶん最も有名なもの。別名を「ラ=マルセイエーズ」と言うのですが、むしろ別名の方が名高いかもしれません。
    1792年プロイセン・オーストリアが、露骨に革命への干渉を企てたため、祖国の危機を迎えます。その時、マルセイユから駆けつけた義勇兵が歌っていたのがこの楽曲。現フランス国歌です。

  • ちなみに、シャンゼリゼ通りから見て、向かって左側の彫像は、題名は「勝利」、ジャン=ピエール=コルトーの作。ナポレオン1世の頭に月桂樹の冠が載ってます。勝利の女神ニケが空を飛んで、イタリア遠征を祝福しているようです。<br /><br />その反対側のシャルル=ド=ゴール通りから見て向かって右の彫像は、題名「レジスタンス」、アントワーヌ=エテクスの作。向かって左の彫像は、題名「和平」、アントワーヌ=エテクス作。ただ「出発」以外はマイナー感は否めないっす。

    ちなみに、シャンゼリゼ通りから見て、向かって左側の彫像は、題名は「勝利」、ジャン=ピエール=コルトーの作。ナポレオン1世の頭に月桂樹の冠が載ってます。勝利の女神ニケが空を飛んで、イタリア遠征を祝福しているようです。

    その反対側のシャルル=ド=ゴール通りから見て向かって右の彫像は、題名「レジスタンス」、アントワーヌ=エテクスの作。向かって左の彫像は、題名「和平」、アントワーヌ=エテクス作。ただ「出発」以外はマイナー感は否めないっす。

  • 凱旋門にはいる地下道入口は、シャルル=ド=ゴール通りの北側歩道にあります。みなさん、シャンゼリゼ通り側で探すみたいで、結構わかりにくいらしいです。<br /><br />メトロの最寄り駅はシャルル=ド=ゴール=エトワール[Charles de Gaulle Etoile]地下鉄1・2・6線<br /><br />チケットは9.5ユーロ(2011年9月現在)ですが、時期によっては長蛇の列。ここはパリ=ミュージアム=パスでさらっと入場するのが、オシャレでしょう。<br /><br />なんて、えらそうに言ってますが、これはネットで調べたもの。私たちは車窓でグルグル・・・、でもいつか入ってやる!!!そのための下調べー。<br /> 

    凱旋門にはいる地下道入口は、シャルル=ド=ゴール通りの北側歩道にあります。みなさん、シャンゼリゼ通り側で探すみたいで、結構わかりにくいらしいです。

    メトロの最寄り駅はシャルル=ド=ゴール=エトワール[Charles de Gaulle Etoile]地下鉄1・2・6線

    チケットは9.5ユーロ(2011年9月現在)ですが、時期によっては長蛇の列。ここはパリ=ミュージアム=パスでさらっと入場するのが、オシャレでしょう。

    なんて、えらそうに言ってますが、これはネットで調べたもの。私たちは車窓でグルグル・・・、でもいつか入ってやる!!!そのための下調べー。
     

  • えっとー、なんかの像です。<br />で、済むわけないのが私の性分、ちょっと待っててね・・・・・・。<br /><br />見つけました・・・えっとね、ジョージ=ワシントンの像ですね。<br />え”、え”え”・・・なんで?!初代アメリカ大統領じゃないですか!<br />アメリカ独立戦争の際、フランスはアメリカ側を援助し、終結したのがパリ条約、こういった関係が背景にあるのかもしれません。でもなんでディエナ広場なんだろう?謎は深まる一方ですが、パリには無尽にこのような彫像があるので、余り気にすると一歩も歩けないので、パリ条約を結んだからということにしておきましょうね。うんうん。

    えっとー、なんかの像です。
    で、済むわけないのが私の性分、ちょっと待っててね・・・・・・。

    見つけました・・・えっとね、ジョージ=ワシントンの像ですね。
    え”、え”え”・・・なんで?!初代アメリカ大統領じゃないですか!
    アメリカ独立戦争の際、フランスはアメリカ側を援助し、終結したのがパリ条約、こういった関係が背景にあるのかもしれません。でもなんでディエナ広場なんだろう?謎は深まる一方ですが、パリには無尽にこのような彫像があるので、余り気にすると一歩も歩けないので、パリ条約を結んだからということにしておきましょうね。うんうん。

  • エッフェル塔[La tour Eiffel]<br /><br />14:30シャイヨー宮前で下車、路上にバスを長く止められないので慌てて下車。エッフェル塔は下車観光です、ちょっと良かった。ただし、折角の絶景がこの曇天・・・晴れていれば、もっと感銘を受けたに違いありません。<br />まぁ次にパリに来たときに期待しましょう。今は今を楽しむべき。

    エッフェル塔[La tour Eiffel]

    14:30シャイヨー宮前で下車、路上にバスを長く止められないので慌てて下車。エッフェル塔は下車観光です、ちょっと良かった。ただし、折角の絶景がこの曇天・・・晴れていれば、もっと感銘を受けたに違いありません。
    まぁ次にパリに来たときに期待しましょう。今は今を楽しむべき。

  • フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われる第4回万国博覧会のために建造。ギュスターヴ=エッフェル[Alexandre Gustave Eiffel]の案が採用され、1887年1月着工、1889年3月完成。博覧会に間に合わせるため、わずか2年2ヶ月で造られました。<br /><br />産業革命が本格化し、世界が鉄の時代を迎えたことを象徴する建造物で、安価で良質の鉄骨の大量生産が可能となったことを示す、画期的なものでした。ただし、パリの街に突如と現れた「鉄の貴婦人」に対して賛否両論。モーパッサンなどはよくエッフェルのレストランに通っていたのですが、「いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」というのが理由だそうです、でもホントかな?究極のあまのじゃくだったりしてねー。<br /><br />それも昔、今じゃ立派なパリの顔です。ルーブル前のガラスのピラミッドもそうですけど、昔の景観を変えるには反対がつきもの、いいものだったら時間が解決してくれます。ただし、いいものだけ・・・ネ。

    フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われる第4回万国博覧会のために建造。ギュスターヴ=エッフェル[Alexandre Gustave Eiffel]の案が採用され、1887年1月着工、1889年3月完成。博覧会に間に合わせるため、わずか2年2ヶ月で造られました。

    産業革命が本格化し、世界が鉄の時代を迎えたことを象徴する建造物で、安価で良質の鉄骨の大量生産が可能となったことを示す、画期的なものでした。ただし、パリの街に突如と現れた「鉄の貴婦人」に対して賛否両論。モーパッサンなどはよくエッフェルのレストランに通っていたのですが、「いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」というのが理由だそうです、でもホントかな?究極のあまのじゃくだったりしてねー。

    それも昔、今じゃ立派なパリの顔です。ルーブル前のガラスのピラミッドもそうですけど、昔の景観を変えるには反対がつきもの、いいものだったら時間が解決してくれます。ただし、いいものだけ・・・ネ。

