2011/06/24 - 2011/06/24
2240位(同エリア7344件中)
愛吉さん
先月に続き、今日も鎌倉に来ています。
と云いますのも、今月28日にシニヤカレッジの仲間と紫陽花見物に鎌倉明月院に行く予定ですが、問題はその他何処を回るかです。
家のかみさんによると建長寺、円覚寺、東慶寺では芸が無い、第一皆既に何度も行っている筈だ、それより今春クラス会で行った場所を教えるというのです。
それで急遽その下見を兼ねて鎌倉にやって来ました。
ルートはかみさんが紙に書いて呉れた道順です。
今回の出発は鎌倉駅。 それでは出発進行。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- その他
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鎌倉駅から金沢八景行のバスに乗り、金沢街道を下ります。
杉本観音前にて下車、杉本寺は目の前です。
寺前の案内板によりますと、天平6年光明皇后の発願により藤原房前と僧行基が建立し、行基自ら刻んだ観世音を安置したのに始る鎌倉最古の寺です。
現在は坂東三十三観音霊場第一番札所と成って居ます。 -
正面の階段両脇で、十一面杉本観音と書かれた白い幟が迎えてくれます。
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仁王門を通して苔むした階段が見えます。
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仁王像です、運慶作と伝えられます。
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同上です。
左右両脇を固めています。 -
正面の苔むし、すり減った階段。
歴史の重みを感じます。 -
茅葺の本堂です。
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奥に3体の秘仏が安置されて居ます。
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本堂の脇には、六地蔵も並んでいます。
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この一角には多くの石塔が集められて居ます。
古くからあった物をここに集めたのでしょう。 -
小さな池も有ります、水は洞窟から湧き出ている様です。
参詣人は私一人、静かな佇まいです。
さてこれで一巡しました、それでは次に回りましょう。
次は正面を出て左、バスの進行方向に一区間、浄妙寺前迄歩きます。
そこを右に曲がり道なりに進みます。 -
見えて来ました、報国寺です。
足利尊氏の祖父、足利家時が仏乗禅師を招いて開山しました。 -
門を入るとお地蔵さんが迎えて呉れます。
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本堂に向う小道です。
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門を入り道なりに進むと、小さな五輪の塔が並んで居ました。
何となく、ものの哀れを感じる場所です。 -
板碑をアップします。
元弘3年5月に行われた、北条、新田合戦での戦死者遺骨を由比ヶ浜より、この地に改葬したと記されています。
日付は昭和40年です。上半分の歌碑が目的で、下の説明は付け足しなのでしょう。
上に書かれた歌は、よく読めません。 -
本堂です。
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奥庭(竹園)へと通じる佇まい。
手前が入口です。 -
竹林へ入って来ました。
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竹に赤い木の葉が映えます。
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これが鎌倉を代表する竹林です。
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風情を感じます。
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草に埋もれて、ひっそり句碑も建って居ます。
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本堂真裏のやぐらの中には、足利家時と義久の墓が有ります。
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寺を出て来ると、門の前には一台の人力車が。
さて次の順番は、メモを見ると旧華頂宮邸です。
道なりに歩いて5分程と記入されて居ます。
時間が無ければ抜かしてもよいと書いて有りますが、5分ならば寄ってみましょう。 -
早々に到着です。
門から本館を写しています。
昭和4年の建築です。
建物の中には入れません、庭迄です。 -
庭に入って来ました。
庭から見た本館です。 -
庭から、奥の和館に続く門です。
さすが戦前の皇族、立派な屋敷です。
今の時間は11時半、鎌倉駅を出てから丁度2時間です。
メモに書いてある昼食場所に急ぎましょう。 -
10分程で浄妙寺に到着しました。
この寺は、鎌倉五山第五位の寺格を持つ古刹です。
入場料を払って中に入ります。
昼食場所として書かれたレストランが、この寺の境内にあるのです。 -
ここがそのレストランです。
石窯ガーデンテラスといいます。
昔塔頭が有った場所に、大正11年、ある貴族院議員が住居として建てた木造3階建ての洋館を改装したレストランです。
名前の如く、石窯で焼いたパンが有名ですし、又テラスで風と戯れながら食べる食事は、時間を忘れます。 -
食事も済み、汗も引いた処で、散策再開です。
散策路の矢印に従って、本堂に向います。
紫陽花の出迎えです。 -
本堂。 銅板葺の屋根が見事です。
当寺は、1188年に足利義兼が創建、中興開基は足利尊氏の父貞氏、室町末以降衰退し、関東大震災では全ての堂宇が倒壊しました。
昭和に入り徐々に回復です。 -
方丈です。
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本堂の裏には、足利貞氏の墓が有ります。
1331年没、墓塔は明徳3年(1392年)の銘です。
かみさんのメモは、この寺で終わりです。
ゆっくり昼食を取り、終わったらバスで明月院に行けば、人混みも一段落で丁度良いと云うのです。 -
明月院は、前回下見を済ませているので、今日はパスです。
時間はまだ1時半。
寺の前の金沢街道を八幡宮に向いブラブラ歩きます。
道の脇にこんな石碑を見付けました。
文覚上人屋敷跡の碑です。
俗名遠藤盛遠、北面の武士であった時、人妻袈裟御前を手に掛けてしまい、それを悔いて出家、修行して上人となる、歴史上の有名人です。
この土地に親しみを覚えます。 -
今度は荏柄天神が有りました。
大宰府、北野と共に日本三大天神の一つです。
頼朝時代から鎌倉幕府の鬼門を守って来ました。
本殿は重文です。 -
白旗神社
祭神は頼朝、実朝です。
森の中にひっそりと建って居ます。 -
白旗神社の境内に有ります。
”鶴 亀 石”
この石を水で洗うと鶴と亀が浮かび上がる目出度い石との事です。
相模の国の風土記にも記されているそうです。 -
やはり終点は鶴岡八幡宮に成りました。
時計は3時です。
それでは小町通りを抜けて、鎌倉駅に向います。
お疲れさま。
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