2011/04/24 - 2011/06/05
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横浜市栄区は鎌倉の北に接し、鎌倉古道などが通っている。旧街道沿いには道祖神、庚申塔、馬頭観音、お地蔵さまなどが建っている。宅地開発に伴い、ここでも旧地から移設されたものも多いようだが、大切にされてきたことが感じられる。
ここでは、柏尾川以東、いたち川以北の栄区にある道祖神、庚申塔、馬頭観音などを纏める。
(表紙写真は「渡戸庚申塔道祖神塔」)
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長沼八幡宮の庚申塚(手前)。
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庚申供養塔(慶應2年(1866年)銘)。
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庚申塔(寛文12年(1672年)銘)。
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長沼八幡宮の庚申塚(奥)。
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道祖神(明治3年(1870年)銘)。
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庚申塔(享保12年(1727年)銘)。
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道祖神。
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石祠。
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馬頭観世音(上郷町)。中野の横浜道道標といわれている。中野町(横浜市栄区上郷町)にあるが、元々はいたち川沿いの古道分岐点にあったものを移した。
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馬頭観世音の左側面には「右 か弥さハ すぎた み弥 道」、「左 よこはま道」と彫られている。
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「横浜道の道標」。
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「渡戸庚申塔道祖神塔」(小菅ヶ谷4)。栄区小菅ヶ谷町829番地から移した。
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「渡戸庚申塔道祖神塔」。
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石燈籠。
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道陸神(天保12年(1841年)銘)。
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庚申供養塔(元文3年(1738年)銘)。
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庚申供養塔(万延元年(1860年)銘)。
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五輪塔とお地蔵さまか?
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馬頭観世音(慶應2年(1866年)銘)(東上郷町)。ハイキングコース「馬頭の丘休憩所」(白山神社裏山道)にある。
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馬頭観世音(小菅ヶ谷3)。
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馬頭観世音。
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石柱。庚申塔か。道標を兼ねていたようだ。
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春日神社(小菅ヶ谷3)の庚申塚。
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庚申塔(正徳3年(1713年)銘)。
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庚申塔(万延元年(1860年)銘)。
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小長谷橋(公田町)の供養塔。
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供養塔。
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涼戸の庚申塚(飯島町)。お地蔵さま、六地蔵尊も祀られている。
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「供養碑」。「六地蔵尊と庚申塔の由来」が書かれている。
「六地蔵尊と庚申塔の由来
いつのころ建立されたものか その年代は詳らかではないが 以前よりこの地飯島町涼戸一七四番地に六地蔵尊並に庚申塔 二十三夜塔が 三米足らずの細い道路端に安置されていたが 昭和三十年農道拡張工事の際 飯島町民総意によって岩洞を穿ち ここに移転安置しました しかるにまたも再度の周辺地域の開発による環境の著しい変化に伴い 遷座を余儀なくされ景観その他往昔の弟は失なはれたが 殆んど元の位置と同じ場所に移転安置することが出来ました 横浜市としても史跡保存に深い理解を示し 現在地に 設定することになりました
昭和六十二年十一月吉祥
大機山雲頂禅庵大 しん記」(「しん」は山冠に今)。 -
二十三夜供養塔。
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お地蔵さまと庚申塔。六地蔵の隣に立つお地蔵さまだ。
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庚申塔間の石。
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庚申塔(正徳4年(1714)銘)。
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八幡神社(鍛冶ヶ谷1)の庚申塚全体。
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八幡神社(鍛冶ヶ谷1)の庚申塚。
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八幡神社(鍛冶ヶ谷1)の庚申塚。
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八幡神社(鍛冶ヶ谷1)の庚申塚。
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庚申塔(明治10年(1877年)銘)。
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庚申塔(寛政12年(1800年)銘)。
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庚申塔(寛文8年(1668年)銘)。
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庚申供養塔(嘉永7年(1854年)銘)。
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青面金剛(万延元年(1860年)銘)。
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大山奉月参供養塔(天保4年(1833年)銘)。
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二十三夜供養塔(天保2年(1831年)銘)。
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石塔。
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庚申塔(文政9年(1826年)銘)。
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猿田彦大神(万延2年(1861年)銘)。
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庚申塔(文政9年(1826年)銘)。
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石祠の屋根部分。