  • アクセスは地下鉄6号線ビラケム[Bir Hakeim]駅下車。<br />最上階までエレベーターの入場料は13.4ユーロ(2011年10月現在)。並ばないで入るには事前予約が必要とのこと(ただし中では手荷物検査とエレベーター待ちの時間はかかります)、割高ですが日本の業者も取り扱っています。<br /><br />これも下調べ・・・旅行記書きながら次の準備もさせていただくなんて、申し訳ありませんね。(^^;)<br /><br />ところで、みなさんご存じですか?初代の大阪通天閣(今建ってるのとは違うヤツです)、あれはね、下の部分が凱旋門でその上にエッフェル塔をのっけた外観だったんですよぉ。大阪人ってスゴイでしょー、「パリにあるもん、全部くっつけたれ!」。雅な京都人である私はやはり一線を画したいような・・・。(笑)

    イチオシ

    アクセスは地下鉄6号線ビラケム[Bir Hakeim]駅下車。
    最上階までエレベーターの入場料は13.4ユーロ(2011年10月現在)。並ばないで入るには事前予約が必要とのこと(ただし中では手荷物検査とエレベーター待ちの時間はかかります)、割高ですが日本の業者も取り扱っています。

    これも下調べ・・・旅行記書きながら次の準備もさせていただくなんて、申し訳ありませんね。(^^;)

    ところで、みなさんご存じですか?初代の大阪通天閣(今建ってるのとは違うヤツです)、あれはね、下の部分が凱旋門でその上にエッフェル塔をのっけた外観だったんですよぉ。大阪人ってスゴイでしょー、「パリにあるもん、全部くっつけたれ!」。雅な京都人である私はやはり一線を画したいような・・・。(笑)

  • シャイヨ宮[Palais de Chaillot]<br /><br />1937年パリ万国博覧会開催にあわせて、旧トロカデロ宮が取り壊されて建てられました。パリは万国博覧会が余程好きなんでしょうね、その度に新建造物が出来るパリ。「宮」と言ってますが、ここは現在博物館。<br /><br />外観的には湾曲した双翼をもちます。写真は向かって左手かな?ここからの眺望は(晴れていれば)ホントに絶景だと思います。<br />かつてヒトラーがパリを占領した時も、ここから写真をとってドヤ顔をしていて第二次世界大戦の象徴となるんですが、私的には世界人権宣言採択地であったという方に一票を差し上げたい。<br /><br />

    シャイヨ宮[Palais de Chaillot]

    1937年パリ万国博覧会開催にあわせて、旧トロカデロ宮が取り壊されて建てられました。パリは万国博覧会が余程好きなんでしょうね、その度に新建造物が出来るパリ。「宮」と言ってますが、ここは現在博物館。

    外観的には湾曲した双翼をもちます。写真は向かって左手かな?ここからの眺望は(晴れていれば)ホントに絶景だと思います。
    かつてヒトラーがパリを占領した時も、ここから写真をとってドヤ顔をしていて第二次世界大戦の象徴となるんですが、私的には世界人権宣言採択地であったという方に一票を差し上げたい。

  • 再び凱旋門に戻って、シャンゼリゼ大通りへ。<br /><br />おーシャンゼリゼ〜♪と日本人ならなぜか歌ってしまいますが、この続きをちゃんと歌える人をこれまた、なぜか見たことがない・・・(笑)<br />俺は歌えるって?歌ってみなさいよ・・・ほらぁー、モゴモゴってなるでしょ。<br /><br />そこで皆様方にちゃんと歌ってもらいたいとの一存で、今回特別に歌詞を紹介いたしましょう。さぁみなさん、声をそろえて・・・<br /><br />♪ オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ<br />いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ ♪

    再び凱旋門に戻って、シャンゼリゼ大通りへ。

    おーシャンゼリゼ〜♪と日本人ならなぜか歌ってしまいますが、この続きをちゃんと歌える人をこれまた、なぜか見たことがない・・・(笑)
    俺は歌えるって?歌ってみなさいよ・・・ほらぁー、モゴモゴってなるでしょ。

    そこで皆様方にちゃんと歌ってもらいたいとの一存で、今回特別に歌詞を紹介いたしましょう。さぁみなさん、声をそろえて・・・

    ♪ オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
    いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ ♪

  • シャンゼリゼ大通りをコンコルド広場方面へ<br /><br />ここは高級ブランド目白押しでございます。到底ご購入は難しいので、せめてお写真だけでもと数枚とっておきました。お写真はブランド名入りでございます・・・。<br /><br />あぁ馬鹿なことをやってる間に、遠くにオベリスクが見えてます。その向こうにはルーブルが・・・。これが「パリの歴史軸」か!かんどー。

    シャンゼリゼ大通りをコンコルド広場方面へ

    ここは高級ブランド目白押しでございます。到底ご購入は難しいので、せめてお写真だけでもと数枚とっておきました。お写真はブランド名入りでございます・・・。

    あぁ馬鹿なことをやってる間に、遠くにオベリスクが見えてます。その向こうにはルーブルが・・・。これが「パリの歴史軸」か!かんどー。

  • コンコルド広場[Place de la Concorde]<br /><br />14:45広場にやってきました。ここも車窓見学。でもねぇ、ツアーによくある車窓見学ってとりあえず「見たぞ」ってだけで、何の意味があるんでしょうねぇ。せめて降りて地面に足をつけないと・・・空気すら感じられない。<br /><br />広場を取り囲み8つの女人像が建てられていました。これらの像は、ブレスト・ルーアン・リール・ストラスブール・リヨン・マルセイユ・ボルドー・ナントの8つの都市を象徴しています。<br />さてこの写真はそのうちのどれでしょう?<br /><br />正解は・・・わかりませんでしたっ!(次行った時調べてきますっ)

    コンコルド広場[Place de la Concorde]

    14:45広場にやってきました。ここも車窓見学。でもねぇ、ツアーによくある車窓見学ってとりあえず「見たぞ」ってだけで、何の意味があるんでしょうねぇ。せめて降りて地面に足をつけないと・・・空気すら感じられない。

    広場を取り囲み8つの女人像が建てられていました。これらの像は、ブレスト・ルーアン・リール・ストラスブール・リヨン・マルセイユ・ボルドー・ナントの8つの都市を象徴しています。
    さてこの写真はそのうちのどれでしょう?

    正解は・・・わかりませんでしたっ!(次行った時調べてきますっ)

  • コイツかぁー、ルクソール宮殿のオベリスク!<br /><br />昨年エジプトのルクソール宮殿で片方を失ったオベリスクを見ましたが、1年越しでとうとう会うことができました。おめでとうございます、ルクソール神殿のオベリスク見学、コンプリートですっ!<br /><br />多くのオベリスクは列強による略奪を受けましたが、これはエジプト太守ムハンマド=アリがフランスに正式に贈与したもの、さすがのザヒ=ハワス博士もこれは「返せ!」とは言えません。<br />代わりにムハンマド=アリ=モスクの時計を貰っちゃったからねぇ。もっともこの時計はいくら直してもすぐ壊れてしまうので、やっぱりちょっと騙されてはいますが・・・。

    コイツかぁー、ルクソール宮殿のオベリスク!

    昨年エジプトのルクソール宮殿で片方を失ったオベリスクを見ましたが、1年越しでとうとう会うことができました。おめでとうございます、ルクソール神殿のオベリスク見学、コンプリートですっ!

    多くのオベリスクは列強による略奪を受けましたが、これはエジプト太守ムハンマド=アリがフランスに正式に贈与したもの、さすがのザヒ=ハワス博士もこれは「返せ!」とは言えません。
    代わりにムハンマド=アリ=モスクの時計を貰っちゃったからねぇ。もっともこの時計はいくら直してもすぐ壊れてしまうので、やっぱりちょっと騙されてはいますが・・・。

  • 1755年アンジュ-ジャック=ガブリエル[Ange-Jacques Gabriel]によってつくられたこの広場は、当初ルイ15世の騎馬像が置かれていたため「ルイ15世広場」という名前でしたが、フランス革命により「革命広場」と名が改められます。<br />この広場ではルイ16世やマリ=アントワネットらが、ギロチンの露と消えた終焉の地。1200余名とも言われる人々のおびただしい血を、この広場の地面は吸ってきたのです。兵どもが夢の跡。

    1755年アンジュ-ジャック=ガブリエル[Ange-Jacques Gabriel]によってつくられたこの広場は、当初ルイ15世の騎馬像が置かれていたため「ルイ15世広場」という名前でしたが、フランス革命により「革命広場」と名が改められます。
    この広場ではルイ16世やマリ=アントワネットらが、ギロチンの露と消えた終焉の地。1200余名とも言われる人々のおびただしい血を、この広場の地面は吸ってきたのです。兵どもが夢の跡。

  • オルセー美術館[Musee d&#39;Orsay]<br /><br />月曜はこの美術館はお休みです。常設展のみで入場料は8ユーロ、ここもミュージアム=パスなら並ばず入場がOK。<br />1986年12月開館したこの美術館は、主に印象派の画家の作品を中心に展示しています。ここも行きたかったんですよねー、印象派ってなんか好きなもんで・・・。パリ滞在は今日と明日のみ、明日はヴェルサイユに行くので、ここには寄れる時間がありません。ここも次は必ず「アムロいきますー!」

    オルセー美術館[Musee d'Orsay]

    月曜はこの美術館はお休みです。常設展のみで入場料は8ユーロ、ここもミュージアム=パスなら並ばず入場がOK。
    1986年12月開館したこの美術館は、主に印象派の画家の作品を中心に展示しています。ここも行きたかったんですよねー、印象派ってなんか好きなもんで・・・。パリ滞在は今日と明日のみ、明日はヴェルサイユに行くので、ここには寄れる時間がありません。ここも次は必ず「アムロいきますー!」

  • ルーブル美術館[Musee du Louvre]<br /><br />この美術館についてはご説明は不要かと思います。パリに行ってルーブル行かない人はいませんからね。当然ミュージアムパスならOKですから、どうぞ満足行くまで素晴らしい作品をご堪能ください。<br /><br />写真は定番「ダヴィンチ=コード」で有名になった逆ピラミ〜。

    イチオシ

    ルーブル美術館[Musee du Louvre]

    この美術館についてはご説明は不要かと思います。パリに行ってルーブル行かない人はいませんからね。当然ミュージアムパスならOKですから、どうぞ満足行くまで素晴らしい作品をご堪能ください。

    写真は定番「ダヴィンチ=コード」で有名になった逆ピラミ〜。

  • 1989年3月ナポレオンの中庭に姿を現したガラスのピラミッド。<br />「幾何学の魔術師」こと、中国系アメリカ人建築家イオ=ミン=ベイさんの設計。「石のルーブルにガラスはそぐわない」と非難が集中しましたが、「完成」するとその声は「歓声」に様変わり〜。<br />(「完成」と「歓声」を掛けてみました(^^)。)<br />673枚の菱形と三角形のガラスからなる造形は、今やなくてはならないランドマークとなってます。

    1989年3月ナポレオンの中庭に姿を現したガラスのピラミッド。
    「幾何学の魔術師」こと、中国系アメリカ人建築家イオ=ミン=ベイさんの設計。「石のルーブルにガラスはそぐわない」と非難が集中しましたが、「完成」するとその声は「歓声」に様変わり〜。
    (「完成」と「歓声」を掛けてみました(^^)。)
    673枚の菱形と三角形のガラスからなる造形は、今やなくてはならないランドマークとなってます。

  • ユジェーヌ=ドラクロア「民衆を導く自由の女神」1830年<br /><br />ブルボン朝の王政復古を打倒するフランス革命の第二章、七月革命を題材としますが単なる歴史画ではなく、ダイナミックな構図から革命の高揚感を最大限に表した作品です。中央にはフランスのシンボルである三色旗をいただくマリアンヌ、自由の象徴が描かれ、画家の熱い心情が込められた傑作となっています。<br />実際に彼自身革命に参加できず、祖国のために闘えなかったから、シルクハットをかぶった自画像に気持ちを託したと言われています。<br />

    ユジェーヌ=ドラクロア「民衆を導く自由の女神」1830年

    ブルボン朝の王政復古を打倒するフランス革命の第二章、七月革命を題材としますが単なる歴史画ではなく、ダイナミックな構図から革命の高揚感を最大限に表した作品です。中央にはフランスのシンボルである三色旗をいただくマリアンヌ、自由の象徴が描かれ、画家の熱い心情が込められた傑作となっています。
    実際に彼自身革命に参加できず、祖国のために闘えなかったから、シルクハットをかぶった自画像に気持ちを託したと言われています。

  • ユジューヌ=ドラクロア「キオス島の虐殺」1824年<br /><br />1822年ギリシア独立戦争中のキオス島で、オスマン=トルコ軍が独立派に対し一般住民を含めて虐殺した事件を題材としたもので、トルコ人兵士が騎乗より全裸のギリシア女性を陵辱している部分や死んだ母親に寄り添う幼児などが描かれ、絵画によってヨーロッパの人々の目をギリシア独立戦争に向けさせた画期的な作品となりました。<br />ただ、当時の画壇では画家の激情をありのままに描く、このようなショッキングな事件を絵画として扱うことに対して非難も多く「絵画の虐殺」だという酷評もありましたが、私的にはこれらの作品をみて、ドラクロアという人物が何となくわかったような気にはなりました。

    ユジューヌ=ドラクロア「キオス島の虐殺」1824年

    1822年ギリシア独立戦争中のキオス島で、オスマン=トルコ軍が独立派に対し一般住民を含めて虐殺した事件を題材としたもので、トルコ人兵士が騎乗より全裸のギリシア女性を陵辱している部分や死んだ母親に寄り添う幼児などが描かれ、絵画によってヨーロッパの人々の目をギリシア独立戦争に向けさせた画期的な作品となりました。
    ただ、当時の画壇では画家の激情をありのままに描く、このようなショッキングな事件を絵画として扱うことに対して非難も多く「絵画の虐殺」だという酷評もありましたが、私的にはこれらの作品をみて、ドラクロアという人物が何となくわかったような気にはなりました。