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春日神社(小菅ヶ谷3)境内稲荷社石祠後ろの道祖神(双体)。
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稲荷社(小菅ヶ谷2)境内の道祖神(双体)。
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庚申塚(小菅ヶ谷2)の馬頭観世音菩薩(文化3年(1806年)銘)。
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庚申塔(明和元年(1764年)銘)。
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庚申塔(萬延元年12月吉日(1861年)銘)。
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飯島町の賽の神・道陸神。
「記念碑
賽の神 道陸神 道祖神は同一の神であり 村や部落の境に祭って邪霊の進入を防ぎ 道行く人の安全を守り 外敵の流行病の進入を防ぐ為 祈りお願いをする神である
この部落では丸い石を御神体とした賽の神を祭っていたが文化年間に疫病の蔓延に遭い 不帰の客となる者相つぎ 此の悲嘆と苦悩を救い防疫の願いを込めて 文化十四年(一八一七)に道陸神碑が建立された
もとは数米離れた位置にあったが道路改良の為現在地に遷座したものである
平成二年十一月 吉祥」 -
賽神の五輪塔。
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道陸神(文化14年(1817年)銘)。
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飯島町の庚申塚。
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庚申塔(宝暦9年(1759年)銘)。
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庚申塔(宝永7年(1710年)銘)。
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庚申塔。
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石祠。
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飯島町山中の道祖神(宝暦5年(1755年)銘)。飯島中から飯島団地(3-10、3-11棟)に続く尾根道の山中にある。
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法務局(小菅ヶ谷1)前の三叉路にある庚申塚。
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堅牢地神(慶應元年(1865年)銘)。
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二十三夜塔(明治6年(1873年)銘)。
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庚申塔。
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庚申塔(萬延元年(1860年)銘)。
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道祖神(双体)(天保9年(1838年)銘)。
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庚申塔。磨耗して判読できない。
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庚申塔。
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南無阿弥陀佛。
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往古横死諸霊(文化3年(1806年)銘)。
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三嶋神社(飯島町)の石段左側の石碑群。
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庚申塔(寛文13年(1673年)銘)。「飯嶋村中」と彫られている。
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「月山・湯殿山・羽黒山 供養」(安政6年(1859年)銘)。
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「廿三夜供養塔」(明治10年(1877年)銘)。
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三嶋神社(飯島町)の石段右側の石碑群。
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「堅牢地神」(明治6年(1873年)銘)。
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「三十夜供養塔」(明治33年(1900年)銘)。
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「廿三夜供養塔」(安政3年(1856年)銘)。
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光明寺(上郷町)の馬頭観音(文久2年(1862年)銘)。
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光明寺(上郷町)の馬頭観音(明治13年(1880年)銘)。
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猿田彦大神(上郷町の御嶽山座王大権現)。
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2基の馬頭観音(上郷町の御嶽山座王大権現)。
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飯島町(1833)の道祖神と庚申塔。
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道祖神(天保9年12月吉日(1839年)銘)。
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庚申塔(天明4年(1784年)銘)。
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光長寺(飯島町)手前にある出羽三山供養塔(文政5年(1822年)銘)。
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「東叡山御寺 羽黒山別當 講中 三山先達 長慶坊」とある。
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「文政五年壬午冬 十一月天‥日」とある。
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「天下泰平 国土安穏 万民康楽 五穀成就」とある。
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不動明王と五輪塔。光長寺(飯島町)手前にある出羽三山供養塔の後ろにある。
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不動明王(明和4年(1767年)銘)。
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西谷(にしやと)稲荷社の庚申塚。
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庚申塔か?剥離して良く分からない。
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庚申供養塔(弘化3年(1846年)銘)。左側面に「かまくら道」、右側面に「ぐめうじ道」と彫られている。
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「堅牢地神」(明治27年(1894年)銘)。
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石仏か?
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馬頭観世音(昭和2年(1927年)銘)か?
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石仏(天保5年(1834年)銘)。
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