  • テオドール=ジェリコー「メデューズ号の筏」1819年<br /><br />画家28歳の時、1816年6月に起きたメデューズ号の難破、筏の上に149名の遭難者が避難されたのですが、生存者はわずか15名のみという大変悲劇的な事故を題材として描いています。<br />重病人や死体収容所の死体を写生して迫真性を追求する一方、救助船が到着する希望の一瞬を捉えて、ロマン派の話題作となりました。<br />この画家は、ドラクロアの先輩にあたる人で理解者でもあったから、その作風に見られる共通項が垣間見えるのも面白いです。

    テオドール=ジェリコー「メデューズ号の筏」1819年

    画家28歳の時、1816年6月に起きたメデューズ号の難破、筏の上に149名の遭難者が避難されたのですが、生存者はわずか15名のみという大変悲劇的な事故を題材として描いています。
    重病人や死体収容所の死体を写生して迫真性を追求する一方、救助船が到着する希望の一瞬を捉えて、ロマン派の話題作となりました。
    この画家は、ドラクロアの先輩にあたる人で理解者でもあったから、その作風に見られる共通項が垣間見えるのも面白いです。

  • ジャック-ルイ=ダヴィッド「ナポレオンの戴冠」1806-07年<br /><br />「何という真実、これは絵画ではない。まるで絵の中に入れるようだ。」とナポレオンが激賞した作品。1804年12月の「皇帝」戴冠式の模様を621×979?の大画面で切り取ったもので、参列者の衣装や容貌など、ほぼそのままに近代の歴史画として描かれています。<br />ナポレオンの首席画家として名声を極めた彼でしたが、ナポレオンの失脚後は、ともに失脚し1816年にブリュッセルへ亡命した後、77歳で生涯を終えています。<br /><br />

    ジャック-ルイ=ダヴィッド「ナポレオンの戴冠」1806-07年

    「何という真実、これは絵画ではない。まるで絵の中に入れるようだ。」とナポレオンが激賞した作品。1804年12月の「皇帝」戴冠式の模様を621×979?の大画面で切り取ったもので、参列者の衣装や容貌など、ほぼそのままに近代の歴史画として描かれています。
    ナポレオンの首席画家として名声を極めた彼でしたが、ナポレオンの失脚後は、ともに失脚し1816年にブリュッセルへ亡命した後、77歳で生涯を終えています。

  • 皇妃ジョゼフィーヌの衣装は、宝石や金糸・白貂の毛皮などで豪奢に飾られ、大変美しいものです。その一方で、帝冠が教皇から下されるのではなく、自ら戴冠した後に皇妃に授けるという演出は、教皇庁より優位に立つ姿勢が見られ、明らかな政治的意図もうかがえて、とても興味深いものです。<br />この作品には実際にはいなかった架空の参列者もいて、写実性を追求する一方で大きなウソも描かれています。<br />

    皇妃ジョゼフィーヌの衣装は、宝石や金糸・白貂の毛皮などで豪奢に飾られ、大変美しいものです。その一方で、帝冠が教皇から下されるのではなく、自ら戴冠した後に皇妃に授けるという演出は、教皇庁より優位に立つ姿勢が見られ、明らかな政治的意図もうかがえて、とても興味深いものです。
    この作品には実際にはいなかった架空の参列者もいて、写実性を追求する一方で大きなウソも描かれています。

  • 2つの「ナポレオンの戴冠」の比較<br /><br />上−ルーブル美術館蔵 (1806-07) 621×979?<br />下−ヴェルサイユ宮殿蔵(1808-22) 610×931?<br /><br />この両絵画、間違い探しではないですが、よく見ると違いがいくつかあるのですが、どこが違うか分かるでしょうか?オリジナルがルーブルで、ヴェルサイユのは大半を弟子が描いたものです。<br /><br />正解は、左の5人の女性のうち、左から2番目の皇帝の妹の服がピンク色。<br />特別席の女性の衣装が少し変えられていますし、全体の色調が明るく描かれています。やや小ぶりになって、左下にサインが書かれている。・・・などの違いがあるんです、面白いですね。<br /><br />写真はシリーズで購入している「世界の美術館No.11」からスキャンした画像を加工させてもらいました。講談社様ありがとうございます。

    2つの「ナポレオンの戴冠」の比較

    上−ルーブル美術館蔵 (1806-07) 621×979?
    下−ヴェルサイユ宮殿蔵(1808-22) 610×931?

    この両絵画、間違い探しではないですが、よく見ると違いがいくつかあるのですが、どこが違うか分かるでしょうか?オリジナルがルーブルで、ヴェルサイユのは大半を弟子が描いたものです。

    正解は、左の5人の女性のうち、左から2番目の皇帝の妹の服がピンク色。
    特別席の女性の衣装が少し変えられていますし、全体の色調が明るく描かれています。やや小ぶりになって、左下にサインが書かれている。・・・などの違いがあるんです、面白いですね。

    写真はシリーズで購入している「世界の美術館No.11」からスキャンした画像を加工させてもらいました。講談社様ありがとうございます。

  • アングル「グランド=オダリスク」1814年<br /><br />新古典主義の重鎮アングル34歳の作。オダリスクはトルコの後宮の女官のことで、当時流行していた東方趣味に刺激を受けて描かれたもの。この画家には他に「トルコ風呂」というのもあります。(ソープ○○○のことではありませんよ)<br />写実性よりも妖艶なエロスの表現を重視したので、解剖学的にこういう女性は存在できません。背骨が3つも多く右腕に骨がなく、曲げられた左足の付き方が変・・・などなど、当時は嘲笑をもって迎えられた作品でした。

    アングル「グランド=オダリスク」1814年

    新古典主義の重鎮アングル34歳の作。オダリスクはトルコの後宮の女官のことで、当時流行していた東方趣味に刺激を受けて描かれたもの。この画家には他に「トルコ風呂」というのもあります。(ソープ○○○のことではありませんよ)
    写実性よりも妖艶なエロスの表現を重視したので、解剖学的にこういう女性は存在できません。背骨が3つも多く右腕に骨がなく、曲げられた左足の付き方が変・・・などなど、当時は嘲笑をもって迎えられた作品でした。

  • サモトラケのニケ<br /><br />フランス絵画室からは階段を越えた向こうにニケ像が見えています。もう名作が目白押しなので、テンションをどうコントロールすればいいのかわかりませんが、ツアー付属の早口のイヤホンガイドに急かされるので、ある意味逆に良かったかも知れません。考える隙を与えてもらえませんから。ええ、単なるイヤミですけど〜。(笑)<br />

    イチオシ

    サモトラケのニケ

    フランス絵画室からは階段を越えた向こうにニケ像が見えています。もう名作が目白押しなので、テンションをどうコントロールすればいいのかわかりませんが、ツアー付属の早口のイヤホンガイドに急かされるので、ある意味逆に良かったかも知れません。考える隙を与えてもらえませんから。ええ、単なるイヤミですけど〜。(笑)

  • すごい人でしょー、わけわからん状態になってます。<br /><br />この写真を見てて、今気づいたんですが(ホントに今、これを書いてる今ですよ、)何と私、ダヴィンチの「岩窟の聖母」をスルーしているじゃないですか!え”え”ーっと、今更ながらに驚いております。<br /><br />写真右上・・・あの作品はまさに「岩窟の聖母」、スフマートの技法が・・・などと解説する気力が失われております。ツアーは「モナリザ」に向かってまさにばく進中。。。目に入って来なかったのかなぁ?「悔しいですっ!」

    すごい人でしょー、わけわからん状態になってます。

    この写真を見てて、今気づいたんですが(ホントに今、これを書いてる今ですよ、)何と私、ダヴィンチの「岩窟の聖母」をスルーしているじゃないですか!え”え”ーっと、今更ながらに驚いております。

    写真右上・・・あの作品はまさに「岩窟の聖母」、スフマートの技法が・・・などと解説する気力が失われております。ツアーは「モナリザ」に向かってまさにばく進中。。。目に入って来なかったのかなぁ?「悔しいですっ!」

  • モナリザのお部屋<br /><br />年間800万人が訪れ、その7割以上の人が真っ先に出会いに行くという名画中の名画、それが「モナリザ」。依頼主はフランチェスコ=デル=ジョコンド、モデルはその妻リザ(ジョコンド夫人)。<br />ただダヴィンチは、このモデルについては何も言及していないし、生涯手を加え続け依頼主には渡してはいません。事実未完成とも言われていますが、たった1枚の名画はそのモデル名も明らかにされないまま、500年も生きてきて今私の目の前にいます。<br />本当は感動で打ち震えたいのですが、周りの喧噪は到底それを許してはくれません。ナマ「モナリザ」を見たぞというステイタスなんて、私は別にいらないのですけど、ここはゆっくり鑑賞させてはくれないところのようです。

    モナリザのお部屋

    年間800万人が訪れ、その7割以上の人が真っ先に出会いに行くという名画中の名画、それが「モナリザ」。依頼主はフランチェスコ=デル=ジョコンド、モデルはその妻リザ(ジョコンド夫人)。
    ただダヴィンチは、このモデルについては何も言及していないし、生涯手を加え続け依頼主には渡してはいません。事実未完成とも言われていますが、たった1枚の名画はそのモデル名も明らかにされないまま、500年も生きてきて今私の目の前にいます。
    本当は感動で打ち震えたいのですが、周りの喧噪は到底それを許してはくれません。ナマ「モナリザ」を見たぞというステイタスなんて、私は別にいらないのですけど、ここはゆっくり鑑賞させてはくれないところのようです。

  • レオナルド=ダ=ヴィンチ「モナ=リザ」1503-06年頃 板絵油彩77×53?<br /><br />名画の秘密−顔の右半分は喜びと左半分は悲しみを表しているとされる他、男女の両性をもつとも言われる。<br />謎の微笑み、解析によると、83%が幸せ・9%が嫌悪・6%が恐怖・2%が怒りを含んでいる。<br />輪郭をぼかすスフマート技法が使われている。<br />左手は未完成で制作途中だったと考えられる。<br />眉がないとされてきたが近年眉が確認された。<br />ラファエロの模写には柱が描かれていたが消し去られているため、前景と遠景の境がなくなり現実感が薄れる絵となった。<br />背景を左右入れ替えると、ダヴィンチが理想とする架空世界の風景画となるとも言われている。<br /><br />などなど、ちょっと調べただけで多くの説が取りざたされていますね。それだけの名画なんでしょうねぇ。素人が見ても何かこう目が離せなくなるような、ずっと見てると怖いような、とにかく何とも不思議な絵であることは確かです。

    レオナルド=ダ=ヴィンチ「モナ=リザ」1503-06年頃 板絵油彩77×53?

    名画の秘密−顔の右半分は喜びと左半分は悲しみを表しているとされる他、男女の両性をもつとも言われる。
    謎の微笑み、解析によると、83%が幸せ・9%が嫌悪・6%が恐怖・2%が怒りを含んでいる。
    輪郭をぼかすスフマート技法が使われている。
    左手は未完成で制作途中だったと考えられる。
    眉がないとされてきたが近年眉が確認された。
    ラファエロの模写には柱が描かれていたが消し去られているため、前景と遠景の境がなくなり現実感が薄れる絵となった。
    背景を左右入れ替えると、ダヴィンチが理想とする架空世界の風景画となるとも言われている。

    などなど、ちょっと調べただけで多くの説が取りざたされていますね。それだけの名画なんでしょうねぇ。素人が見ても何かこう目が離せなくなるような、ずっと見てると怖いような、とにかく何とも不思議な絵であることは確かです。

  • 「あぁ、これだ!」もちろんこの時は別段何とも思わず写真をとっているのですが、2011年にヴェネツィアのドゥカーレ宮殿に行った時、ガイドさんがナポレオンによって天井画を持って行かれたと説明されたのです。ここにあるのはレプリカだと・・・。<br />「ルーブルにあるですが、天井画なのに壁に飾られていて、フランス人は絵の飾り方も知らないとイタリア人に笑われた」というお話を伺ったんですね。<br />その時は「ルーブルにそんなのあったっけ?」と連れ合いとも話してたんですが・・・写真を見直してみると、どうやらコイツみたいですねー、あぁそういうことだったのかと、今になって妙に納得しております、ハイ。

    「あぁ、これだ!」もちろんこの時は別段何とも思わず写真をとっているのですが、2011年にヴェネツィアのドゥカーレ宮殿に行った時、ガイドさんがナポレオンによって天井画を持って行かれたと説明されたのです。ここにあるのはレプリカだと・・・。
    「ルーブルにあるですが、天井画なのに壁に飾られていて、フランス人は絵の飾り方も知らないとイタリア人に笑われた」というお話を伺ったんですね。
    その時は「ルーブルにそんなのあったっけ?」と連れ合いとも話してたんですが・・・写真を見直してみると、どうやらコイツみたいですねー、あぁそういうことだったのかと、今になって妙に納得しております、ハイ。

  • パオロ=カリアーリ(ヴェロネーゼ)「カナの婚宴」1562-63年<br /> <br />「モナリザ」と向かい合っている666×990?に及ぶ大画、中央にはヴェロネーゼ本人をはじめヴェナツィア派の画家たちが楽士に扮して描かれております。<br />犬の左横でチェロを弾いてるのがヴェロネーゼ、右隣がティントレット、コントラバス奏者がティツィアーノだそうです。<br />ナポレオンがイタリア遠征の際持ち帰ったものですが、余りに巨大なため、ぐるぐる巻きにして大木を運ぶようにして持ってきたそうです。ヴェロネーゼは30mほど離れて鑑賞するよう想定したらしいですが、「モナリザ」にもたれて見ろ?ってことかな。

    パオロ=カリアーリ(ヴェロネーゼ)「カナの婚宴」1562-63年
     
    「モナリザ」と向かい合っている666×990?に及ぶ大画、中央にはヴェロネーゼ本人をはじめヴェナツィア派の画家たちが楽士に扮して描かれております。
    犬の左横でチェロを弾いてるのがヴェロネーゼ、右隣がティントレット、コントラバス奏者がティツィアーノだそうです。
    ナポレオンがイタリア遠征の際持ち帰ったものですが、余りに巨大なため、ぐるぐる巻きにして大木を運ぶようにして持ってきたそうです。ヴェロネーゼは30mほど離れて鑑賞するよう想定したらしいですが、「モナリザ」にもたれて見ろ?ってことかな。

  • 「サモトラケのニケ」 紀元前190年頃 大理石 高さ245?<br /><br />ニケは戦いの勝利を祝福する有翼の女神で、1863年在トルコのフランス副領事シャンポワゾーが、エーゲ海のサモトラケ島で発見しました。<br />台座の船がロードス島の石灰岩でできていることから、前2世紀頃シリアを破ったロードス島民が勝利を感謝して奉納した像ではないかと言われています。後に指を広げた右手が発見されたことから、欠損している右腕は前方に掲げられ、勝利を告げるポーズをとっていたと推測されるそうです。<br />発見当時は100個以上の破片だったそうで、よくここまで復元したなーと思います。写真は右翼を撮影してますが、右翼の上部は石膏なんで、ほんとは右斜め下から完璧な復元である左翼を撮らないといけません、また宿題が・・・。

    「サモトラケのニケ」 紀元前190年頃 大理石 高さ245?

    ニケは戦いの勝利を祝福する有翼の女神で、1863年在トルコのフランス副領事シャンポワゾーが、エーゲ海のサモトラケ島で発見しました。
    台座の船がロードス島の石灰岩でできていることから、前2世紀頃シリアを破ったロードス島民が勝利を感謝して奉納した像ではないかと言われています。後に指を広げた右手が発見されたことから、欠損している右腕は前方に掲げられ、勝利を告げるポーズをとっていたと推測されるそうです。
    発見当時は100個以上の破片だったそうで、よくここまで復元したなーと思います。写真は右翼を撮影してますが、右翼の上部は石膏なんで、ほんとは右斜め下から完璧な復元である左翼を撮らないといけません、また宿題が・・・。

  • 「アポロンのギャラリー」<br /><br />ルイ14世に捧げるために造られたギャラリーですが、未完成に終わっています。天井の絵は国王付きの画家シャルル=ル=ブランの作。<br />ちなみに、ここの天井装飾にはドラクロワも関わっていたそうです。

    「アポロンのギャラリー」

    ルイ14世に捧げるために造られたギャラリーですが、未完成に終わっています。天井の絵は国王付きの画家シャルル=ル=ブランの作。
    ちなみに、ここの天井装飾にはドラクロワも関わっていたそうです。

  • 左上−アポロンのギャラリーにある王の宝石群<br />右上−ルイ15世の王冠<br />左下−ユージェニー皇后の真珠の王冠<br />右下−王妃のサファイア?の王冠<br /><br />中でも、ルイ15世の王冠は、282個のダイヤモンド、サファイアなど貴石64個、237個の真珠が使用されています。もっとも15世の希望で貴石と真珠は模造品になったとか、贅沢すぎて少しは気がひけたかな?

    左上−アポロンのギャラリーにある王の宝石群
    右上−ルイ15世の王冠
    左下−ユージェニー皇后の真珠の王冠
    右下−王妃のサファイア?の王冠

    中でも、ルイ15世の王冠は、282個のダイヤモンド、サファイアなど貴石64個、237個の真珠が使用されています。もっとも15世の希望で貴石と真珠は模造品になったとか、贅沢すぎて少しは気がひけたかな?

  • 「ミロのヴィーナス」紀元前100年頃 大理石 高さ202?<br /><br />1820年4月20日エーゲ海に浮かぶミロス島で農民が偶然発見した彫刻。<br />両腕こそないものの、ほとんど無傷の端正な顔。見事なる8頭身美人の像は、当時のヴィーナス像の大半がローマ時代の模刻であるのに対し、これはギリシアで造られたヴィーナス像であったという点において極めて貴重な作品となりました。<br />出土地の名をとって「ミロのヴィーナス」と名付けられたこの彫刻は、翌年一般公開された時から、このルーブルの至宝として燦然と輝きを放ち続けています。

    イチオシ

    「ミロのヴィーナス」紀元前100年頃 大理石 高さ202?

    1820年4月20日エーゲ海に浮かぶミロス島で農民が偶然発見した彫刻。
    両腕こそないものの、ほとんど無傷の端正な顔。見事なる8頭身美人の像は、当時のヴィーナス像の大半がローマ時代の模刻であるのに対し、これはギリシアで造られたヴィーナス像であったという点において極めて貴重な作品となりました。
    出土地の名をとって「ミロのヴィーナス」と名付けられたこの彫刻は、翌年一般公開された時から、このルーブルの至宝として燦然と輝きを放ち続けています。

  • では、ここでみなさんお待ちかねの・・・「ミロのヴィーナス」3サイズの発表ですっ!<br /><br />身長−204?・体重−??・・・うっ!デカイ女性だったのですねー。(笑)<br /><br />トップバスト−121?<br />アンダーバスト−106?<br />ウエスト−97?<br />ヒップ−129?<br /><br />バストは意外に小さめ、筋肉質な腹部はややボーイッシュ。<br />全身比率はおへその上と下で1対1.618・・・まさに黄金比!!<br />均整のとれた理想的なプロポーションだったのですね。

    では、ここでみなさんお待ちかねの・・・「ミロのヴィーナス」3サイズの発表ですっ!

    身長−204?・体重−??・・・うっ!デカイ女性だったのですねー。(笑)

    トップバスト−121?
    アンダーバスト−106?
    ウエスト−97?
    ヒップ−129?

    バストは意外に小さめ、筋肉質な腹部はややボーイッシュ。
    全身比率はおへその上と下で1対1.618・・・まさに黄金比!!
    均整のとれた理想的なプロポーションだったのですね。

  • さて、バストですが(えらくこだわってます)、「ミロのヴィーナス」と日本女性(20代平均値)を比較してみると・・・いやー、別に20代女性の平均値を、私が実際に測ったわけではないんですよ〜、ワコールさんの統計でして・・・。<br /><br />「ミロのヴィーナス」のバストは、かなり上の方にあるんですな。<br />写真からでも何となくわかりませんか?<br /><br />いわゆる「寄せて上げる」状態となっております・・・いや〜ん。<br />これも写実性ではなくて、理想美の具現化なのです。<br />と、わざと難しい言葉を並べて冷静さをとりもどそうと懸命であります。

    さて、バストですが(えらくこだわってます)、「ミロのヴィーナス」と日本女性(20代平均値)を比較してみると・・・いやー、別に20代女性の平均値を、私が実際に測ったわけではないんですよ〜、ワコールさんの統計でして・・・。

    「ミロのヴィーナス」のバストは、かなり上の方にあるんですな。
    写真からでも何となくわかりませんか?

    いわゆる「寄せて上げる」状態となっております・・・いや〜ん。
    これも写実性ではなくて、理想美の具現化なのです。
    と、わざと難しい言葉を並べて冷静さをとりもどそうと懸命であります。

  • では問題です。失われた両腕で彼女は何をもっていたのでしょう?<br /><br />正解は・・・もちろん腰の布じゃないですか、だってこんな格好してたら、バサッって落ちて「きゃー」ってなもんでしょ。<br /><br />?あれー、違う?<br />ヴィーナスったらアフロディーテのことですよね、トロイア戦争の原因となった黄金のリンゴの話、ご存じですか?<br />「もっとも美しい女へ」と刻まれた黄金のリンゴの3美神の取り合い、パリスの審判で最終的にはアフロディーテのものとなったので、たぶんリンゴが正解にもっとも近いと思います。<br />他には盾または鏡というのが有力な説。

    では問題です。失われた両腕で彼女は何をもっていたのでしょう?

    正解は・・・もちろん腰の布じゃないですか、だってこんな格好してたら、バサッって落ちて「きゃー」ってなもんでしょ。

    ?あれー、違う?
    ヴィーナスったらアフロディーテのことですよね、トロイア戦争の原因となった黄金のリンゴの話、ご存じですか?
    「もっとも美しい女へ」と刻まれた黄金のリンゴの3美神の取り合い、パリスの審判で最終的にはアフロディーテのものとなったので、たぶんリンゴが正解にもっとも近いと思います。
    他には盾または鏡というのが有力な説。

  • 見れば見るほど、奥の深い「ミロのヴィーナス」でした。<br /><br />造られた当時は彩色もされていたでしょうし、耳に穴が空いてますから、おそらく金などの装身具も身にまとわれていたと思います。<br />髪も額の上が少し凹んでいるので、カチューシャのようなものをつけておられたかもしれません。<br />太古のミロス島のアフロディーテ神殿で、完全版たるこの像を見たかったものです。きっと言葉を失う美しさだったのでしょうねー。

    イチオシ

    見れば見るほど、奥の深い「ミロのヴィーナス」でした。

    造られた当時は彩色もされていたでしょうし、耳に穴が空いてますから、おそらく金などの装身具も身にまとわれていたと思います。
    髪も額の上が少し凹んでいるので、カチューシャのようなものをつけておられたかもしれません。
    太古のミロス島のアフロディーテ神殿で、完全版たるこの像を見たかったものです。きっと言葉を失う美しさだったのでしょうねー。

  • いよいよルーブル観光もおしまい、たった1時間でしたが、なんだかんだと言いつつ、結構楽しんでおりますねー私。<br /><br />中世期の石垣の遺構を抜けて、少しショップで図版などを購入して、ルーブル美術館をあとにすることにしましょう。<br />ツアーでご一緒だった若い女性のお二人は、ここで離団してもっとじっくりルーブルを見るとのこと。なるほど、離団なんて手があるんですねー、はじめて知りました。自分らだけで移動できると分かればそういうの使えばいいんだー、勉強になりました。

    いよいよルーブル観光もおしまい、たった1時間でしたが、なんだかんだと言いつつ、結構楽しんでおりますねー私。

    中世期の石垣の遺構を抜けて、少しショップで図版などを購入して、ルーブル美術館をあとにすることにしましょう。
    ツアーでご一緒だった若い女性のお二人は、ここで離団してもっとじっくりルーブルを見るとのこと。なるほど、離団なんて手があるんですねー、はじめて知りました。自分らだけで移動できると分かればそういうの使えばいいんだー、勉強になりました。

  • ジャンヌ=ダルクの騎馬像<br /><br />金張りがほどこされたジャンヌ=ダルクの騎馬像は、ルーブルの近くに置かれています。百年戦争でシャルル7世を救い、ランスで戴冠式まであげさせた救国の英雄でしたが、イングランド軍に引き渡され、異端として火刑に処せられた悲劇のヒロイン。あまりにも有名な方ですね。

    ジャンヌ=ダルクの騎馬像

    金張りがほどこされたジャンヌ=ダルクの騎馬像は、ルーブルの近くに置かれています。百年戦争でシャルル7世を救い、ランスで戴冠式まであげさせた救国の英雄でしたが、イングランド軍に引き渡され、異端として火刑に処せられた悲劇のヒロイン。あまりにも有名な方ですね。

  • リッツ=ホテル<br /><br />超セレブ御用達のリッツホテル。1泊10万以上。ただお上りさん的に、一生に一度は・・・みたいな感覚だと、バカにされるんだろうなぁ。上流社会にいますってオーラがないとなぁ。私はそういうのは弱いんで、きっと一生縁がないと思います。

    リッツ=ホテル

    超セレブ御用達のリッツホテル。1泊10万以上。ただお上りさん的に、一生に一度は・・・みたいな感覚だと、バカにされるんだろうなぁ。上流社会にいますってオーラがないとなぁ。私はそういうのは弱いんで、きっと一生縁がないと思います。

  • オペラ=ガルニエ<br /><br />他の方々の旅行記見てて、なんでココはいらなかったんだろうって。とっても不思議です、普通入るよねー、やっぱり。どうも私の頭は旅行に行くと通常の判断ができないようで、回路的に「歴史」に直結しないものはオミットされるんかも。

    オペラ=ガルニエ

    他の方々の旅行記見てて、なんでココはいらなかったんだろうって。とっても不思議です、普通入るよねー、やっぱり。どうも私の頭は旅行に行くと通常の判断ができないようで、回路的に「歴史」に直結しないものはオミットされるんかも。

  • ノートルダム寺院<br /><br />ここもそうなんです、入ってない。。。この時はオリビエが、またまた道間違えた上での車窓見学だったんですが、翌日コンシェルジェリーに行った時も、あぁノートルダムねと、素通りしております。<br /><br />次パリに来たときはもう、どん欲に回ろうと決めましたっ。

    ノートルダム寺院

    ここもそうなんです、入ってない。。。この時はオリビエが、またまた道間違えた上での車窓見学だったんですが、翌日コンシェルジェリーに行った時も、あぁノートルダムねと、素通りしております。

    次パリに来たときはもう、どん欲に回ろうと決めましたっ。

  • イビス=アレシア=ホテル[IBIS ALESIA HOTEL]<br /><br />18:00ホテル着、ここはパリでもかなり南の方。夏だから暗くなるのは10時頃なんで、まだまだアチコチ行ける時間帯。でもこの時は行けなかった。ツアーばっかだったから、自分らだけでは不安で動けなかったのです。<br />スーパーで買い物するのだって、ドキドキだったんだから・・・。<br />こんな頃もあったんですねー、なんて初々しかったんでしょうか。<br />ポッ(*^_^*)<br /><br />恥ずかしがっている場合ではありませんねー。<br />とりあえず、初パリの一日は何とかおしまいでーす。<br /><br />「フランス窓便り・・・⑧(ヴェルサイユ編)」に続く・・・。

    イビス=アレシア=ホテル[IBIS ALESIA HOTEL]

    18:00ホテル着、ここはパリでもかなり南の方。夏だから暗くなるのは10時頃なんで、まだまだアチコチ行ける時間帯。でもこの時は行けなかった。ツアーばっかだったから、自分らだけでは不安で動けなかったのです。
    スーパーで買い物するのだって、ドキドキだったんだから・・・。
    こんな頃もあったんですねー、なんて初々しかったんでしょうか。
    ポッ(*^_^*)

    恥ずかしがっている場合ではありませんねー。
    とりあえず、初パリの一日は何とかおしまいでーす。

    「フランス窓便り・・・⑧(ヴェルサイユ編)」に続く・・・。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • サウスピーチさん 2011/11/05 07:14:33
    オー、シャンゼリゼー♪ 私は歌えますよ、フランス語で。 ふふっ。
    ねいちゃさん、

    待ってましたよーっ!!! ワクワクしながらまず、パリ編パートI読み始めます。

    「ナポレオンは“古代ローマ帝国にならって”凱旋門の建設を命ずる・・・」とありましたが、
    ヴァンドーム広場ではカエサルの格好をしたナポレオンの像がローマの方向を向いているので、
    ナポレオンって結構古代ローマを意識していたんですねぇ・・・。 あらためて思いました。

    凱旋門の彫刻の名、勉強になりました・・・。 前回行った時は、左右両方共に修復中で幕がかかっていて
    (一応彫刻の絵付きではありましたが)あまりじっくり見ていなかったので、特に「勝利」の方は、
    私のニケ様〈苦笑〉が空を飛んでいるとあらば、きちんと目に焼き付けて来なければ・・・。 
    リベンジ・リベンジ!(あれっ? これどっかで見た・・・? 笑)

    うわぁーっ、初代通天閣、見てみたかったなぁ〜! ⇒ ネットで探しましたよ、画像。(笑) 
    見た瞬間、「いやー、ほんまやっ!(なぜか関西弁) しかし、さすが大阪人でんなー。 
    他県民には真似でけまへんでー!(笑)」 ←すみません。 大阪の方を決してバカにしているわけではございません。

    エッフェル塔周辺で、参考までに・・・(旅行記にも書いておりますが)。 
    この6番線、地下鉄ながらセーヌを渡る時は一瞬だけ地上に出るんです。(当たり前っちゃー、当たり前ですが ^^;) 
    (トロカデロの次の「パッシー駅」と「ビルアケム駅」の間です。) 
    で、この時、セーヌ川を臨むエッフェル塔がどーん!と目の前に現われて、めっちゃいい景色だったんです。 
    残念ながら一瞬だったので、カメラは間に合わず。 で、帰国後に調べたら、この「ビルアケム橋」、
    2重構造になっていて、上は地下鉄6番線、下は車道と歩道になっているらしいんです。 
    昼もそうですけど特にここからの夜景は美しいらしいので、次回はできれば行ってみたいと思っています。

    コンコルド広場の8つの女人像、全く知りませんでした。 私も次回、ちゃんと見て来ねばっ! 
    って、なんか、ねいちゃさんの旅行記読んでると、次回の課題が増えるなぁ・・・
    (いえ、決して不満じゃーございません。 笑)

    それにしても、ダヴィンチの「岩窟の聖母」をスルーするなんて、凄いっ!〈笑〉 
    あの辺には他にもダヴィンチの有名どころの作品が並んでいた記憶があります。 
    ただ、スルーしたにも関わらず、ちゃんと写真に入っているところがある意味驚異的ですねぇ・・・。(笑) 
    それにしても、やはり通常時間帯はかなり混んでいるようですね・・・。 もし次回に機会があれば、
    夜間に開いている時間帯が少なくてゆったりした気分で鑑賞できていいですよー。

    途中、見ながら読みながら・・・色々と考えたり思い出したり、疑問が沸くと調べたりして、
    1ページの旅行記読むのに、どんだけ時間がかかるんだーっ! 
    ・・・でも、私にとっては至福の時間です♪ ありがとうございます!
    かなりの時間オーバー、これから夕食の準備が・・・。 続きは明日の楽しみに!

    それでは・・・また。

    サウスピーチ :)

    ねいちゃ

    ねいちゃさん からの返信 2011/11/06 03:06:55
    オーシャンゼリゼーをフランス語で歌える数少ない人で賞、受賞おめでとうございます。 
    こんばんわー、早速のレスありがとうございまーす。
    しかし、レス早いっすねー。とっても励みになります。

    > 私のニケ様〈苦笑〉が空を飛んでいるとあらば、きちんと目に焼き付けて来なければ・・・。

    実は「ラマルセイエーズ」の方も、女神様がいるのですが、それは自由の女神とされているのが定説。でも勝利を祝うとか両翼を持つお姿なので、自由の女神様って羽根生えてませんよねぇー。だからこれもニケだという説もあって、私はこちらを支持したいと思っております。今度行ったらド正面からじっくり見てまいりますっ。

    > 見た瞬間、「いやー、ほんまやっ!(なぜか関西弁) しかし、さすが大阪人でんなー。

    大阪人は京都や神戸も同じ関西人と理解されているようですが、京都人と神戸人は、大阪人と同類と思われたくないので、必ず京都人・神戸人と言うんですな。関西人とは決して言わない。(笑)
     
    > 昼もそうですけど特にここからの夜景は美しいらしいので、次回はできれば行ってみたいと思っています。

    私もメモしておきましょう。次回行くときは夜景も綺麗に撮れるカメラを持っていくつもりなので、夜景特集なんぞできればと思っているんですが。

    > って、なんか、ねいちゃさんの旅行記読んでると、次回の課題が増えるなぁ・・・

    私もなのですよ。旅行記書いてると、あーこんなんあったんだー、とか発見すること多くて・・・。フランスはとりあえずヴェルサイユとMSMがメインだったから、下調べ不十分きわまりなくてねー。

    > ただ、スルーしたにも関わらず、ちゃんと写真に入っているところがある意味驚異的ですねぇ・・・。(笑) 

    でしょー、混んでる風景をお題にして書こうと思ったら、「む?」と思って美術本見てみたら「やってもたー」と崩れ落ちました。かなりショックでした。

    > 夜間に開いている時間帯が少なくてゆったりした気分で鑑賞できていいですよー。

    オペラ座界隈かルーブル界隈で手頃なホテル探せばいいんですよね?遅くまでルーブルにのこっちゃえば、モナリザと二人きりに・・・ちょっと怖いですっ。

    > 1ページの旅行記読むのに、どんだけ時間がかかるんだーっ! 

    軽い気持ちではじめたフランスだったのですが、私もえらい時間がかかりました。これでしばらくのんびりできます・・・。サウスピーチさんはまだヴェルサイユ編とパリ編2も、読まないといけないので大変ですねー。お身体を大切になさってください。(笑)

    ではでは。ねいちゃ

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